尾瀬ヶ原 〜遙かなる天上の湿原(前編)〜


 

 (前編)

【群馬県 片品村 平成22年10月7日(木)】
 
 『尾瀬』 遙か遠い空の下にある心爽やかな場所。 音楽の時間に歌った「夏の想い出」の印象から、尾瀬にそんなイメージを抱いている人も多いのでは。yamanekoもそのうちの一人です。なので、ずっと前から訪れてみたいと思い続けていました。今年の8月に至仏山に登り、稜線から尾瀬ヶ原を眺めてその思いをさら強くしていました。そして、今回ようやく実現したのです。
 「夏の思い出」が世に出て60年余り。今でも尾瀬は心爽やかな場所のままあるのでしょうか。楽しみです。
 
                       
 
 午前5時、愛車ドリーム号に荷物を積み込んで出発。山手通りから新目白通りに入り、関越道の練馬ICを目指します。今日は平日なので特に混雑もありません。日が短くなったとはいえ5時半くらいになると明るくなってくるので、走りやすく快適な高速クルーズでした。午前7時に沼田ICを下りて国道120号線へ。片品村役場のある鎌田で国道401号線に入り、尾瀬散策の起点となる戸倉まで走ります。そして、1時間後の午前8時、戸倉第1駐車場に到着しました。既に大きな駐車場の3分の1くらいは埋まっていました。

 駐車場から

 駐車場から鳩待峠方向を臨むと、これから分け入っていく谷の向こうに、なお幾重にも山々が控えているのが分かります。まさに「遙かな尾瀬」です。さあ、準備を整えて鳩待峠に向かいましょう。まずは乗り合いタクシー(早朝4時から営業)です。乗り場のおばちゃんの仕切りがいいので、ほとんど待たずに乗ることができました。値段は一人片道900円也。バスも同じ料金です。

 尾瀬エリア
 Kashmir 3D
〔今回のルートを大きな地図で〕

 尾瀬は、群馬、福島、新潟の県境に位置する高原の地です。西に至仏山、東に燧ヶ岳の二峰があり、その麓に尾瀬ヶ原と尾瀬沼を抱えていて、全体として盆地状の地形をしています。尾瀬には高山や湿原に特有の貴重な動植物があることから、昭和9年には日光国立公園の指定の際にその一部に含められました。その後、平成19年に尾瀬国立公園として独立しています。
 尾瀬ヶ原の標高は約1400m、尾瀬沼はそれより250m余り高い約1670mに位置しています。ここでは数十万年から数万年前までにかけて周辺の火山活動によって盆地状の地形が形成され、その後そこに堆積した土砂によって平坦な湿原が形作られたと考えられています。その後約1万年前に燧ヶ岳が誕生し、その際に流出した溶岩などにより盆地の東側半分がせき止められ、尾瀬沼ができたということです。尾瀬沼はその西端から流れ出る沼尻川で尾瀬ヶ原とつながっています。
 豊かな水を湛える尾瀬。そこに端を発した水の流れは、やがて只見川となり、後に阿賀野川となって、最後は日本海に流れ出ます。総延長240q余りの長旅の果てです。 
 
 今回の行程は、1泊2日。初日は、鳩待峠から山ノ鼻に下り、尾瀬ヶ原を縦断して見晴まで。そこの山小屋に泊まって、2日目は尾瀬沼に上り、湖畔を巡って三平峠から大清水に下るというもの。初日11q、2日目16q、トータル27qの(yamanekoにしては)ロングトレイルです。

 鳩待峠

 鳩待峠に着いたのは午前9時。広場には学校行事風の中学生一行を含め、ざっと見渡して7、80人くらいはいます。

 山の鼻へ

 軽く準備運動をして、9時10分、歩き始めました。まずは山ノ鼻に向かって約3qの山道を下ります。あたりは紅葉の真っ盛り。この夏の猛暑のせいか痛んだ葉が目立ちますが、赤に黄色にと見事に色づいた木々が迎えてくれました。

 ハウチワカエデ

 渋い色合いの紅葉です。ハウチワカエデですね。

 

 朝の森。ヒンヤリとした空気を吸い込むと、明らかに普段呼吸している空気とは違うことが分かります。気体なのに空気がみずみずしいといったら伝わるでしょうか。「美味しい」というのが文字どおりのものとして実感できます。

 ???

