天城山 〜輝きはじめた峰々(前編)〜


 

 (前編)

【静岡県 伊豆市 平成23年5月15日(日)】
 
 伊豆は関東在住者にとって身近な存在です。本来は東海地方のはずですが、何しろ天気予報の画面とかでは必ずといってよいほど関東地方と一体として扱われていて(静岡県のうち伊豆半島のみ)、毎日伊豆地方の天気情報を目にします。東京からの同心円を描いた場合に北関東までカバーすると必然的に南には伊豆半島が含まれるということもあるでしょうし、なにより伊豆は東京から出かける行楽地として昔から親しまれてきたという親近感があるからかもしれません。
 とはいえ半島は南北に長く、いざ行くとなるとなかなか時間がかかってしまいます。特に車では。
 今回野山歩きに選んだのは伊豆半島の中央部に位置する天城山。これまで何回となく計画したのですが、いざ行く段になって億劫になりその都度延期してきたという、yamaneko的には以前からちょっと気になっていた山なのです。
 
                       
 
 都心を発ったのは午前5時45分。早朝の新宿は朝帰りの人たちでちょっと気だるげな人の流れができていました。ドリーム号で首都高中央環状線から3号渋谷線に入り、そのまま東名高速へ。車の量は少なくないですが順調に流れていて、渋滞が延び始めるにはまだ間がありそうです。厚木ICで東名高速から小田原厚木道路に乗り継いで終点の小田原まで。小田原からは箱根新道へ入ってどんどん高度を上げていき、やがて箱根峠に出るとそこは伊豆半島の付け根部分。そしてそこからは駿河湾と相模湾を左右に見ながら、伊豆半島の脊梁上を縫うようにして走る伊豆スカイラインに入っていきます。この伊豆スカイラインも終点まで走り、そこから更に一般道を7、8q。と、以上トータルで約150qを延々と走り継ぎ、山歩きのベースとなる駐車場に到着したのは8時半になっていました。ここまででもそれなりに疲れます。

 冷川から

 上の写真は伊豆スカイラインの終点近く、冷川付近から眺めた天城山です。ここからだと直線距離で10qくらいは離れているでしょうか。

 

 天城山は、万二郎岳と万三郎岳の2つのピークと、その間の「馬ノ背」という盾状地からなる山塊をいい、「天城山」というピークがあるわけではありません。標高は1300mから1400mで、伊豆とはいえ冬期には一面銀世界になる山だそうです。なかなか雄大で、こうやって遠くから眺めても登りたくなる魅力的な山ですね。ちなみに読みは「ばんじろう」、「ばんざぶろう」です。

 駐車場

 これから登る稜線がよく見えます。風はひんやりとしていて気持ちいい。ここは地理的にはかなり山奥のはずで、道もこの先で行き止まりなのですが、そんな周辺環境に不釣り合いなほどのよく整備された駐車場です。キャパはざっと100台。きれいなトイレもありました。確かに近くにゴルフ場がありますが、そこの駐車場を利用させてもらう形ではなく、ここは登山者専用の駐車場なのだそうです。いったいどなたが提供してくれているのか。ほぉ、ちょっと感心しました。


Kashmir 3D
 

 装備を整え、ストレッチをして、そして賑やかな一団がスタートするのをやり過ごして、8時45分、スタートです。
 今日のコースは、まず万二郎岳(1299m)を目指し、そこから稜線沿いに「馬ノ背」を越え、最高峰の万三郎岳(1405m)に登ります。帰路は北側の斜面を下り、途中から等高線をなぞるように少しずつ高度を下げて元の駐車場に戻ってくるというものです。

 登山口

 駐車場から舗装道路を渡った反対側に登山口がありました。まずはここから谷筋に向かって下っていくことになります。

 

 静かです。ときおりウグイスやオオルリの澄んだ声が聞こえてきます。この辺りで標高は1000mを超えていて、森の様子はまだ若葉の芽吹きが始まったばかりといった感じ。関東平野とは季節が1箇月くらい違うようです。

 アセビ

 ここではまだアセビが生き生きとしています。朝日を受けて輝いていますね。むしろこれから全盛期に向かうという状況。この先の「馬ノ背」はアセビの大群落があるとのことなので、ちょっと楽しみです。

 四辻

 しばらく歩くと涸れた沢筋に出ました。時刻は9時5分です。雨が降ったらそれなりに激しい流れになりそうな沢ですが、今は流れは地中に潜っているようです。
 ここは「四辻」と呼ばれるところで、分岐点になっています。名前とは異なり三叉路になっていて、万次郎岳へは左へ。万三郎岳を経由してぐるっと回って右の道から戻ってくるようになっています。

 

 四辻からは沢筋に沿って登っていきます。
 見上げると青い空をバックに輝く木々が眩しいです。何の木だろう。葉を展開したばかりで縁が波打ち赤く彩られていますね。葉は互生で風車のように4枚ずつまとまって付いています。

 ミヤマシキミ

 これはミヤマシキミですね。有毒という先入観からなんとなく避けがちですが、こうやって見ると可愛い花です。葉に穴が空いているのは虫が食べたのでしょうか。だとすると、小さな体でもちゃんと解毒機能を持っているということ。こういった適応が何億年もの昆虫の繁栄を築いてきたのでしょうね。(案外、何匹もがちょっとかじってみなコロリといっていたりして。)

 オトメアオイ?

