広島市街地のど真ん中に「縮景園」という名勝があります。もともとは広島藩主浅野家別邸の庭園で、設計は茶人として有名な上田宗箇です。辺りにはオフィスビルやマンションが建ち並び季節感のない風景に囲まれていますが、ぽっかりとここにだけは季節の移ろいがあるのです。
 慌ただしく過ぎていく毎日。二十四節気の訪れに合わせて庭園を巡り、つい見過ごしがちな季節の移り変わりに目を向けてみようと思います。
 

 
 
 

小寒 しょうかん
 
 平成17年1月5日
サザンカ カルガモ スイセン
 寒の入りにもかかわらず、風はなく日差しの下ではポカポカ。でも日陰にいると足下から冷えてきます。平日なので園内は人影もまばらですが、そんな中で鳥博士のO女史にばったり会ってしまいました。そういえばここは彼女の観察フィールドです。池にはカルガモやアオサギ、梢にはジョウビタキ。芝生にイソシギやシロハラが。彼女いわく「イソシギは河原で見かけるものなのに…。」
 池にはボラが泳いでいます。この池の水は京橋川から引いているので一部汽水域の環境となっているのです。
 マンリョウの赤い実がつややかに光を反射しています。今の時期、花の姿は数えるほど。ツバキ、サザンカ、スイセンくらいです。ミツマタのつぼみはビロードに包まれてまだしっかりと閉じていました。
 着物のカップルが2組ほど。最近は結婚式の披露宴では振り袖は着ずに、事前に写真だけ撮影しておくことが多いようです。縮景園はその背景として最適なのでしょう。
 

大寒 だいかん
 
 平成17年1月20日
ロウバイ サクラの冬芽 ヤブツバキ
 正午の天候、気温4.5度、風速3m、晴れ。チラチラと小雪が舞って底冷えがします。デジカメを持つ手が冷たい。さすがは大寒。クスノキの並木が風に吹かれてサワサワと音を立てています。縮景園は木々も鳥も池の魚もじっと寒さに耐えているかのようです。
 清風池の近くにはロウバイが咲き始めていました。透明感のある黄色い花弁です。ベニバナトキワマンサクも花をつけていました。ベニマンサクに似た花ですが、葉はかなり小さくて常緑。花期は3月から5月とありますが、これからが本番なのでしょうか。小寒のときには堅そうだったミツマタのつぼみは少しほぐれてきた感じです。
 京橋川は静かにゆっくりと流れています。昼時の静かな庭園。遠く聞こえるのは街のざわめき。池には静かにさざ波が立っています。
 梅林に行ってみました。わずかですが咲き始めています。中で一株だけ気の早い紅梅があって、すでに三分咲き程度に花を付けていました。次の節気、立春の頃には辺り一帯満開を迎えているのではないでしょうか。
 

立春 りっしゅん
 
 平成17年2月4日
紅梅 錦鯉 梅林
 春です。暦の上では。数日前の大寒波は去りゆく冬の最後のあがきだったのでしょうか。今日はまったく風がなく、日差しが暖かい。本当に春が来たようです。でもこれからも何度か雪の日があるんでしょうね。
 今日は園内には無料解説のボランティアの方が何人かいて、お客さんと一緒に園内を散策していました。
 梅林はどの株も三分から五分咲き程度に花をつけていました。周囲には甘い香り。ムクドリが鳴きながら目の前を滑っていきました。
 古松渓あたりの小径を歩きます。池に反射する陽光が林の縁を下から照らしていました。林の中からはコゲラのギーギーという鳴き声が聞こえてきます。
 東屋の茅葺き屋根にはまだ少し雪が残っていました。予報では今日は12度まで上がると言っていたので、この雪もほどなく融けきってしまうでしょう。
 悠々亭までやって来るとほんのりと潮の香りがしてきました。このあたりから京橋川の水を引き入れているのかもしれません。ところで、園内の遊歩道は竹箒の筋が見えるほどいつもきれいに掃除してあります。塵(?)ひとつ落ちていないくらいに。でもせっかく自然の佇まいを再現してあるのだから、落ち葉もそのままにしておいてもらいたい気がします。
 

