尾瀬ヶ原 〜夏空の下の湿原へ(前編)〜
(前編) |
【群馬県 片品村 平成26年7月12日(土)】
大量の雨を降らせ「特別警報」が発令された台風8号。各地に大きな爪痕を残しましたが、幸い東京では大きな被害はなく11日(金)の明け方には足早に通過していきました。週末に予定していた職場の仲間との山歩きは早々に中止にしていたので、朝からの好天はちょっと複雑な気分でしたが、ここはひとつ別なところにでもと代替候補を探しはじめました。もう日程の再調整は面倒なので一人での山歩きです。
で、行き先は尾瀬に決定。前回尾瀬ヶ原を歩いたのはもう4年も前のこと(こちら)。2回目の今回は雪の残っている時期に行きたかったのですが、引越しなどもあり行けずにいたのです。前夜にネットで尾瀬の状況を確認してみると、台風の影響は特にないとのこと。また、天気予報では群馬県北部は珍しく雲マークのない「晴れ」。全ての状況が尾瀬に行けと言っているようでした。
午前2時(!)起床。 2時って、ちょっと夜更かししたらまだ起きている時刻です。手早く準備をして2時半にドリーム号で出発しました。この時点でなんと小雨が降り始めました。約束が違うじゃないかと軽く舌打ち。高尾山ICで外環道に乗り埼玉県の狭山辺りまで雨は降り続きましたが、鶴ヶ島JCTから関越道に入ると空が明るくなり、すっかり晴天に変わっていました。深夜とはいえ異常に蒸し暑く、いかにも大気が不安定な感じだったので、夕立ならぬ夜立が降ったのだと思います。
沼田ICで高速を下りたのが4時半過ぎ。そこからは国道120号線を片品村方面に向かって走ります。途中の椎坂峠にトンネルでバイパスが出来ていたので随分と時間が短縮されました。
戸倉第一駐車場 |
尾瀬の玄関口の一つ、戸倉に着いたのは5時過ぎ。出発から2時間半で着いたことになり、意外と尾瀬が身近であることに驚きます。ここには大きな駐車場があって、みなここに車を置いて乗合のタクシーやバスで鳩待峠に向かいます(マイカーの乗り入れ規制)。
車から降りると思ったより寒い。まだ朝日が差していないということもあるでしょうが、羽織るものはレインウエアくらいしか持ってきていません。ちょっと尾瀬を甘くみていました。
鳩待峠 |
乗り合いのタクシーに揺られること30分弱、鳩待峠に着いたのは5時50分でした。ようやくこの広場にも朝陽が差してきたところです。こんな早い時間でも尾瀬を楽しもうという人がたくさん集まってきています。
〔今回のルートを大きな地図で〕 |
尾瀬エリア Kashmir 3D |
今日のルートは、鳩待峠から山ノ鼻に向けて下って、そこから尾瀬ヶ原を散策。牛首の先の尾瀬ヶ原三又を左に向かいヨッピ橋へ。そこから竜宮を経由して帰ってくるというルートです。湿原は平坦ですがそれでもトータル17kmの長丁場です。
辺りがやや白いのは朝陽が浅い角度で差しているから。空気自体はとても瑞々しくて気持ちいいです。
尾瀬ヶ原入口 |
さあ、準備運動をしてスタートです。尾瀬の中核エリア内には入口の足拭きマットで靴裏をよくブラッシングしてから入らなければなりません(外部の植物の種を持ち込まないようにするため。)。
モミジカラマツ |
10mも進まないうちに現れたのはモミジカラマツ。花冠に付けた朝露が瑞々しいです。
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マタタビ |
これはマタタビの葉。花の時期に一部の葉が白い粉を噴いたようになるので、よく目立ちます。花は近縁のサルナシに似ていますが、雄しべの葯の色で見分けられます(サルナシは葯が黒色)。
サンカヨウ |
サンカヨウが実を付けています。熟すとコバルトブルーから黒紫色になりますが、このままでも十分に目立つ姿をしています。
この花を初めて見たのは広島県の猿政山でのこと。もう20年近く前のことです。当時まだ自然観察を始めたばかりで、世の中にはこんな花があるのかと感心した記憶があり、yamanekoにとって印象深い花の一つです。
鳥の声を浴びながら石段を下る。辺りをキョロキョロしながら歩いているので、ときどき足首がグリっとなります。要注意。
ツクバネソウ |
これはちょっと珍しい5枚葉のツクバネソウ。通常、葉は4個です。
道は谷の右岸側斜面を辿っているので、ときどき右手から小さな沢が流れ込んできます。写真は鳩待沢とのこと。2日前に台風が通過したばかりなので、水量も多いようです。
木道が朝露に濡れているので、ツルツルとよく滑ること。歩幅を小さくして慎重に。
オオバノヨツバムグラ |
これはオオバノヨツバムグラ。丸みのある葉が愛嬌があります。
ヤグルマソウ |
金平糖が弾けたようなこの花、これはヤグルマソウです。今がちょうど満開で美しい時期。
ズダヤクシュ |
鳩待峠と湿原との標高差は約190m。ぐんぐん下っていきます。
辺り一面ズダヤクシュのところが。高さ10cmほどの小さな花です。長野や富山などでは喘息の薬に利用していたそうで、ズダとは喘息のことなのだとか。
