立山 〜天上に広がる別世界(中編)〜


 

 (中編)

【富山県 立山町 平成22年7月20日(火)】
 
 立山登山の続き。一ノ越を過ぎて岩場に奮闘中です。(前編はこちら

 眼下に一ノ越

 一ノ越の山小屋がずいぶん小さくなりました。その向こうには龍王岳の山頂が見えます。龍王岳は2872mで一ノ越との標高差は170mほど。ここからだったらちょっとした丘程度に見えますね。この右手に尾根続きで2831mの浄土山があるので、これに隠れて室堂平からは龍王岳の姿を望むことはできません。

 高山植物

 登山者を励ましてくれるのはやっぱり高山植物たち。急斜面に広がるミヤマキンバイやハクサンイチゲの群落に出会うと、自然と足が止ってしまうもの。ついでに荒い息を整えることもできます。

 こんな環境のところにでも、この季節を待って花を開き、短い夏を生きる。この花たちは見た目の可憐さとは別に、厳冬を耐え抜く強さも持ち合わせているのですね。いや、強いから美しくなれたのかも。

 山頂はそこに

 山頂はすぐそこに見えている気がするのですが、なかなか近づいてきてはくれません。ルートははっきりとしているようでそうでもなく、頻繁に立ち止まって数メートル先までのルート取りを考えながら登っているからでしょう。

 ハクサンイチゲ

 こちらはハクサンイチゲの群落です。こんな標高の高いところでも昆虫が花粉を媒介するのでしょうが、その昆虫もこの厳しい環境の中で世代交代を繰り返しながら生きているということなのでしょうね。こんな天上の地でもちゃんと生態系が機能していることが驚きです。

 三ノ越

 龍王岳や浄土山に雲がかかり始めました。周囲を見渡すと、立山の嶺々には次々と雲が湧いては消えていっています。眼下に尖って見えるところは三ノ越と呼ばれているところで、遠くから見ると稜線上に肩のように出っ張っています。(一ノ越と三ノ越の間に「二ノ越」がなかったのはなぜだろう。崩れてしまったか。)

 社務所

 ガスの中から山頂の社務所が姿を現しました。ここまで来たらあとちょっとです。

 山頂

 12時30分、ようやく雄山の山頂部に到着しました。一ノ越から1時間半、室堂平からは3時間もかかってしまいました。上の写真のひときわ高いところにある社が雄山神社の峰本社、写真では切れていますが、左手に社務所があります(軒先がちょっと写っています。)。

 三角点

 雄山の三角点は、最高地点ではなく、登山道を上ってきて山頂部にたどり着いたすぐのところにありました。円柱状のモニュメントのようなものは、おそらく方位盤が乗っていたんだと思います。 

 三角点のところからの眺めはこんな感じ。さっきまで辿ってきた登山道越しに、黒部湖に向けて落ち込んでいく大きな谷がどどーんと広がっています。御山谷というのだそうです。雲が取れていれば後立山連峰の嶺々も一望にできるはずです。

 峰本社

 峰本社を取り囲む断崖は、そのまま数百メートル下まで続いています。ちょっと普通ではない状況です。
 ここまで来たのなら峰本社でお祓いを受け、お札を拝領するのが定番とのこと。宿のおばちゃんもそう言っていました。鳥居から先にはお祓いを受ける人しか立ち入ることができません。神域中の神域ということなのでしょうが、あの鳥居が入場ゲートに見えてしまうのは、yamanekoが俗世にまみれているからか。ちなみにお祓い料(?)は大人500円でした。

 峰本社からの眺め

 俗世にまみれたyamanekoも、やはり荘厳な大自然の前では真摯な気持ちになるようで、お祓いを受けてこれからの安全をお願いすることにしました。祝詞(のりと)の後、二拝二拍手一拝をし、頭の上を祓串でワサッワサッと。その後御神酒を飲んで(舐めて)終了。本格的です。
 峰本社が建っているところはせいぜい6畳ほどの広さ。その半分を社が占めています。振り返るとさっきまでいた社務所の辺りを見下ろせました。その左肩のところに三角点があり、その向こう側から登ってきたことになります。

