笠取山 〜多摩川の最初の一滴〜


 

 (後編)

【山梨県 甲州市 平成20年10月18日(土)】

 多摩川源流を訪ねる笠取山登山、後編です。これからいよいよ水干に向かいます。(前編はこちら


Kashmir 3D
 本日のルート

 山頂に平坦なところはなく、斜面の片隅に腰を下ろして昼食です。いつものとおり、コンビニ弁当(助六寿司)とフルーツゼリー。でもこの景色を見ながらだと何でも美味いこと!

 山頂風景

 昼食を終えて一休み。パンパンに張ったふくらはぎもこの休憩の間にほぐしておきましょう。

 東方の展望

 東の方角を見ると、すぐ先に黒槐山、その向こう約10q先には飛龍山の姿を望むことができました。写真の右の山の切れ間を多摩川が流れていきます。ほぼまっすぐ河口方向になります。

 20万分の1地勢図

 山に行くときには必ず携行する20万分の1地勢図。山頂から展望を楽しむ際の必須アイテムです。地図上の真北とコンパスが示す真北にはズレがあるので(日本の緯度あたりでは西に約7度ずれている。)、あらかじめ地図に磁北線を引いておく必要があります。コンパスでは真北はこの線の方向を指し示すのです。このズレがもとで道に迷ってしまうこともありますから、山歩きの際に使う5万分の1地形図などでも同様に線を引いています。
 さあ、そろそろ出発の準備を始めましょうか。

 稜線上を行く

 12時20分、装備を整えて山頂を出発。いきなり崖っぷちの危険なところが待ちかまえていました。でも、こんな場所を数カ所クリアすればあとは問題ありません。

 ツインピークス

 しばらくアップダウンを繰り返して振り返ると、あれ? ピークが二つある…。
 そう、笠取山はツインピークスなのです。昼食をとったピークより二つめのピークの方がちょっと高く、むしろこっちの方が主峰と言えます。展望はほとんどありませんでしたが。

 唐松尾山からの道と合流
 (yamanekoは左上からやってきました。)

 12時40分、東の唐松尾山からの道と合流。そしてまたすぐに中島川口方面からの道と合流しました。
 また水道局の看板がありました。「針葉樹の天然林。多摩川流域の天然林は大きく二つに分けられます。ひとつはブナ、ミズナラなど広葉樹を中心とする森林で、他の一つはこの場所のようにコメツガやシラベ、トウヒなどの針葉樹を中心とする森林です。なぜこのように場所によって異なる森林になるのでしょうか。土壌が深いなど樹木の生育条件が良い場所では広葉樹との生存競争に負け針葉樹は森林となりません。一方、岩場などの厳しい生育条件のところや標高が1800mを超える寒冷なところでは、広葉樹との競争に勝って針葉樹は森林となります。」
 このような広葉樹と針葉樹との分布の関係は、西日本と東日本の二次林の特徴として同様の傾向がみられます。原始林(照葉樹林)を切り開いた後放置した場合、関東地方では「クヌギ−コナラ林」に変わりますが、瀬戸内海沿岸や中国地方では「アカマツ林」に変わっていきます。これもやっぱり土質の違いからくるもので、関東の土は粒子の細かい火山灰質が多く、有機物とよくなじんで栄養豊富ですが、一方、西日本の表土は花崗岩が風化してできたものが多く、粒子が大きいので栄養分が流されやすいのです。

