八木沢道・見晴 〜静寂の古道で山に抱かれる〜


 

【群馬県 片品村・福島県 檜枝岐村 令和5年9月14日(木)】
 
 4年ぶりの尾瀬。身も心も解放してくれる野山歩きです。
 
 鳩待峠を午前8時15分に出発。横田代、アヤメ平を経て長沢新道との分岐までやって来ました。時刻は10時50分です。(ここまでの様子はこちら

 尾瀬エリア
 
Kashmir 3D
〔今回のルートを大きな地図で〕

 今日は、ここから富士見峠に向かい、八木沢道を下って見晴まで歩きます。見晴には何軒かの山小屋があり、そこで一泊。翌日は尾瀬ヶ原を歩いて山ノ鼻を経由し、鳩待峠に戻ってくるというコースです。

 富士見田代

 長沢新道との分岐の脇に大きな池塘があったので、ちょっと寄り道。富士見田代という小さな湿原で、池塘はその大部分を占めていました。残念ながら角度的に燧ヶ岳は映り込まないようです。

 富士見峠

 富士見田代から5分ほど下って富士見峠に出ましたが、そこでびっくり。なんと富士見小屋が消滅していて更地になっているではないですか。前回ここを訪れたのは2015年の8月。2階建ての山小屋が建っていましたが(こちら)、そのシーズンの終了をもって休業したと聞いていました。それがこんな状況になっているとは。うーむ、これは休業ではなく廃業か。ここは立地的には尾瀬沼にも尾瀬ヶ原にも行きやすい場所なんですが。時の流れを感じます。(聞くところによると解体されたのは去年ことだったそう)



 山小屋の前にあった尾瀬への入口を示す看板とチップトイレは残っていました。トイレは綺麗に保たれていたので、今でも定期的に誰かが管理されているのでしょう。
 更地の段に腰を下ろして小休止。するとしばらくしてyamanekoがこれから進む八木沢道の方から男性が、そしてその後ちょっとしてから奥さんと思われる女性がやって来ました。声をかけて八木沢道の荒れ具合を尋ねてみると、2、3箇所崩れかかったところはあったものの通行が困難なところはなかったとのこと。それよりもクマと遭遇しそうで怖かったと、yamanekoと出会ってホッとしたような表情でした。今朝早く見晴の尾瀬小屋を発ってここまで来たが、その間行き交う人もおらず、クマの活動時間帯ということもあって、ずっとヒヤヒヤしながら歩いていたとのこと。クマ鈴は?と聞くと、観光地のキーホルダーに付いている飾りのような鈴を見せてくれました。これでは確かにクマの耳には届きそうもないなと苦笑。yamanekoも今日は尾瀬小屋に泊まると言うと、晩ご飯のメニューが洒落ているとか、風呂は初めは混み合うので1時間くらい後に入ると良いとか、いろいろアドバイスをくれました。

 八木沢道分岐

 富士見峠でしばらく休んで再び歩き始めました。すぐに分岐が現れ、ここを左折すると八木沢道。yamanekoとしては初めて歩く道になります。一方、直進すると白尾山、皿伏山を経て尾瀬沼に至ります。こちらも未だ歩いたことがない道で、いずれチャレンジしたいと思います。登山ガイドでには「大量の倒木でルート不明確」な場所があると記されていて、現状どうなっているかよく調べて行く必要がありそうです。



 八木沢道、初めは傾斜は緩く、気持ちのいい森歩きです。

 北東方向

 すぐに急な坂道が続くようになりました。北東方向の視界が開けています。目の前には皿伏山。その左奥には燧ヶ岳が見えました。



 斜面が崩れた痕なのか、右手に一旦下ってすぐに元の高さに登り返す形になっています。ただ、最近の出来事ではないようでした。

 ナナカマド

 ナナカマドの実が赤く色づいていました。葉の紅葉はまだまだですね。

 ヤマハハコ

 これはヤマハハコ。高さ30cmほどのキクの仲間です。一つの花のように見えているのは黄色の筒状花がたくさん集まったもの。白い花びらのように見えるのは総苞片です。

 十二曲がり

11時25分、「十二曲がり」という場所に至りました。急な斜面をジグザグに下って行きます。

 サワオトギリ

 これはサワオトギリ。葉や花弁に明点が多数あります。



 十二曲がりを抜けると普通の斜度の坂道になりました。



 ここは比較的最近に崩れたような感じでした。足場に気をつけてパスしていきます。

 燧ヶ岳遠望

 時折視界が開け、燧ヶ岳の雄姿を拝めました。それにしても森が深いです。
 黙々と歩いていると、突然すぐ近くからドドドッと地響きのような音が。心臓がドキッとして「クマか?!」と全身に鳥肌が立ちましたが、藪から飛び出し反対側の藪に向けて滑空していくヤマドリの姿を認めてホッとしました。思わず「脅かすなよ!」と声に出してしまいました。雄のヤマドリは羽根でドドドッとドラミングのような音を出すそうです。きっとヤマドリとしても人間が近づいてきて驚いたのでしょうね。