 直径10pほどもあるキノコが密生していました。一見サルノコシカケの仲間のようにも見えますが、よく見ると短いながら柄があります。触ってみるとしっかりとした弾力があり、上面は黒色。クジラのベーコンのような配色でした。なんだろう?

 トチノキ

 トチノキの見事な紅葉です。普通トチノキは黄色から茶色になっていきますが、この木は朱色になっています。けっこうな巨木で存在感のある佇まいでした。

 マイヅルソウ

 林床で輝くルビー。そのままブローチになりそうですね。

 至仏山

 視界が開けて至仏山が臨めるところがありました。右のなだらかなピークが至仏山で、左のピークが小至仏山。朝日を浴びて山肌の紅葉が輝いています。どっしりとした風格がありますね。2箇月前に登ったときはこんな感じでした。

 ツタウルシ

 真っ赤なツタウルシが枯木を飾っています。なかなかの風情です。ツタウルシは紅葉も見事ですが「かぶれ」も強力。昔、yamanekoもやられたことがあります。腕がミミズ腫れのようにかぶれて当分痛痒い思いをしました。そのときは何日間も患部にネギを塩もみするという民間療法で治したものです(今思うと、効いたのか、それとも自然治癒だったのか定かではありません。)。

 テンマ沢

 鳩待峠から山ノ鼻に向かって谷を削っているのは川上川です。オヤマ沢、ハトマチ沢、ワル沢、ヨセ沢、テンマ沢など左右から川上川に流れ込む支沢がいくつもあり、登山道はそれらの清らかなな流れを跨いで延びています。

 ヒロハツリバナ

 ヒロハツリバナはツリバナの仲間のうちでも比較的標高の高いところに自生しています。ツリバナやオオツリバナは花弁が5個であったり実が5裂したりと、5を基本構造としているのに対し、ヒロハツリバナは4を基本構造としているそうで、これを知っていれば見分けは容易です(yamanekoは知りませんでした。)。また、写真のように果実が平開するのも特徴なのだとか。

 

 登山道の傾斜が緩やかになってきました。妻もまだピースをする余裕が。

 ミズバショウ

 ミズバショウが食い散らかされていました。クマ君の食事跡ですね。さすがに芯の部分は嫌いなようです。

 

 花崗岩の大岩です。右手の山肌斜面から切り離されたものと思われます。節理に沿った割れ目の角が浸食作用によって丸く面取りされたようになっていました。いずれは更に細かく割れていって、最後には砂粒になっていくのでしょう。何万年か先のことでしょうが。

 

 コース上で唯一、川上川を跨ぐ橋の上から。このあたりでは川幅も4、5mくらいになり、流れも緩やかになっています。対岸の紅葉がきれいです。

 マユミ

 このマユミ、塗ったような色をしていますね。でも、引いて見ると自然の中にとけ込んで、そんなに違和感はないのが不思議です。

 ミズナラ

 ミズナラの巨木です。大人2人で手を回してもおそらく届かないでしょう(実際に手を回してはいけません。尾瀬では木道からはずれることは厳しく規制されているのです。)。こんなのがごろごろあるんですから、その自然の深さ、豊かさに感服してしまいます。

 

 10時30分、山ノ鼻に到着しました。ガイドブックでは参考コースタイムが50分とされていたので30分遅れということになります。時速にして2qちょっと。相変わらず超スローペースですな。(ちなみに参考コースタイムとは、登山の初級者が無理なく歩ける時間として設定されているものだそうです。)
 写真の建物は山ノ鼻ビジターセンター。ここ山ノ鼻には、ビジターセンターのほか、至仏山荘、山ノ鼻小屋、尾瀬ロッジという3つの山小屋があります。

 至仏山荘

 至仏山荘前の広場で大勢の人が休憩していました。中には早めの昼食をとっている人も。

 

 北西の方角。この先に尾瀬植物研究見本園という湿原があり、箱庭的な美しさがあるとのことでしたが、今回はパスすることに。今日は尾瀬ヶ原の東端にある見晴の山小屋に宿泊予定で、どの山小屋でも午後4時までに入るのがルールとなっているのです。
 さあ、道を北東にとって、尾瀬ヶ原を散策しましょう。

