両神山 〜神棲まう修験の山(前編)〜
(前編) |
【埼玉県 小鹿野町 平成27年5月22日(金)】
今年の春は、4月も中旬になってから雪が降ったかと思うと、その後は季節が一月近く前倒しになっている感じで、早くも初夏を通り越して夏本番という感じの日が続いています。こんなに不安定だと梅雨入りがいつになるのかが気になりますが、予報では一応例年よりも遅めとのこと。であれば、梅雨入りまでの気候のいいうちに登りたかった山に出かけようと思った次第です。
で、今回向かったのは、秩父山地にある両神山(1723m)。標高はそれほど高くはありませんが、登山口からの標高差が約1100mあり、yamanekoにとってはハードな部類の山に入ります。
午前5時にドリーム号で出発。この春にできた相模原ICから圏央道に乗り、鶴ヶ島JCTで関越道へ。花園ICで一般道に下りて皆野町から小鹿野町へと向かいました。
両神山 |
これは小鹿野町の中心部から見える両神山。なかなかの威容を誇っていますね。以前、宝登山から見た両神山も強烈な印象でした(こちら)。
両神山はかつて修験道で栄えた信仰の山。この山容を目の当たりにすると、そこに神の存在を感じるのも分かるような気がします。ちなみに、両神とは、この山に祀られる伊弉諾尊(イザナギノミコト)と伊弉冉尊(イザナミノミコト)のことで、これが山の名前の由来と言われています(他説あり)。
駐車場 |
旧両神村役場の前から薄川(すすきがわ)沿いに山間の道を遡っていきます。やがて道は離合できないくらいに細くなり、登山口のある日向大谷に着いたのは7時半を回っていました。いくつかある駐車場のうち一番手前にある駐車場はまだ数台しか停まっていませんでした。もっと先まで車で上がるという手もありますが、ここに停めることに(実際、上の駐車場はいずれもほぼ満車状態でした。)。車を降りると空気がひんやりとして気持ちいいです。装備を整え、準備体操をして、7時45分、スタートしました。
Kashmir 3D |
今日のルートは、何本かあるコースのうち、表参道と呼ばれる最もポピュラーなもの。日向大谷から薄川の源流部を辿り、その最深部から産泰(うぶたい)尾根に取り付きます。途中清滝小屋を経て稜線に出ると、そこから鎖場が続く尾根歩き。両神神社の本社を過ぎ、岩稜部を進むと山頂です。下山は来た道を折り返します。
マルバウツギ |
駐車場から登山口までは舗装路を歩きます。森の袖にマルバウツギ。ちょうど満開でした。
登山口 |
右手の階段が登山口。ここを上ると両神神社の里宮と両神山荘という民宿に至ります。なお、車道はぐるっと迂回して高度をかせぎ山荘前まで続いています。そこが車道の突き当たりです。
階段の途中から見下ろしたところ。バス停の標識が見えますが、秩父鉄道の三峰口駅からここまで日に7便公営バスが運行しています。
両神神社 |
本格的な山道に入る前に両神神社の里宮に参拝。今日の無事をお祈りしておきました。両神神社は昔は両神明神社といったそうです。江戸時代に観蔵院という寺院が併設され(神仏習合の時代だったので)、この寺が山上の両神明神社(本社・奥社)の別当寺の役割を果たしていたとのことです。別当寺とは系列の神社を管理する寺のことです。その観蔵院は明治初期の廃仏毀釈によってなくなり、再び神社がメインになって現在に至っているとのことです。
ところでこの神社、急傾斜地に建っているので、床板が空中に張り出すような構造になっていて、下は空間になっています。
山荘の手前に左手の段々畑に向かう小道があり、そこに登山計画書を入れるポストがありました。この道を進んで森の中に入っていきます。
日向大谷自体が急傾斜地なので、森に入るといきなりこんな感じ。谷底までは結構あります。
