御正体山 〜道志山塊の盟主へ〜


 

【山梨県 道志村・都留市 平成26年5月4日(日)】
 
 今年のゴールデンウィークは曜日の並びの関係で前半と後半に二分される形となっています。その前半に引越しをしたyamaneko、家の中が段ボール箱で溢れかえる中、なんとか野山に出かけられないかと妻のご機嫌を伺っていました。 引越し翌日に新宿御苑でのネイチュアフィーリング(NACSーJ主催)に出かけることができ、本来ならこれでもよくやった方ですが、後半にももう一回だけと交渉してOKを取り付けました。案外快く送り出してくれました。こっちが山に行っている間妻は荷物と格闘しているかと思うと感謝感謝です。
 
                       
 
 で、向かったのは道志山塊の最高峰、御正体山(みしょうたいさん)(1681m)。引越しして丹沢や道志へのアクセスが良くなったので(すなわち田舎に引っ越したということ。)、いかにゴールデンウィーク中であっても、6時半に出発すれば余裕です。
 町田街道を西に向かい、津久井湖の城山ダムを渡ると山が近くなってきます。三ヶ木(みかげ)というところの先から「どうしみち」と呼ばれる山あいの道へ。この道は富士山麓の山中湖まで続いています。その間の深く長い谷沿いが道志と呼ばれる地域で、昔は山深い秘境(失礼)だったのでしょうが、今ではオートキャンプ場がたくさんあるアウトドアレジャーのメッカとなっています。あと、この道はライダーやサイクリストの愛する道でもあるようです。

 

 さて、8時に登山口となる道坂峠に到着。ここにはちょうど1年前に今倉山に登った時に来たことがあります。峠のトンネルを抜けたところにある小さな駐車場にドリーム号停めて登山の準備。駐車場には4台ほど先客がいて、残りは3台分のスペースがあるのみでした。新緑が目に眩しいくらいで、空気も澄んでひんやりと気持ちがいいです。

 

 駐車場からちょっと下ったところから今日お世話になる御正体山の姿が望めました。さすがは道志山塊の盟主。どっしりとしていて浮かれたところがありません。ここからだとずいぶん遠くに見えるなあ。

 

 準備体操をして8時15分に出発。ここには「道坂隧道」というバス停がありますが、便数は一日数本でした。


Kashmir 3D
 

 今日のコースは、まず登山口からトンネルの真上あたりの稜線に出ます。ここは北側にある今倉山と御正体山との鞍部にあたります。そこからは小ピークを幾つか超えながらひたすら稜線を歩き、山頂へ。下山は来た道を折り返します。

 

 いきなりの急坂。意識して歩幅を小さくするようにして登ります。森のどこからかツツドリのポポ、ポポという鳴き声が聞こえてきて、季節が初夏に移ったことを教えてくれていました。

 エイザンスミレ

 登山道脇に見つけたエイザンスミレ。周りにあまり緑がないせいか、なんとなくうすら寒そうに見えます。

 キケマン

 キケマンの花も満開。なんとも表現が難しい透明感のある黄色をしています。
 このキケマンはケシ科の植物と以前覚えましたが、分類によってはケマンソウ科とするものもあるようです。どうやら1990年代以降に出てきた遺伝子解析に基づく分類方法だと後者となるようです。昔はそんなハイテクなどなかったわけですから、姿形や生育環境などに基づいて分類したんだと思いますが、遺伝子レベルで調べてみるとやっぱり他人の空似というのもあったでしょうね。

 鞍部

 8時35分、稜線に出ました。東側の視界が開け、朝日を正面から受ける格好に。ここを右に折れて、あとは写真奥に向かって長い稜線を歩くのみ。さあ急がず一歩一歩体調を確かめながら登るぞ。

 

 針葉樹の木立の中は日差しが届きにくく、空気がひんやりとしていました。まだ朝の8時台ですからね。

 マメザクラ

 これはマメザクラ。ランプシェードのように花を吊り下げて咲くのが特徴です。富士山を中心とした比較的狭い地域に分布しているので、フジザクラともハコネザクラともいうのだそうです。天城山でこの桜越しに見た富士山が印象的で今でも心に残っています(こちら)。

 

 稜線を越えて行く風が涼しく、爽やかな山歩きです。この季節の野山はどこも瑞々しく輝いて本当に心地いいです。

 

 南西に向かってほぼ真っ直ぐに伸びる登山道。そこから左斜め後ろ、すなわち東の方向を振り返るとどっしりとした山の姿が望めました。これは加入道山(1418m)。この角度だとすぐ後ろに控えている大室山(1587m)と一体のもののようにも見えます。手前には鳥ノ胸山(1208m)、遠くには丹沢の主峰、蛭ヶ岳(1673m)も見えます。

 ヤマトリカブト

 おっと、これはヤマトリカブト。花も葉も根も猛毒のデンジャラスな植物です。葉だけ見ると可食のニリンソウによく似ていて、生育環境も共通しているので要注意です。芽吹いてしばらく経つと、ヤマトリカブトは写真のように背が高くなる(最終的には1mくらいに)ので見分けがつきやすいです。ニリンソウは成長しても背が低いままです。