 水干へ

 山頂を経由して西から東へ歩いていたものが、先ほどの合流点あたりでUターンする形になり、水干へ向かって今度は山腹を東から西に向かって歩くことになります。

 ポカポカ陽気

 午後の日射しを受け、暑くもなく寒くもなく、ほぼ等高線に沿ってアップダウンもなく、本当に気持ちのいい山歩きです。

 水干

 12時50分、とうとう多摩川の最初の一滴がしたたり落ちる「水干」に到着しました。登山道のすぐ脇、山頂直下7、80mくらいのところにあり、多摩川源流の標識が建てられていました。左の写真の小さな洞の中、その天井あたりから最初の一滴が浸みだしてくるのです。できることならポトッ、ポトッと落ちる水滴を手のひらにとって舐めてみたいと思っていたのですが、残念ながら水は涸れていました。ここ数日晴天が続いたからでしょう。雨上がりとかであれば良かったのかもしれません。でもここから多摩川が始まるのかと思うと感慨深いものがありました。
 「水干。最初の一滴は見えたでしょうか。ここは沢の行き止まりの意味で「水干」と名付けられた多摩川の始まりです。周囲の稜線付近に降った雨はいったん土の中に染み込み、ここから60mほど下で湧き水として顔を出し、多摩川の最初の流れとなります。この流れは水干沢、一ノ瀬川、丹波川となり、奥多摩湖に流れ込み、そこからは多摩川と名を変え、138qの長い旅を経て、東京湾に流れ込みます。」 看板にはこのように紹介されていました。

 水干沢

 背の方を振り返ると水干沢が深く落ち込んでいました。この下60mのところで水が湧き出しているとのこと。これは後で降りて行ってみなければなりません。

 水干でのんびり

 水干の前でちょっと休憩。なんか落ち着くなぁ。深い自然の中に身を置いて、そのあまりの気持ちの良さにしばしボーッとしてしまいました。今だったらあの道の先にひょっこりクマが顔を出しても、「よおっ」ってやり過ごせそうな気がします。

 水干沢を下る

 湧水地点まではちゃんと道が作ってありました。ただ、かなりの傾斜で、ジグザグに下っていくことになります。後でこれをまた登らなければならないかと思うと…。

 湧水地点

 約60mを下って、多摩川の最初の流れ出しに着きました。ちょっと分かりにくいですが、左の写真の中央、暗く影になっているところから、こんこんと湧き出しています(右の写真はその部分のアップ。)。思ったより水量が多かったので、顔を付けて飲んでみました。想像どおり、美味かった。

 サワギク

 湧水地点のすぐ脇にサワギクが咲いていました。今日出会った最初で最後の花でした。

 水干沢から見上げる空

 喉を潤してから谷筋を見上げると、10月の青い空。ここから百数十m上に笠取山の山頂があるのです。
 さあ、さっき下りてきたジグザグ道をまた登りますか。

 カラマツの林を行く

 再びもとの登山道に戻って、まずは笠取小屋を目指して下山を開始します。この辺りは昔に植林されたカラマツ林です。午後になって少しずつ湿度が上がってきたのか、空が全体に薄く白っぽくなってきました。

 落ち葉その2・カラマツ

 カラマツは針葉樹としては少数派の落葉樹。日本固有種です。この辺りのカラマツは1922年、大正11年に植えられたもの。カラマツの落ち葉は分解されにくいため、林床には落ち葉が厚く堆積することが多いとのこと。そのせいで、カラマツ林には他の樹木はなかなか入ってくることができないのだそうです。そういえば、瀬戸内海沿岸に多く見られるコシダ(シダの一種)も同じ特徴をもっていました。

 落ち葉その3・コハウチワカエデ  落ち葉その4・モトゲイタヤ

 葉柄が長く天狗の団扇のようなコハウチワカエデ。普通、葉身が5〜11裂します。右のは11裂しているもの。左のは14裂しているように見えますが、偶数って変ですね。
 モトゲイタヤは葉身と葉柄とのつなぎ目のところに褐色の毛が生えていることから「元毛」です。

 落ち葉その5・アサノハカエデ  落ち葉その6・コミネカエデ

 アサノハカエデは比較的標高の高いところに生えるカエデ。そういえば中国地方では見かけなかったような気がします。関東地方では800mから1900mまでのところだそうです。名前は葉が麻の葉に似ていることから。
 真ん中の裂片が尻尾のように長く伸びるのが特徴のコミネカエデ。他のカエデの葉に比べてちょっと小型です。

