白金自然教育園 〜都心に残された森・春4月(前編)〜


 

 (前編)

【東京都 港区 平成24年4月21日(土)】
 
 4月に入ってからもどうも週末の天気サイクルがよくないです。この季節、爽やかな青空の下で自然観察したいものですが、自然が相手ならばこそ、なかなか思うようにはいきませんね。
 さて今月の自然教育園はどんな感じになっているでしょうか。

 自然教育園入口

 目黒通りに面しているエントランス。足下は砂利です。右手に見える建屋が管理棟で、まずはここで入園料を支払うのですが(yamanekoは年間パスをもっているのでタダ!)、今日はその前に正面ゲートの左手の方に寄ってみましょう。

 ユズリハ

 塀から乗り出すように繁っているのはユズリハ。もともと東日本には自生は少ないと言われていますが、公園などではよく見かけます。おめでたい木(成長してきた若い葉に後を譲るようにして古い葉が落ちる=絶えることなく代々続く。)とされているので、あちこちに植栽されているのでしょう。
 右の写真は葉腋に付く雄花。。花弁はなく雄しべのみです。

 

 管理棟を抜けると休憩スペースがあります。背景には黄色のヤマブキの藪が。こんな庭(というか裏山)があったらいいですね。

 ヤマブキ

 「七重八重 花は咲けども山吹の 実の一つだに無きぞ悲しき」 ご存じ、太田道灌が鷹狩りにの帰りに雨宿りした貧しい民家でその家の娘が詠んだとされる歌です。簑を貸してほしいと求める道灌に対して、歌と共に山吹の小枝を手折って差し出す娘。訳が分からず憤った道灌に対して、後に家臣がその意味を判じ、諫めたという話は有名ですね。これは、山吹には実が生らないのと、道灌に貸す簑一つさえないということを掛けたものですが、実際にはヤマブキにはちゃんと実が生ります。上の写真のヤマブキには雄しべも雌しべもあり、小さいですが花の後には果実ができて、秋には黒く熟すのです。
 じゃああの歌は嘘なのか、というとそうでもなくて、「七重八重」というところが問題。写真のヤマブキは花弁が5個ありますが、ヤマブキには写真のものとは異なり八重咲きのものがあって、その八重に重なった花弁(のようなもの)が実は雄しべが変化したものなのです。これはすなわち雄しべが本来の機能を果たせなくなっているということで、結果八重咲きのヤマブキには実が生らないということなのです。
 昔の人も植物をよく観察していたことが伺える逸話でもありますね。なお、この歌は娘自身が詠んだものではなく、平安後期の勅撰和歌集に収められたものだとか。道灌が恥じたのは歌の意味が分からなかったことというより、娘でも知っていた歌を知らなかったということにあるようです。

 イチリンソウ

 イチリンソウの群落。これだけ密生したものは植栽ならでは。野生ではなかなかお目にかかれなくなってきています。

 

 明後日の方を向いている花は一輪もないです。みんな観察路の方を向いて咲いているということは、偶然なのでしょうか。それとも植え方の工夫? 単に明るい方を向くというのであれば、もう少しあちこち向いていても良さそうなものですが。

 ムサシアブミ

 ムサシアブミです。まだ生育途上。写真では分かりづらいですが、葉軸の二股になったところから仏炎苞が出ていますね。招き猫の手首のような形をしていますが、これを上下ひっくり返した姿が、東国武士の用いる馬具、鐙(あぶみ)に似ているところからこの名が付いたといわれています。鐙がピンと来なければ、バイクにまたがったときに足を乗せるステップの役割のものと考えれば分かりやすいと思います。

 ホウチャクソウ

 目立たないですがホウチャクソウも咲いています。縦に長い釣り鐘型の花冠は、6枚の花被片が重なり合ってできています。ホウチャクとは「法鐸」と書き、これは五重塔など寺院建築の四隅の軒先にぶら下がっている飾りのことです。そういえばこんな形をしていたような…。

 ラショウモンカズラ

 シソ科にしてはちょっと大ぶりな花をもつラショウモンカズラ。細い茎の片側に長さ3、4pの唇形花を横向きに付けています。この花の何がラショウモン(羅生門)かというと、平安中期、豪壮で知られた渡辺綱(わたなべのつな。源頼光四天王の一人。)が羅城門に棲む鬼を討った際に切り落とした鬼の二の腕に、この花の花冠の形が似ているからだそうです。二の腕がこの形ということはかなり筋骨隆々の鬼だったのでしょう。でも、本当(?)に鬼の腕を切り落としたのは、羅城門ではなく、一条戻り橋でのこととされていて、後の謡曲の中で舞台を羅城門に移したのだそうです(ということなら「モドリバシカズラ」でもいいか。)

