野川公園 〜卯月の武蔵野〜


 

【東京都 調布市 平成19年4月15日(日)】
 
 4月の野川公園です。この1ヶ月の間にこの公園にも桜が咲き、そしてきれいに散りきってしまいました。桜が咲いている期間は、春という季節の中にあるもう一つの短い季節で、この「桜の季節」が過ぎ春本番がやってくるという感じがします。

 トウカエデ

 ポカポカ陽気の日曜日。今日は230台収容できる駐車場も満車で行列ができていました。やっぱり春になると人間様も活動が活発になるようです。新ドリーム号を行列の最後尾につけて、窓を開け春の風を車内に取り込みます。やがて15分ほどで入場できました。観察道具を装備して歩き始めます。観察の主なフィールドは園の北端にある自然観察園。駐車場は南端にあるので、この公園のメインである大芝生の広場の真ん中を通り抜けていきます。(来園者のほとんどはこの広場で遊んでいて、自然観察園に訪れるのはごく僅かです。)
 トウカエデが今年の葉を展開しはじめていました。2月に写した写真と比べると林の雰囲気がガラッと違っています。足下にはまだ去年の落ち葉。この緑色と茶色のコントラストが、なんかのびのびとした気分にさせてくれます。

 クヌギ

 薄緑色の新緑の木々に混じって遠目にも赤みの強い木が目立っていました。近寄ってみると、全体を赤茶色に見せていたのはクヌギの雄花でした。風に吹かれて皆が一斉に踊っているようです。そうやって花粉を飛ばしているのでしょう。若葉もまだしっとりと柔らかいです。

 ロウバイ

 2ヶ月前から観察しているロウバイ。今年の果実が大きくなってきました。手前の焦げ茶色のものは去年の偽果(この中に痩果が入っている。)です。

 フデリンドウ

 東八道路を越えて、自然観察センターまでやってきました。春の里山でよく見かける花です。辺りにはフデリンドウが、あっちにひとかたまり、こっちにひとかたまり、と咲いていました。

 野川

 野川を渡ると自然観察園です。このアングルからの写真、1月と3月に写していますが、季節の移り変わりとともに雰囲気がずいぶん変わりました。
 
 さあ、ここからは花の競演です。紹介しきれないので、ダイジェスト版ということで。

 ミツバアケビ

 アケビの実を食したことのある人はどれほどいるでしょうか。特に若い人では少ないでしょうね。以前にも書いたことがありますが、種なしのアケビを開発することができたら、スイーツ界に一大旋風が巻き起こること間違いなし。それほど甘く美味しいのです。(ただ種の多さが難なのです。)
 アケビの葉が5枚の小葉で構成されているのに対し、ミツバアケビはその名のとおり3枚で構成されています。写真の上部に写っているのが雌花(中心の棒状のものが果実になる部分)で、写真下部に写っている房状のものが雄花です。

 オドリコソウ

 花の形を、舞踏会で踊る女性のふわっとしたスカートの形になぞらえてオドリコソウの名が付いたのかと思いきや、どうやら違うようで、踊り子の花笠に例えたのだそうです。写真の花はうす桃色ですが、花の色にはバリエーションがあって、紅色、薄黄色、また白色のものも見かけます。
 オドリコソウはシソ科の植物で、この科の特徴として茎の断面が四角になっています。

 ヒトリシズカ

 静御前の名を受けたヒトリシズカ。花には花被(雄しべや雌しべの下部にある萼や花冠の総称)がなくて、雌しべと雄しべのみ。白く細長いのは雄しべの花糸です。
 名はヒトリシズカですが、実際には「一人」で立っていることはほとんどなく、写真のように何株か寄り添って咲いています。非業の生涯を送った主人義経を慕い寄り添って生きた薄幸の女性との印象が強い静御前。野原で見かけるときは別として、山地の林の中で出会ったときにはそこだけぽっと明かりが差したようで、まさに名前のとおりの印象を受けます。

