立山 〜天上に広がる別世界(前編)〜


 

 (前編)

【富山県 立山町 平成22年7月20日(火)】
 
 梅雨が明けました。するといきなりギラギラとした日射しの毎日です。天気予報はほぼ全国的に連日の晴れマーク。梅雨明け後のこの時期は高い山々が花で彩られる絶好の時期なのですが、これまで仕事の繁忙期と重なっていたため、泣く泣く我慢していました。それがこの4月の異動で状況が一変。今年は思い切って休暇を取って念願の立山に行ってみることにしました。
 
                       
 
 立山観光の一般的なパターンは、長野県と富山県とを結ぶ黒部立山アルペンルートを「通過」するというもの。ケーブルカーやトロリーバスなどいろいろな交通機関を乗り継ぎながら北アルプスを横断していくというもので、これだけならば1日あれば十分です。ただ、今回yamanekoは、立山登山や室堂平での花巡りなどを楽しみたいので、その前後を立山観光の富山県側の起点である立山駅の近くで宿泊することにしました。


Kashmir 3D

 朝8時前、宿の人に車で送ってもらって立山駅へ。8時20分発のケーブルカーでまずは美女平まで一気に登ります(マウスオーバーで表示)。立山駅周辺が標高470m。美女平駅が970mですから、標高差500mです。次にバスに乗り換え約1時間をかけて立山西麓に広がる室堂平を目指します。平日とはいえ、ケーブルカーもバスもほぼ満員。これが昨日までの連休中だったらどういう状況だったのか。当然、積み残しとかも出たでしょうね。終点の室堂平のターミナルは標高2433m。バスでは標高差1500mを登ることになるのです。

 大渓谷

 美女平駅を発ったバスは、やがて樹林帯を抜け弥陀ヶ原へ。左右の車窓には雄大な風景が広がり始めました。上の写真は室堂平に源を発する称名川。北アルプスの山塊を鋭く浸食しながら流れ下っています。左手の斜面は大日岳の浸食面。右手は「ガキ田」と呼ばれる湿原が広がる平坦面になっています。正面奥の雪渓を残す山は、別山。立山の北に位置する山です。
 この称名川は、ここから2qほど下流で落差350m(日本一!)の称名滝となり、さらにその下流に巨大な谷の回廊を造り上げています。これまでもそうであったように、これからも称名滝は少しずつ後退し、何万年もかけてその回廊を延ばしていくことと思います。なんか時空のスケールがすごいです。

 剣岳

 弥陀ヶ原を過ぎると嶺々がグッと近くなってきます。やがて室堂平を囲む稜線の向こうに剣岳が見えてきました。鋭い鋸歯状の稜線を左右に広げた姿は、他の山とは明らかに異なる荘厳さを備えています。なんていうか、何か大きなものが山に姿を変えてこちらを見下ろしているといった印象を受けました。古くから信仰の対象となってきたのもうなずけるような気がします。


Kashmir 3D
 室堂平と立山連峰

 9時半前、室堂ターミナルに到着しました。アルペンルートを行く人たちは、ここでトロリーバスに乗り換えて、トンネルで立山を越えて(抜けて?)行き、さらにロープウェイなどを乗り継いで黒部ダム方面に向かいます。yamanekoはというと、ここで丸一日を過ごします。
 今日のコースは、まず立山登山。目指すのは主峰の雄山(3003m)です。登頂後は室堂に戻ってきて、ミクリガ池周辺を散策する予定です。
 ちなみに、「立山」というピークはなく、雄山、大汝山、富士ノ折立の3つのピークで構成される山体のことをいいます。主峰は雄山ですが、最高峰は大汝山(3015m)です。また、雄山に、南の浄土山、北の別山を加えて「立山三山」といい、周辺の山々を含めて「立山連峰」と称されるのだそうです(広義の「立山連峰」として、僧ヶ岳から黒部五郎岳辺りまでをいうこともあるようで、これは黒部渓谷を挟んでY字型をしている北アルプスの、左の腕の部分全体にあたります。)。火山としての「立山火山」はまた別で、その山体は立山カルデラに位置し、かつての山頂部は浸食により喪失しています。現存する立山火山の最高地点は、浄土山と国見岳の間辺りになるそうです。

