開田高原 〜山深い木曽路のその奥へ(中編)〜


 

 (中編)

【長野県 木曽町 令和5年7月31日(月)】
 
 開田高原での野山歩き。中編です。(前編はこちら
 

 西野地区から望む御嶽山

 肌寒さで目が覚めた旅館の朝。時刻は6時過ぎです。カーテンを引くと雲のない御嶽山が望めました。山頂部は荒々しい稜線が続き、活火山であることをあらためて認識させられました。その独立した雄大な姿は開田高原のどこからでも望むことができるそうです。

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 これから宿をチェックアウトして「おんたけロープウェイ」に向かいます。乗り場の鹿ノ瀬駅までは、ここ西野地区から木曽温泉を経由して15kmほど。今日はロープウェイで上がった飯森高原駅周辺とその先にある黒沢登山口あたりで散策する予定です。
 その前にまずは御嶽山が綺麗に見えるという柳又ビューポイントというところに寄ることにしました。

 御嶽山

 で、こちらが柳又ビューポイントから望む御嶽山。残念ながら既に山頂部が雲に包まれていました。御嶽山は裾野が広く台形状のどっしりとした姿をしています。標高は3067m。日本で14番目に高く、独立峰としては富士山に次いで2番目に高いのだそうです。

 鹿ノ瀬駅

 10時ちょうど、おんたけロープウェイの鹿ノ瀬駅に着きました。このあたりで標高1570mです。平日ということもあって車は多くはありませんでした。雲が黒いですが、これは積雲を下から見ているからで、横からだとビューポイントで見たようにモコモコとした白い雲なのです。今日は麓の高原にいると晴れの一日だと思いますが、山の中腹にいる限り曇りだと思います(もっと高いところに上がれば雲の中)。

 ロープウェイ乗り場

 チケットを買って、裏手にあるロープウェイ乗り場へ移動。このロープウェイは昨年のシーズン終了時に事業者が運営から撤退し、今シーズンの運行が未定の状態になっていたそうですが、地元でゴルフ場や温泉施設を経営する企業が運営を引き継ぐことになったのだそう。なかなか大変でしょうね。



 ゴンドラの中から。御嶽山を背にするとこの青空です。

 飯森高原駅

 10時35分、飯森高原駅に到着。正面に見えるはずの山頂部はやっぱり雲の中ですね。ここは御嶽山の7合目に当たり、標高は2120m。一気に550m上がってきたことになります。ここまでくると暑さは感じません。
 この駅舎のすぐ上に高山植物園があり、これからそこを散策して、その後に登山道を少し歩いてみたいと思います。

 中央アルプス

 東の方を見ると木曽谷を挟んで中央アルプス(木曽山脈)の長い稜線が望めました。広々とした風景です。
 目の前の道路はスキー場の管理道。その辺りにも植物がチラホラ見えるので、まずはそっちに行ってみます。

 コキンレイカ

 これはコキンレイカですね。別名をハクサンオミナエシ。夏には黄色い花が目を楽しませ、秋には黄葉した葉が目を楽しませてくれます。

 ゴマナ

 ゴマナです。山地の草原に生える花で、平地でお目にかかったことはありません。名前は、胡麻の葉に似た葉を持つ菜とのこと。多くの場合「菜」は食用となる植物に付けられる名だそうです。



 あらためて高山植物園に行ってみます。やや荒涼感がありますが、ロープウェイの存続が危ぶまれていたこともあり、付帯施設にまで手が回っていなかったのかもしれません。いや、単に今年の猛暑のせいなのかもしれませんが。

 ヒメシャジン

 ヒメシャジン。ミヤマシャジンと迷いましたが、帰宅後調べてみると萼片に見分けるポイントがあり、萼片が細く鋸歯があるのがヒメシャジン、幅がやや広く全縁なのがミヤマシャジンとのことでした。あらためて写真を見てみるとヒメシャジンの特徴をもっていました。

 バイケイソウ

 バイケイソウですね。高さは人の背丈ほどにもなり、直立した茎の上部に大きな緑色の花を付けます。yamanekoがこの花を初めて見たのは確か櫛形山で、静かな林の中に居並ぶ様子に、衛兵の集団が立っているような印象を受けました。一人だったので鳥肌ものでした。

 ネバリノギラン

 こちらはネバリノギラン。バイケイソウに少し似ていますが、背丈は30cmほど。バイケイソウのように草むらから頭が突き出るようなことはありません。
 ネバリノギランはランと言いつつラン科ではなくキンコウカ科です。数年前まではユリ科に分類されていました。同じようにランの名を持つヤブランはキジカクシ科でこちらも数年前まではユリ科に分類されていました。遺伝子を基にしたAPGVという分類方法では従来のユリ科は大幅に改編されたようです。

 ツルコケモモ

 ツルコケモモの花がまだ残っていました。花弁が上側に反り返っています。ツツジの仲間です。

 チングルマ

 高山植物の代表選手、チングルマ。もう実ができていました、ふさふさの毛のようなものの一本一本が雌しべの花柱で、それぞれの根元に実が付いています。

 コケモモ

 こちらはツルコケモモではなく、コケモモの実です。大きさは6、7mmほど。完熟すると甘く、高原の売店などでジャムやスムージーに加工されたものがよく売られています。

 ハナニガナ

 ハナニガナはニガナの舌状花が多いバージョン。低山から高山まで見られます。

 ダルマウツギ?

