栂池自然園 〜北アルプスの花々(栂池・中編)〜


 

 (中編)

【長野県 小谷村 平成24年7月29日(日)】
 
 栂池自然園の花巡り、中編です。(前編はこちら


Kashmir 3D

 ビジターセンター前に広がるミズバショウ湿原を1時間半かけて巡った後、さらに奥に進みます。

 風穴

 ミズバショウ湿原からワタスゲ湿原へと向かう途中に小山(丘?)があり、その麓に風穴がありました。岩の隙間から保冷倉庫の冷気のような空気が流れ出ていて、立ち止まると一時の涼しさにほっとします。風穴は溶岩地帯や石灰岩地帯のように内部に空間が比較的多くあるところで見られるのだそうです。

 ワタスゲ湿原

 ここがワタスゲ湿原。標高は1870mです。厚い雲が頭上を覆っていますが、ときおり日が射し湿原を舐めるように日向が移動していきます。

 オオカサスゲ

 なんか毛虫のようにも見えますが、これはオオカサスゲの雌花。上の方にある茶色の部分が雄花です。「オオ」が付くだけあってカサスゲに比して葉の幅が2倍くらいあります。この葉で笠や蓑を作ったらごっついのができそうです。

 

 涼しい空気の中をのんびりと歩いて行きます。

 シナノオトギリ

 木道の間にシナノオトギリが咲いていました。葉の縁に黒点が集まっているところが、よく似ているイワオトギリとの相違点です。

 ゼンテイカ

 ニッコウキスゲと言った方が通りがいいですが、標準和名はゼンテイカ(禅庭花)。朝に開花すると夕方にはしぼんでしまう一日花です。日本中で見られる花で、特に日光地方の特産種ということではないそうです。

 楠川

 ワタスゲ湿原を過ぎると楠川を渡ります。この川はここのすぐ下手から急勾配となり、谷を削るように下っていって姫川に合流します。その標高差なんと1200m! 姫川はそこからわずか30qで糸魚川市に至り日本海に注ぎます。糸魚川といえば「糸魚川静岡構造線」。フォッサマグナの西側の断層帯のことですが、その断層谷を流れる川が糸魚川でなく姫川だったことを最近になって知りました。どうやら糸魚川という川はないようです。ふーん。

 

 ミソガワソウ

 川岸にミソガワソウが咲いていました。大型のシソ科の植物です。長野県にある木曽川の源流部を味噌川といい、この辺りに多く見られたことからミソガワソウの名が付いたといわれています(他説あり)。

 シナノキンバイ

 シナノキンバイはやや大ぶりな花。吹く風に優雅に揺れていました。キンポウゲ科の植物です。
 楠川を渡ると山道になります。ここから先は登山用の靴が必要との看板が掲げてありました。下界からゴンドラで上がってきて、ここまではほぼ平坦な木道なので、確かにサンダル履きの人もちらほらいます。ここから標高差を60mほど登ると一段高い面の浮島湿原に至ります。

 ミツバオウレン

 これもキンポウゲ科のミツバオウレン。花冠の中央部にある黄色い雄しべのような部分が花弁で、その花弁自体が蜜を分泌しています。では白い花弁のようなものはというと、これは萼片。髭のようにたくさんあるのが雄しべで、その中に緑色の雌しべがあります。キンポウゲ科の植物はみなこんなふうに結構フリーダムな構造です。

 コイワカガミ

 春の花がこの時期にも咲いているとは。コイワカガミです。そういえば今日は赤い花が少ないので、ちょっと新鮮な感じがしますな。

 ゴゼンタチバナ

 山道になると出てくる花の種類が変わってきます。ゴゼンタチバナも湿原では見かけません。

 ヤグルマソウ

 ヤグルマソウは葉は、鯉のぼりの竿先で回っている矢車のような形をしています。直径は7、80pにもなる大型の葉です。一方、花は小さく、その小さいのが寄り集まって花序を作っています。

 ミヤマツボスミレ

 ツボスミレの高山適応型。寒いところでも生きていけるように長い時間をかけて適応したのだと思います。

 ギンリョウソウ

 藪の中にギンリョウソウが。透き通るような白色をしているのは、葉緑素を持たない腐生植物だから。ベニタケなどに寄生して栄養を得て生きていますが、そのベニタケもブナやカバノキなどと共生しているので、結局ブナなどが光合成をして作った栄養を間接的に摂取して生きているということになります。