雨水 うすい
 
 平成17年2月18日
キンカン カワラタケ イヌビワ
 どんよりと曇った空。いつ降り出してもおかしくないような天気です。今日は雨水だからむしろ雨を狙っていたのですが。暖かく、風もありません。このころは安定した冬型の気圧配置が崩れて、天気が変わりやすくなるのだそうです。
 庭園内ではあちこちで補修工事が行われています。年度末ですね。今日はこれまでになく園内にお客さんが多いような気がします。外国人の姿もチラホラと。
 池には小舟が浮かべられて水面に浮いたゴミをすくっています。また、薬草園の冬枯れした植物も刈り払われていました。ここでも春を迎える準備が進められているようです。
 エナガ、ヤマガラ、シジュウカラなどの小鳥が梢と地面との間を忙しく、行ったり来たり。ムクドリもギュルギュルと鳴きながら芝生をつついていました。
 梅林までやって来ました。みごとに満開です。緋毛氈の縁台で休んでいる人たちもみな穏やかな表情をしていました。
 
 結局、園内にいるときは降り出しませんでしたが、午後からしっかりした降りになりました。
 

啓蟄 けいちつ
 
 平成17年3月5日
清風館 サンシュユ アオキ
 冬ごもりの虫が地中から這い出す「啓蟄」 でも今年は寒くて出てきた虫も風邪をひいてしまいそうです。今日も通り雨のようにザッとみぞれが降りました。
 梅林の梅はまだ満開の状態が続いています。例年より1箇月も遅れているのだそうです。
 ミツマタはそろそろ開花してもおかしくない時期ですが、まだまだつぼみの状態でした。一方、サンシュユのつぼみはほころびそうになっています。黄色の鮮やかな花弁がのぞいて、その周囲だけ暖かい空気に包まれているようです。
 この時期、平野部の野山ではオオイヌノフグリやホトケノザなどが咲き始めていて、春の訪れを教えてくれるのですが、ここでは雑草としてきれいに引き抜かれてしまいます。寂しいですが。
 
 ここ縮景園では啓蟄恒例のマツの菰(こも)外しが一日早い昨日行われたそうです。菰は毎年10月下旬にマツの幹に巻いておいて、寒さから逃れるマツの害虫をその中に誘い込むものです。そして春を迎える前に外して菰ごと燃やしてしまうのです。
 春を迎える風物詩を見終え、あとは本当の春を待つのみです。
 

春分 しゅんぶん
 
 平成17年3月20日
サンシュユ ボケ ミツマタ
 急に春めいてきました。園内に入ってまず目についたのはコートを手に抱えて散策する人たちの姿。今日は特に穏やかな陽気です。(花粉の飛散も強烈です。)
 啓蟄のときにはつぼみだったサンシュユがきれいに咲きそろっていました。本格的な春の訪れを告げる黄色の花。この花を見るともうじきカタクリの季節だと感じます。
 ボケの花も咲いていました。漢字では「木瓜」と書きます。名の由来は木瓜(モッカ)の音が転訛したものといわれています。でもちょっと可哀想な名前ですね。
 ミツマタの花も咲き始めていました。こちらはちょっと遅めではないでしょうか。ミツマタといえばお札の原料としてつとに有名。1個の花は筒状ですがこれが半球状に密集してつく姿は華麗です。さらにこの花序が株全体についている様子は豪奢と表現してもよいでしょう。
 
 春分とは太陽が黄経0度の春分点(黄道と赤道とが交差する2点のうち、太陽が南から北側へ天の赤道を横切る点)を通過する日(正確には、時刻)をいいます。ヨーロッパではこの日から夏至の前日までの期間を春とするのだそうです。
 