 

 道は延々と上り坂ですが、ご覧のように明るくて気持ちがいいです。

 

 おっ、あれは紛れもなく富士山。御正体山の左肩越しに純白の姿を拝むことができました。やっぱり富士山は別格ですな。ちょっとだけでも感動します。

 

 左手を見下ろすと道志の谷です。その向こう側は丹沢の山々。谷に沿ったわずかな平地に人々の暮らしが見えますね。それにしても真直ぐな深い谷です。いったいどうやって出来たのか興味が湧いたので調べてみると、どうやら原型を作ったのはフィリピン海プレートの衝突とのこと。概要はこうです。
 今から1千万年くらい前に現在の伊豆諸島辺りにいた島々が、北上するフィリピン海プレートに乗ったまま移動してユーラシアプレートに衝突し、基盤のフィリピン海プレートがユーラシアプレートの下に潜り込む際に乗っていた島々だけがユーラシアプレートの縁にこそぎ取られ、その場所に次々に折り重なって山塊を作ったのだそうです。だから襞(ひだ)のような谷になるんですね。そうやって丹沢山塊が出来上がったのは今から約百万年前のことだそうです。この谷の最後の仕上げは道志川の浸食作用で削ったものでしょうね。

 

 ゆっくりゆっくり登っていきます。今日は紫外線が強そうですね。

 ブナ

 ブナの葉が展開し始めていました。触らなくてもしなやかな感じが伝わってきます。足元に積もっている去年の落ち葉は、握るとパリパリっと砕けるほど硬く、表面がツルッとしています。これが下りのときに滑ってやっかいなんですよね。

 ユキザサ

 ユキザサの若葉も柔らかそうです。見るからに美味しそうです(よく似たアマドコロ(有毒)と誤食しないように。)。

 岩下ノ丸

 9時30分、岩下ノ丸に到着。ここはいくつかある稜線上のピークのうち最も大きなもののようです。「丸」という名が付いているということは昔ここに出城でもあったのかも。
 ここで後ろからやって来たトレイルランニングの人と一緒に小休止。その人いわく、来週、道志村トレイルレースというトレイルランニングの大きな大会があり、この稜線もコースの一部なのだとか。その人は去年ハーフ(20km)にエントリーして残念ながら完走できなかったとのこと。今年はトレーニングを積んでロング(41km)に出場するとのこと。後でネットでこの大会のことを調べてみたら、年間富士山周辺の数コースでチャンピオンシップを行っている本格的なレースのようでした(HPはこちら)。ここの大会のコース図を見ると、道志村を取り囲む山々の稜線をぐるっと巡るもので、そのハードさを想像して思わずギョッとしました。yamanekoはそのうちのほんの一部分を登るのにひーひー言っているというのに。このくらいはこの業界では普通なんでしょうか。

 マルバダケブキ

 筋肉が硬くなる前に再び歩き始めます。
 これはマルバダケブキの若葉でしょう。花の時期の葉は大きくて旺盛に茂っているイメージですが、若葉だとまだ初々しいですね。

 

 それにしても登山者とはほとんど出会いません。ゴールデンウィーク真っ只中だというのに、みんなどこに行っているんだろうか。観光地か。

 

 途中、大きな岩の割れ目をつたって登るところがありました。道坂峠からのルートでは足場が悪いところは唯一ここくらいでした。

 白井平分岐

 10時30分、白井平分岐というところまでやって来ました。ここで道志村の白井平地区からの登山道が合流して来ます。夫婦とおぼしき二人組がいたので声をかけてみるとやはり白井平から登ってきたとのこと。そうこうするうちに単独行の外国人も同じ道を登ってきました。このルートは距離が短いので利用する人も多いのでしょう。その分傾斜もきついと思うのですが。
 とりあえず水分補給をして小休止。ここからが最後の急登なので、今まで以上に歩幅を狭めてゆっくりと行かねば。

 

 見上げると、まだ葉を付けていない梢越しに五月の青空が。そのままめを閉じても瞼の裏が明るいです。

 

 誰もいなくなったし休みすぎてもよろしくないので適当なところで歩き始めました。これはブナの芽吹きですよね、多分。さっき見たのはもう葉の形に開いていましたが、ここでは標高が上がった分、芽吹きもそれだけ遅いようです。

 

 その足元にたくさん落ちていたブナの殻斗。クリでいえばイガ、ドングリでいえば帽子に相当する部分です。

 

 傾斜がますますきつくなってきました。最後のひと踏ん張り。カメにも追い越されそうな速度でゆっくりと登りました。

 

 もう随分登ってきたはず、と思っていた頃、眺望が開けているところがあったので小休止(さっきから小休止ばっかりです。)。加入道山や大室山があんなに遠くになっています。この稜線は長いですからね。この写真を見ても、道志の谷が一直線であることがよくわかります。

 