 マイヅルソウ

 葉の模様が鶴が羽ばたいている様子に似ているということで名が付いたマイヅルソウ。花も可愛いですが、ルビーのように赤く熟した実もきれいです。

 オオシラビソ

 ふと目線を上げると、オオシラビソの樹上に紫紺の塊が。これは球果。マツボックリのようなものです。大きさは15pくらいで、遠目に見ると梢に鳩が停まっているようにも見えます。ところで、栂池の「栂」とはツガ(マツ科ツガ属)ではなくこのオオシラビソ(マツ科モミ属)のことだそうです。確かにこの栂池自然園に特徴的な高木です。

 

 山肌を登り切る直前に、これまで歩いてきたところを見渡せる展望ポイントがありました。眼下正面に広がっているのがワタスゲ湿原。右の小山は麓に風穴があったところです。その向こう側にミズバショウ湿原やビジターセンターがあるはずですが、ここからは陰になって見えていません。。

 ハクサンボウフウ

 セリの仲間のハクサンボウフウ。この花の根はクマの大好物だそうです。新しい掘り跡があったりしたら周囲を警戒してみた方が良いかもしれませんね。

 イブキトラノオ

 試験管ブラシのような形をしているのはイブキトラノオです。中国山地でもよく見かけていた花です。中国山地は500mから200mの低い山がほとんどで、脊梁部に1000mから1300mの山が見られるくらいのなだらかな山地。イブキトラノオは吾妻山とか猫山とかの1000mを超える山で出会う花でした。
 ちなみに、オカトラノオやヌマトラノオはサクラソウの仲間ですが、イブキトラノオはタデの仲間です。


Kashmir 3D

 上の段の湿原にやって来ました。まず浮島湿原という広い平坦面があり、そこから奥の支尾根に向かって湿原が棚田状に広がっていいます。

 クロトウヒレン

 開花直前のクロトウヒレン。アザミに近い仲間で、キク科のアザミ属と同様にトウヒレン属という一つの属をなしています。開花するとアザミによく似たピンク色の花を付けます。漢字で書くと「黒唐飛簾」。飛簾は中国の想像上の鳥(顔は角のある雀、胴は鹿、尾は蛇なんだとか。)の名前だそうですが、昔、日本ではヒレアザミの仲間を飛簾と呼んだのだそうです。「飛簾」と「ひれ」の音を掛けているのか?

 テングクワガタ

 これはテングクワガタだそうです。初めて見ました。春先に見かけるオオイヌノフグリに似た花をスッと伸びた花茎の上にまとまって付けています。高さは10pほど。

 エゾノヨツバムグラ

 「蝦夷の」と名が付くとおり、北海道(と本州中部以北)に分布するエゾノヨツバムグラ。本州のものは標高1000m以上でないと見られないそうです。葉の形に特徴があり、ヨツバムグラに比べて幅が広く、楕円形に近い形をしています。先端はちょんと尖っていますが。

 アカモノ

 山道を登っていくとアカモノの小群落が迎えてくれました。しばし歩みを停めて小休止です。

 

 振り返るといつの間にか浮島湿原も眼下に見えるような高さまで登ってきていました。ワタスゲ湿原は山影に隠れてしまっています。かろうじてその向こうの小山は見えていますね。そしてその奥にはビジターセンターが見えます。ずいぶん歩いてきたものです。

 昼食

 時刻はちょうど12時。ベンチに腰掛けて昼食としましょう。宿で作ってもらったおにぎり弁当(お茶付き)ではおかずが足りないと思い、自前で焼き鳥缶とソーセージを調達しておきました。今回の宿は、通常の宿泊・食事にゴンドラ代と自然園入園料にこの弁当も付いたお得なパック料金でした。

 タテヤマリンドウ

 30分ほど休憩をして再び歩き始めました。登山道脇の小さな湿原にも様々な花が咲いています。これはタテヤマリンドウ。花筒部にある細かな斑紋が印象的です。一月前に八海山でも出会いました。

 ホソバノキソチドリ

 これはホソバノキソチドリ。長い距をくるんと下向けに湾曲させているのが特徴です。

 

 だんだん支尾根が近づいてきました。ここまで湿原、河原、山道と、周囲の様子が変わるたびに様々な花を見ることができました。相変わらず空はどんよりとしていますが、雨の心配はなさそうなので、まだまだ楽しい山歩きができそうです。《続きは後編で》