 コクサギ

 葉の付き方に特徴があり、観察会などでは格好の教材になるコクサギです。互生でありながら枝に対して右、左、右、左と交互に付くのではなく、右、右、左、左、右、右と付き、このタイプを「コクサギ型葉序」と呼びます。その葉はまだ展開したばかりでしなやかです。これまであまり見かけた記憶がありませんが、ちょうど緑色の小さな花も咲いています。

 ヤマルリソウ

 ごく薄い紫色のヤマルリソウが咲いています。楚々として控えめに咲くこの花には、少し派手目な「瑠璃」という名が不似合いのようでもあります。瑠璃とはラピスラズリのこと。山で見かけた宝石のようということでしょうか。

 

 まだ入口から100mたらず。路傍観察園を過ぎていません。さすがに今回は花の種類が多いです。

 ニリンソウ

 こちらはニリンソウの群落。イチリンソウに比して花冠の大きさは二回りばかり小さいです。この花の若葉は山菜として好まれていますが、猛毒のトリカブトの葉がこの葉に似ていることから、誤食事故か絶えません。今年もニュースになっていました。

 ヤマブキソウ

 一見、ヤマブキに似ていますが、花弁の数が4枚と、1枚少ないです。背丈もせいぜい50pと小さく、あちらがバラ科の木本であるのに対し、こちらはケシ科の草本です。

 サルトリイバラ

 そういえば端午の節句も間近。yamanekoの故郷では、柏餅をカシワの葉ではなく、このサルトリイバラの葉で巻きます。花は透明がかった黄緑色をしていて、ガラス細工にこんなのがあったような気がします。サルトリイバラはユリ科の木本。葉が単子葉植物のユリの葉とは似ても似つかないのに加えて、ユリ科で木本というのも珍しいのです。なかなかユニークな存在ですね。


 
 エビネ


 和製のランを代表する花、エビネです。でも盗掘が多く、野生のものには滅多にお目にかかれません。しかし、この花の形、きっとこれも進化の果ての必然なんでしょうね。

 シャガ

 シャガの背景には暗がりが似合う、と考えているのはyamanekoだけでしょうか。だいたい少し湿った林縁や民家の裏手などに生えています。花は形といい模様といい西洋絵画的な豪奢な造りをしていますが、一日花なので、夕方にはしぼんでしまします。こんなに華麗に咲きながら一日で花を終えてしまうなんて。この一日にかけるシャガの思いも並々ならぬものがあるでしょうね。

 

 さて、池の方に向かって坂を下っていきます。

 ミツデカエデ

 花序が垂れ下がり、ブドウのように花が付いているのはミツデカエデの花です。葉はカエデの仲間のそれとは少し異なり、三出複葉と呼ばれるタイプ。枝先の一点を中心として葉が3枚付いているように見えますが、もともと1枚の葉が3つに深く切れ込んでいるもので(ちょうどカエデの葉が5つに切れ込んでいるのと同じ。)、その切れ込みが深すぎてそれぞれが基部から別々に生えているような形になっているものです。

 

 オシドリの池と水生植物園との間にある東屋。誰もいません。

 定点写真

 今日は曇っているので、若葉のみずみずしさが今ひとつ伝わりにくいですね。でも先月とはうって変わって落葉樹の枝は葉で飾られています。季節が変わったのを実感します。池の右手のやや赤みがかっているのは桜です。残念ながらもう花は散り、枝に残った蘂の色が全体を赤っぽく見せているのです。

 アゼスゲ

 水生植物園にはアゼスゲが満開でした。やや大型で、これが一面に咲いている風景はなかなか壮観です。
 上部の黄色いのが雄花、その下の白いのが雌花です。

 雄花は花粉を風に乗せて飛ばすので高いところに、また雌花はそれをキャッチするので低いところに咲いているという、なんとも理にかなった構造をしています。
 
 今回は花が多いので前編・後編の二部構成にしました。続きは後編で。
 
 

   自然教育園の周辺の様子