小石川植物園 〜都心で冬ド真ん中を楽しむ(前編)〜
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(前編) |
【東京都 文京区 令和8年1月24日(土)】
今、日本列島には「最強最長寒波」がやってきていて、日本海側を中心に大雪が降り続いています。関東地方も晴天続きとはいえ(こっちなりに)厳しい寒さが続いています。節気は大寒。まさに冬ド真ん中です。
そんな中でもどこに野山歩きに行こうかと呑気なことを考えているyamanekoですが、ここはやっぱり少しでも暖かいところへ。で、今回は都心で野山歩きをすることにしました。場所は文京区にある小石川植物園。正式には「東京大学大学院理学系研究科附属植物園」といい、公開されているとはいえ植物学の研究・教育を目的とする施設です。現に園内には「ここは公園ではありません」と注意書きがありました。なるほど。
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Kashmir3D SuperMapple |
都心というと茫洋たるビル街の広がりをイメージしますが、都心の地形は案外複雑です。上の図は標高5mのところを黄色に、そこから標高が高くなるほど茶色くなるように着色したものです。特徴的なのは西と東とでその様相がまったく異なること。西側は武蔵野台地の東端に当たり、低地との標高差は先端部で20mほどになります。台地の上は細かく浸食されているのが分かりますね。一方、東側は低地が広がり、荒川下流域ではいわゆるゼロメートル地帯も見られます。小石川植物園は台地の先端部に切れ込んだ谷の途中に位置していて、園内に結構な高低差のある地形を持っています。(画像にマウスオンで地図表示)
小石川植物園の前身である小石川御薬園が幕府によって設けられた江戸時代。この辺りは江戸城の北側に当たり、武家の町だったようです。園内を拡張し養生所を併設した享保7年(1722年)にほぼ現在の植物園の形になったということですので、すごい歴史を持った研究施設だということが分かります。ちなみに小石川の養生所といえば、ドラマ大岡越前で竹脇無我演じる榊原伊織が働いていたあの養生所ですよね。懐かしい。越前役は加藤剛だった!
母が加藤剛のファンだったようで、子供の頃よく観ていました。(以上、どうでもいい情報)
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もう少し拡大して小石川植物園周辺を見てみましょう。
武蔵野台地の東端部は小さな川に細かく開削され、本郷台、成増台、豊島台、淀橋台、荏原台などのいくつかの小台地に分けられています。小石川植物園は細長く延びた本郷台の縁に当たり(赤線で示した範囲)、南西向きの雛壇状になっています。
本郷台は、西側は旧谷端川(やばがわ)で豊島台と隔てられていて、東側は遥か先まで広がる下町低地。縄文海進のころは海だったはずなので、今風に言えばウオーターフロントだったということですね。その本郷台自体も旧谷田川が更に短冊状に切り分けていて、この辺りは太古は北西から南東に向かって傾斜した土地だったことがうかがえます。しかもすぐ隣を流れる川と合流することなく流れ下っていることから、そこそこの傾斜があったのでは。ちなみに旧谷端川も旧谷田川も戦前のうちから暗渠化されていたそうで、今では本来の川筋は判然としません。昔の航空写真を見てみるとおそらくこれだろうなという筋はありました。
| 定食「たこ八」 |
さて、どんな所かを確認したところで肝心の野山歩きです。都営三田線の白山駅で下車して地上に出ると、そこは旧谷田川が削った谷(といっても賑やかな商業地ですが)。そこから西に向かって本郷台を越え、植物園正門のある反対側の旧谷端川の谷筋に向かいます。途中、丘の上によさげな定食屋さんを見つけたので、帰りに寄ってみようと心に決めました。
| 正門 |
午前10時10分、園の南端部にある正門に到着しました。チケットは門を入ったところにある建物で購入します。大人500円なり。
| 米田商店 |
正門と小道を挟んだ反対側にある米田商店。右端にたばこを販売する小窓があり、以前は、少なくとも20年前に来たときはここでチケットを販売していました。昔は国の研究機関が直接収益を上げることを避けていて、文部省の外郭団体が替わって行っていたのでは。そして実際の販売はこのお店に委託していたのではというのがyamanekoの見立てです。20年前は既に国立大学は法人化していたはずですが、契約が切れるまではそのスタイルが残っていたのかも。
ちなみにこの小道が旧谷端川の川筋に当たります(正確な流路は道路とは多少ずれていますが。)。
園内に入ると正面に坂道が続いています。南西向きの雛壇構造のうちの上の段に続く道です。日当たり良好。仮にこのエリアが民間に放出されたら、きっと超高級住宅地になるでしょうね。