清明 せいめい
 
 平成17年4月5日
ハクモクレン ユキヤナギ ソメイヨシノ
 一気に春がやってきました。いままでじっと耐えてきたものが解き放たれたかのように、様々な花が咲き始めています。今年は平年より遅い桜の開花も、ようやく三分咲き。ここ縮景園には広島のソメイヨシノの標本木があります。
 花期が短いハクモクレンも今がちょうど盛り。ミツマタも満開です。あと、ベニバナトキワマンサクは枝に紅色の花を密生させていました。こちらも満開です。
 園内の薬草園へ向かう小径にはイロハモミジが若葉を展開させ始めていました。もう新緑の季節がすぐそこまでやってきているのです。
 やや暗い林の中には、アオキが紫がかった焦げ茶色の地味な花を咲かせていました。よく見るとなかなかモダンな花です。また、竹林の奥まで明るい光が差し込み、冬場とは違った表情をみせています。林床にはオオアラセイトウが一面に咲いていて、緑とピンクのまだらの絨毯を敷いたようになっていました。オオアラセイトウはアブラナ科の2年草で、別名「諸葛菜」(しょかつさい)。後漢の時代、蜀の軍師だった諸葛亮が占領した地域に進駐する際、戦争で荒れ果てた土地に菜を植えさせ民を困窮から救い統治を円滑にせしめ、民はこれを諸葛菜と呼んだと三国志にはあります。でもこの諸葛菜とはカブのことで、オオアラセイトウとは別物のようです。
 

穀雨 こくう
 
 平成17年4月20日
イロハモミジ シャガ ボタン
 昨日までの晴天が嘘のような雨、どうやら夜半から降り続いていたようでしたが、縮景園を訪れる直前に上がってくれました。空気にはまだたっぷりと湿気が残っています。
 園内に入ってまず目についたのは、しだれ桜。もう半分くらいは葉桜になっています。今年も桜の季節が足早に去っていきました。
 遊歩道沿いはまさに百花繚乱といった状態です。「花王」と呼ばれ愛でられたボタンが豪奢な花を広げています。足下にはシャガ。雨に濡れて生き生きとしています。シャガは雨がよく似合う花です。ハナズオウは枝いっぱいにショッキングピンクの花を密生させています。この木は民家の庭先にもよく植えられていて、この時期よく目立っています。アメリカハナミズキはこれからが盛りでしょうか。シロヤマブギはちょうどいい頃です。この花は黄色いヤマブキよりもボリュームがあります。花弁の厚さの違いかもしれません。
 薬草園の方へ行ってみました。早くもアマドコロが花をつけています。肥料などを施されて栄養状態がよいのかもしれません。生け垣にはムベの花。まるで白磁のような質感の花です。
 今日はナイスタイミングで雨が降ってくれました。穀物を潤す春の雨。まさに生命を育む恵みの雨です。
 

立夏 りっか
 
 平成17年5月5日
新緑 スイレン カキツバタ
 ゴールデンウイークも後半に入り、木々は輝くような緑に覆われています。今日は立夏。文字どおり夏の訪れを感じさせるような日和です。
 前回の穀雨のときは春の花が咲き乱れていましたが、それらはみごとに散ってしまい、花々はガラッと入れ替わっていました。カキツバタやスイレンは瑞々しく、サラサドウダンは小さな釣り鐘状の花をいくつもぶら下げていました。園内の小径を歩いていても次は何に出会えるかと楽しみいっぱいです。
 今日もっとも生き生きとしていたのはシランだったでしょうか。花の造りをよく見てみるとラン科の花に特有の複雑な形をしています。
 そういえば先日(5月2日)は八十八夜。園内の茶畑も柔らかい若葉を伸ばしています。次の日曜日には茶摘み茶会が催されるようで、そのときに摘み取られるのだと聞きました。きっと姉さん被りにたすきがけの装束の女性が摘み取るのでしょう。
 悠々亭から祺福山、古松渓と池の縁をたどって歩いていきます。日光浴をしていたカメが足音に驚いてドボンと池の中へ。のどかな午後です。
 梅林までやってきました。立春の頃甘い匂いを漂わせて花開いていた梅が、今では青い実をふくらませています。この実が成熟する頃には雨の季節が訪れていることでしょう。
 

