倉見山 〜富士山絶景展望の山歩き(前編)〜


 

 (前編)

【山梨県 西桂町 令和5年12月14日(木)】
 
 師走に入り、巷も徐々に慌ただしさを増してきました。どっかのお寺ですす払いが行われたとか、干支人形の製作が佳境を迎えているとか、そんなニュースに年の瀬を感じます。子供の頃はこの時期に障子の張り替えなどを命じられ渋々やっていましたが、今はそんな役割もなく(そもそも家には障子がない)、かといって今年一年を振り返って諸々反省などするでもなく、忙しい世間を横目にのほほんと日々を過ごしています。
 ということでまた山に行くことにしました。場所は山梨県の倉見山(1256m)。富士山を眺めるのには絶好の山とのことです。
 
                       
 
 朝6時半、自宅を出発。あたりは既に薄明るく、空には雲一つありません。天気予報では今日は冬晴れの一日だとか。
 JR八王子駅で横浜線から中央線に乗り換え高尾駅へ。そこから中央本線に乗り換えて大月駅で富士急行線に乗り換えるわけですが、たまたま乗った電車はJRから富士急行線に直接乗り入れるものでした。そんな編成があったとはラッキーです。鉄道会社間での相互乗り入れは都心ではごく普通のことですが、ここでもやっているというのはそれだけ都心方面から富士山へ向かう旅客数が多いということでしょうね。特に外国人観光客にとって乗換はハードル高いでしょうから。ただこの電車、6輌編成の後ろ3輌は大月で切り離され前3輌のみが河口湖まで行くことになっているので、うっかりしていると大月で置き去りにされることに。要注意です。

 三つ峠駅

 ボックスシートの車両に乗ると急に遠くに来たような気分になります(まあ実際遠くに来ているわけですが)。一面霜で真っ白になった畑などを眺めながらのんびりと目的地に向かいました。 そして8時50分過ぎ、登山口最寄りの三つ峠駅に到着しました。乗降客は数人といったところ。駅は改装中のようでした。倉見山に登るには一駅手前の東桂駅で下車するルートもあり、そちらの方が登山道の傾斜は若干緩やかなのですが、反面距離が長くなるので、yamanekoは三つ峠駅で下車し急斜面を直登するルートを選択しました。この時期は暗くなるのが早いですからね。

 Kashmir 3D

 今日のコースは、三つ峠駅をスタートしたら国道139号線を横断し、その先の住宅地を抜けて桂川の河畔に出ます。対岸に渡ったら中央道富士吉田線をくぐり、厄神社から山に入ります。急斜面をほぼ直登する形で主稜線に出ると、そのすぐ先が倉見山の山頂になります。下山は富士吉田方面へ。杓子山との分岐がある相定ヶ峰を経由して西に下る主稜線を行き、富士吉田市の向原地区に下山。そこからは車道沿いに歩いて、ゴールの寿駅に向かいます。

 倉見山遠望

 コンビニで買い物したり、ストレッチをしたりして準備完了。スタートは9時15分になりました。
 交通量の多い国道139号線を横断して住宅地を歩くと、正面に倉見山の姿が見えました。朝日は眩しいですがこれから登る山の斜面は黒い陰になっています。きっと登りきって稜線に出るまで日陰のままでしょう。

 桂川

 ほどなく桂川の河畔に出ました。ここを川沿いに進んでいきます。

 桂川公園からの富士山

 川べりにあった桂川公園。河川敷を利用した広場みたいな公園でしたが、ロケーションがハンパない。この近所の子ども達は毎日この風景を見ながら遊んでるんですね。ある意味贅沢。

 桂川

 桂川に架かる橋の上から。下流方向です。この先、約40km流れ下って神奈川県に入ったところで相模川と名前を変え、更に約50km下って湘南海岸で相模湾に注ぎます。

 三ツ峠山

 橋を渡った先でもしばらく民家の軒先を歩きます。北西側に特徴的な形の山が見えていますが、あれは三ツ峠山。今朝下車した三つ峠駅はあの山への登山口の駅として名付けられたのだと思います(もともと開業時は小沼駅という名前の駅だったとか)。ちなみに、「みつとうげ」の「つ」、山の名前では片仮名、駅の名前では平仮名です。

 中央道(富士吉田線)