yamanekoは坂には進まず、左手に伸びる道を辿ってまずは下の段から散策します。その後上の段に上がり、ぐるっと回ってこの坂を下って戻ってくる予定です。
| ソテツ |
坂の登り口に立派なソテツがありました。何やら立派な解説板も設置されています。それによると、「裸子植物のソテツに精子が存在することが、1896年(明治)東京大学農科大学助教授(当時)池野成一郎によって初めて明らかにされた。(中略)このソテツは池野成一郎が研究に用いた鹿児島市内にある現存する株の分株で、鹿児島県立博物館のご厚意によって分譲されたものである。」とありました。有名なイチョウの精子発見の研究に用いられたイチョウがこの植物園にあることは知っていましたが、分株とはいえソテツもここにあったんですね。初めて知りました。
| イチョウ |
さて、あらためて左手の小径に入り、下の段を観察していきます。否応なく目に入ってきたのはイチョウの巨木。街路樹のように剪定されることなく自由に伸びるとこんなふうになるんですね。
| メタセコイア |
こちらも大きさでは負けていない、というか優っているメタセコイア。メタセコイアといえば、太古に絶滅したものと考えられていたのが昭和20年に中国四川省で生き延びているものが発見され、まさに生きた化石として話題になったというエピソードが有名です。ここのものはその中国の株から採取した種子から育てたものだそうです。精子発見のイチョウにしろ先ほどのソテツにしろ、なんか由緒正しい樹木が普通にありますね。
| イヌビワ |
この時期、花はほとんど期待できないので、何か面白いものはないかとキョロキョロしてみると、ありました。イヌビワです。見た目はイチジクをググっと小さくしたような感じですが、名前はなぜかイヌビワ。植物の名前の場合「イヌ≒人間様の役に立たない」と言う意味の接頭語のようなものなので置いといて、ビワとあるのはいかがなものか。ビワはバラ科の植物でイチジクはクワ科の植物。イヌビワも見た目にたがわずクワ科です。なんかモヤモヤしますね。名前を付けるならイヌイチジクだろうと。
ちなみに、イブビワの果実、甘くて美味しいそうです。yamanekoは怖くて食べたことがありません。この果実、正確には果嚢といい、内側に小さな花をたくさん包んでいるものです。イチジクが「無花果」とも呼ばれるのは、春に花も咲いていないのにこの果実のようなものがいきなり出てくるので、そう呼ばれるようになったということです。でも花はその中にあったんですね。yamanekoがなぜ怖がっているのかというと、イヌビワは雌雄異株で、雌花(の果嚢)だけを付ける雌株と、雌花と雄花(の果嚢)を付ける雄株があり、雄株の果嚢の中にはイヌビワの花粉を媒介するイヌビワコバチというハチが棲んでいるからです。その中で繰り広げられるハチとイヌビワそれぞれの子孫を残すための戦略は他の解説に譲るとして、問題なのはイヌビワコバチの雄は一生をこの雄果嚢の中で過ごし、外に出ることはないということです。つまり間違って雄果嚢の方を食べてしまったら中が虫だらけだったという考えたくもない事態が想定されるからです。おお怖っ。
| チャンチンモドキ |
荒々しい木肌の巨木です。プレートには「チャンチンモドキ(雄)」とありました。ウルシ科の植物で、中国、東南アジア北部、ヒマラヤに分布し、日本でも九州には自生しているようです。チャンチンモドキという名前からすると本家のチャンチンという植物もあるわけで、こちらの方はセンダン科なのだそうです。チャンチンは漢字では「香椿」。花は白色で、チャンチンモドキの赤褐色の花とは似ていないとのこと。いったいどの部分を見てモドキなのか。
| クロキ |
こちらは対照的につるっとした木肌のクロキです。ハイノキ科。クロキなのにと思ってしまいますが、ハイノキ科のハイノキは灰色だからということではなく、木を燃やしてできた灰が染色の媒染剤として利用できたことによるもの。灰にして使う木という意味なんですね。
| クロキ |
葉腋に蕾が密生しています。クロキの蕾にはほとんど柄がなく、また花序の軸も短いので、こういう状態になるようです。春になってここに花が密集して付く様子は面白いです。
| ハヤザキマンサク |
ハヤザキマンサクという樹木がありました。北アメリカ原産だそうです。マンサクは「まず咲く」が転訛したものというとおり、早春に他に先駆けて咲く植物ですが、それが更に「早咲き」だとは。おそろしく気の早い植物なんですね。とはいえ現時点でまだ蕾ですが。
| メタセコイア |
メタセコイアの樹林の中に入って見上げると…。よくこれだけ太く重たいものがバランスを保ってまっすぐ立っているものだと感心しました。
| ヒメグルミ |
おお、これはいかにもクルミの冬芽ですね。ごついです。プレートにはヒメグルミとありました。あのポピュラーなオニグルミの変種だそうです。オニグルミに比べ果実が小ぶりなのでヒメグルミです。形もやや扁平。