小満 しょうまん
 
 平成17年5月21日
ドクダミ ミシシッピアカミミガメ カリン
 小満とは「草木が茂って天地に満ち始める頃」という意味です。縮景園の入口をくぐって右手にいくといろんな花木を植えた一画があって、春分以降そこが数々の花で飾られてきたのですが、梅雨入りもそう遠くないこの時期になると、緑のグラデーションも鮮やかなこんもりとした森になってきます。それでもエゴノキやトベラが白い花を咲かせていましたし、もう終わりかけでしたがサラサドウダンもたくさんの花を付けていました。
 京橋川沿いにある薬草園も冬場の荒涼とした雰囲気はまったくありません。もう花を終えたもの、これから咲かせようとするもの、様々な命の活力で満ちあふれていました。
 竹林の中を涼やかに風が通りすぎていきます。散策するだけでうっすらと汗ばむ陽気ですが、この風に吹かれていると、ちょっとこのへんで昼寝でもしたくなるような気持ちよさです。
 芝生の広場が何やら賑やかです。見ると、今日も婚礼写真を撮影していました。披露宴では洋装だけで、和装の写真は事前に庭園で撮っておこうという趣向。スタッフが3人くらいと、おそらく新婦のご両親でしょうか。付き添っています。
 先日、職場の同僚の披露宴に出席しましたが、人が人を祝福するというのは、見ている方まで幸せな気分になりますね。新婦も普段とは違った表情で、新鮮な感じがしました。あやかりたいです。(その後2ヶ月が経過しますが、彼女は仕事漬けの毎日で、とても新婚の生活ではないようです。)
 

芒種 ぼうしゅ
 
 平成17年6月5日
アジサイ ホタルブクロ キンシバイ
 縮景園の正門をくぐると箒で掃かれた道が真っ直ぐ延びています。今日はその白い砂に日差しが反射して目を細めずにはいられません。空は雲ひとつなく、まるで真夏のような天気です。
 「芒種」とはイネなど芒(のぎ。モミの先端から伸びている固いヒゲのようなあれです。)のある作物の種をまく頃、という意味。でも、巷ではモミまきどころかすっかり田植えも終わっています。二十四節気は太陽の運行をもとに作られたものなので、現在の季節感とおおむね符合するはずですが、このズレはイネの品種改良によるものなのでしょうか。
 園内には様々な種類のアジサイがちょうどこれから盛りを迎えようとしていました。中には初めて見るようなものも。今日の主役はアジサイのようです。
 樹木の中には実を大きくさせ始めているものも多く、池ではメダカが丸まると肥えています。この時期、生き物はみな生気をみなぎらせ成長しているのです。
 少し歩くとすぐ汗が噴き出してきます。いつのまにか日陰を探して歩くようになってきました。見ると足下でウツボグサが枯れかかっていました。別名「夏枯草(かこそう)」、夏が近いことを告げています。
 林の木立越しに高層ビル建築のための赤いクレーンが見え隠れ。京橋川を挟んだ対岸の工事現場です。都会の一画に浮かぶ緑のオアシス。その中から見る彼岸はあの世ではなく現実世界なのです。
  

夏至 げし
 
 平成17年6月21日
ナツツバキ アメリカデイゴ アジサイの生け垣
 例年よりやや遅めの梅雨入りだったとはいえ、これまでほとんど雨が降っていません。ニュースでも水量の少ないダムの様子をさかんに映し出しています。
 そんな中での夏至。太陽がより一層高い位置から容赦なく照りつけているようです。
 園内に入って最初に目についたのはナツツバキ。別名を沙羅の木といいますが、釈迦が入滅した際に咲いていた沙羅双樹とはまったく別物だそうです。この木の幹は鹿の子状の模様があり特徴的です。
 遊歩道沿いにツクシハギが咲き始めていますが、水不足のせいか元気がありません。他の花も総じて活気がありませんでした。アジサイはいよいよ盛んに咲いていますが、ただやはりこちらも少し潤いがないようです。
 とはいえ元気なものもないわけではありません。たとえば白いムクゲ、これは生き生きとしていたし、アメリカデイゴはほぼ満開を迎えツヤツヤしていました。照りつける日差しをものともせずに。
 
 ぬるい風でも木陰にはいると少しだけ涼しく感じます。
 今日は園内のどの植物も水を求めているようでした。お湿り程度の雨でもいいから、やっぱり降るべきときにはそれなりに降ってもらいたいものです。
 (この日の午後、急に曇って夕方まで雨が降りました。思いが通じたか?)
  