 どうです、この景色。正面に見える台形の山体がいわゆる立山。その右端のピークが雄山です。立山の右手前にある尖った山が浄土山。雄山と浄土山の間の鞍部を「一ノ越」といい、まずはここを目指します。それにしても圧倒的な空間の広がり。そしてなにより静かです。昨日は休日でこの室堂平は人であふれていたそうですが、今日はときおり鳥の声が聞こえるのみです。
 さあ、入念に準備運動です。一ノ越までは雪渓を何度も横切らなければなりませんし、一ノ越から山頂までは急傾斜の岩場で足場も悪いとのこと。気を引き締めて行かなくては。

 一ノ越へ

 一ノ越の標高は2700m。室堂ターミナルからの標高差は250m強です。雪渓は進行方向右手から左手に向かって下る斜面になっていて、そこを横切って行きます。いくつもの雪渓を越えていくうちにその斜度も大きくなっていき、足を滑らせたらそのまま雪の斜面を100m以上滑落必至のところも。雪質はザラメ状で、靴底はほとんどグリップしてくれません。ストックのキャップを外し、一足ごとに雪面に突き立てながら進んでいきます。

 別山

 左手には別山(2874m)。残雪と岩肌とのコントラストが鮮やかですね。

 雪解け水

 雪解けの水が岩の間を流れ下っていきます。その水音はキャラキャラとさながら宝石を転がすよう。

 コバイケイソウ

 登山道脇にコバイケイソウの若葉が。ここから見てもしっとりみずみずしい質感をしています。

 ミヤマキンバイ

 残雪をバックにしたミヤマキンバイ。ここには春と夏がいっぺんにやって来ています。

 上の写真は、来た道を振り返って見たところ。別山もずいぶん後ろになりました。この斜度でも実際には結構急なんです。

 ミヤマリンドウ

 ツガザクラの葉の中から顔を出したミヤマリンドウ。立山にはここを基準標本とするよく似たタテヤマリンドウというものもありますが、茎葉がよく開いていることから、ミヤマリンドウと思われます(タテヤマリンドウは茎葉が茎についてほとんど開かないとのこと。)。

 ヤマガラシ

 いろんな高山植物が出迎えてくれますね。テンションも上がり気味です。
 遠見に見るとナノハナのようなヤマガラシ。別名をミヤマガラシといい、高山に咲くアブラナ科の植物です。ナノハナに比べどことなく逞しく感じます。

 ミツバオウレン

 オウレンの仲間では比較的高いところに生えるミツバオウレン。高山でときどき見かけます。何度見ても不思議ですが、花冠中央の黄色いのが花弁です。萼を花弁のように変形させることに何かメリットがあったのでしょうか(花冠の内側がより派手になって、虫を呼びやすいとか…。)。

 アオノツガザクラ

 高山に咲くツツジ科の花はみな小さく可愛いですね。このアオノツガザクラをよーく見てみると、萼や花柄が細かい毛で覆われています。ひょっとして防寒?ってことはないでしょうが、空気中の水分を捕まえる効果はありそうです。

 ハクサンイチゲ

 北アルプスの高山植物の代表選手、ハクサンイチゲの群落です。そういえば乗鞍岳でも素晴らしい花畑を作っていました。

 だんたん傾斜がきつくなってきました。仰ぎ見るその先には妻…、ではなく雄山の山頂。四角い建造物は雄山神社の峰本社(の社務所)です。雄山神社は、麓の岩峅寺にある前立社壇、芦峅寺にある中宮祈願殿、そして雄山山頂の峰本社をもって構成されているのだそうです。岩峅寺は称名川(立山駅付近より下流では常願寺川となる。)が富山平野に出て扇状地を形成するその扇頂付近にある地名で、芦峅寺は立山駅より5qほど下流にある地名。雄山神社は山頂から弥陀ヶ原、常願寺川流域までを含む広大な社域を持っているということです。ちなみに、「峅」は「くら」と読み、「神が降り立つところ」という意味があるのだそうです。

 祓堂

 一ノ越までの道のりの4分の3くらいまでやって来たところに小さな祠がありました。「祓堂」という社だそうです。ここで小休止です。

 ベニバナイチゴ

 キイチゴの花はほとんどが白色ですが、このベニバナイチゴはその名のとおりショッキングピンクです。この果実、美味しそうな見た目とは裏腹にものすごく不味いのだそうです。もちろん食べたことはありません。