 やがて中央自動車道(富士吉田線)の高架が現れました。ここをくぐってすぐに右手に折れます。

 厄神社

 スタートから15分で厄神社に到着しました。これから歩く主稜線までの道は「厄神ルート」と呼ばれ、それはこの厄神社にちなんだ名称です。さっそく参拝し、今日の登山の無事をお祈りしました。現地の案内板によると、室町時代後期、連年にわたり悪疫が流行したことから、天文3年(1534年)3月、この地に厄神社が創祀されたとありました。科学や医療が進んでいなかった当時、神に祈ることも大真面目な対処方法だったのでしょう。いや、人の力ではどうすることもできない事柄はこの現代にも多くあり、だからこそ人は日々祈らずにはいられないのだと思うのです。



 ここから先しばらくは舗装された林道。鎖が張られていて車両の進入は止められていましたが、その鎖には「登山者は徒歩での通行ができます」と書かれた紙がぶら下げられていたので、そのまま鎖を跨いで進みました。

 熊出没注意

 午前中、稜線の西側斜面を行く厄神ルートは日陰になり、谷筋ということもあって、空気がピンと張り詰め冷え冷えとしていました。道端にあった「熊出没注意」の看板が更に空気を張り詰めたものとしているような。(怖)

 クズ

 何か興味深い植物でもないかと探してみると、枯れそぼったクズの果実が目に入りました。侘び寂もここに極まれりといった風情で、全然元気がでません。



 ゴミの不法投棄を戒める看板。こんなところにまでゴミを捨てに来るヤツがいるんですね。きっと厄神様のバチが当たるでしょう。

 砂防堰堤

 なかなかの斜度の林道を上り詰めると、行く手に立ち塞がるように大きな砂防堰堤が現れました。そしてその奥にはこれから登る急斜面が覆い被さるように聳えています。早くもくじけそうですが、ここはまず右手から回り込んで堰堤の上に出ます。

 センニンソウ

 この綿雪のようなものはセンニンソウの果実。羽毛状の部分で風を受けて飛んでいき分布を拡大するタイプの植物です。



 yamanekoの周囲はモノクロですが、振り返るとさっきまでいた明るい世界が。黄泉の国から現世をみるとこんな感じなのかも。

 透過型堰堤

 砂防堰堤の上流側に出ると、更に谷が狭まり一段と薄暗くなりました。少し行くとその先に異様な構造物が。一見、要塞の遺構のようでもありますが、これも堰堤の一種。鋼管を組み合わせた透過構造の堰堤で、透過型堰堤とかスリット堰堤などと呼ばれるものだそうです。登山者は案内板に従ってここを左手に渡ります。

 登山道開始

 ここからが山道。谷を右に見ながら急坂を登っていきます。普通に立っているだけでもアキレス腱が伸びるほどの斜度です。

 スギ林

 左手はスギの植林地。やや混み合っていますが枝打ちはされているようです。



 この斜面、40度くらいはありそう。実際にその場に立つと自分の視点分の高さが加わるので、より急な角度に感じます。ただ、仮に滑っても木に引っかかりそう。何もない斜面だったら慎重になる角度ですね。



 空気は相変わらず冷たいですが、体温は上がってきて汗ばんできたので、アウターを1枚脱いでザックにしまいました。遠くに見えるあの稜線まで、これから一歩一歩登っていきます。

 落石注意

 いかにも落石の多そうな斜面。落ち葉に隠れていますが地面にはこぶし大の石がゴロゴロしています。現に「落石注意」の看板が10mおきくらいの間隔で立っていました。

 GRIVEL

 yamanekoのヘルメット。岩場でなくてもこれを被っているだけでかなり安心度が高まります。落石だけでなく自身が滑落したときでも。あと、クマと鉢合わせしたときでも最初の一撃はかわせそう(笑)。実際にヘルメットが役立つ頻度としては木の枝に頭をぶつけるようなことの方が圧倒的に高いですが。

 折り返し

 しばらく登ったところで折り返し。ここから更に山腹をトラバースする形で高度を上げていきます。

 路肩注意

 今度は左手に谷を見下ろしながら登っていきます。「落石注意」の看板が今度は「路肩注意」のものに変わりました。



 少し陽が差してきました。傾斜も緩やかになってきたような…。



 広場のような場所に出ました。これまでの針葉樹とは明らかに異なる樹形の木があちこちに生えています。これは何だ?