 笠取小屋前の標識

 1時35分、笠取小屋まで戻ってきました。ここでまたちょっと休憩です。真夏ならこの時間でもまだ太陽は高い位置にありますが、10月も半ばとなると写真のとおり影がずいぶん長く伸びています。
 今朝休んだベンチの下にレンズカバーが転がっていました。誰かが落としたものだろうとテーブルの上に置いておいたのですが、なんかちょっと見覚えが。念のためにカバンを調べてみたら、自分のでした。いやー、よく見つけたものです。きっとレンズカバーの方から「ここにいるよ!」と呼びかけられたのだと思います。
 1時45分、さあ再び下山開始です。

 落ち葉その7・ミズナラ  落ち葉その8・エノキ

 ブナ科の代表選手、ミズナラ。よく似たコナラとの相違点は葉に葉柄がほとんど無いところと、生育しているエリアの高度が高いこと。ミズナラはほぼブナの生育する高度と重なっています。
 エノキは愛着のある木です。広島に住んでいたとき近所の工兵橋のたもとに存在感のあるエノキがあって、通りかかるたびに観察していました。あと、このサイトのロゴにも使っていますし。こんな高いところでもしっかり生きているんですね。

 清らかな流れ

 これは水干沢からの流れではありませんが、登山道脇の流れは力強く流れ下っていました。

 何の木?

 何やら異彩を放つ木が。よく見ると、すっと立ったカラマツの樹冠にヤマブドウが絡みついていて、まるで違う樹木が紅葉しているようです。

 落ち葉その9・ヤマブドウ  落ち葉その10・ハリギリ

 そのヤマブドウの葉。かなり大型で、手のひらを思いっきり広げてなお足りないくらいの大きさです。
 ハリギリの葉も負けないくらいに大きくなりますが、写真のものはやや小ぶり。形はカエデの類のものによく似ています。

 落ち葉その11・ハウチワカエデ  落ち葉その12・ヤマナラシ

 2時20分、大きなミズナラのある四差路まで下りてきました。この先紅葉が特に鮮やかなところです。
 ハウチワカエデの葉はさっきあったコハウチワカエデより一回り大きいです。あと葉柄はやや短め。
 さわさわと風に吹かれて葉を鳴らすことから名が付いたヤマナラシ。こんな丸い形の葉なのにヤナギの仲間なんです。

 西日の紅葉

 やや傾いた午後の日射しを受ける紅葉もなかなか風情があるものです。でも、秋の日はつるべ落とし。見とれているとすぐに日が暮れてしまいます。

 落ち葉その13・コシアブラ  落ち葉その14・ウリハダカエデ

 コシアブラはウコギ科。若葉は天ぷらにすると美味です。葉の色がもう少し抜けて油紙(死語ですね。)のようになった落ち葉は、さらに趣がありますよ。
 そして最後はお馴染みのウリハダカエデ。やや湿ったところを好むカエデです。深い真紅の葉が一面に散らばっている様子はペルシャ絨毯のようでもあります。

 目に焼き付けて

 2時30分、ヤブ沢方面との分かれ道までやってきました。今年は台風が関東地方を直撃しなかったので(ていうか、本土上陸もなかった)、木々の葉が痛んでおらず、そして夏はしっかり暑かったので、山々はどこもこんなに見事な紅葉で彩られています。しっかりこの目に焼き付けておきたいと思います。

 すでに川の体を成す

 作場平が近づいてきて傾斜も緩やかになってきました。水干を旅立った流れはすでにいくつかの沢の仲間を集めて、しっかりとした川の体を成しています。でも、まだまだ旅は始まったばかり。淵あり早瀬あり、また、堰や取水口などもあって、これからいろんなことが待っているでしょう。何ヶ月かかるかは分かりませんが、河口までの旅を楽しんでほしいと思います。

 心地よい疲労とともに

 降り積もったカラマツの落ち葉の上を歩いて駐車場を目指します。今日一日のことを思い出しながら、心地よい疲労とともに充実感に包まれながら、ふかふかの道を歩いていきます。あぁ、いい休日を過ごしたなぁ。

 ドリーム号

 2時50分、作場平の駐車場に到着。ドリーム号も普段ざわついた街に暮らしているから、今日はこんな場所で一日ゆっくりできて喜んでいると思います。
 さあ、これからその街に向かってひとっ走りお願いします。
 
 【多摩川の概要】