 神主さん

 登山客がお祓いを受けるときには、その都度神主さんも社務所から上がってきて、終わるとまた戻っていきます。お祓いを受ける人が多いときはずっと上りっぱなし。でも何人かで交替で務めているようでした。
 それにしても、断崖に囲まれたところで受けるお祓いに、背筋がゾクゾクするようでした。なにしろちょっとよろけたら大変なことになりそうですから(一応、手すりはついていました。)。

 後立山連峰

 社務所の前までもどってきて、昼食にしました。朝、立山駅前のお店で作ってもらったおにぎり弁当です。目の前には上の写真の景色が広がっていて、これが何よりのご馳走でした。正面の稜線は概ね2600m前後です。足元を見ずにいると、なんだか宙に浮いているようでした。

 右の方に目を転じてみると、三角点のところに人だかりが。きっと今しがた登ってきた人たちでしょう。来た道を振り返っているのでしょうか。しかしこうやってゆっくりと景色を見ていると、嶺々に涌いては消える雲塊とその雲が山肌に落とす影とが、山々の表情をめまぐるしく変化させているのが分かります。ひとときとしてじっとしていることはありません。

 魚板

 社務所の軒下に吊されていた木製の魚。大きさは1.5mほどです。何だろうと調べてみると、これは見たまんま「魚板」といい、禅寺などで人を呼び集めるときに叩いたものだそうです(ここは神社なのに。)。なぜ魚の形をしているのかというと、昔、魚は目を閉じず眠らないと信じられていたことから、修行中に居眠りなどをすることのないように、ということなのだそうです。

 北アルプスの中でも、立山付近はまさに日本の屋根。立山周辺の基盤となる岩石は、約50万年前からゆっくりと隆起しはじめて山脈を造ったということです。十数万年前から活動を始めた立山火山の噴出物はこの基盤の上に薄く乗っているに過ぎないのだとか。

 御山谷

 1時30分、そろそろ下山を開始しましょう。登って来た道を戻ります。
 おお、御山谷の遙か下界に黒部湖の湖水が見えるじゃないですか。この雲が取れたらきっと絶景でしょうね。

 足元に注意しながらゆっくりと下りていきます。上から見渡す分、上りに比べてコース取りがしやすいです。
 正面に龍王岳と浄土山。あの向こう側はすり鉢状に大きく窪んでいて、立山カルデラと呼ばれています。その大きさ、東西6.5q、南北5q。立山火山の崩壊、浸食によってできた地形なのだそうです。一般に「カルデラ」といった場合、阿蘇山に代表されるような「陥没カルデラ」を思い起こしますが、他にも会津磐梯山のように激しい爆発で山体が吹き飛んでしまってできる「爆発カルデラ」や、ここ立山のような大規模な浸食によりできる「浸食カルデラ」というのもあるのだそうです。知らなかった。

 再び一ノ越

 そうこうしているうちに一ノ越まで下りてきました。足をくじくこともなく岩場を下り切れたのは、間違いなく立山権現のおかげだと思います。

 ハイマツ

 一ノ越ではトイレのみ済ませて、室堂平に向かいます。トイレのチップ入れは百円玉であふれかえらんばかりになっていました。昨日までの連休で大勢の人が訪れたのでしょうね。
 登山道脇には一面にハイマツが広がっていました。強風や積雪に絶えるための究極のフォルムです。

 振り返ると

 もうこんなに下りてきました。振り返ると、さっき登った雄山は、その山頂から雲も取れ、青い夏空をバックに凛々しく微笑んでいるようでした。「また来いよ」と。

 雪渓で

 雪渓の途中でポーズ。一見余裕ありげですが、歩いているときはペンギンのようでした。

 ペンギン歩き

 室堂平まであとわずか。雄山もずいぶん遠くになりました。さっきの余裕から一転して肩を落とした妻がいますが、うつむいているのは一歩一歩足元を確認しているからとは本人の弁。決してしょぼくれている訳ではないそうです。

 室堂山荘

 室堂平まで戻ってきました。時計を見ると3時。体力的にもまだまだいけそうです。室堂平を取り囲む稜線はあらかた雲に隠れてしまいましたが、ここには明るい午後の日射しが降りそそいでいます。とりあえず休憩をして、その後はミクリガ池周辺で花巡りとしましょう。これからがもう一つの楽しみです。《後編へ続く