 アブラチャン

 地面に落ちている果実と葉を拾ってみました。これはアブラチャンですね。クスノキの仲間です。種子や樹皮には油が多く含まれ、生木でも良く燃えるため、昔は灯火の材料にしていたそう。名前の「チャン」は瀝青のことで、これはコールタールやピッチの総称だそうです。名前が油+瀝青なのでこれは相当燃えやすそうです。



 アブラチャンの広場を過ぎるとまた斜面の角度が増してきました。伐採された木もあちこちに残されていて、登山道はそれを跨ぐように続いています。

 さすの平

 10時30分、標識が現れました。ここが「さすの平」と呼ばれているところ。でも平と言えるような場所はありませんでした。「さす」って何のことだろう。
 さて、斜面のトラバースはここで終わり。ここからは広い尾根上を直登することになります。

 三ツ峠山

 ネット情報では厄神ルート上で唯一眺望が得られる場所がここさすの平とありました。木立越しではありますが確かになかなかの眺望です。桂川が刻んだ広い谷を挟んで三ツ峠山の偉容が望めました。
 三ツ峠山には今から9年前に登ったことがあります。ただ、その時はこちら側からではなく、山の反対側の御坂峠から登りました。(その時の様子



 尾根道はこんな感じ。登山アプリで見てみると、厄神ルートは標高が上がるにつれて斜度も増す形になっています。これからが本当の試練ですね。



 しばらくして、麓の西桂町から富士吉田市辺りが見下ろせました。蛇行している道路は中央自動車道。その先に富士急ハイランドも見えます(今日は休業日)。最奥の山並みは河口湖や西湖の北側にある山々で、それを越えると甲府盆地が広がっています。



 西隣の尾根には陽が当たっています。それにしてもこの斜面、45度くらいいってませんか?

 小休止

 さすの平から直登にかかることしばし。たまらずザックを下ろして休憩です。とりあえず水分とエネルギーを補給しました。



 標高を10m稼いでは足を止め、また10m稼いでは息を整えして、一歩一歩進みます。おお、こちらの尾根にも陽の光が。元気が湧いてくるようです。

 北方向

 振り返ると木立の向こうに北方向の山並みが見えました。写真正面の峰は黒岳、その右手に稜線を辿ると雁ヶ腹摺山です。黒岳の左手前には滝子山、そして左端最前列に鶴ヶ鳥屋山が長い稜線を見せています。いずれも甲州の郡内地方と国中地方を隔てる山々です。



 富士山が隣の尾根から顔を出していました。「何だ、まだそんなところでヒーヒー言っているのか」とか言っていそうです。この倉見山、ガイドブックでは初級の格付けですが、順調に老いてきているyamanekoにとっては中級くらいの感じです。

 アズキナシ

 足元に赤い実が落ちていました。これはアズキナシでは。図鑑には乾燥した尾根筋や斜面などの落葉樹林に多いとありました。まさにこの場所ズバリですね。名前は、果実が梨に似ていて、それでいて小さいから小豆梨となったのだとか。この実が梨に似てるか?

 ピンクテープ

 尾根の幅が広い上に、辺り一面が落ち葉で覆われているので、登山道がはっきりしません。道を示すピンクのテープを探し探し登っていきます。このピンクのビニールテープは登山道を示す目印として登山者の共通認識となっていますが、まれに林業者が伐採候補の目印として樹木にビニールテープを巻いていることがあるので要注意。道迷いになりかねません。

 見上げると

 荒い息を整えるため立ち止まること幾たびか。ふと頭上を見上げるとこの青空です。誰もいないこの山の上で冬晴れの空を見上げている自分をドローンの空撮目線でイメージすると、なんという非日常感。諸々のことから解放されるようです。



 で、視線を戻すと現実が。でもあとちょっとのようです。



 稜線直下、傾斜はいよいよきつくなってきました。落ち葉で滑ったりするとすいぶん下まで連れて行かれそうです。

 主稜線へ

 11時20分、ようやく主稜線に出ました。世界が明るいです。倉見山の頂上はここを右へ。

 主稜線

 標識のところで主稜線(東桂駅方向)を見ると、こちらもまあまあの斜度で下っていました。

 頂上へ

 さあ、あらためて頂上に向かいます。ここからは100mもありません。頂上よ、待っててけろー!(後編に続く