金時山 〜富士を拝んで初詣〜


 

【神奈川県 箱根町 平成21年1月3日(土)】
 
 新しい年、2009年が明けました。今年は年末からずーっと晴天続き。新年になっても毎日素晴らしい冬晴れの日が続いています。
 元日、二日と、朝からお屠蘇を飲んで家でのんびりと過ごしていましたが、そろそろ体も動かしてやらなければならないし、まだ初詣にも行っていないので、今回は富士山がよく見える山に登って、富士山に向かって願い事をしてこれを初詣としたいと思います。場所は箱根の金時山。♪まさかり担いだ金太郎〜、の金時山です。
 
                       
 
 まずは新宿駅を5時41分発の小田急に乗車。お客さんはyamanekoのような山行きの格好をした人と、昨夜電車がなくなるまで飲んで朝を待っていたような人との概ね2種類です。辺りは当然まだ真っ暗。この電車で神奈川県西部の松田まで行き、そこでJR御殿場線に乗り換え、静岡県の御殿場に向かいます。そして御殿場からはバスで峠を越えて箱根入り。今日は箱根駅伝の2日目なので、表玄関の小田原側から箱根入りすると超混雑で大変なことになってしまいます。なので裏(?)から入ろうということ。我ながら賢いかも。
 新松田駅には7時3分に到着。もう明るくなっていました。改札を出て道を渡るとJR松田駅。距離にして20mです。その前にコンビニで今日の昼食を買ってから乗り換えました。

 御殿場駅

 7時54分、定刻どおり御殿場駅に到着。バスは20分後に駅前から発車します。ここからの路線は何系統かあるようでしたが、なにしろ箱根に向かうバスはこの便を逃したら次は10時台に1本あるのみ。これで午前中の便は終わりです。おそろしくバスの本数が少なくて、帰りもちょうどいいのは2時台に1本あるのみです。ちなみに、バスを待っているのはほとんどが山行きのスタイルの人たちでした。
 バスは駅前から商店街の中を走り、やがて市街地を抜けると、壁のように連なる箱根の外輪山に向かって山道を登り始めます。御殿場から箱根に抜けるのには乙女峠という峠を越えるのですが、車道は標高850mのところでトンネルに入り箱根側に抜けていきます。そのトンネルのすぐ手前に「ふじみ茶屋」というドライブインがあって、そこのバス停でほとんどの人が下りてしまいました。ここからでも金時山に登れるからです。yamanekoは数人のお客さんとともにそのままバスで箱根側に入り、今度は坂道をぐんぐんと下っていきます。「いや、そんなに下らなくてもいいよ…」と心の中でつぶやきながら。そして8時35分、金時神社入り口というバス停で下車しました。ここの標高は690m。ふじみ茶屋のところからスタートするよりおよそ150m低い地点からのスタートとなります。


Kashmir 3D

 今日の目的は、金時山の山頂から富士山に向かって初詣をすること。いったん箱根側に入ると外輪山の稜線に出ないことには富士山の姿は望めません。山頂に着いたときに初めて富士の大パノラマを目の当たりにすることができるのです。なのでそのときの感動が薄れないよう、御殿場側にいるときは極力富士山の方を見ないようにしていました(あまりに大きく目の前に鎮座しているのでどうしても視界に入ってしまうのですが。)。

 金時山

 バス停から金時山を見上げると、まるで屏風のように切り立った斜面が結構威圧的でした。金時山の標高は1213m。ここからだと約520mの標高差です。今日はまず正面の谷を上り、写真の右側の稜線に出て、そこから稜線沿いに山頂へ向かいます。その後は反対側の稜線をたどって乙女峠まで行って、そこから「ふじみ茶屋」のところに下って行こうと考えています。

 登山口

 バス停から少し入ると金時山登山口と書かれた案内板がありました。この道はこの奥にある公時(きんとき)神社の参道です。バス停の名前には「金時神社」と書かれていましたが、ここには「公時神社」と書かれていました。どっちが本当?(どうやら「金時神社」というのは御殿場側の小山町にあるようです。)

