伊吹山 〜太古のサンゴ礁からの贈り物(前編)〜


 

  (前編)

【滋賀県 米原市 平成30年7月21日(土)】
 
 例年より早く梅雨が明けたと思ったら間髪入れず猛暑の日々です。気温35度を超える予報にも特に驚かなくなり、一晩中エアコンをかけて寝ることにも抵抗感はなくなりました(電気代が不安)。今年の夏は何かがおかしい、と毎年言っているような気もしますが、いや今年は本当におかしいです。
 そんな折、どこか涼しいところはないだろうかと考えて、思い出しました。比較的手軽に山上の花畑を楽しめる山、伊吹山です。滋賀県と岐阜県の境に位置する穏やかな山容の嶺で、花の楽園として知られています。この山には15年前に妻と訪れたことがあり、その時も涼しく楽しいひと時を過ごさせてもらいました(前回はこちら)。
 
                       
 
 午前6時前、レンタカーに乗って出発です。ちなみにこの時間、レンタカー屋の営業時間外なので、前日の閉店直前にレンタルしておいたのです。
 天気は上々。第二京阪から京滋バイパスを経て、瀬田で名神高速に合流。琵琶湖の東岸に沿って走っていき、北陸道と道を分けたらほどなく関ヶ原ICです。ここで高速道路を下ります。渋滞もなく快適なドライブでした。

 伊吹山

 上の写真は、関ヶ原ICの手前にある伊吹山PAからのもの。その名に違わず伊吹山の姿を正面に見ることができました。うーむ、期待感が高まります。
 伊吹山は、古生代に熱帯の海で噴火した海底火山がベースで、そのときに発達したサンゴ礁が基になって石灰質の地層が堆積したと考えられています。それが数億年かけて北に移動し、大陸プレートにぶつかった後は隆起して、現在1000mを超える山となり、全体に石灰岩の山肌を露出しているということなのだそうです。
 
 高速道路を下りてからは一般道を3kmほど走り、あとは伊吹山ドライブウエイを走ります。全長17kmの有料道路で、その間に標高差1000mを上ることになります。料金は3090円で、やけに高いなと思いましたが、往復の料金で山上での駐車場料金も含んでいるとの説明書きになんとなく納得させられた気がしました。うーん、それでも高くないかな?

 駐車場とレストハウス

 クネクネかつ急坂の道を走ること20分。9合目(標高1260m)にある駐車場に到着しました。ここがドライブウエイの終点です。この時間、駐車スペースはまだ2割くらいしか埋まっていませんでした。レストハウスの横にあるのは展望台でしょうか。あとで上がってみたいと思います。
 気温は20度ほど。やはり涼しいです。山上部は雲の中ではありませんでしたが、周囲や上空に雲があり、ときおり陽が陰ったりしています。

 Kashmir 3D

 伊吹山の山頂部は東西に長く、それに沿うような形で楕円形の遊歩道があります。山頂までの西半分を「西登山道コース」、東半分を「東登山道コース」(下り専用)といい、その楕円形の真ん中を直登する「中央登山道コース」という道もあります。今日のルートは、西登山道コースから山頂を目指し、東登山道コースで下りてきて、中央登山道コースで再び山頂までを往復するというもの。駐車場と山頂との標高差は100mちょっとなので、特に無理なく歩けると思います。

 キンバイソウ

 8時45分、散策開始。まだ登山道に入る前から花々が迎えてくれます。これはキンバイソウ。濃い橙色が印象的です。そういえば最近橙色(だいだいいろ)という表現はしなくなりましたね。ただ、この花の色を表現するのに「オレンジ色」では少しそぐわない気がします。なんというか和テイストが入っているんですよね。

 琵琶湖北東岸

 さて、西登山道コースに入り、のんびりと歩きだします。右手前方に琵琶湖の北東岸、長浜方面が望めました。雲が蓋をしているようにも見えますが、この雲は伊吹山の頭上にかかっているもので、湖畔の方は晴れています。

 イブキトラノオ

 イブキトラノオ。伊吹山の名を冠する植物はいろいろありますが、その中でもよく知られているものの一つです。
 伊吹山は植物の分布に関してやや特殊なところだそう。日本列島が屈曲する場所でしかも地峡のような狭さのところにあるため、日本海を長い距離渡ってきた風が太平洋側に吹き抜け、局所的な多雪地域となっているということ、気候的に日本海側の気候と太平洋側の気候のせめぎ合う場所であること、地質も石灰岩質で植物にとって容易に進出しにくい環境にあることなどが関係しているそうです。

 西登山道コース

 西登山道コースはこんな感じ。足元は石がゴロゴロしていますが、ハイヒールとかでなければ、普通の観光スタイルでもOKです。

 クガイソウ

 これはクガイソウ。輪生する葉が天蓋を九段(=たくさん)重ねたようということで付けられた名だそうです。伊吹山では今が盛りのよう。この山にはクガイソウによく似たルリトラノオがあり、こちらはここの固有種だそうです。分かりやすい相違点は、雄しべの葯が褐色で葉が輪生するのがクガイソウ、葯が白色で葉が対生するのがルリトラノオ、だそうです。他にも細かい相違があるでしょうが。全体の印象としては、ルリトラノオの花序のほうがややぼってりとした感じがします(あくまでyamanekoの主観)。