 オクトリカブト

 花がほとんど見られない中、オクトリカブトだけは生き生きとしていました。「オク」とは「奥州(みちのく)」のことだとか。トリカブトの仲間のうちでも毒性が強い方らしく、昔、北海道でヒグマを狩るときにこの毒を用いたとのことです。人間が摂取したら確実にアウトですね。

 至仏山

 山の鼻を離れて上田代を歩きます。尾瀬ヶ原は東西6.5qもあり、湿原を横切る川によって、大きく上田代、中田代、下田代に分けられます。山ノ鼻は湿原の最上流部に当たり、ここから上田代が始まるのです。
 振り返ると至仏山。標高は2228mで燧ヶ岳より低いですが、その誕生から2億年の歳月を経て見せる姿は、まさに「動かざること山の如し」といった佇まいです。BGMにエルガーの「威風堂々」が流れて来そうです。

 拠水林

 しばらく行くと正面に並木のような樹木の壁が現れました。これは川上川の拠水林です。「拠水林」とは、湿原の外部から湿原を貫通して流れる川の両側にできる林のことです。外部から流れ入る川は多くの土砂を運んできて、湿原内で川の両側に自然堤防を作り、そこだけは樹木の成長が可能となるのだそうです。なので、湿原内の泉などに端を発する川には拠水林はできないことになります。
 川上川はここのすぐ左手で猫又川に合流します。猫又川は八海山の裏手に端を発する川で、北西から上田代に進入してきて、鳩待峠から流れ下ってきた川上川とここで合流し、中田代へ向かって行きます。その後、ヨッピ川と名を変えて下田代を流れ、尾瀬を抜けたところから只見川となるのです。

 燧ヶ岳

 おお、これぞ尾瀬の風景。正面には燧ヶ岳です。上田代からはまだ距離があるので小さく見えますが、あの麓まで湿原が続いていると考えると、尾瀬って並大抵ではないところです、やっぱり。
 ちなみに燧ヶ岳は誕生してから1万年余り。至仏山はその2万倍生きている(?)のですから、燧ヶ岳はまだまだ若造ですね。

 八海山

 激しく蛇行する猫又川の拠水林。その向こうには八海山です。

 池塘

 池塘に秋の雲が映り込んでいますね。尾瀬の池塘は1000を超えるといわれていて、中でも上田代には特に池塘が多いのだそうです。
 正面のこんもりとした森は牛首と呼ばれる丘で、南側の山から岬のように伸びてきています。

 草紅葉

 秋の尾瀬を彩る草紅葉。湿原の植物や低木の葉が紅葉し、風に吹かれて黄金の海原のように波打つのです。休日にはこの風景を楽しみに大勢の人出があるそうです。

 アオイトトンボ

 尾瀬には約40種のトンボが生息しているそうです。池塘の周りを飛んでいるイトトンボも多く、その中でもアオイトトンボは羽を開いて停まるのが特徴なのだとか。確かに普通イトトンボは羽を閉じて爪楊枝のようにして停まっていますよね。

 ヒツジグサ

 ヒツジグサの葉さえ紅葉しています。

 アカハライモリ

 池塘の縁、水際にアカハライモリを見つけました。探せばあちこちにいるみたいです。この場所には底まで日光が行き届き、水温も低くなく、エサにも苦労しないんでしょうね。イモリは毒を持っているので天敵は少ないのだそうです。

 イワショウブ

 イワショウブの実が赤く色づいています。花は白く清楚で、実はルビーのように鮮やか。いいですね。

 シラカバ

 そろそろお腹が空いてきました。時計を見ると11時45分です。木道にはあちこちに待避スペースというか休憩場所が設けられているので、そこで昼食をとることにしました。
 秋晴れの下、弁当ののり巻きも一層美味しく感じられます。湿原を渡る風も爽やかです。でも、今日は穏やかな天候ですが、身を隠す場所がないので、真夏の炎天下や風雨の際にはなかなか厳しいことになるのでしょうね。 《後編へ続く