 公時神社

 ほどなく公時神社が現れました。祭神は坂田公時(さかたのきんとき)です。参道に建てられていた解説板には公時について次のように書かれていました。「平安後期の武将源頼光(みなもとのらいこう)の四天王の一人と言われた。幼名を金太郎といい、怪力の持ち主で熊と相撲を取ったと童謡にある。強健で、武勇にすぐれた人物として五月人形にもなり、子どもの神、健康の神として広く崇められている。」 源頼光といえば大江山の酒呑童子退治の話で有名ですよね。その頼光の家臣で「四天王」の一人として名を馳せたのがこの坂田公時。あとの3人は、羅城門の鬼の腕を切り落としたという筆頭格の渡辺綱(わたなべのつな)、卜部季武(うらべのすえたけ)、碓井貞光(うすいのさだみつ)となります。
 神社に無事の登山を祈って、あらためて登山道へ。日陰では空気は冷たく、吐く息も白いです。

 登山道

 登山道はヒノキの林の中をまっすぐに延びていました。地面には大小様々の石が転がっていて、ちょっと歩きにくいです。
 今日は今年最初の山歩き。久しぶりなので特に上りは苦しいかもしれません。一歩踏み出すたびに腿に走る筋肉の軋みを、一息吸うたびに胸を締め付ける息苦しさを、この一年に訪れるであろう困難に置き換えて、それを一つ一つ克服していくつもりで登っていきたいと思います。なにしろなし崩しに年が明けてしまったので、この山歩きで心を新たにしたいと思った次第です。

 金時蹴落とし石

 9時、「金時蹴落とし石」という直径2mはゆうにあろうかという大きな石のところまでやってきました。きっと坂田金時が上の方からこの岩を蹴落としたという言い伝えがあるのでしょう。
 道はますます歩きにくくなってきました。まるで溶岩台地を行くようです。しばらく行くと明神林道という車道を横切りました。それにしても静かです。自分の呼吸の音以外はたまにさえずる鳥の声が聞こえてくるのみです。

 霜柱

 登山道は雨水の浸食のためか幅の広い溝のようになっていました。その左右の「壁面」は火山灰土で、そこから霜柱が横に向かって伸びていました。まるでガラス細工のようです。触れるとシャリシャリと崩れて不思議な感触でした。

 金時宿り石

 9時10分、「金時宿り石」というところに到着。さっきの「蹴落とし石」とは比較にならないほど巨大な岩です。この岩のたもとで金太郎とその母が暮らしていたのだとか。岩は真っ二つに割れていますが、これは金太郎がまさかりで割ったものではなく、昭和の時代になってから自然に割れたものだそうです。転がり落ちないようにするためかつっかい棒がいくつもかましてありましたが、まあ、あんまり意味はないでしょうね。
 ここでちょっと小休止。暑くなったので上着を一枚脱ぎました。あと、水分補給です。
 さて、休憩を終えたら再び歩き始めます。登山道は傾斜を増しながらこの大岩を左から巻くようにして続いています。ここからは山肌をジグザグに登っていきます。

 露出した根

 登山道はかなり荒れている感じ。斜面の表土は流され木々の根はほとんど露出していました。もともと火山灰土質ということで浸食されやすいのもあるのでしょうが、人気の山だけにおそらくオーバーユースも影響しているのだと思います。

 水切りの溝

 登山道にそって雨水が流れ道が荒れるのを防ぐために、ところどころに水切りの溝が掘ってありました。登山道の表面を流れる水をこの溝で受け止め、横方向の山腹に流し落とそうというものです。底板も含めて木でこしらえてあり、なかなか立派な作りです。ご丁寧にその溝を浚うための木製のスコップのようなものまで備え付けられていました。この山を愛する人がたくさんいることが分かりますね。

 展望が開けてきた

 何度か小休止を繰り返してようやく展望が開ける高度になってきました。この辺りで標高1000m近くでしょうか。

 仙石原

 眼下に仙石原の温泉街とでかいゴルフ場、その先に芦ノ湖の湖水も見えます。 ん?この雰囲気、こんな景色をどっかで見たことあるぞ、と考えて思い出したのが九州の由布岳でした。由布岳の登山道から見下ろした湯布院の町に雰囲気が似ているのです。なんとなく。(→この風景

