小石川植物園 〜大都会に訪れた春〜


 

【東京都文京区 平成18年3月5日(日)】
 
 所用で東京にやってきました。せっかくの機会なので用事は適当に済ませて小石川植物園を散策することにしました。気温は低いものの天気が良く風もないので、散策にはもってこいの日和です。

 植物園は街の中

 午前11時、地下鉄三田線を白山駅で下車して地上に出るとそこは商店街の一角。ここから白山通りという大きな通りを横切って、細い坂道を登り切ると小石川植物園の木立が見えてきます。でも、そこは園の裏手になるので、そのまま反対側に坂を下り、正門にまわらなければなりません。周囲は住宅街で、大きな通りから奥まった位置にあることから静かな環境を保っています。

 入園券販売所

 入園料として330円(大人)が必要ですが、正門に行っても券売機などはありません。どこで販売しているかというと、正門前の小さな雑貨屋さんです。しかも自販機ではなく、まさにたばこ屋の店先。刑事が聞き込みをするとき中のおばちゃんが身を乗り出して犯人の行方を指さすようなシーンによく出てくるあの店先です。入園券の販売を委託されているのでしょう。ずっと前からそうでしたので、今流行りの民営化の先駆け(?)でしょうか。

 正門

 小石川植物園についてHPを見てみると、概ね次のようなことが書いてあります。
 「小石川植物園」は東京大学に附属する教育実習施設です。この植物園は日本でもっとも古い植物園であるとともに、世界でも有数の歴史を持つ植物園の一つです。約320年前(1684年)に徳川幕府が作った「小石川御薬園」がこの植物園の遠い前身であり、園内には長い歴史を物語る数多くの植物や遺構が今も残されています。明治10年に東京大学が設立されると、直ちに附属植物園となり一般にも公開されてきました。面積は16万1千平方メートルで、台地、傾斜地、低地、泉水地などの地形の変化に富み、それを利用して様々な植物が配置されています。

 シラカシの森

 園の敷地はほぼ長方形をしていて、それを細長くひな壇状に二分する形で、上の段は様々な巨木が立ち並ぶエリア、下の段は日本庭園を中心としたエリアとなっています。
 正門をくぐって緩やかな坂を上り、まずは上の段へ向かいます。途中、もう時期が過ぎかけていましたがシナマンサクとソシンロウバイが黄色い花をつけて出迎えてくれました。さらに上るとシラカシの巨木群が出現。重量感満点です。目通り2mくらいでしょうか。あまりに大きくて、中にはいると深い森の中にいるようでした。

 桜並木

 坂を登り切ると桜並木が続いていました。もうだいぶ蕾を膨らませていて、遠目に木全体が薄ぼんやりとピンクに見えるほどです。
 以前東京に住んでいたときも、その後広島に引っ越してたまに上京したときも、ときどきこの植物園に足を運んでいました。この園内にはせかせかした俗世とは違った時間が流れていて、散策する足取りも自然とゆったりとしてくるから不思議です。
 この並木の途中には「精子の発見」で有名なイチョウがあります。「イチョウは種子植物でありながら受精の際に精子を作る。」と教わりましたが、未だにもう一つピンときません。春に胚珠の中に取り込まれた花粉が分裂し、秋に精子を形成して受精するのだそうです。(なんで?) シダ植物は普通に精子を作りますが、裸子植物ではイチョウとソテツのみが精子を作るのだそうで、これらは裸子植物の中でも特に原始的な植物と考えられているのだそうです。そういえば裸子植物の全盛期は恐竜が栄華を誇っていた中生代。イチョウは人類よりもずっと先輩なのですね。

 カンザクラ

 桜並木を奥まで行くとちょっと人が集まっているところがありました。どうやらこちらのサクラは既に咲いているようです。樹名を記したプレートには「カンザクラ」とありました。7分咲きといったところでしょうか。ここにだけ一足先に春が来たようです。

 クスノキの巨木群

 園内をさらに奥に進んでいくと、これまでの整然とした道はなくなり、武蔵野の野山の中といった佇まいになってきました。
 クスノキの巨木が並んでいます。こちらは目通り4mほど。かなりの存在感です。
 武蔵野といえばケヤキやクヌギなど落葉広葉樹の野山を思い描きますが、これは人の手が入った後にできた二次林で、もとは西日本と同じ常緑広葉樹の森が広がっていたようです。この巨木はおそらくその昔に植栽されたものだと思いますが、もともとこういう種類の樹木が生い茂っていた場所でもあるのです。