 園内の様子

 たった1ヶ月過ぎただけでこんなにも景色が違うのか、といった感じです。

 キランソウ

 地面にへばりつくように生えるキランソウ。その地味なポジショニングとは反対に、花の色は鮮やかな紫色です。昔から薬草として利用されてきました。それにしても人は薬毒をどのようにして判別してきたのでしょうか。ひとたび口にしただけですべての効用を量ることができたという「神農」。そのような能力を神のものとするほど、薬草の判別は人々の生活にとって重要で、かつ、難しいことだったのでしょう。きっと気の遠くなるほどの試行錯誤が繰り返されてきたのでしょうね。

 ジュウニヒトエ

 ジュウニヒトエとは、漢字ではもちろん「十二単」。あの平安の女官の衣裳のことで、花が幾重にも重なって咲くここからこの名が付いたとのことです。そういわれればぼてっと重たそうな印象を受けますね。全体に白い毛が多いことも関係しているかもしれません。オドリコソウやキランソウと同じく、シソ科の植物です。

 ホタルカズラ

 蛍光色の花だからホタルカズラなのでしょうか。図鑑などでは「花の色をホタルの光になぞらえた」とありますが、ホタルの光はどう考えても黄緑色ですよね。一方の「カズラ」とは蔦のこと。花の時期が終わった後、蔓のような細い枝を地面に伸ばして、そこから新しい株を作るのだそうです。

 センボンヤリ

 センボンヤリは春と秋にそれぞれ違うタイプの花を咲かせることで知られています。春に咲く花は高さはせいぜい15pほどで、花冠の中心に筒状花、その周囲を舌状花が取り囲んでいます。秋の花は高さが30〜60pにもなり、花も一見つぼみのように見える閉鎖花(筒状花のみが集まったもの)を付けます。春の花は開放花なので普通の花同様に他家受粉をしますが、あまり結実しないのだとか。一方、秋の花はその構造上自家受粉とならざるを得ないのですが、実はこちらの方が結実の確率が高いのだそうです。
 センボンヤリの名は、秋の花の状態を見て名付けられたということは、実物を目の前にすればすぐに納得できます。

 ホウチャクソウ

 寺院や五重塔の四隅の軒にぶら下がっている、鐘とも銅鐸ともつかないアレ。あれが「宝鐸」で、花がその宝鐸に似ていることからホウチャクソウなのだそうです。宝鐸はもともと飾り用の鈴なのだとか。前から不思議に思っていたのですが、神社に比して寺院ってずいぶん飾り立てられているように思いませんか。何だか訳の分からない荘厳さで庶民をひれ伏させる、とでもいうのでしょうか。もちろん現在ではそれが様式化してしまっているので、特段の意味合いはないのでしょうが、仏教伝来後、それが政治のツールとして使われるようになるとなおさら、必要以上に飾り立てるような意図が働いたのではないかと思ってしまいます。

 アミガサタケ

 なんともグロテスクな姿のアミガサタケ。これでも洋食や中華の食材として最適なのだそうです。一見喰えなそうに見えても、実は誰とでも上手くやっていけるやつ。人間と同じで見かけによらないものですね。でもこのキノコ、生食は不可とのことです。

 新緑

 滴るような緑とはまさにこのこと。体の中に染み込んでくるようです。

 レンプクソウ

 林の下に、ともすれば見過ごしてしまいそうな小さな花。花冠の色も辺りと一体化しています。このわずか10pあまりの花はレンプクソウといい、漢字では「連福草」と書きます。その昔、この草の地下茎がフクジュソウにつながっていたのを見た人が名付けたのだとか。でも、つながっていたのはたまたまだったのでしょうね。花の付き方をよく見ると、四方に向いて横向きに4つと、天に向いて1つ。この配置を見て、須弥山(しゅみせん)を連想してしまいました。須弥山とは、仏教の世界観で世界の中心にそびえる高山のこと(決して愛を叫ぶ場所ではありません。)。山頂には帝釈天、山腹には四方に睨みをきかせる四天王、です。(無理がある?…そうですか、まあいいじゃないですか。)