小暑 しょうしょ
 
 平成17年7月7日
ヤブカンゾウ 園入口(夏) ヤブラン
 7月の声を聞いたとたんに急に雨が多くなりました。しかも集中豪雨的な降りで、各地で被害も報告されています。でもここ2、3日は梅雨の中休みといった感じ。園内を歩いていても、地面が十分に湿気を含んでいるせいか、足下から蒸し暑い熱気が立ちのぼってくるようです。
 まだ梅雨真っ盛りですが、数あるアジサイももうあらかた元気を失いつつあるようでした。園内のあちこちにヤブカンゾウが咲いていました。オオバギボウシも涼しげな花冠を並べています。いずれも夏を代表する花。頭上からは蝉の声がシャワーのように降りそそいでいます。もう夏本番といった感じです。
 小暑とは本格的な暑さが始まる頃という意。まさにそのとおりです。
 
 園の入口に納涼茶会の案内が出ていました。浴衣に団扇で夕涼みの茶会なんてのも風流でいいですね。でも実際には広島には夕凪というのがあって、夕方はじっとしていられないくらい蒸し暑いのですが。
  

大暑 たいしょ
 
 平成17年7月23日
ツユクサ ムラサキシキブ 都会のオアシス
 梅雨が明けました。朝から気温がぐんぐん上昇しています。園内を歩いていると強い日差しに押しつぶされそうです。
 この時期は花の数も少なめ。白花のサルスベリが花を咲かせていました。この花を見ると、気怠い夏の午後を思い出します。ヒグラシの鳴き声とベストマッチの花です。
 子どもの頃、夏休みの日々、夕方誰もいない縁側で昼寝から目覚めると、庭先にサルスベリの花が風に揺れていました。ヒグラシのしんみりとした鳴き声がもの悲しいような心細いような気持ちにさせ、あたりに人の影を探したものです。寝ぼけてしまって、今日がいつなのか、というより今が明け方なのか夕方なのか、寝起きではいまひとつピンとこない感じ。しばらくして、ああそうか、今は夏休みだった、って少し安心する。そんなことが懐かしく思い出されます。
 そういえばもう世間は夏休みです。どうりでバスが空いていると思った。
 
 こう暑いと縮景園を訪れる人も多くはないようです。そんな中、定期観光バスでやってくるお客さんだけは皆さん賑やかに散策していました。そうです、暑い暑いといっておっくうがっていてはもったいない。夏はもともと暑いもの。そう思ってこの暑い夏を存分に楽しみたいと思います。
  

立秋 りっしゅう
 
 平成17年8月7日
桃の実 ムクゲ オミナエシ
 ”秋来ぬと目にはさやかに見えねども風の音にぞ驚かれぬる” (藤原敏行)
 やっぱり今も昔も立秋の日になったからといってすぐには涼しくはならなかったようです。でも昔は立秋の頃になると朝夕に涼しい風が吹いていたのかもしれません。昔の人はそういった微妙な季節の移ろいを見いだすことに長けていたのでしょう。
 え?昔は旧暦だから立秋は今の暦で9月頃だったんだろうって?いえいえ、二十四節気は太陽の運行を基に考えられているので、今も昔も立秋はこの暑い時期なのです。
 さて、縮景園はというと、門をくぐったとたんに蝉の大合唱がお出迎え。いくら短い命とはいえ、頑張りすぎじゃないのか、というくらい。散策路を木陰づたいに歩かないとへばってしまいそうです。
 この時期、花は少ないです。目につくのはムクゲの白い花。花びらをよく見ると、絞りのような模様があって涼しげな印象を受けます。足下にはヤブラン。この花の紫も涼しそうな色です。でもいかんせんこの暑さ。視覚効果だけでは汗はひいてはくれません。しかもいつの間にかヤブ蚊に喰われている。あぁ痒い…。
 それにしてもこの暑さ。梅雨の時期には早く夏が来ないかと願ったのですが、いざ夏が来ると秋の涼しさを求めるこの身勝手さ。
 次にここを訪れるときには少しは秋らしくなっているでしょうか。
  

