アヤメ平 〜湿原の上の湿原(後編)〜


 

 (後編)

【群馬県 片品村 平成25年8月11日(日)】
 
 標高1400mに広がる尾瀬ヶ原。さらにその550m上空にあるアヤメ平を目指す山歩きの後編です。(前編はこちら

 キンコウカ

 鳩待峠から樹林帯を登って行き、最初に開けたところが、ここ横田代です。一面のキンコウカに感動しきりです。

 尾瀬エリア
 Kashmir 3D
〔今回のルートを大きな地図で〕

 時刻は午前8時。アヤメ平まではあと1qちょっとでしょうか。

 サワギキョウ

 左右の木道の間からサワギキョウの花茎が伸びていました。花の盛りはこれからですね。

 サワラン

 湿原の草の中にサワランを見つけました。花冠の大きさは1pほど。つい見逃してしまいそうです。こちらはそろそろ花期の終わりです。
 ああ、次から次へと花が出てくるので、なかなか前に進めません。

 コバギボウシ

 コバギボウシ。標高の低い山野でも見かけます。尾瀬ではニッコウキスゲの後はこの花が主役になるのだそうです。粋で涼やかな姿をしていますね。

 景鶴山

 横田代の斜面をゆっくりと登っていきます。北の方角に景鶴山が見えました。ここアヤメ平と同様に尾瀬ヶ原を囲む峰のうちの一つです。ここからの距離は約7q。その間には尾瀬ヶ原が横たわっているはずです。が、ここからは見えませんね。

 モウセンゴケ

 ご存じモウセンゴケは食虫植物。湿原は極端に栄養が貧しいため、昆虫を捕らえて直接栄養を補給。もちろん光合成もしています。モウセンゴケは15pほどの細い花茎の先端に白く小さく清楚な花を付けるのですが、その根元にはこんな地獄絵図が…。

 ミヤマアキノキリンソウ

 本来は草原に咲く花、ミヤマアキノキリンソウ。別名をコガネギクといいます。

 小休止

 木道のところどころにこんな休憩スペースが設けられているのが嬉しいです。

 熱中症情報

 ベンチで休んでいると突然着信音が。防災情報のアプリでした。なんと、東京は8時45分で既に熱中症情報が出ているようです。日射しという意味ではここも燦々と降り注いでいますが、なにしろ空気がひんやりしているので、その日射しも心地よいのです。あー、この涼しい風を持って帰りたい。(待ち受け画面が2:10になっているのは今朝起動したあとスリープしたままのもの。) 

 アカモノ

 横田代を過ぎると再び針葉樹林の森に入りました。標高のせいか、木々の背丈はそんなに高くはありません。

 

 午前9時、このルートの最高ポイントに到達しました。1968m。道標には「中原山」と書かれています。

 アヤメ平

 中原山のピークを超えるとすぐにアヤメ平に入りました。それにしても人がいませんね。ここまでに数組としか出会っていません。尾瀬ヶ原に比べてこちらのルートを歩く人は少ないのです。尾瀬ヶ原を銀座としたら、こちらは地元の穴場商店街といったところか。

 タテヤマリンドウ

 タテヤマリンドウです。この花、一年草でありながら秋に発芽し、越冬して初夏に花を咲かせるという、変わったサイクルで生きているのだそうです。

 

 いよいよアヤメ平の中心地に入ってきました。標高2000m近くの山上に広がる湿原です。

 

 大きな池塘ですね。ここの湿原はここに降った雪と雨だけで涵養されているんですよね。よく涸れてしまわないものです。
 ここアヤメ平は、昭和30年代には押しかけたハイカー達の踏み荒らしによって広範囲に裸地化したのだそうです。あの「夏の思い出」の大ヒットが原因とも。その後、湿原の保護・回復を目的に昭和39年から木道の敷設が始まり、その2年後には泥炭層がむき出しになったところを湿原に戻す取り組みが始まったのだそうです。それから50年近く経ってもまだ十分には回復していないのだとか。一度破壊された自然を復元することの難しさを物語っています。

 

