六甲高山植物園 〜山上で巡る高嶺の花々〜
【神戸市 灘区 平成30年5月26日(土)】
NACSーJ(日本自然保護協会)の会報誌「自然保護」には、各地の自然保護に関係するイベント情報が掲載されています。先日、近くで面白そうなものやってないかな、と眺めていたら、「六甲高山植物園自然観察会」というのが目にとまりました。主催は「神戸山草会」とあります。そういえば六甲山の方はほとんど行ったことがありません。先週山に登ったばかりで筋肉痛が癒えない中でも、ここならお手軽そうです。早速参加希望のメールを送ってみました。
とはいえ、平地でこそ初夏ような日もあるものの、標高1000m近い高所ではまだ花も咲いていないのでは、などと考えつつ参加しましたが、さて実際は。
梅田から阪急神戸線に乗り、六甲駅で下車。この辺りは山と海に挟まれた狭隘な地形で、わずか数kmの幅のところに海側から阪神、JR、阪急の3路線が並走しています。最も北側の阪急線ともなるともはや平地ではなく、山へと続く斜面を横に走っていく形になります。
阪急六甲駅からはバスに乗ってぐんぐん高度を上げ、六甲ケーブル下駅に向かいます。駅の周囲には眺めの良さそうな住宅地が広がっていました。ちょうどケーブルカーが出発するというので、慌てて往復きっぷを買って乗り込みました。2輌連結で座席は8割方埋まっていました。
六甲ケーブル 六甲山上駅 |
9時40分、六甲ケーブルの六甲山上駅に到着。ここから目的地の高山植物園まで約3kmほどあり、路線バスも客待ちしていましたが、時間もあるので歩いてみることにしました。高山植物ではなく六甲山上のネイティブ植物を観察できればということです。
ヤブウツギ |
まず目にとまったのはヤブウツギ。スイカズラ科のウツギはタニウツギやニシキウツギなど漏斗状の花冠のものが多く、このヤブウツギもその仲間。色は柘榴のような深い赤色です。
ヤマフジ |
緑深い中、舗装路を歩いて行きます。ヤマフジが涼しげな色を見せていました。車はまれに通るくらいで、ずいぶん静かです。この辺りはせいぜい別荘地があるくらいかなと思いましたが、なんと山上には小学校もあるようです。
フタリシズカ |
フタリシズカは元気ですね。下界ではとうに盛りは過ぎています。
ヤマツツジ |
背景が暗いのでヤマツツジのオレンジとグリーンが引き立ちますね。ツツジの仲間でこの色のものは少なく、ヤマツツジの他にレンゲツツジがありますが、ヤマツツジに比べ葉がへら型で細長いのが特徴です。
アズキナシ |
これはアズキナシの花ですね。久しぶりに見かけました。「小豆のような梨」、果実を見るとなるほどと納得できると思います。
西入口 |
約3kmの道のりをのんびりと小一時間かけて歩き、六甲高山植物園の西入口に到着しました。昭和9年開園。その際には牧野富太郎の監修を得たのだそうです。
運営のTさんは気さくな方でした。さっそく受付を済ませ、開会を待つ間にプレ観察を。
オオルリ |
耳に心地のよい鳴き声はオオルリのもの。50m先の高木のてっぺんでさえずっています。渡りの途中なのかな。なんとか写真に収めましたが、yamanekoのレンズではこれが限界です。
サラサドウダン |
サラサドウダンがちょうど見頃。この見た目はメルヘン(死語)の花です。そういえば1年前、奥多摩の三頭山でこの花を見上げたな。あれから早1年か。よもや関西の山で見ることになるとは、そのときには思いもよらなかったことです。
Kashmir 3D |
10時半、定刻どおり開会です。参加者はyamanekoよりも先輩の方々がほとんどで、人数にして20人くらい。スタッフは4人(多分)で、参加者を3つのグループに分けて観察するとのことでした。ちょうどよい人数での観察。驚きや発見を共有するには人数が多いと難しいんですよね。このあたりは同じ自然観察指導員の企画ならではと、うれしくなりました。今日は、園の3分の2ほどを時計回りに巡るようです。
ニッコウキスゲ |
入り口を入ってすぐ、一面のニッコウキスゲが迎えてくれました。去年訪れた日光の霧降高原では7月上旬が盛りでしたが。
植物園のHPでは、この辺りは北海道南部に相当する冷涼な気候と紹介されていました。この時期は高山植物にとっての活動期である夏の気候なのでしょう。
ヤグルマソウ |
これはヤグルマソウ。鯉のぼりの竿の先端で矢羽で作った矢車が回っているのを見たことがあるでしょう。ヤグルマソウの葉の形と付き方がその矢車に似ているということです。
キンギンボク |
キンギンボク。漢字では「金銀木」と書きます。よく似た花冠を持つ草本の植物としてスイカズラがあり、こちらは別名「金銀花」。いずれも始め白色だったものが次第に黄色に変わっていくことから、白色を銀色に、黄色を金色に置き換えて若干おめでたくしたネーミングのようです。