 クサフジ

 こちらクサフジ。L字形に折れた蝶形花が特徴です。フジの花のように長く垂れ下がりはしません。

 シモツケソウ

 シモツケソウ。柔らかい桃色をしています。周りに密生している葉はシモツケソウではなく、アカソのもの。シモツケソウの葉は一見モミジの葉のような形をしています。

 北方向

 ほぼ真北の眺望。正面の三角形の峰は虎子山(とらすやま、1183m)。右に峠を挟んで国見岳(1126m)、大禿山、御座峰です。写真左端は琵琶湖です。

 キオン

 黄色の花もたくさんありました。これはキオン。北方から分布する植物で、伊吹山からそう遠くない鈴鹿山地の水沢峠が南西限なのだそうです。花の姿がシオン(紫苑)に似ていて黄色だからキオン(黄苑)というシンプルなネーミングです。

 キバナノカワラマツバ

 こちらは薄黄色。キバナノカワラマツバです。長い名前ですが漢字では「黄花の河原松葉」と書き、河原のようなやや荒れたところに生える松葉のように細い葉をした花ということで、カワラマツバの花が白色であるのに対し、花が黄色っぽいということ。どちらかというとキバナの方が高いところに生育するようです。

 ミヤマコアザミ

 鋭い針のような硬い棘をもつミヤマコアザミ。ちょっと触れただけで激しい痛みが走ります。ノアザミの変種とのこと。

 ミヤマトウキ

 セリの仲間、ミヤマトウキです。別名はイブキトウキ。葉は漢方薬になるそうです。セロリのような強い香りがあるとのことですが、例のごとくyamanekoにはいまいち感じ取れませんでした。

 ヤマアジサイ

 ヤマアジサイでしょうね。もう花は咲き終わっているようです。花っぽいのは装飾花と言って萼が変化したもの。その派手さで虫を呼ぶのですが、今となってはもう役割は終えたということになります。

 クガイソウ

 花序の重みでしな垂れるクガイソウ。涼しげですね。

 メタカラコウ

 これはメタカラコウ。漢字では「雌宝香」で、別種にオタカラコウ(雄宝香)というものもあります。もともと湿気の多い場所を好む植物ですが、ここ伊吹山の山頂部でも広い群落を作っています。

 コオニユリ

 コオニユリ。子供の頃、夏の山でよく見た記憶があります。遠雷が聞こえ一雨来そうな蒸し暑い夏の午後、濃い緑の中にこの花の朱色が浮かび上がる、そんな風景がなぜか印象に残っています。

 アカタテハ

 クガイソウにアカタテハ。この山上で長く命をつないできているんでしょうね。

 イブキトラノオ

 イブキトラノオの群落です。涼しい風に揺れていました。

 コオニユリ

 コオニユリをアップで。大柄なオニユリよりもやや小ぶり。ただ、大きさでは正確な区別はつけにくく、葉腋にムカゴが付くか付かないかで見分けます。コオニユリにはムカゴができません。

 ヤマホタルブクロ

 ヤマホタルブクロの白い花。個体によって赤味の強いものもありますが、伊吹山のものは白色なのだそうです。ここでも周囲にはアカソの葉が密生していますね。

 キヌタソウ

 白色の小さな花で散房花序を作るキヌタソウ。漢字では「砧草」と書きます。砧とは、昔、洗濯後の衣類のシワをとるために使った専用の石の台のこと。その台の上に衣類を広げ槌でたたいたのだそうです。ただこの花がなぜ砧草なのかはよく分かりません。



 振り返ると駐車場やレストハウスが。その向こうの山腹にはドライブウェイが山肌を穿っているのも望めます。

 クルマバナ

 ちょっと地味なクルマバナ。漢字では「車花」と書き、これは花が輪生するからだそうです。写真のものは歯抜けのトウモロコシみたいで、輪生しているようには見えませんね。

 オオバギボウシ

 オオバギボウシの花は純白。山頂部の花畑では優占種なのだそうですが、訪れたときが最盛期とずれていたのか、あまり見かけませんでした。

 キリンソウ

 キリンソウ。やや肉厚の葉がベンケイソウ科の特徴を示しています。低山や里地でよく見かけるアキノキリンソウはキク科で、花が黄色という点を除けば見た目は似ていません。

 シモツケソウ

 淡い桃色のシモツケソウ。こちらはバラの仲間です。そうは見えませんよね。

 カワラナデシコ

 カワラナデシコは草原で見かける花。繊細な花冠ですね。秋の七草のうちの一つです。



 陽が差していないのでカラフルさが今ひとつですが、斜面が全部花畑になっています。

 ウツボグサ

 これはウツボグサ。漢字では「靫草」と書き、靫とは矢を携帯するための竹で編んだ筒状の容器のこと。長く伸びた花穂が靫に似ているということでしょう。別名を夏枯草(かこそう)といい、これは盛夏に花が枯れるからだそうです。



 もうそろそろ山頂も近いです。小さなピークの斜面がメタカラコウの群落になっていました。

 シモツケ

 シモツケ。さっき見かけたシモツケソウに似ていますが、こちらは樹木。シモツケソウは草本です。双方ともバラ科なので、まあ親戚ですね。



 メインの登山道から分かれて、上野登山口からの登山道が上がってくるところまで行ってみました。山頂部の縁から急角度で落ち込んでいます。風があったらこの雲を吹き飛ばしてくれたのかもしれませんが、ほとんど無風です。
 さあ、山頂はもうすぐそこです。しばらく眺望を楽しんでから、また歩き出しましょう。(中編に続く