 ツガザクラ

 こちらはツガザクラです。さっきのアオノツガザクラは壺形の花でしたが、ツガザクラの花は鐘形をしています。葉だけ見たらなかなか見分けがつきません。

 ヒメクワガタ

 直径1pに満たない小さな花。危うく見落とすところでしたが、向こうから視線を送っていてくれたのかもしれません。直立した茎の先に涼しそうな花を付けていました。ヒメクワガタはゴマノハグサ科であのオオイヌノフグリとも近い仲間。ヒメクワガタの方は花弁の先端が尖っているのでシャープな感じはありますが、確かに似ています。

 一ノ越

 11時、一ノ越に到着しました。ここまでで1時間半もかかっています。花に出会うたびに足を止めていたので、超スローペースです。 ですが、ここでもしっかりと休憩を。

 後立山連峰

 鞍部を越えた向こう側(南東方向)にはこんなパノラマが広がっていました。正面に見えるのはいわゆる「後(うしろ)立山連峰」の嶺々です。これは立山連峰に対して黒部峡谷を挟んで奥側にあるためのネーミング。越中の国側から見ての表現ですね。

 槍ヶ岳

 稜線を目で追っていると、ひときわ鋭利に尖るピークが。地図とコンパスで調べてみると槍ヶ岳のようです。名前負けしない尋常ならざる尖り具合。ここからは約25qほど離れています。手前左にあるなだらかなピークは野口五郎岳です。

 イワツメクサ

 ナデシコの仲間うちでもシャープなイメージのイワツメクサ。深く裂けたV字型の花弁が5個あります。花火のようで涼しそうですね。

 雄山山頂

 これから目指す雄山の山頂。実際にはのしかかるように迫ってきていました。(左下の建物はチップトイレ)

 再スタート

 15分ほど休憩して再スタートです。これから山頂までずっとこんな岩場を登っていくことになります。

 はるか下に

 しばらく登ってから振り返えると、遥か下に一ノ越の山小屋が。もうこんなに登ってきたか。でも、転がり落ちたらあっという間に戻れそうです。

 室堂平

 目を北西に転じてみると、眼前に室堂平がド迫力で広がっていました(マウスオーバーでルート表示)。写真の中央奥ある室堂ターミナルのところを発って、雪渓を横切りながら写真左手前へと登ってきました。この荒々しい地形を彩るマーブル模様の雪渓。ここが俗世とは隔絶された世界であることを感じさせます。
 もともと仏教的な考えが入ってくる前からこの山上には他界があると信じられていたそうで、その後仏教観が広まってからは、この地に地獄や浄土を写し見て立山信仰が起こったとされています。地獄は地獄谷の荒涼とした風景から、また、浄土は神々しい雄山そのものを仏として。雄山山頂にあるのは神社ですが、日本では仏教伝来以来「神仏習合」の考え方の下、既存の八百万神信仰との折り合いを付けてきた歴史があり、「神はもともと仏が姿を変えて現れたもの」という「本地垂迹(ほんじすいじゃく)」の考え方によって説明されてきたそうです。ここ立山でいうと、阿弥陀如来を本地、山の神である立山権現を垂迹とするのだそうです。後から入ってきた仏の方が大元だというのですから、当時国家的に導入された仏教勢力の強さを感じますね。
 写真中央にある大きく窪んだところには「玉殿岩屋」という洞窟があります。ここには立山開山の縁起にまつわる伝承があるようで、その概要は次のとおりです。(参考:立山信仰と立山曼荼羅の解説
 大宝2年(702年)といいますから、飛鳥時代末期、大宝律令が制定されて間もない頃のこと。越中の国を治めていた佐伯有若の息子有頼が、ある日父の大切にしている白鷹をもって鷹狩りに行ったところ、その鷹が遙か山の奥に逃げていってしまったそうです。白鷹を追って一人で山中に入り込んだ有頼の前に突然熊が現れ襲いかかってきたため、有頼はとっさに熊に向かって矢を射たところ、矢は熊の月ノ輪に命中したそうです。しかし熊は絶命することなく山奥に逃げ込み、有頼もそれを追いかけました。やがて熊が玉殿岩屋に入ったところを見た有頼もそれを追って入ると、そこには胸に矢が刺さった阿弥陀如来が立っていて、有頼を中に招き入れたということです。すなわち、阿弥陀如来が熊(熊は山の主であり、本地垂迹でいうところの立山権現)に姿を変えて、有頼を立山に導き、開山を促したということだそうです。開山とは、仏教修行ができるように登山道を整備したり堂を立てたりすることです。
 
 大自然有り古くからの歴史有りで、立山はまだまだ興味が尽きません。そもそも、まだ山頂にも到着していません。ということで、続きは中編以降で。《中編へ続く