 ヒイラギソウ

 葉の切れ込みがギザギザで、一見ヒイラギに似ているので名が付いたヒイラギソウ。小さな花を付けるものの多いシソ科の中では比較的大きい花を付ける部類です。濃い青紫色の花が印象的で、林の中でこれが群落を作っているとやはり目を奪われまてしまいます。関東地方と中部地方に分布するそうで、確かに広島にいるときには見かけることはありませんでした。

 ヤマブキソウ

 暖かな春の陽を眩しく照り返すヤマブキソウ。ヤマブキの花に似ることから名が付いたものですが、本家(?)のヤマブキはバラ科の木本で、花は5弁です。ところで、ヤマブキは実を付けないと思っている方も多いのでは。それというのも、太田道灌にまつわる話で、雨宿りで立ち寄った貧しい農家で簑を借りようとした太田道灌に、その家の娘が「七重八重 花は咲けども 山吹の 実の一つだに 無きぞ悲しき」と詠み、ヤマブキの小枝を差し出したという故事があまりにも有名だからなのですが、じつは普通のヤマブキは普通に実を付けます。実を付けないのは八重咲きのヤマブキで、雄しべがすべて花弁に変化しているので花粉ができず、果実が実らないというのが真相のようです。へ〜…です。ちなみに憮然としてその家を後にした道灌は、後に家臣から、簑一つない貧しさから娘が詠んだものだと諭され、道灌は己の不明を深く恥じたとのことです。

 ニリンソウ

 2個の花を付けるのでニリンソウ。でも、1個のことも3個のことも普通にあります。ニリンソウの葉は昔から食用とされていましたが、これがなんとトリカブトの葉と似ていて、今でも誤食が絶えないのだそうです。ご存じトリカブトは保険金殺人にも使われるほど毒性の高い植物ですから。気をつけましょう。

 ラショウモンカズラ

 今日はどうもシソ科の植物の花が多いようです。このラショウモンカズラもシソ科で、さっきのヒイラギソウよりも大きく太い花を付けます。その名の由来がまたおもしろく、一度聞くと忘れられません。というのは、話は遠く平安中期にさかのぼります。摂津の国の源頼光(みなもとのらいこう)に仕える、剛勇で名を轟かせた四天王の筆頭、渡辺綱(わたなべのつな)。その渡辺綱が京都の一条戻り橋で羅城門に巣くう鬼を退治したときに切り落とした鬼の腕に、この花の形が似ているというのです。これまたすごい連想力だよな、と感嘆してしまいます。ちなみに頼光の四天王とは、他に坂田金時(さかたのきんとき)、卜部季武(うらべのすえたけ)、碓井貞光(うすいのさだみつ)のことで、大江山の酒呑童子退治のほか数々の鬼退治伝説で知られています。

 チゴユリ

 雑木林のアイドル、チゴユリです。中国地方で見慣れたチゴユリに比して全体に大型で、ひょっとして中部地方以北に分布するオオチゴユリかとも思いましたが、決定的な相違点である雄しべの葯と花糸との長さの比率(チゴユリは葯は花糸の長さの半分、オオチゴユリはほぼ同じ長さ)を見ると、どうやらやっぱりチゴユリの方のようです。 

 ムサシノキスゲ

 めずらしい花に出会いました。東京西部の丘陵地、まさしく武蔵野台地に自生するムサシノキスゲです。ゼンテイカ(別名ニッコウキスゲ)の変異種とする説もあるそうですが、詳細は分かっておらず、正式な学名もついていないのだそうです。現在、自生地として残っているのは府中市の浅間山(野川公園から約2q)のみとされているので、ここにあるのは移植されたものなのか、それとも、ほぼ同一地域なのでこれも自生のものなのか、そのへんはよく分かりませんでした。

