破風山 秩父盆地の展望台(後編)〜〜


 

 (後編)

【埼玉県 皆野町 令和元年11月10日(日)】
 
 小春日和の破風山を巡る野山歩き。後編です(前編はこちら

 Kashmir 3D

 満願の湯近くからスタートして、風戸集落を過ぎ、稜線に出て歩いてきました。もう山頂は目の前です。

 東屋

 屋根付きの休憩舎が現れました。東屋と言うにはやや大きめで、雨宿り程度だったら30人くらいは大丈夫そうです。数人の先客が昼食中だったので、挨拶をしてそのまま山頂を目指しました。



 足元が切れ落ちている場所が現れました。ここまでで初めての危険箇所。道幅は狭いところで30cmくらいです。ただ、それも3mくらいの区間なので、慎重に足を運べば大丈夫です。



 斜面下を覗き込むとこんな感じ。落ちたらそれなりに怪我をするような斜面です。

 アセビ

 山頂の周辺はアセビが優勢に生えているとのこと。常緑樹なのでこれから冬にかけても生き生きとした緑色を見せてくれるでしょう。



 頭上が開けました。きっとあの先が山頂だと思います。

 破風山山頂

 11時25分、破風山の山頂に到着しました。スタートから1時間半ちょっとでした。



 眺望は360度ありますが、なかでも南側には木立がなく、視界が大きく開けています。



 抜けるような青空です。秩父盆地の向こうに山々が壁のように連なっていますね。秩父盆地の東縁を構成している山並です。一方、眼下に広がる秩父盆地(見えているのは盆地の北端部に過ぎません。)。

 Kashmir 3D

 秩父盆地は上の図からも分かるとおり、概ね四角形をしています(破風山はの位置)。その中を荒川が南西角から北東角に向かって流れています。盆地の中は真っ平らというわけではなく、盆地内の河岸段丘により何段かに分かれているのが分かります。
 この秩父盆地はプレートの運動により東西に引っ張る力が生じ、そのため真ん中の地盤が沈んでできた構造盆地と呼ばれるものだそう。どれだけの力が加わればこんなことが起きるのか。想像もつきません。今も動いているのでしょうか。

 太田地区

 破風山のすぐ足元には田園地帯が広がっています。地図で調べたら秩父市の太田地区というところのようでした。この地区の人々は毎日この山を眺めて生活しているんですね。



  山頂では、入れ替わりながら20人くらいの人が休んでいました。yamanekoもカップラーメンの昼食をとった後、決して広くない山頂をぐるりと散策。

 小さな祠

  小さな祠がありました。例のごとく感謝のお参りを。

 男体山遠望

 北東側の眺望。最奥に日光の男体山が望めました。直線距離にしてここから85kmくらいあります。

 両神山

 西側には両神山の威容が。相変わらず存在感があります。この山には4年半前に登ったことがあります(こちら

 城峯山塊

 日野沢川の向こう側、北側の山並みです。城峯山塊と呼ばれているそうです。
 破風山自体もそうですが、この辺りの山を眺めると結構高いところにぽつりぽつりと集落があるのが分かります。どういういきさつで人々がそこに暮らすようになったかは分かりませんが、当然農耕には不向きで、最初に当地に入った人にとっては消極的選択の結果だった場合もあるのでは。それでも長く集落が維持されてきたことは、よく考えれば凄いことだなと思います。喜びも悲しみも集落とともにあり、ここで生まれ育った人にとっては忘れがたい故郷でしょうね。



 集落内にもかなりの高低差があります。生活もさることながら、宅配や郵便の方も大変そうですね。冬場は特に。

 急降下

 山頂で50分ほど休憩してから下山開始。12時15分、再スタートです。出だしから急坂で、しかも足元は小さく破砕した石でザレています。歩幅を一層小さくして慎重に。



  ひとしきり下ると傾斜が緩やかになりました。モミジはまだ青々としていますね。もう立冬を過ぎているというのに。

 分岐

 しばらく行くと分岐が現れました。左手前に下っていく小道があり、こちらも桜ヶ谷集落へと続いています。ここは直進。



 尾根道は適度に陽が差し、気持ちが良いい。のんびり歩いて行きます。

 コウヤボウキ

 コウヤボウキです。既に花は終わり実ができている状態で、その実は綿毛のようなものの根本に付いています。綿毛の意味はタンポポのそれと同じように風に乗って飛ばされていくようにとのことだとは思いますが、タンポポほどフワフワしていないので、おそらくそんなに遠くへは行き着かないのではないかと思います。