| ヒメグルミ |
この樹皮は縦に裂けめがありますね。植物によって樹皮にもずいぶん個性があるものです。
| ヒメグルミ |
果実の干からびたやつが枝先に残っていました。さすがにこの状態ではオニグルミとの比較のしようがありません。
| ヘツカニガキ |
これまた大きな樹木です。日本では四国南部、九州南部、沖縄などに自生するヘツカニガキだそうです。「ヘツカ」は「辺塚」と書き、地名だそう。調べてみると鹿児島県の大隅半島南部にあるごく小さな海辺の集落でした。そこで発見されたということでしょうが、種の標準和名に用いられるなんてなかなかすごいです。なによりこの木に出会ったことで辺塚集落のことを知りましたし(Googleマップでも見てみた)。それがなければまず一生認識しなかったでしょう。これは地味に感動です。
| ヘツカニガキ |
ヘツカニガキの果実。ドライフラワー状態です。
ちなみに、名前にはニガキが付きますがアオイ科で、本家のニガキ(ニガキ科)の仲間ではないそうです。
| ミズカンナ |
池の畔に枯れ立ちした植物が。プレートを見るとミズカンナとあります。確かに大ぶりな葉はカンナのそれです。北アメリカ原産でクズウコン科だそう。聞いたこともない科名です。
植物(のうち被子植物)の分類体系がエングラーからAPGに変わってから「それ何だ?」というような科名によく出会います。この体系の公表は1998年だそうで、かれこれ30年近く経つのですが、いつまでたっても慣れません。というより、yamanekoが自然観察を始めたのはその翌年で、既にAPGは世に出ていたわけですが、当然に市販の図鑑などはみなエングラーなど旧体系での掲載でしたし、当時APGの存在など知る由もありませんでした。三つ子の魂百までとはよくい言ったものです。
それにしてもクズウコン、気になります。クズのようなウコンなのか、それとも役に立たないウコンなのか。
| ミズカンナ |
興味の対象がミズカンナではなくクズウコンになってしまいましたが、ミズカンナにも面白そうなものがありました。果実です。釣り竿のような長い花茎の先端部に玉簾のように付いていて、見ようによっては装飾品みたいです。花は紫色で、観賞用として大正年間に移入されたものだそうです。
浅い池にはまだ氷が融け残っていました。水辺に立つハンノキ。湿っぽい環境を好む樹木です。
| ハンノキ |
むむ、ハンノキの雄花序が早くも伸びているではないですか。まだ1月ですがこれは早すぎなのでは。ここまでそんなに暖かい日もなかったように思いますが。
| 久留米白寒椿 |
白花のサザンカ。品名は久留米白寒椿だそうです。寒椿、サザンカなのに。
| メキシコラクウショウ |
ラクウショウの葉が青々としているぞと近づいてみたら、ちょっと様子が違いました。プレートには「メキシコラクウショウ」とあります。メキシコにもラクウショウがあるんだ。葉は黄緑色をしていて、触るとしなやかです。日本のラクウショウは、この時期は葉が褐色に乾燥していて、ほぼ散り散りに落ちて木は骨格だけになっています。何しろ「落羽松」ですから。一方、メキシコラクウショウは暖かい地方の原産だけあって常緑樹で、新しい葉と順次入れ替わりで古い葉が落ちるのだと思います。だったらと幹の周りを見てみると、褐色になった葉が一面に散っていました。でもまてよ、春ではなくこの時期に葉が入れ替わるということ?
日本庭園の面影を残す園内。元々は幕府の小石川御殿という施設だったようです。
| エンジュ |
逆さ箒スタイルの樹木。ケヤキかなと思いましたが、よく見ると枝の伸び方が違います(ケヤキはまさに箒のよう)。これはエンジュだそうです。こんなに大きくなるんですね。中国原産ですがなぜか親しみ深い気がするのは、各地で公園木や街路樹として植えられているからでしょう。
| エンジュ |
エンジュの豆果が枝に残っていました。瑞々しい頃の果実は枝豆のように肉厚で、数珠状にくびれがあるのが特徴。今の姿は干からびたインゲンですね。ちなみに、漢字では「槐」で、木偏に鬼と書きますが、原産地の中国では縁起の良い樹木とされているのだそうです。
| 梅園 |
開けた場所に出ました。梅園です。やはり花には心をホッとさせる何かがありますね。
| 未開紅 | 雪月花 |
薄桃色の方の品種は「未開紅」だそう。どういう意味? 紅梅の蕾の頃の色合いだということだろうか。そんな単純なことではないでしょうね。
白梅の方は「雪月花」。うーむ、分かるようで分からない。
園内の北端までやって来ました。正面に見える建物は旧東京医学館本館(重要文化財)だそうです。
時刻は11時20分、あの建物の近くまで行ってから植物園の上の段に上がって行こうと思います。
| アオサギ |
池の向こう岸でアオサギが日向ぼっこをしていました。「ああ…、ヒマ」と言っているようでした。親近感を覚えます。(後編へ続く)