 命のリレー

 直径1mを超えるほどの大きな切り株が朽ちつつあり、代わりに新しい命の土台となっていました。

 ブナの倒木

 しばらく行くと大きなブナが倒れていました。掘り起こされた根の部分は人の背丈ほどの高さがありました。右の写真はその倒木を横から撮ったところ。写真右端に登山道があり木は左下がりで倒れているのですが、あまりにも大きいのでどう撮っても全体像は収めきれませんでした。天命を全うしたといった姿でした。この場に立ち止まり、周囲の様子も含めしばらく見ていたら、自分が深い山に抱かれてその細胞の一つになっているように思えました。妙に落ち着いた感じでした。

 昼場

 12時15分、「昼場」という場所にやって来ました。小さな沢があり、左手の斜面から流れてきた水が登山道のところで一旦せせらぎになり、すぐに右手の斜面に流れ下っていくという場所でした。ここでザックを下ろし昼食をとることに。

 道標

 「昼場」と記された道標が倒れかけていました。TEPCOのHPを見ると、毎年冬を迎える準備として、道標が雪に潰されないよう横板(この道標では「見晴十字路 3.2km、富士見峠 2.5km」と記された板)を外すのだそうです。きっと今年のその作業の際に直立するよう補修されるのではないでしょうか。

 斜面に下って行く流れ

 石の上に腰かけておにぎりを頬張りました。水が流れ下る音以外は無音です。
 先出のHPによると、その昔、この道は山小屋の物資を運ぶ馬方の道でもあり、昭和41年にヘリコプターの物資輸送が始まるまでは、見晴地区や赤田代地区の山小屋まで馬や人の背中で山小屋の荷物を運んでいたとのこと。きっとこの場所で昼食の時間になったのが「昼場」の名の由来なのでしょう。

 ハクバブシ

 これはハクバブシだと思います。上信越の山地の一部に生えるトリカブトの仲間。ブシとは「附子」と書き、これはトリカブトを意味します。

 ブナの門

 2本のブナが門柱のように並んで立っていて、その間を登山道が通っていました。このブナ達はいったい何人の登山者を見守ってきたんでしょうね。
 この先で男性と行き会いました。八木沢道に入って初めてです。(結局この日八木沢道で出会った人はこの1人だけでした。)

 イワガラミ

 ブナの幹をイワガラミが覆っていました。イワガラミはツル性の落葉樹。花はアジサイのように白い装飾花を持っています。この時期はもうほとんど褐色に枯れていました。イワガラミは一見ツルアジサイによく似ていますが、装飾花の萼裂片の数で区別がつきます。ツルアジサイの萼裂片は庭木のアジサイと同じように3、4個。イワガラミは1個です。



 少しずつ傾斜が緩やかになってきました。右手の森の奥から水音も聞こえてきます。きっと八木沢の流れの音でしょう。沢の河床が近くなるほど標高を下げてきたということです。



 苔むした倒木。登山道を跨ぐ形で倒れたのでしょう。道を塞いだ箇所が玉切りにされずらされていて、その間を登山道が延びています。切られた幹の断面も苔で覆われているので、もうずいぶん前に処理したものだと思います。幹の直径は80cmくらいありました。

 仮設の橋

 12時40分、ようやく八木沢の畔に出ました。少し上流側に仮設の橋が架かっています。本来なら下流側に少し行ったところに八木沢橋が架けられていたはずですが、破損したようで、この仮設の橋を渡り沢の右岸を歩きます。ネットで調べてみたところ、2015年5月時点の環境省のHPに橋の破損により八木沢道は通行止めとの記事を見つけました。その後一旦は修復されたのかその時のままなのかは分かりません。



 道は八木沢の右岸を通っています。

 旧八木沢橋の橋台

 しばらく行くと元々の八木沢橋の橋台が現れました。結構しっかりした造りです。

 ハクバブシ?

 これもハクバブシか。登山道を歩いていてふと目が合ったという感じでした。

 注意ポイント

 ここはガイドブックにも載っている注意ポイント。直進したくなる地形ですが、そのまま行くと河原に入ってしまいます。正解は右手の山沿いに上がっていく小道に移ること。こういう情報ってありがたいですね。向こうから歩いてくる分には紛れはありません。

 ここにいたか

 小さな流れを渡って10mくらい歩いたときのこと。なんかストックを突いた感じが変です。よく見ると先端のキャップがなくなっているではないですか。どっかで外れたか。探しながら引き返すとさっき渡った流れに至りました。ぬかるんだ川べりで「ここに足を置いて次にこの石に乗ったとすると、ストックはここに突くわな」と通過したときのことを再現してみたら、まさにそのとおりのところにすっぽりと埋まっていました。おお、やはりここだったか! 長年の相棒のストックですから見つかって良かった。なにより、小さなパーツでも人工物を尾瀬に残してくるのは良くないですからね。



 再び森の中を歩いて行きます。この辺りまで来ると道はほとんど平坦です。

 ササ藪へ

 背丈を超えるササの中に入っていきます。これは確かにクマが出てもおかしくないようなところですね。

 カンバタケ?