 クロモジ

 これはクロモジ。ようやく黄葉が始まりかけている感じです。

 ヤマシロギク

 少しくたびれていますが、咲いている花に出会いました。ヤマシロギク(イナカギク)です。

 札立峠

 12時30分、札立峠までやってきました。この峠は秩父三十四カ所霊場の参詣道が越える峠で、三十三番の菊水寺からこの峠を越えて結願寺である三十四番の水潜寺に向かう道にあります。yamanekoはこれからその水潜寺に向かって下りていきます。



  まずは谷筋に向かって急激に降りていきます。北向き斜面なので日差しは入り込まず、急に涼しくなりました。



 登山道には大小の石が転がっていて、また、沢の流れを渡るところも次々に現れ、いにしえの参詣者は簡素な草鞋でよく歩き通したものだと感心します。体へのダメージは相当なものがあったでしょうね。



 度重なる台風の影響でしょうか。沢に幾重にも倒木が折り重なっていました。人間の手でこのようにすることは並大抵ではできないでしょうね。自然の力って凄いと思うし、それをコントロールしようとすることの無意味さも感じてしまいます。



  大きな岩の下を通って行きます。この辺りも秩父盆地創成期には相当な力を受けたでしょうね。



  これは最近の台風による被害でしょう。本来の登山道はピンク色のテープの左側に通っているのですが、かなりの部分が削られて流出しています。今は丸太をガイドにしつつその左側の河床を飛び石伝いにパスしていくようになっていました。



  札立峠を出て30分、水潜寺に到着しました。山道はここでおしまいです。

 水潜寺

 普通霊場巡りは八十八ヶ所とか三十三ヶ所とかですが、三十四番目というのは何かキリが悪い感じがします。これは、西国三十三ヶ所霊場、坂東三十三ヶ所霊場、そして秩父三十三ヶ所霊場のトータル九十九ヶ所にこの水潜寺一寺を加えて百観音の結願寺としたとのことです。なかなかの重責を担っている寺なんですね。それが今この山間にひっそりと佇んでいるなんて。往時はたくさんの参詣者で賑わっていたのかもしれません。



 水潜寺を後にするとすぐに車道に出ました。県道284号線です。

 県道284号線

 県道に出たら右に折れ、日野沢川沿いに歩いていきます。山道を歩いてきた後の車道歩き。整理体操代わりにストレッチをする気持ちで歩きました。

 エノキ

 途中、エノキの実を目にしました。可愛らしいです。これから朱くなっていき、鳥たちの冬の餌になってくれます。

 無事帰還

 1時30分、スタート地点に戻って来ました。無事に戻ってこられて感謝です。トータル4時間の野山歩きでした。

 満願の湯

 そして、ここからは温泉でリラックスです。着替えを持って満願の湯に行くと、中は結構な人で賑わっていました。こわばっている筋肉をほぐして、その後露天風呂でまったり。至福の時でした。あと、風呂から上がった後のコーヒー牛乳も。

 破風山

 温泉を出た後、破風山の姿がよく見える場所に移動しました。さっき山頂から見下ろしていた太田集落の辺りです。この山、確かにちょっと目立つ形をしています。一説には屋根の「破風」の形をしているから破風山と呼ばれるようになったとのこと。ただ破風はだいたい三角形をしていて、そういった意味では山は大概破風の要素を持っているとも言えますね。
 午後の日差しを受ける破風山に今日一日遊ばせてもらったことのお礼を告げて、秩父を後にしました。
 
 帰りの高速道路もこれといった渋滞箇所もなく、スムーズに走ることができました。楽しい野山歩きでした。