 見るからにアジサイの仲間。葉が厚くしっかりした鋸歯があり、白く縁取られているように見えます。ノリウツギの葉が近いようにも思えますが、ノリウツギの葉には長い葉柄があり、葉の付き方も違うようです。いろいろ調べてみるとダルマウツギというものが似た特徴を持っているようでした。ダルマウツギって何だ?

 ヤマブキショウマ

 ヤマブキショウマです。ヤマブキの葉に似た葉を持つ升麻という意味の名前。「升麻」とは、サラシナショウマの根茎から作る生薬、そしてサラシナショウマ自体を示す漢方での呼び名だそうです。ただ、升麻の名を持つ植物はたくさんあって、出自も様々。ヤマブキショウマはバラ科、サラシナショウマはキンポウゲ科です。他にも、ユキノシタ科にはトリアシショウマ、アジサイ科にはキレンゲショウマといった植物があります。近縁関係にないのに共通の名前を持つのには、○○ウツギや○○ランといったものなどいくつかありますね。

 マルバシモツケ

 高山の日当たりの良い岩地などに生えるマルバシモツケ。名前のとおり葉が丸っこいです。鋸歯まで丸っこくて可愛いです。

 マツムシソウ

 草原の淑女、マツムシソウ(yamanekoの勝手なイメージ)。舞踏会のドレスのような花冠です。真ん中に半球状に集まっているのは小さな筒状花。その外周に並ぶ筒状花にはそれぞれ5個の裂片があって、うち3個が花びらのように長く伸びています。それが全体としてフリルのような姿になっているのです。手が込んでいますね。

 ヤナギラン

 ヤナギラン。夏の高原を彩る花です。人の背丈を超えるくらいの大きさになります。ちなみにヤナギランはアカバナ科。



 高山植物園に隣接して御嶽社という神社がありました。鳥居や標柱などはまだ新しめな感じでした。でも、国土地理院の2万5千分の1地図にも鳥居マークが付されていたので、昔からある神社ではないかと思います。

 ハクロバイ

 ハクロバイの残り花です。周囲のものは既に花弁が落ちて、萼片が巾着状になっていますね。
 ハクロバイは黄色いキンロバイの変種(白花品)だそうで、両者が同じ場所に共存することはないとのことです。これが同じ場所に共存し、それぞれ混じることなく子孫を残していくとなると、変種ではなく独立した種になる芽が出てくるのでしょうね。

 ホソバキリンソウ

 これはホソバキリンソウでしょうか。本来ならもっと背が高くなりますが。

 高山植物園

 時折、雲の間から陽が差してきます。園内はひな壇状になっていますが、花壇のようなものはなく、路傍や斜面に高山植物が植栽されています。中には自生のものもあるのかも。

 ヤマハハコ

 ヤマハハコ。強い日差しが似合う花です。白い花弁状のものは総苞片で、黄色い部分が頭花です。その頭花の様子を母と子が寄り添っている姿に見立てた名前かと思いきや、さにあらず。もともとヤマハハコは里に咲くハハコグサの名前を基にしていて、そのハハコグサの名前は全体に綿毛が多く冠毛が蓬け起つ(ほうけだつ)ことから古くはホオコグサと呼ばれていたものが転訛したという説が有力とのこと。ただ、平安時代には既に「母子草」で書物に登場しているそうです。なお、「蓬け起つ」とはあまり使わない言葉ですが、草や髪の毛などがほつれ乱れて伸びきるということだそうです。

 コマクサ

 コマクサの後ろ姿。角度的にこのアングルでしか撮ることができませんでした。

 マルバダケブキ

 マルバダケブキ。深山で出会ったときの感動が忘れられない、yamanekoの好きな花です。

 コナスビ

 これはコナスビですね。都会の道端でも見かける植物ですが、標高2千mを超える場所で生きているなんて、逞しいです。わざわざ高山植物園に植栽するような種ではないので、種子が重機にでも付いて運ばれここに来たのかもしれません。

 中央アルプス

 手前の積雲の底が黒いですが、その向こうは夏空ですね。遠くの稜線は中央アルプス北部、その向こうには諏訪盆地。まさに開田高原が一望です。
 さて、この後は、黒沢口から入って登山道を”さわり”だけ楽しみたいと思います。(後編に続く