 沢を縫うようにしながらジグザグに高度を上げていきます。
 んー、これは何だろう。見た目にはオトメアオイのような気がしますけど。通常、オトメアオイは盛夏に咲きますが、花は翌春まで残るとのことなので、あながち不自然ではないと…。それにしても地味な花ですね(人間目線ですが)。しばらく見ていましたが、この花に気づく人はだれもいませんでした。

 トウゴクミツバツツジ

 時折現れるピンクにハッとさせられます。トウゴクミツバツツジと、この山の常連さんが言っていました。。ミツバツツジとは雄しべの数で簡単に見分けがつきますが(ミツバツツジは5本、トウゴクミツバツツジは10本。)、この仲間はむしろ10本が標準なので、「トウゴク」なのか「サイゴク」なのか、それとも「コバノ」など他のものなのかは、図鑑がないとなかなか分かりません。あとは生育場所や標高、開花時期を目安にするとか。

 

 ずいぶん登ってきました。ちょっと樹林が開けたので小休止。写真では平坦に見えますが、結構な斜度のガレ場です。

 

 再び森の中。いつの間にか沢筋を離れ、山腹の樹林帯を行きます。

 ホソバテンナンショウ

 丹沢から富士、箱根、伊豆にかけて多く分布しているホソバテンナンショウです。仏炎苞を触ってみるとまだしなやかでした。今はまだ薄茶色ですが、これから緑色が濃くなっていくはずです。それにしても、重力に逆らって葉をピンと水平に伸ばしているところに若々しい生命力を感じます。

 

 傾斜がきつくなってきました。もうずいぶん同じような風景の中を登っています。
 視線を足下に落として黙々と登っていると、こうやって自然の中に身を置けること、そして小さくとも様々な感動に触れられることへの感謝の気持ちがしみじみと湧き上がってきます。ありがたいことです。

 

 おや、なんだが人だかりとざわめきが…。

 万二郎岳山頂

 おお、若干唐突に万二郎岳の山頂に到着しました。時刻は9時55分、スタートから1時間10分です。海側から涼しい風が吹き上がってきて、熱くなった体を冷やしてくれます。気持ちいいー。
 山頂は樹木に囲まれていて、この時期でこそ明るいですが、木々の葉が茂ってくると薄暗くなるかもしれません。なので眺望も決して良いとは言えませんね。標識がなかったら登山道途中のちょっとした広場という感じで、通り過ぎてしまいそうです。

 

 それでも梢の間からかろうじて西方向の眺めが。奥のピークが万三郎岳。手前が「馬ノ背」です。

 

 ああ、空が青いなあ。木々の葉は展開しはじめたばかり。今まさに日光の争奪戦が始まったところです。少しでも多く光を受けて、たくさんの栄養を作らなくては。写真のフレームで切り取ると、まるで空の陣取り合戦ですね。

 北西方向

 10分くらい休憩をして再び歩き始めました。
 万二郎岳の山頂から30mくらい下ったところに眺望の開けている岩場がありました。右手遠くに駿河湾越しの富士山が見えています。正面のなだらかなピークが「馬ノ背」。その奥に隠れていて山頂だけをのぞかせているのが万三郎岳です。これからあそこまで歩いて行きます。
 天城山は80万年前から20万年前までの噴火でできた成層火山で、すでに火山活動を終えているそうです。成層火山は富士山のように噴出物が同心円状に積もって、比較的なだらかな裾野を造る形の火山ですが、ここでは活動が終わってから浸食が進み、現在のような形(特に南面の傾斜が大きい。)になったのだそうです。かつての山頂はこの南面にあったと考えられています。

 尾根道

 尾根道は明るく静かです。いろんなものから解放されていく感じ。もともとピークハンターというわけではないので、こういうところで満足してしまいます。

 南東方向

 今度は南東方向の展望です。左端のピークがさっきまでいた万二郎岳です。正面の深い谷の向こうは東伊豆の海岸。熱川温泉の辺りでしょう。写真では分かりにくいですが風力発電用の風車がいくつも並んでいます。夏には太平洋からの湿った風が吹き上げ、それが天城山にぶつかってたくさんの雨を降らせるのだそうです。そんなことで年間の降水量も多く、冬にも積雪が珍しくないとのことです。

 再び上り

 「馬ノ背」に向かって登っていきます。「馬ノ背」は盾状のなだらかな地形なのですが、標高は1325mあり、万二郎岳よりも高いのです。

 馬ノ背

 10時25分、「馬ノ背」に到着しました。ガイドブックにあったとおりアセビの大群落。トンネルができるほどです。登山道がすこし掘り下げられているのは、このトンネルをくぐって歩きやすいようにするためだとか。この状態がしばらく続きます。楽しい山歩きです。

 

 花々が輝いていますね。5月も中旬となり、ここ伊豆の山中も春の盛りを迎えようとしています。《後編に続く》