おお、小さな沢を埋め尽くすミズバショウ。ずっと奥までびっしりです。なんか迫り来る氷河のような迫力があります。
ミヤマカラマツ |
ミヤマカラマツ。繊細で涼しげな姿をしていますね。
オオレイジンソウ |
次から次へと花が現れます。オオレイジンソウもこれからが盛りの時期。
川上川 |
傾斜が緩くなり、谷の底に下りてきました。この川は川上川と言い、さっきの鳩待沢など左右からいくつもの沢を集めてこの川幅になっています。山ノ鼻ももうそう遠くはありません。
ヤマキツネノボタン |
キツネノボタンにしては全体の印象に繊細なものを感じたので帰宅後調べてみたら、これはヤマキツネノボタンとのこと。広義のキツネノボタンに含み、こちらがキツネノボタンの母種なのだそうです。 ほう…。
比較物がないので分かりにくいですがミズナラの巨木。その足元を木道が通っています。
山ノ鼻 |
7時25分、平地になり、建物も見えてきました。山ノ鼻に到着です。
ベンチではたくさんの人が休憩をしています。朝ご飯中の人も。
ここは尾瀬ヶ原の南西端。ここから北東方向に約6km湿原が広がっています。左手には一周約1kmの植物研究見本園がありますが、それは帰りに巡るとして、ここの分岐は右へ。
朝陽の中を湿原へ。いい気持ちです。
ヒオウギアヤメ |
湿原に出ていきなりヒオウギアヤメのお出迎え。生き生きとしていますね。
至仏山 |
尾瀬ヶ原は西から「上田代」、「中田代」、「下田代」と3つのエリアに区分されています。この辺りは上田代。
振り返ると至仏山がドドーンと。尾瀬を代表する二岳のうちの一つです。もう一方の燧ヶ岳が数万年前にできたのに対し、至仏山は億年単位の歴史を持つそうです。
湿原にはワタスゲの大群落が。
また、アヤメの群生地もあります。そんな風景があちこちに。この爽快感をみんなに伝えたい。
ヒオドシチョウ |
エノキの若葉にヒオドシチョウ。羽を閉じると焦げ茶色で枯れ葉のような目立ちにくい色をしています。閉じれば地味、広げれば派手。表裏があるんです。
南西(写真右)から南東(同左)にかけての風景。稜線の最も低くなっているところが鳩待峠。その左に続くなだらかな高地はアヤメ平です。
サワラン |
このショッキングピンクの花はサワラン。高さは20cmほど。花冠の大きさは3cmくらいの小さな花ですが、緑の中でかなり目立っています。
タテヤマリンドウ |
今度は青い花。タテヤマリンドウです。右の写真はタテヤマリンドウの果実。つぼんだ花びらが残ったままそこからにゅっと出ていますね。杯のような器官の中心に種子があります。雨粒が当たった衝撃で種を散布するとのことなので、それに適した形をしているんでしょう。
普通、植物は種子の状態で冬を越すか、または秋に地上部が枯れても根が生きていて翌年そこから芽を出しますが、タテヤマリンドウはいったん地上部も根も枯れ、秋に種子が発芽してそのまま冬を越し、翌年花を咲かせるのだそうです。それにしても発芽した状態で尾瀬の冬を越すのか…。
トキソウ |
そしてこの花の名前の由来となった鴇色(ときいろ)のトキソウ。どうやら今開いたばかりのようです。こんな可憐な花々がそこいらじゅうに咲いています。
逆さ燧 |
池塘に映る「逆さ燧」。朝の光線の具合で白っぽく見えています。燧ヶ岳は進行方向に見えている山で、ずっとこの山に向かって歩いて行くのですが、歩けども歩けどもちっとも近づいて来ません。
トキソウ |
すっくと背筋を伸ばしたトキソウ。
オゼコウホネ |
オゼコウホネ。池塘の底から花茎を伸ばして咲いているのが分かりますね。
池塘 |
ヒツジグサが浮かぶ池塘。黒々としていますが、深さはどのくらいあるのでしょうか。ネットで調べてみたところ、池塘の深さによって生育する植物が異なるのだそうで、ヒツジグサは水深1m前後、オゼコウホネは1.5m前後の池塘に生育し、それより深いと藻のようなものしか育たないのだそうです。
トキソウ |
しつこいですがまたトキソウ。これぞトキソウという均整の取れたスタイルをしています。
湿原のところどころに高い木が立っています。多くの場合は湿原の中を流れる川に沿ってその両側に並木のように立っています。これは拠水林といい、尾瀬を取り囲む山から流れ込む川が土砂を運んできてその流れの両側に土手を作り、そこを基盤として高い木が生えることができているのです。湿原の中を水源とする川では土手はできず、したがって拠水林もできません。この拠水林が湿原をいくつかのエリアに区切るような風景も尾瀬ならではです(こんな感じ)。
キンコウカ |
キンコウカが咲きはじめていますね。湿原を黄一色に覆い尽くすような最盛期は8月上旬でしょうか。ちなみにアヤメ平のアヤメとはこのキンコウカのことです。
さてもうそろそろ上田代も終わりです。この先の牛首を過ぎれば中田代。これからその中田代をぐるっと回って戻ってくるルートを辿ります。まだまだ先は長いぞ。(続きは後編で)