櫛形山 〜南アルプスを望む展望台(前編)〜


 

 (前編)

【山梨県 富士川町 平成25年8月16日(金)】
 
 お盆休みです。どこか手軽な山はないかいな、ということで、今回は山梨県にある櫛形山に行ってみることにしました。ガイドブックによるとこの山はアヤメで有名とのこと。もう時季外れですが、なにしろ2000mの高所まで車で上がれて、そこから山歩きが出来るので、yamanekoにはもってこいの山です。
 
                       
 
 午前2時起床。なんでこんなに早く起きるかというと、渋滞必至のお盆まっただ中だからです。ナビをセッティングしたりコンビニで弁当を買ったりして、新宿の街を後にしたのは3時でした。まだ暗い中央道。トラックが多いですが、さすがにこの時間は渋滞はありませんでした。笹子トンネルを抜け甲府盆地に入って、4時30分、境川PAで休憩ですことに。朝食にコンビニでどん兵衛を買って食す。時間が時間だっただけにやや腹にもたれました。そして4時50分から1時間ほど仮眠。目を覚ますとすっかり明るくなっていました。
 再スタート後、PAを出てすぐの甲府南ICで一般道へ。笛吹川の土手道を走って富士川町へ入ると、そこから川筋を離れて山の中へ分け入っていきます。やがて平林という集落が現れ、そこを過ぎると離合も困難なかなりワイルドな林道となりました。で、ここからが長い長い。数え切れないほどのヘアピンカーブを抜けてぐんぐん高度を上げていきます。

 駐車場

 平林から延々20qの林道を登り詰めたところに現れたのが写真の駐車場です。ここが櫛形山の池の茶屋登山口。到着時刻は7時ちょうどでした。駐車場には1台の車もありません。一番乗りです。この付近はここまでの山道とはうって変わって綺麗に整備されていて、休憩小屋もトイレも新しかったです。最近、県が整備したようです。トイレはバイオ処理式でとても清潔な施設でした。製造元の表示を見てみると、故郷島根のメーカーのものでした。こんな遠くの山の上に設置するのにわざわざ島根の企業の製品を選んだということは、案外その業界では名の知れた会社なのかもしれません。


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 櫛形山の名は、かまぼこ形を横に延ばしたような山のシルエットと、その稜線から縦に幾筋も切れ込んだ谷が、和櫛(花魁が髪に差しているアレ)の形に似ていることに由来するものだとか。確かに南北に延びる稜線から東側には指で掻いた跡ような谷が延びていますね。
 今日はここから稜線の道を辿り、櫛形山の山頂を経由してアヤメ平までの往復の予定でした。でも現地に行って案内板(これも新しかった)を見ると、アヤメ平から稜線の西側の山腹を通って戻ってくるトレッキングコースができているではないですか。つまりピストンではなく往路とは違う道で帰ってくることができるようになっているのです。しかも途中に「北岳展望デッキ」というのが作られていて眺望も楽しめそうです。これは歩いてみるほかないですね。なるほど、この駐車場の辺りが整備されているのは、どうやらこのトレッキングコースの敷設に伴うものだったようです。

 

 一人静かに準備運動をして、休憩小屋の脇の登山口からスタート。時刻は7時20分です。

 

 朝日が差し込み始めた森の中を登って行きます。

 バイケイソウ

 すると林床を覆い尽くさんばかりのバイケイソウの群落が迎えてくれました。バイケイソウは大柄な花で、背丈は1.5mほどもあります。なんか居並ぶたくさんの兵士に出迎えられたような感じでした。

 バイケイソウ

 一つ一つの花冠は直径3pほどで、その姿からキリッとした印象を受けます。

 

 それにしても朝の森は気持ちがいいです。朝夕はクマの活動時間帯なので気は抜けませんが、あえて熊鈴を外して森の静けさ、清冽さを楽しみたい。そんな気持ちになります。

 マルバダケブキ

 朝日に照らされるマルバダケブキ。深山で出会う花です。この花の群落もあちこちに見られました。

 

 登山口から標高差にして150mほど一気に登って尾根筋へ。荒い息を抑えてさらに登っていきます。尾根筋に出ると、スキー場の林間コースのように森が切り開かれていました。最近切り開かれたものではなく、もう長い間この状態で環境が定着しているようです。ここを登って行きます。結構な斜度です。

 カワラナデシコ

 日向を好む花、カワラナデシコが咲いています。繊細な造形をしていますね。これから初秋にむけて花の時季を迎えます。

 キンレイカ

 この小さな花はキンレイカ。秋の七草オミナエシの仲間で、花の色も形も似ています。漢字では「金鈴花」と書きます。この花の花冠には小さな距があって、確かに蕾の状態は鈴に見えないこともありません。

 

 ときおり振り返ると、左右の木立を額縁にして南アルプスの峰々が絵画のように見えています。手前(写真右側)から、荒川岳、赤石岳、聖岳の三座がドドーンと。いずれも3000m超。こちらに迫ってくるような迫力です。日本に21座ある3000m峰のうちの3つで、南アルプス最南端の3000m峰です。この春、道志の今倉山に登ったときにも荒川岳と赤石岳を望めました。あのときはまだ雪に覆われた姿をしていました(こちら)。
 日本の3000m峰21座はすべて中部地方にあります。そのうち富士山と木曽御嶽山だけは独立峰で、他はすべて北アルプスと南アルプスに属しているのだそうです。なぜか中央アルプスにはないんですね。

 