処暑 しょしょ
 
 平成17年8月23日
京橋川 芙蓉 テッポウユリ
 今週に入ってどんよりと曇った天気の日が続いています。今日は縮景園の中にも人影はまばら。そのぶん蝉の声がにぎやかすぎるくらいに聞こえてきます。
 今日は京橋川の方からそよそよと風が吹いてきています。秋の気配とでもいうのか、確かにお盆も過ぎてそろそろ夏は終わりなんだと思わせる雰囲気が漂っています。園内の湖面すれすれを滑空するアオサギ。洗練されたフォルムも涼しげでした。
 エンジェルトランペットの黄色い花がぶら下がっていました。花も葉も大きい。いかにも洋物といった感じです。芙蓉の花が咲いています。こちらは「和」の風情。まだ花の数は少なかったですが、これからたくさん咲き始めるようです。夏を象徴する花、サルスベリの花もしおれかかっていました。代わってヤマハギの花がチラホラと。こんなところからも移りゆく季節を感じます。
 薬草園は今日もヤブ蚊がいっぱい。ミシマサイコが咲いていたのでカメラを構えようとすると、そのわずかな間にも群がってきます。しょうがないから十分にサービスしてやりました。
 
 処暑は暑さが一段落する頃。まさに今日はピッタリの気候です。でもまだまだこれから残暑がどっかりと居座るのでしょうから、そう簡単には涼しくはならないでしょうね。
  

白露 はくろ
 
 平成17年9月7日
アシタバ アキノキリンソウ 台風の爪痕
 九州から中国四国にかけて膨大な量の雨を降らせた台風14号。広島には今日未明に最接近しましたが、明け方前に過ぎ去っていって、朝には街はもう普段の表情を取り戻していました。
 日中は台風一過の青空。空気も何となく澄んで、秋が一歩近づいたような気がします。
 縮景園の入口受付で、「台風の影響で枝が落ちていたりしますので、足下に気をつけてください。」との言葉。心配りが嬉しいです。園内に入ると折れかかった枝を切ったりするために脚立が立てかけてありました。今はちょうどお昼なので作業はしていませんでしたが、素早い対応に感心です。
 この時期、園内の樹木にはほとんど花はありません。花を咲かせているのは芙蓉くらいなものでしょうか。野草ではヤブランが薄紫の花をつけていました。花期の長い花です。あと、アキノキリンソウ、キツネノマゴ、イヌタデなど。いずれも野に咲く地味な花たちです。薬草園にはアシタバが隆々とした姿で茂っていました。
 
 白露とは、野の草の上に結ぶ露が白く見える頃、という意。明け方、気温が下がって空気が水蒸気を抱えていられなくなり、葉の上に水滴として残していくのです。秋が少しずつ深くなっていきます。
  

秋分 しゅうぶん
 
 平成17年9月23日
ムサシノハギ シオン ヒガンバナ
 ようやく春の気配を感じ始めた春分。あれから季節は巡り、はや秋分です。その間に太陽は黄道を半周して秋分点を通過しました。なんていうと何のことか分かりませんが、まあ地球が太陽の周りを半分回ったということですね。
 縮景園の中にも季節が巡り本格的な秋がやってきていました。まず最初に迎えてくれたのは秋を代表する植物、ハギです。名札にはムサシノハギとありました。紅紫色の小さな蝶形花が、風が吹くたびに上下に揺れています。薄紫色の舌状花が黄色の筒状花を取り囲んでいるのはシオン。漢字で書くと「紫苑」。なんか優雅です。
 まだセミの声が聞こえますがどことなく弱々しい感じ。代わって足下の草むらから虫の音が。それに加えてヤブ蚊に刺されなかったことで秋の訪れを感じました。
 そして園内のあちこちにヒガンバナ。まさに秋分前後にピンポイントで咲く花です。一日の平均気温が25度を下回ると芽を出しはじめ、わずか7日ほどで60pほどの高さに成長し、開花。その後1週間くらいは花を楽しませてくれます。その名のとおり「彼岸」の花ですね。
 