 ほどなく傾斜が緩やかになり山頂が近づいてきたようです。辺りにはコバイケイソウの群落が。湿潤な環境を好むコバイケイソウが谷間でもないこの場所で群落を作っているということは、ここが雪深く遅くまで雪が残っている場所だということでしょう。これも柔らかくて美味しそうですが、有毒なので食べてはいけません。

 

 山頂が見えてきました。何回も何回も小休止を取りながら急傾斜の山腹を登りつめ、ようやく山頂に到着しました。時刻は11時20分です。途中、数組の登山者や何人かのトレイルランニングの人と出会いましたが、基本静かなものでした。

 山頂

 山頂には小さな社とベンチが一つ。そのベンチには先客がいましたが、同席させてもらい、山談義を楽しみながら昼食を取ることができました。 山頂は広々としてはいますが、木立に囲まれて眺望は楽しめません。ここから富士山が望めたら良かったのに。残念。
 ガイドブックによると反対側の稜線を下ってしばらく行ったところに富士山方面の眺望が開けるところがあると記載されていますが、そこへは標高差にして100mは下らなければなりません。すなわち 100m下ってまた100m登って帰ってこなければならないということです。ちょっと逡巡しましたが途中木立の間からでも眺望が開けるところがあるかもしれないと思い、昼食後に行ってみることにしました。

 

 昼食後、軽く体をほぐしてから反対側に下る登山道に入りました。でも、稜線は木立に視界を遮られ、開けた場所は現れません。もうちょっと進めば着くのかも、でもこのまま進むと引き返すのがどんどん辛くなる、といった小さな葛藤と戦いながら下っていきました。

 

 こんな足元の危ういところも通っていきましたが、結局行けども行けどもそれらしいところは現れず、感覚的には200m近く下っただろうというところまで行って、諦めて引き返すことにしました。うむ…。

 

 いったん山頂に戻ってからあらためて祠に手を合わせて無事の下山を祈念。
 調べてみるとこの祠は御正体権現というそう。御正体とは神仏の本体という意味だそうで、これは大和の神々はあくまでも仮の姿でその本体はインド仏教の仏であるとする本地垂迹の考えに 基づいているものだそうです。ということは、この山は神仏がその本体の姿で祀られている山ということなんでしょうか。でも鳥居があるということは神社ですよね。神社の中に仏様が鎮座しているということか。

 

 小休止してから、あらためて道坂峠にむけて下っていきます。
 下り始めてしばらくした頃、両膝の外側がギリギリと痛み始めました。ああ、またあの痛みです。一年前に丹沢の塔ノ岳に登った時以来の靱帯炎。正確には腸脛靱帯炎というやつです。こうなったら後はただ痛みをだましだまし下って行くしかありません。

 

 13時ちょうど、白井平分岐まで下りてきました。ここからは若干傾斜が緩くなります。

 今倉山

 左手には去年登った今倉山の稜線が望めました(ピンが目の前の木に合っていますが。)。あの山からは素晴らしい富士の姿が拝めたんですよね。こんな感じで。

 

 腸脛靱帯炎の痛みの面白いところは、下りでしか痛まないということ。上りや平坦なところを歩いても痛みがないのですから不思議なものです。なので写真のような道はなんのことはありません。

 

 体は別として、心の方は下りは軽くなります。これはクロモジですね。この時期の葉は淡い緑色をしています。

 

 マルバスミレ? みんなで春の歌を合唱をしているよう。膝の痛みをひととき忘れさせてくれます。

 

 ブナはどの木もそれなりに存在感がありますね。樹齢はどのくらいなのかな。50年くらいはいっているでしょうか。だとするとyamanekoが生まれてから学校行ったり結婚したり子どもができたり転勤したり親が亡くなったり、泣いたり笑ったりしていたその間ずーっとこの場所に立っていたことになります。ある意味凄いことですね。

 丹沢の山々

 空気が湿気を帯びてきたのか、遠くの山の端が少し霞んで見えます。丹沢の山も奥行きが深いですね。

 ヒゴスミレ

 これはヒゴスミレ。エイザンスミレよりさらに細く裂けた葉をしています。

 

 ずいぶん下ってきました。今倉山があんなに高く見えます。さあ、あとちょっとです。

 

 道坂トンネルの登山口へと下る道の分岐まで戻ってきました。ここまで来るとあとわずか。なんとかここまで膝がもってくれました。

 

 薄暗い茂みをバックにしてよりくっきりと際立つヤマブキの黄色。自然界の色は作った感がなくてきれいですね。

 登山口

 14時50分、ようやくドリーム号の待つ登山口にもどってきました。無事下山できたことを御正体山の神仏に感謝です。いやまて、家に帰るまでが遠足…じゃなくて山歩きです。ここからの安全もよろしくお願いします。賽銭もあげていないのにあつかましい限りですが。
 
 今日は体の復調を確かめながらの山歩きでしたが、幸いに腹部も心臓も特に何ともありませんでした。よしよしです。これからさらに気候もよくなるので、調子に乗らない程度にまた野山歩きに出かけたいと思います(いや、当分は荷物の片付けか。)。