オオヤマオダマキ |
オオヤマオダマキの花は下を向いて咲き、後方にある鉤形の距が立ち上がります。距の先端が球状になっていて、トランプのジョーカー(道化師)が被っている帽子の形に似ていますね。花の隣で上を向いているのは刮ハです。こちらもなんとなくトランプの図柄っぽい。ちなみに、距が内側に強く巻いているものがオオヤマオダマキで、巻かないものがヤマオダマキです。
コウホネ |
池の水面から突き出ているのはコウホネの花。池の底に地下茎があり、そこから長い花茎を伸ばしています。スイレンの仲間です。いくつかの種と変種があり、遠目からの区別は難しいです。
クリンソウ |
この花を見ると佐久高原を思い出します。クリンソウの群落に出会ってはっとした経験があるのです。
バイカイカリソウ |
距が四方に突き出し荒っぽい印象を受けるのがイカリソウの特徴ですが、バイカイカリソウは「梅花」と名が付くだけあって趣が異なります。ウメの花に似ているかは置いておいて、花冠には距がなく、花弁は白く薄く、全体の印象として儚げです。
ヒメサユリ |
これはヒメサユリです。東北地方の限られたエリアにのみ自生する中型のユリ。山の中でふいに出会ったらさぞや心惹きつけられるでしょうね。絶滅危惧種だそうです。yamanekoも自生のものに出会ったことはないと思います。たぶん。
エゾノキリンソウ |
キリンソウと表記されていましたが、丈が短く地面を覆うように広がっているのでエゾノキリンソウだと思います。一般にキリンソウは高さ50cmくらいになり、一本立ちする姿をしています。
ヒマラヤケシ |
この時期、園のチラシでで一押しのヒマラヤケシ。涼しげですね。以前箱根の湿生花園で見たことがある花です。花の世界で青色のものはあまり多くないので、印象に残りますね。
コマクサ |
ロックガーデンのエリアに入ってきました。なんとコマクサが咲いています。高山では7月中旬以降に咲きますが、この時期の六甲山上の気温が概ね似通っているということでしょう。この地はこの先さらに暑くなってまた気温が下がってきますが、さすがに秋口に二度咲きはしないでしょうね。
ミヤマクワガタ |
これも表記にはクワガタソウとありましたが、ミヤマクワガタではないかと思います。クワガタソウはもっと丈が短く、一株ずつ分かれて咲き、花冠の裂片も丸みを帯びています。
シコタンソウ |
シコタンソウは花弁に黄斑と赤斑があります。本来は遠目にも分かるのですが、ここのものはぱっと見白一色。顔を近づけてかろうじて斑点があることが分かりました。もう花期が終わりに近づき、色が薄くなっているのでしょうか。
クロユリ |
クロユリ。これは蕾の状態ではなく、既に開花が終わった後。黒色というより濃い葡萄茶色ですね。yamanekoの自宅には鉢植えのクロユリがあり、2年連続でシックな花を咲かせてくれました。一昨年の夏、乗鞍に行ったときに球根を買って帰ったものです。
よい季候なので、園を訪れる人も多いようです。
イブキトラノオ |
イブキトラノオは花茎の先に小さな花が穂状に集まっていて、風にゆっくりと揺れる姿がなんとも心を穏やかにしてくれます。「イブキ」はもともと伊吹山のこと。全国の高地に分布するものの特に伊吹山で多く見られるのだそうです。
キンロバイ |
キンロバイです。背が低く草本のように密生していますが、北海道や本州の高山帯に生育するので、このような形態になったのでしょう。キンロバイです。名前も花冠もよく似ているものにキンシバイというものがあります。キンシバイの方は花茎が長く、アーチを描くようにしな垂れるのが特徴。キンロバイはバラ科、キンシバイはオトギリソウ科です。
ハヤチネウスユキソウ |
ウスユキソウの仲間にはいくつかあり、これはハヤチネウスユキソウです。ウスユキソウ属の中では大柄の方なのだとか。「ハヤチネ」とは岩手県の早池峰山のことで、この山に特産の種ということです。
マルバシモツケ |
シモツケが北海道を除く本州、四国、九州で見られるのに対し、このマルバシモツケは北海道を中心に本州中部以北やカムチャッカなど北方地域で見られるのだそうです。植物には、本来の色とは異なりまれに白い花を付けるものがあります。これもシモツケ(本来ピンク色)の白花バージョンのようにも見えますね。
ギョウジャニンニク |
成長が遅く希少な山菜として扱われることの多いギョウジャニンニク。漢字で書くと「行者大蒜」で、修験道の行者が山中での修行中に食べたからとか、食べたら滋養がつきすぎて修行にならないとか、名前にまつわる様々な言い伝えがあるそうです。ニンニク臭、かなり強めです。
リュウキンカ |