しばらく行くと鳥居が現れました。ここからが神域ということでしょう。右側の崩れそうな社の中には、江戸時代初期に観蔵院を本拠として両神山信仰を発展させた観蔵行者の石像がありました。雨露がかからないように覆いが作られているということは、たいそう敬われていたということでしょうね。
じつはこの写真を撮るために立っている場所のすぐ後ろは谷に切れ落ちていて、案外狭いところでした。
丁目石 |
登山道には写真のような丁目石が置かれています。丁目ということなので110m間隔ということになるのでしょうが、実際にどこまで正確に配置されているかは分かりません。この丁目石は1丁目から36丁目まであって、清滝小屋の奥にある行場まで続いているそうです。石の正面にはそれぞれ不動明王の弟子たちの名前が彫られていて、この弟子たちが行場まで案内している格好なのでしょう。写真の石には制痩゙童子(せいたかどうじ)と彫られていました(制痩゙童子は矜羯羅童子(こんがらどうじ)と共に不動明王の両脇に控えている代表的な従者なのだそうです。)。
ガクウツギ |
濃い緑をバックに白い花が浮き立って見えますね。これはガクウツギ。白いのは萼で、本当の花は小さなクリーム色のやつです。
小さな流れを渡ります。増水時には通行禁止の看板も。これは薄川に流れ込む小さな沢ですが、この先何回も薄川本流の流れを渡ることになるはずです。まとまった雨の後は気をつけた方が良さそうです。
巷では新緑の季節は過ぎましたが、この森では木漏れ日が山道に差し込んで気持ちいです。
道は小さなアップダウンを繰り返しつつじんわりと標高を上げていて、地味に息が上がってきます。途中、道幅の狭いところでは手すり代わりの鎖も。道自体は何のことはありませんが、滑落すれば大怪我は免れません。
会所 |
8時20分、登山口から1.5km歩いて七滝沢コースとの分岐にやってきました。会所と呼ばれる場所です。七滝沢コースは、産泰尾根の北側を廻るコース。yamanekoが歩く表参道は南側の谷を行き、清滝小屋を過ぎたところで再び合流することになります。
分岐のすぐ先、二つの谷の出会う河原に小広い平地があって、そこにはベンチがありました。
七滝沢からの流れを渡って薄川本流を遡っていきます。
岩に張り付くシダ。ハの字に伸びていますが、何でしょうか。
この岩はチャートで、両神山はほぼこの岩でできているそうです。チャートは数億年前に海底に微生物の死骸が積もってできた堆積岩。それが今はこんな高いところにあるなんて。比重が大きく鉄よりも重いそうです。
登山道にはところどころにこんな不動明王像などもあり、昔、修験者達が拝みながら山上を目指し修行していたんだろうなと想像を掻き立てます。写真のものは新しいですが。
渓畔林 |
ふと足を止め周囲を見渡すと、渓畔林特有の木々達に取り囲まれていることに気がつきます。これはトチノキ。他にもカツラ、ミズナラ、サワグルミなどなど。心底癒されますね。
フタリシズカ |
足元にはフタリシズカ。花序が1本しかないので一人はどっかに行ったのか。
川を遡るにつれ斜度は少しずつ増してきます。傍には丁目石。何丁目かは読み取れませんでした。
もう薄川の源流部も近いです。ここではこんなに小さな流れですが、谷底に累々と岩が積み重なっているところをみると、一度大水が出るとものすごい水勢になるんでしょうね。
クワガタソウ |
ここまで登山道沿いには草本の花がほとんど見られませんでしたが、ようやく出会えました。これはクワガタソウです。この花のいったいどこがクワガタなのかというと、果実の時期の萼の形が兜の鍬形に似ているからなのだそうです。
こんな山道が延々と続く。もう水の音もずいぶん下になりました。
八海山 |
突然大きな岩が現れました。標識を見ると「八海山」とあります。地図を開いてそれらしいピークを探しましたが、八海山とはどうやらこの岩のことのようです。