 ダケカンバの枯木にキノコがいっぱい。笠の下側は一見のっぺりしているように見えましたが、よーく見ると微細な管孔で埋め尽くされていました。サルノコシカケ科のカンバタケではないかと思うのですが。



 13時10分、橋が現れました。尾瀬沼から尾瀬ヶ原に唯一流れ下る川、沼尻川に架けられた橋です。

 沼尻川

 沼尻川は尾瀬沼から標高差260mを下り、この先で標高1400mの尾瀬ヶ原に入ります。そして湿原を満たす水と合わさって只見川となり、三条ノ滝方面に下って行くのです。

 サラシナショウマ

 川の畔に咲いていたサラシナショウマ。試験管ブラシみたいですね。花序の長さは50cmくらいあります。

 見晴地区

 橋を渡ってほどなく、木立の向こうに建物が見えてきました。見晴地区に到着です。時刻は13時20分になっていました。鳩待峠を出発したのが8時15分でしたから5時間ちょっとかかったことになります。とりあえず無事にここまで来られて良かった。

 尾瀬小屋

 見晴地区には6軒の山小屋があります。yamanekoが泊まる尾瀬小屋は尾瀬ヶ原に面した、ウォーターフロントならぬ「湿原フロント」の立地。小屋の前のデッキにはパラソルが立てられていて、そこで軽食や飲み物もいただけるようになっていました。シャレオツなカフェみたい。
 とりあえずチェックインして、水分補給です。



 今日は平日で、個室が予約できたので、遠慮なくのんびりできます。部屋は昔ながらの雰囲気でなんだかホッとしました。そして水分補給は麦ジュースで。

 燧ヶ岳伏流水

 部屋で一休みしてから散策に出てみることに。風呂は15時30分からなので時間がたっぷりあるのです。しかもすぐに入ると混み合うとのことなのでプラス1時間くらいの余裕があります。

 第二長蔵小屋

 尾瀬小屋の奥には以前泊まったことのある第二長蔵小屋がありました。ちょっと懐かしい。

 尾瀬ヶ原(下田代)越しの至仏山

 見晴地区は尾瀬ヶ原の東端に位置しています。目の前に広がるのはその尾瀬ヶ原を三分するエリアのうちの一つ、下田代です。この先に中田代、上田代と続き、正面の至仏山に至ります。湿原の広がりは東西約6km、南北約3kmと広大です。

 オクトリカブト

 山小屋から出てすぐのところにオクトリカブトの群落が。八木沢道で見たハクバブシとは葉の様子が少し違うようでした。

 ウメバチソウ

 湿原の縁を北上し、東電小屋分岐まで往復することに。山小屋で借りたサンダルで木道をペタペタ歩いて行きます。
 これはウメバチソウ。道沿いにたくさん咲いていました。ウメバチソウの雄しべは5個あって、開花直後は中心に集まっていますが、1日に1個外側に向けて伸びるのだそう。なのでそれを見ると開花後何日目かが分かるのだそうです。でも最大5日までですね。写真の花は4日目でした。

 ミヤマアキノキリンソウ

 ミヤマアキノキリンソウも尾瀬の秋を飾る花です。別名をコガネギクとも。

 アケボノソウ

 若いカップルがしゃがんでこの花を見ていました。声をかけると、この花は何ですか?と質問が。花冠の裂片にある多数の斑点を明け方の星になぞらえたアケボノソウと伝えると、へ〜との感想でした。

 イワアカバナ

 イワアカバナ。直径1cmに満たない小さな花冠の花です。雌しべの柱頭が丸いところが特徴。低山の山野に生えるアカバナとの相違点です。

 東電小屋分岐

 ぶらぶら歩くこと30分弱。東電小屋分岐までやって来ました。ここで引き返します。ここを左折すると東電小屋に至ります。直進すると赤田代、三条ノ滝、裏燧林道を経て御池まで行くことができます。

 チョウジギク

 おおチョウジギクに出会いました。往きには気がつきませんでした。漢字では「丁字菊」と書き、この花の姿が香料の元になる丁字の花に似ているからその名が付いたということです。白い部分は頭花の柄で縮れた白い毛が密生しています。その先の暗褐色の部分は総苞。そして先端の黄色い部分が筒状花が集まった頭花になります。低山では見ることのできないキクですね。yamanekoもこの花に出会えてテンションが上がりました。

 オゼミズギク

 オゼミズギクもたくさん咲いていました。ミズギクの変種で、尾瀬だけでなく東北地方にも分布しているそうです。



 山小屋に戻ります。木道の先の林の中に山小屋群があります。遠くの山は皿伏山。手前の山との間に八木沢道があり、今日はそこを下りてきました。そして青く澄んだ高い空。いつのまにか秋の空です。
 さて、今晩はゆっくり休んで、明日はいよいよ王道の尾瀬ヶ原歩きです。(翌日に続く