 オオカナメモチ

 おや、何の花かな?と立ち止まったのは、オオカナメモチの葉芽でした。これからまさに展開していくところですが、ぱっと見、南方系の植物の花のようでもあります。

 トサミズキ

 トサミズキのこんもりとした樹形がうっすらとレモンイエローに彩られています。近寄ってみると枝の先々に開花間近の花が散らばっていました。なんとも透明感のある色です。トサミズキはその名のとおり、高知県内の蛇紋岩地や石灰岩地に見られる落葉低木。この枝の花たちが満開になったら輝くような美しさだと思います。

 サンシュユ

 こちらも黄色い花のサンシュユ。トサミズキとはまた少し違った黄色です。開花はこれからですが、「春黄金花(はるこがねばな)」との別名どおり、満開時には見事な姿を見せてくれます。

 カリンの実

 どこからともなく甘い匂いが漂ってきました。見ると地面にカリンの果実がたくさん落ちています。匂いの主はこのカリンでした。ここの植物園は他の公園とは異なり、落ち葉や落実をすぐに掃き片づけたりはしないので、観察には好都合です。
 カリンは江戸時代に中国から渡来した薬用植物で、ここが徳川幕府の薬園だったころから栽培されていたそうです。樹皮はカゴノキよりも鮮やかな鹿の子模様です。

 シロマツ  樹皮

 なんか変なマツがありました。枝先の葉は間違いなく松葉なのに、見たこともない迷彩模様の樹皮をしています。プレートをみると「シロマツ」とあります。クロマツやアカマツには馴染みがありますが、シロマツとは。さてはバイオの産物か? 調べてみると、シロマツは中国北東部原産で、日本には自生していないとのこと。中国の王宮などによく植えられていたマツだそうです。へぇ。

 都会のオアシス

 上の段の最奥まで行ったので、今度は下の段に降りていきましょう。ちょうど展望が開けているところがあり、そこからの眺めはここが大都会のど真ん中であることを思い出させてくれます。眼下には日本庭園。ここはもともと徳川5代将軍綱吉が幼少の頃住んでいた白山御殿の庭園だったところだそうです。

 紅梅、白梅、黄梅

 庭園ではちょうど梅林が花盛り。お昼時ということもあり、たくさんの人がお弁当を広げていました。あぁ、もう春です。目のかゆみと鼻づまりだけでなく、こうやって花のほころびや柔らかくなった日差しで春の訪れを感じられるようになってきました。

 キササゲ

 キササゲの枝に果実の莢がぶら下がっていました。長さは平均して40pほど。中の種子は落ちきって、どれももう空っぽになっているようです。キササゲはこのサイトのロゴにもなっている木なので何か愛着を感じます。

 ユキワリイチゲ

 日本庭園を過ぎ、正門に向かって戻って行きます。なんと途中でユキワリイチゲを見かけました。わずか風呂敷1枚ほどの広さの群落。自然の中では根こそぎ盗掘されそうな群落です。写真の個体が最もよく開いているもので、他のものはもう少しすぼまった状態。周囲の立木の関係でようやく陽が差してきたのでしょう。それにしてもこんなところで出会うとは、ちょっと驚きでした。

 メタセコイア

 何かのモニュメントのようなメタセコイア。メタセコイアは昭和初期に第三紀の地層から化石として発見され、当時は現生しない植物と考えられていました。ところが、昭和20年に、生きているものが中国四川省で発見され、まさに生きた化石として話題になったそうです。ここのメタセコイアは現地で採集された種子から生育したものとのことです。

 アマナ

 アマナの白い花にも出会いました。広島で見るものより花弁が短いように感じますが、どうでしょうか。このほかにも、カタバミやオオイヌノフグリなど春を感じさせるものをあちこちで見かけました。今年も確実に春が近づいてきているようです。
 
 さあ、正門まで戻ってきました。時計を見ると12時半。あっという間の1時間半でした。じっくり見て回ろうと思えば2日や3日はゆうにかかるでしょう。またいつか来てみたいと思います。
 
 植物園を出て地下鉄の入口に向かうと、そこはもう喧噪の中です。大都会の海原にぽつんと残された緑の小島。これからも長く残ってほしい貴重な緑地です。