ここまで見てきた植物、やはり高山植物園だけあって、高地に生育するものや北方系のものが多くありました。このリュウキンカも平地や低山では見かけないものです。緩い流れの場所など水気を好む植物です。
ところで、先ほどのキンギンボクやキンロバイもそうですが、日本での植物のネーミングには黄色を金色と表現するものが少なくありません。金は幸福の象徴だったんでしょうね。
エンコウソウ |
一見リュウキンカですが、これは別種のエンコウソウ。茎が立ち上がらず横に這って伸び、翌年にはその茎から根を伸ばすという面白い生態をもっています。yamanekoは自生のものは見たことがありません。確かエンコソウと表記されていたと思いますが、エンコウソウ。エンコウは漢字で「猿猴」と書き、これは河童の一種のことです。
リュウキンカもエンコウソウもキンポウゲ科。花弁のように見えるものは萼片で、花弁はありません。
シライトソウ |
繊細な試験管ブラシのような姿をしているシライトソウ。これは比較的低山にも自生しています。広島県の東広島市で群生するシライトソウに感動したことがあります。
オオバキスミレ |
日本海側の多雪地域に分布するオオバキスミレ。スミレ=バイオレット=紫色、となりますが、黄色のスミレもたくさん種類があります。
コガクウツギ |
コガクウツギは「紺照木(コンテリギ)」の別名を持っています。薄暗い林内で濃緑の葉が光沢を持った紺色に見えることからの名前。そしてそんな薄暗い中でも純白の花冠がよく目立ちます。yamanekoが自然観察を始めたごく初期に出会った思い出深い花です。
シロモジ |
おっ、この葉の形は「ゴジラの足跡」。シロモジの葉ですね。生育する地域が限られていて、中央構造線に沿う地域で多く見られるクスノキ科の樹木です。秋には黄色く色づき、和の風情を感じさせてくれます。
イワカガミ |
春の花から夏の花まで多種多様ですね。このイワカガミは春の深山を彩る花です。
オオバオオヤマレンゲ |
ソフトボール大の大ぶりな花を付けるオオバオオヤマレンゲ。今から16年前、広島県の吉和冠山で初めてオオヤマレンゲに出会ったときには、まるで山中で貴婦人に出会ったかのような気がして、おもわず釘付けになったものです。(こちら)
チョウジソウ |
自宅のプランターでもチョウジソウを育てていますが、今年3年目にして初めて花を付けてくれました。うれしいです。
ところで、いくつかの花とは初めて出会ったときの思い出が残っています。チョウジソウとは島根県津和野の地倉沼で幻想的な出会いをしました。(こちら)
キヌガサソウ |
キヌガサソウとは白馬の栂池自然園でした。大群落でした。6年前のことです。(こちら)
ベニドウダン |
園内をぐるっと回ってスタート地点近くまで戻ってきました。
ベニドウダンの花冠はサラサドウダンより一回り小さく、サラサドウダンが典型的な鐘形であるのに対しベニドウダンはやや球形に近い形をしています。ちなみに、双方の中間的な姿のベニサラサドウダンというものもあります。
ツクバネソウ |
これはツクバネソウですね。地味な色合いですが形はかなりユニークです。下の段の葉に似る上の段の4個の葉のようなものは花被片(花冠を構成する部品の一つ)です。何か葉に似せる必要があったんでしょうね、きっと。
アリマウマノスズクサ |
サキソフォンのような変わった形の花。これはアリマウマノスズクサとのことです。「アリマ」ということなのでこの地域に特有のものなのかもしれません。オオバウマノスズクサの変種だそうです。
今から20年近く前(このサイトを開設する前なので正確な日付は覚えていませんが)、オオバウマノスズクサを見るためだけに山口県周南市の烏帽子山に行ったことを覚えています。山中のどこに咲いているといった情報は全くないまま、でも導かれるように花に出会うことができました。不思議なものです。
ハンショウヅル |
ハンショウヅルの花は兜のような萼片に守られています。よく見ると萼片には短い軟毛が密生していて、そのため光沢があるように見えます。
神戸市街 |
約2時間の観察会を終え、再びケーブルカーの山上駅まで戻ってきました(復路はバス利用)。駅舎の屋上から神戸市外を眺めるとこの眺望です。冬場の空気の澄んでいるときなどは遠くまで見渡せるでしょうね。
下山します |
下りに乗るのはこの緑色のケーブルカー。上りの時は確か赤い色の車両だったと思います。
今日は普段見ることのできない花が次から次へと現れ、楽しい観察会でした。なにより自然観察指導員の方が運営する観察会は、自然保護に対する基本的な考え方が共有されているからか、すんなり入っていくことができました。次は8月下旬の開催だとか。また参加してみたいです。