 しばらく登ると今度は北西の方角の眺望が開けました。こちらは南アルプス北部に位置する3000m峰。手前(写真左)から、農鳥岳、間ノ岳、そして日本第二位の高峰北岳です。通称「白峰三山」ですが、今は雪は被っていません。ちなみに北岳と富士山とを結ぶ直線上に櫛形山があり、北岳山頂から富士山を望む構図の写真には、富士山の手前に必ずかまぼこ形の山(櫛形山)が写っています。

 

 道は一旦なだらかになりました。大きなミズナラの古木が朝日をバックに堂々と立っています。これまで多くの登山者がここを通り過ぎるのを見守ってきたでしょうね。

 

 気持ちのいい小径です。ここが標高2000mとは思えません。どこかの裏山のような長閑な雰囲気です。

 

 マルバダケブキの群落が斜面を覆い尽くしています。今この風景を独り占めしていると思うと、早起きしてやって来て良かったと心底思えます。

 サルオガセ

 木々の枝にぼろ切れのように吊り下がっているのはサルオガセ。地衣類の仲間だそうです。普通地衣類といえば木の幹などに張り付くようにして生きているのですが、このようにぶら下がるのは霧の多い森の中で直接水分を得るためなのだそうです。

 三角点

 午前8時、櫛形山の三角点に到着しました。標高は2052m。国土地理院の2万5千分の1の地形図では2051.7mとあります。実はここから北に500mほど稜線の道を辿ったところにあるピークに櫛形山山頂の標柱が立っていて、一般にはそこが最高点だといわれています。地形図では標高は記されていませんが、等高線を見ると確かに2050mと2060mの間であることが分かります。ちなみに山頂の標柱には2053.5mと書かれているそうです。まあ、三角点は測量のためのものであり、視認性なども場所選びには重要なポイントでしょうから、こちらの方が諸々都合が良かったということでしょう。

 

 三角点を過ぎるとあとは小さなアップダウンを繰り返す道です。標高が高いからでしょうか、空気が澄みきっていて、太陽の光がフィルターをくぐらずに直接届いてくるような感じがします。いうなればピュアな太陽光とでも。

 秀峰富士

 途中、木立が切れたところからこんな風景が。湧き上がる雲のスクリーンの向こうに富士山です。雲の上から富士山を眺めるというのは気持ちいいです。今この同じ時間にあの山頂でこっちを見ている人がいるでしょうね。

 櫛形山山頂

 8時15分、櫛形山山頂の標柱のあるピークに到着しました。なんと白い標柱にはもともと「二〇五三.五メートル」と書かれていたようですが、「三」の1画目と「.五」の文字が削り取られていて「二〇五二メートル」と読めるようになっていました。(うーん、第三者がやったのであれば、主張の適否はどうあれ、こういう行為に出ること自体に独善を感じてしまいますなあ。)

 

 櫛形山の山頂は木立に囲まれていて眺望はありませんでした。でも木漏れ日のこの雰囲気はなかなかのもの。三角点があろうがなかろうが、十分に魅力のある山頂です。

 カニコウモリ

 蟹なのか蝙蝠なのか。もともとは葉の形がコウモリの翼(?)に似ているという意味での「コウモリ」で、さらにその葉が丸みを帯びていて、カニの甲羅に似てきているのでカニコウモリなのだそうです。これでもキクの仲間で、今がほぼ満開の状態です。

 

 山頂から標高にして40mほど下ったところで分岐が現れました。木立の奥に開けた場所があるようです。

 バラボタン平

 どうやらここがバラボタン平のようです。見事なほどのマルバダケブキの群落。光の加減もいい具合で、輝いて見えます。こんな風景の中にただ一人。なんかゾクゾクしてきて、思わず周囲を見回してしまいました。

 マルバダケブキ

 それにしても一度にこんなにたくさんのマルバダケブキを見たのは初めてです。

 

 バラボタン平を過ぎると道は再び木立の中へ。

 カラマツ林

 カラマツ林全体にサルオガセがとりついています。今は明るい雰囲気だからいいですが、これが夕暮れ間近だったり濃いガスの中だったりしたら、けっこう不気味かもしれませんね。

 裸山

 8時55分、森が開けて裸山に到着しました。手前には防護柵で植生が保護されているエリアがあり、その中はびっくりするような花畑が広がっていました。シカの食害からの保護だと思いますが、自然な状態のままならこんな花畑が形成されるのかと思うとびっくりです。

 

 裸山は主稜線から西に向かって短く派生した支尾根のピークで、標高は2003m。ここからだと小さな丘に見えます。その丘の麓からぐるっと半周してピークを経由するコースが設けられていました。

 イケマ

 路傍にツル性の白い花。これはイケマです。IKEA(イケア)ではなくイケマ。名前からは漢字が想像できませんが、調べてみたら「生馬」と書くようです。でもこれも当て字のようで、もともとはアイヌの言葉から来ているのだそうです。

 ピークへ

 ものの5分でピークへ。

 裸山山頂

 すぐに山頂に到着しました。名前のとおり裸地です。三角点がぽつんと佇んでいるのみでした。

 櫛形山

 裸山の山頂から見た櫛形山の稜線。山頂は写真右手のピークです。今日はあの稜線を歩いてここまでやって来たのです。写真の左手には富士山が顔を出していますね。櫛形山の名前の由来となった櫛の歯のような谷筋は、あの稜線の向こう側に刻まれています。いわばここからの眺めは裏櫛形山です。
 さて、ここからは少し下ってアヤメ平へ向かいます。そのまえに裸山の麓にあった植生保護区域をじっくり見てからにしましょう。(後編に続く)