 これからだんだん夜の方が長くなっていきます。少し寂しいような気もしますが、秋には秋の、冬には冬のよいところがありますから、その時々の季節を楽しみたいと思います。
  

寒露 かんろ
 
 平成17年10月8日
秋の寄せ植え ミズヒキ オケラ
 朝から降ったり止んだりの雨模様。今は止んでいますが地面は湿り気を含んでしっとりとしています。さすがに10月にもなると涼しくなってきます。
 庭園の入口近くで勢いよく咲いていたハギはすでにしおれかけていました。花の数がめっきり減った園内にあって、コムラサキの実がひときわ鮮やかに映ります。秋ですね。
 
 芙蓉の花が今なお勢いよく咲いています。花期の長い花です。
 薬草園に足を運んでみました。ここも秋の雰囲気が満点。ミズヒキの花が咲き誇っています。祝儀袋を巻いている紅白のあの水引。おそらくそれにちなんだのでしょう。ミズヒキの花被片は上側の3個が赤く、下側の1個は白くなっています。この小さな花が長い花茎に並んで付いているところは確かに水引に見えないこともありません。
 ヒガンバナは今は茎が残るのみ。これからこの茎も枯れてなくなり、代わって葉が展開していくことになります。
 イロハモミジの梢の下を通る遊歩道。今年の紅葉はどうでしょうか。
 
 前回に続いて花嫁衣装の人を見かけました。巷は婚礼シーズンなんですね。
  

霜降 そうこう
 
 平成17年10月23日
ツワブキ コムラサキ 菰巻き
 このところ朝晩がグッと冷え込んできました。もう晩秋の足音が聞こえてくるようです。縮景園には毎回昼時に訪れるのですが、この時刻でもずいぶん涼しくなりました。もうそろそろ上着が一枚必要です。
 今日最初に迎えてくれたのは、光沢のある大きな丸い葉に黄色い花。ツワブキです。野山の中で見かけるものより少し弱々しい感じです。子供の頃、やけどをしたところにこのツワブキの葉を貼り付けて治していた記憶がありますが、本当に薬効があったのでしょうか。コムラサキの実は鮮やかな紫色。ただ葉がほとんど虫食いだったので、写真のアングルが難しかったです。
 園の奥の方ではイーゼルを立てて絵を描いている人がちらほらと。芸術の秋、ということでしょうか。
 チャノキの花が咲き始めています。園の京橋川沿いには茶畑があるのです。縮景園では四季折々に茶会が催されていますが、ここで収穫した葉が使われているのかもしれません。カワウが一羽、ツィーっと川面をかすめていきました。
 クロマツに菰が巻かれています。この季節の風物詩です。毎年、霜降の頃に菰を巻いてひと冬を越すと、木々の害虫が寒さを避けてこの菰の中に入り込むのです。そして春近い啓蟄の頃にこれを外して燃やすという仕組みの害虫駆除なのです。でも、実際には殺虫剤の散布で害虫を退治しているので、菰を外したときに見つかる虫はわずかなのだとか。
 林の中からヒヨドリの澄んだ鳴き声が聞こえてきました。
  

立冬 りっとう
 
 平成17年11月7日
菊花展 アカガシ シラキの紅葉
 明け方まで降っていた雨が上がって、日差しが輝いて見えます。暦の上では確かに立冬なのですが、暖かい、というか歩いていると少し汗ばむほど。なんかおかしいです。
 園に入ってすぐのところにある芝生広場に仮設のテントハウスが組まれていて、そこで菊花展が開催されていました。アマチュアの園芸家が丹精込めて作った作品がところせましと並べられています。
 ちょうどソテツの防寒対策が行われていました。全身ミイラのように菰を巻いています。
 薬草園に向かって歩いていると頭上から何かパラパラと落ちてきます。足下にはドングリがたくさん転がっていて。これはアカガシの果実です。風もないのに次々と落ちてきます。アカガシの葉は葉柄が長いのが特徴。あとドングリの「帽子」は縞模様で触るとビロードのような感触です。
 モミジはまだ緑色のまま。こんなに暖かければしょうがないかもしれません。そのかわりシラキの葉がきれいに紅葉していました。色づいた落ち葉を触るとしなやかななめし革のような手触りです。
 野山ではすでに紅葉がピークを迎えようとしています。次に訪れるときには市街地のど真ん中にある縮景園でも鮮やかな紅葉を見せてくれるでしょう。
 