 やや大きめの休憩所でザックをおろして、ここで休憩です。この先はぐっと下って富士見峠に至る道。今日はここを折り返し点にすることにしました。まだ9時過ぎですが、かなり早めの昼食をとることに。朝が早かったのでそこそこ空腹だったのです。
 湿原の草を揺らして風が通りすぎていきます。食事を終え、ベンチに横になって目を閉じると、呼吸がだんだん小さくなっていき、自分がこの尾瀬の自然の一部に組み込まれたような、安心感に包まれるような、なんともいえないいい気持ちになれました。

 キンコウカ

 ところでここはアヤメ平ですが、肝心のアヤメの姿がありません。確かに花の時期は終わった頃ではあるのですが…。いや、アヤメ平の名の由来となった「アヤメ」とはこのキンコウカのことなのだそうです。昔、キンコウカの葉をアヤメの葉と間違えて名付けられたのだとか。実際には葉の長さが全然違うんですがね。

 燧ヶ岳

 東の方向には燧ヶ岳。
 このアヤメ平は山頂部にあるので眺望は抜群。360度、視界を遮るものはありません。尾瀬の両雄、至仏山も燧ヶ岳も望めるのです。

 至仏山

 そして振り返ると、西の方向には至仏山。
 うーむ、何時間でもここにいたい。

 ホソバノキソチドリ

 ところで、尾瀬に来たのは今回で5回目。初めての尾瀬は至仏山でした。2回目は1泊で尾瀬ヶ原と尾瀬沼を。3回目は2泊で大江湿原と燧ヶ岳。4回目が先月で再び至仏山。そして5回目がアヤメ平です。つい数年前までは尾瀬は遠いところにあるという認識で、さあ行こうとはなかなかなりませんでした。でも道が空いていれば東京から3時間半で鳩待峠に降り立つことが出来るんですよね。1年の半分以上は雪で閉ざされるので、山小屋の開いている時期にもっともっと足を運びたいと思います。

 下山

 昼食の後もしばらくベンチでぼーっとしていて、何もしない時間を過ごしました。そして、10時15分、鳩待峠を目指して下山開始です。

 ミヤマホツツジ

 帰り道にもいろいろおもしろいものが。
 雌しべがクエスチョンマークのように曲がっているのはミヤマホツツジ。まっすぐだと柱頭が飛び出しすぎていて、せっかく虫が来ても雌しべに花粉が付かないからなのかも。進化の過程で縮めるという選択肢はなかったのでしょうか。

 コバイケイソウ

 コバイケイソウはもう実に。季節は切れ目なく流れて行っています。

 

 木道を歩いていたヒキガエル君。手のひらに乗せたらひょこひょこっと登ってしまいました。そっと湿地にお戻りいただきました。

 

 いつの間にか道は樹林帯へ。陽が高くなっても空気は涼しいです。標高差100m=0.6℃換算で東京はここより10℃くらいは高いはず。それにヒートアイランド加算で15℃くらいは違うんじゃないでしょうか。

 マイクロユニバース

 ここはおとぎの国か。コケとシダとキノコが作る倒木の上の別世界です。

 無事下山

 そして11時50分、鳩待峠に到着しました。峠の広場はもうすっかり大勢の人で賑わっていました。
 整理体操をして一休みしてからドリーム号の待つ戸倉に向かいます。乗り合いタクシーの中では睡眠不足がたたってうつらうつらと…。短い時間でしたが熟睡してしまいました。
 戸倉に着いてみると駐車場はほぼ満車になっていました。アスファルトがはね返す日射しがきついです。尾瀬に比べると猛暑ですが、まだここは都会のような嫌な暑さではありません。縁側でスイカを食べたり、風鈴の音を聞いていたりしていればしのげる、昔ながらの正しい暑さといった感じでした。
 
 戸倉の駐車場を12時40分に出発。関越道はたいした渋滞もなくスムースに走ることができ(高速はほとんど妻が運転)、4時すぎには家に着いていました。そして、片付け → シャワー → 昼寝。横になってふと気づきました。そういえば今日は尾瀬に行ったにもかかわらず尾瀬ヶ原の湿原をまったく目にしなかったなあ、と。