 オオジシバリ

 「ふ〜ん、タンポポか…」と通り過ぎてしまいそうですが、よく見ると違います。葉の形が違うこともさることながら、頭花の中央に注目。筒状花がなく、舌状花のみです。理科の時間に教わった方も多いと思いますが、この舌状花の一つ一つが一個の花。なので中央にある花柱の数と黄色い舌状の花弁の数とは一致しています。あたりまえか。

 サクラソウ

 こんな花にも出会いました。サクラソウです。正面からはペーパークラフトのような平坦な花冠に見えますが、真横から見ると丁字形(高坏形)になっていて、縦の部分は筒状になっています。サクラソウの花には株によって2タイプあり、一つは雌しべが長く先端の柱頭が花筒から顔を出しているもので、もう一つは柱頭が短く顔を出していないものです。写真のものはどうやら後者のもののようです。
 もともとは川岸や山麓の湿り気の多い場所に自生するもので、その姿が愛らしいことからよく栽培され、園芸品種も多いとのことです。

 サギゴケ

 ムラサキサギゴケの白花品をサギゴケといい、この両者を同じものとする考え方もあるのだそうです。母種はムラサキサギゴケの方だそうですが、サギゴケの紫版なのだからムラサキサギゴケなのではないでしょうか。サギゴケあってのムラサキサギゴケでしょう。(って、そんなことどうでもいいですか?) とりあえずサギゴケの白い色はまさにサギの白色でした。黄色い部分があるので、正確には足先が黄色いコサギなのかもしれません。(それこそどうでもいいですね。)

 チョウジソウ

 なんと、こんなところでチョウジソウにお目にかかるとは。まだ開いてはいませんが、開花もあと数日でしょう。数年前、この花を求めて山を登り、その上の霧に包まれた沼に咲いているのを見に行ったことがありますが(こちらこちら参照)、あの苦労の先に見るから感動があるのであって、こうも簡単に出会ってしまうと気が抜けてしまうようです。

 クサノオウ

 このクサノオウも1月から観察している株です。最初、地面にへばりついているロゼットだったものが、2月には中心部分がすこし立ち上がり、3月には白い毛が密生した花茎を伸ばし始めていました。そして4月、ついに黄色い花を付けました。クサノオウはまだまだ大きくなる植物。来月にはきっと腰までほどの高さに成長し、花もたくさん付けているでしょう。そしてもう細長い果実を実らせているかもしれません。

 イカリソウ

 イカリソウ、この花はなんでこの形を選択したのか。この形の何がいったい好都合なのか。もうさっぱり分かりません。
 ただこの形を見て「碇草」と名を付けた先達のセンスには敬服いたします。
 
 …と、さあ、いかがでしたか。今日の自然観察園。もうゲップが出そうでしょう。でも、これでもほんの一部なのです。
 もう陽が傾き始めたので、そろそろお開きとしましょう。

 ヒガンバナ

 ヒガンバナの群生地。2月に写した写真と比べて、一層くたびれてきたようです。この林床に夏草が茂るのと入れ替わりに姿を消し、秋、今度はその夏草がくたびれてきた頃に花茎のみのすっくと伸ばして立ち上がり、真っ赤な花を咲かせるでしょう。そのときにはここは彼岸花で埋め尽くされるかもしれません。
 9月の観察が楽しみです。
 
 先月のレポートの最後に書いた、ヤマネコノメソウの移植の件について。今回、たまたま別のボランティアの方と雑談していたら、やはりあのような行為はボランティアの中でも批判があるのだそうで、多くは移植すべきでないと考えているとのこと。何だかホッとするとともに、ボランティアにもいろいろあるのだなと考えてしまいました。
 
 
  武蔵野台地と野川公園