 合流点

 9時45分、稜線に出ました。ここは明神ヶ岳方面からの道との合流点です。風もなく日射しも暖かなので、休憩中も汗が止まりません。

 稜線の道

 稜線の道はすでに十分に日射しを受けてぬかるんでいました。朝方冷え込んで凍結した地面が溶けたのだと思います。火山灰土の登山道では表土の下に分厚い氷が板状に残っているときがあります。ときにはその氷の板の下に10pくらいの空間ができていたりして、うっかり乗ってしまうと滑ったり、又はガボッと陥没したりして結構危ないのです。今日も軽アイゼンは持参したのですが、この様子なら使う必要はないようです。むしろ靴の裏に粘った泥がてんこ盛りに張り付いて、こっちの方で歩きにくかったです。

 ブナ

 道の脇にブナが出てきました。でも大きな木はなく、背の低いものばかりです。枝先には春に向けてしっかり芽吹きの準備がしてありました。

 箱根外輪山

 箱根外輪山。そそり立つ壁のような連なりです。写真の右端が金時山の山頂直下。写真中央のピークは長尾山。その左側の切れ込みが乙女峠です。雄大な眺めですね。

 山頂近し

 合流点からの稜線の道も結構きついです。しかも両側が切り立った斜面になっていて、高いところが苦手な人はちょっと背中が涼しくなるようなところもありました。

 10時10分、急に展望が開けました。山頂です。
 思わず息をのむ光景。ものすごいスケール感です。この広大な空間の中にたった一座しか山がないとは。太古の山並みもきっと噴火の過程でみんな埋め尽くしてしまったのでしょう。ひゃー、すごい。
 さあ、息を整え、柏手を打って参拝します。まずは大事なく過ごせた昨年を感謝、そして今年の幸福を(あと、できれば世界平和も(笑))。

 アップで

 こうやって近くで見ると、当然のことですが円錐形であることが実感できます。普段家から見ているときにはここまで立体的には見えません。ちょうど満月を望遠鏡で見たときにあらためて球体であることを認識するような、そんな感覚です。あと、家から見ている富士山は純白ですが、ということはこの広大なすそ野の部分は見えていないということ。やっぱり尋常でなく大きな山ですね。


Kashmir 3D

 箱根と富士山との位置関係は上の図のとおり。こうやってみると箱根もずいぶん大きな山だったことが分かります。(箱根火山の成り立ちはこちら

 南アルプス

 富士山の右すそ野の奥には南アルプスが顔を出していました。あのピークは北岳でしょうか。それとも甲斐駒ヶ岳か。

 南麓

 南麓に目を転じると、なだらかなスロープの先に愛鷹山の山塊が望めました。最近、今から35年前に書かれた小松左京の「日本沈没」を読みました。これは単なるSF小説ではなく、地学、地球物理学的なリアリティに裏打ちされた、また、人間の、日本人の精神的内面を描き出した素晴らしい小説であることをあらためて認識しました。で、その「日本沈没」では、この愛鷹山は噴火した溶岩と進入してきた海水とで大規模な水蒸気爆発を起こし、粉々になってしまったのです。もちろん富士山も自らの大噴火で上半分を吹き飛ばし二つの山塊に姿を変えてしまっていて、やがて千々に引き裂かれた日本列島の残骸の一つとなり、これらを乗せた地殻とともに日本海溝の底に滑り落ちていったのです。
 これは小説の中の話ですが、もし万が一、変わり果てた富士山の姿を目の当たりにすることがあったとしたら、その時には日本人としての精神的支柱を失ったような気になるでしょうね。