振り返って八海山を見たところ。全体に赤っぽい色をした岩塊ですが、鉄分が多いのでしょうか。ここから山頂までは2.6km、清滝小屋までは0.8kmです。
八海山を過ぎると一段と傾斜が増してきました。足元も小石が多く歩きにくいです。
白藤の滝分岐 |
なにやら標識が現れました。左に下ると白藤の滝とのことです。そんな余裕はないので、ここはスルーです。「転落注意」とか書いてあるし。
倒木更新 |
大きなカツラの木が谷に向かって倒れていました。そのせいでぽっかりと大きな空間ができ、林床にまで日が差し込んでいます。その恩恵を被って新しい木々が伸びていますが、そこそこ大きくなっているところをみると、このカツラが倒れて数年が経過しているものと思われます。この若い木々たち、カツラが倒れなければ生き延びられなかった命ですね。
クワガタソウ |
登山道の脇でたくさんのクワガタソウが迎えてくれています。
弘法の井戸 |
9時35分、弘法の井戸という湧水ポイントにやってきました。大きな岩の上には弘法大師の像が鎮座しています。岩の手前の四角い石の箱から短いパイプが突き出していて、そこから清水が出ています。ここで喉を潤して小休止です。
サワグルミ |
大きく息をして見上げるとサワグルミの葉が茂っていました。渓畔林に特有の樹木です。
オノマンネングサ |
うーむ、これはオノマンネングサか。登山道沿いではこの辺りでしか見かけませんでした。
ユキザサ |
おっ、これはユキザサですね。花序が伸び始めています。
急斜面にへばりつくように建つ山小屋が見えてきました。清滝小屋です。
清滝小屋 |
9時45分、清滝小屋に到着しました。日向大谷の登山口から2時間。距離行程からすると山頂までの4分の3辺りまで来ていますが、時間行程にするとまだ半分ちょいくらいです。
ラショウモンカズラ |
リュックを下ろしてここでしっかり休憩を取ることにしました。 これはラショウモンカズラですね。株としてはまだ小さく、これから伸びていくところのようです。
小屋の中はこんな感じ。使用する皆さんのモラルの高さが感じられます。以前は有人だったそうですが今は無人で、避難小屋としての役割を果たしています。日帰り登山が可能な山なので、経営が困難になったのでしょうか。きれいに使いましょう的な貼り紙に「小鹿野町おもてなし課」の名前があったので、今は行政が管理しているのかもしれません。トイレは水洗で清潔でした。
今朝、登り始めて間もなくすれ違った若者は、昨晩はこの小屋に泊まって朝一で山頂に登って下りてきたと言っていました。今日は平日ですが休日には登山者が多くなるので、こんなに快適そうな山小屋ならそういう登り方もいいなと思いました。
小屋の裏手にある清滝の行場跡です。日向大谷から続いていた丁目石はここまでです。
清滝小屋を過ぎると広い植林地の中をつづら折れに登り高度を稼いでいきます。
合流地点 |
10時15分、会所で別れた七滝沢コースとの合流点までやってきました。
鈴が坂 |
この辺りは鈴が坂といって急坂の続く難所になっています。歩幅を小さくして地道に進めば困難はありません。
ニリンソウ |
咲き遅れたニリンソウ。可憐な花です。
ミツバツチグリ |
これはミツバツチグリ。そういえば今日は黄色の花にはほとんど出会いませんでした。
産泰尾根 |
急坂を喘ぎつつ登って行くと産泰尾根の稜線に出ました。時刻は10時25分です。標識には「産泰」ではなく「産体」と書かれていますね。
稜線からは両神山の山頂部を望むことができました。どこが山頂なのかは分かりませんでしたが。
ここからはいくつも鎖場が出てきます。難しいものではないとのことなので、一つ一つ確実にクリアしていきましょう。続きは後編で。