 箱根カルデラ

 愛鷹山からさらに南に目を転じると箱根火山のカルデラが広がっています。先ほど登ってくる途中で見た外輪山の連なりを隔ててその向こうには駿河湾が見えています。カルデラの中には眼下に仙石原、その奥には芦ノ湖、そしてカルデラ中央部には神山を中心とした山塊が盛り上がっています。その山塊の中腹に見える白いものは雪渓ではなく、大涌谷から立ち上る噴煙です。
 雄大な風景に時の経つのを忘れて立ちつくしてしまいます。

 山頂広場

 山頂の様子はこんな感じ。富士山をバックに記念写真を撮れるよう「金時山」の大きな看板と、あと山小屋が2軒ありました。到着したときには2、30人くらいの人がいましたが、ベンチに座って早めの昼食をとっているうちにいつのまにか少なくなっていました。

 下山

 予定どおり富士山を初詣し、また、山頂からの素晴らしいパノラマを十分に堪能しました。10時50分、乙女峠に向かって下山開始です。下りは結構滑りやすい、ザラザラした道になっていました。山に登るときの目的地はあくまでも自宅。無事に帰ってこその楽しい野山歩きですからね。用心、用心。

 金時神社入り口バス停付近

 ここから乙女峠まではずっと稜線の道です。途中、はるか下の方に登山口のバス停が見えました(写真中央やや下の赤っぽい屋根のある辺り。)。

 長尾山から望む金時山南麓

 11時20分、長尾山のピークに到着。ここの標高は1150m。金時山山頂との標高差は60mほどですが、ここまで思いの外アップダウンがきつかったです。

 ???

 登山道脇で見つけた気になるもの。トリカブトの果実の殻かなとも思いましたが、どうやら違うようです。なんだろう?

 乙女茶屋

 11時35分、乙女峠に到着しました。標高は1005mです。ここは大昔からの峠で、今は茶屋が営業しています(大昔から茶屋があったかどうかは分かりません。)。乙女峠の名の由来については、次のような看板がありました。「昔、仙石原に住む娘が父親の病気を治そうと、峠の先の地蔵堂に日参し、満願の日に父親の病気は治りましたが、彼女は雪に埋もれて死んでしまったと伝えられています。彼女の霊を哀れみ、乙女峠と呼んでいます。」

 乙女峠から

 ここからは東側の外輪山がよく見渡せました。写真左のピークは明神ヶ岳。それに連なる中央やや右のピークが明星ヶ岳。その向こうの海は相模湾です。

 乙女峠への登山口

 乙女峠からはトンネルの御殿場側入口のところにある登山口に向かって、ヒノキ林の中を降りていきます。この下山路も今朝と同じで大小の石がゴロゴロ転がっていて歩きにくいこと。どうしても膝に負担がかかり、ここでちょっと古傷のある左膝を痛めてしまいました。
 「ふじみ茶屋」で一休みして、時計を見るとまだ12時過ぎ。次の御殿場駅行きのバスの時間までには2時間以上もあります。歩いて下りようかとも考えましたが、念のためにバス停の時刻表を見てみると、なんと新宿行きの高速バスというのがあるじゃないですか。しかも5分後に。今朝乗ったのは「箱根登山バス」という地元のバスだったのですが、なんと新宿直通があったとは。ということは、これに乗りさえすればあとは寝ていてもよいということか。ラッキー!
 そして定刻より10分近く遅れて大型高速バスはやって来ました。乗客はほとんどいません。運転手さんに新宿までと言うと、今日は帰省ラッシュと重なるので新宿到着は何時になるか分からないとのこと。さすがにそれは困るので、経由地である御殿場駅で下車して、やっぱり電車で帰ることにしました。それでも駅まで歩かなくて済んだのでやっぱりラッキーだ、これは。さっそく初詣の御利益ありか。

 御殿場駅から

 と上機嫌でバスに乗ったのですが、御殿場駅で接続する12時41分の電車にタッチの差で乗り遅れて、結局ここで1時間待ち。駅前のマックで時間をつぶすはめになったのです。
 御殿場駅からは外輪山を外側から眺めることができました。上の写真の左端のピークが金時山。その一つ右のピークが長尾山。その右の切れ込みが乙女峠です。あそこからここまで歩いて下りるなんて無謀なことだったということが、ここから見てよく分かりました。