小雪 しょうせつ
 
 平成17年11月22日
縮景園入口 イロハモミジ 色づく庭園
 縮景園の入口に大きな菊の飾り付けがありました。花冠がドーム状になるように並べてあってなかなか手が込んでいます。雨に打たれないように透明の屋根に覆われていました。
 今日は風もなくポカポカ。まさに小春日和。日向でじっとしていると眠気を催してきそうです。大きなエノキは葉が黄色く色づいて早くも落ち始めているものも。木全体としては緑と黄色のまだらな感じになっています。しだれ桜の葉もやっぱりしだれていました。あたりまえか。この木もやっぱり葉を落とし始めていて、枝振りがしなだれているだけによけいに寂しげです。
 園内にはもう花は極端に少なくなっています。草本でいえばかろうじてツワブキが残っているくらいでしょうか。秋の深まりを感じます。そんな中でベニバナトキワマンサクは枝に紅色の花をたくさん付けていました。でもこの花は確か春に咲いていたような気がするが??
 もうミツマタが次の花のつぼみを付けています。ビロードの手触り。咲くのは寒い冬を乗り越えた5ヶ月先のことです。
 園内のあちこちでイロハモミジがきれいに色づいています。もう市内でも紅葉はそろそろ終わりかけですが、なんとか縮景園の紅葉に間に合うことができました。紅葉だったらハゼノキも負けていません。こちらも鮮やかな赤です。庭園美としてはこの時期がクライマックスなのでしょう。
 ヒヨドリの甲高い声が聞こえてきます。ベンチで弁当を広げている人も。初冬の公園の長閑な昼です。
 

大雪 たいせつ
 
 平成17年12月7日
シコンノボタン シロヤマブキ ニシキギ
 寒い。天気は良いのですが足下から冷えがはい上がってくるようです。まるで冷蔵庫の中にいるよう。二日前、「大雪」の候にふさわしく広島市内を真っ白に覆い尽くすほどの雪が降りました。その日以来ぐっと冷え込んだせいか、今日は園内にほとんど人影がありません。
 縮景園の多くの落葉樹が葉を落とし終えています。前回黄色いモンスターのようだったイチョウの大木も、黄色い葉をきれいさっぱりと落としていました。ただここは頻繁に落ち葉が掃き片づけられているので、落ち葉観察には向いていません。残念ですが。
 花がほとんどない園内でただ一つ、シコンノボタンだけが生き生きと咲いていました。この花は花期が長いようで、夏から入れ替わり咲いていました。ブラジル原産のタフな花です。
 サンシュユに赤い実。アメリカハナミズキにも赤い実がついていて、青空をバックに鮮やかな色を見せていました。一方、シロヤマブキは黒い実。葉の色が薄くなり始めてよく目立つようになってきました。
 ニシキギの葉がいい具合に紅葉しています。この木の枝には板状の翼が発達しているのが特徴。これがないものはコマユミといいます。
 京橋川にカワウが一羽。低い軌跡を描いてすべるように着水しました。川面にはヒドリガモやマガモ。もう冬鳥の季節です。
 木々をザワザワと揺らしながら通りぬけていく北西の季節風。わずかに残る十月桜の花がじっと寒さに耐えているようです。それにしても冷える。この企画をはじめた頃の寒さを思い出しました。
 

冬至 とうじ
 
 平成17年12月22日
雪景色 マンリョウ 池の氷
 雪の縮景園。きれいですが、…寒い。前回の「大雪」の候以降、2回も強烈な寒波がやってきました。昨日の夜半から降り始めた雪は、あっという間に街中を真っ白に変えてしまいました。今日も気温が低いのでこのまま融けそうにもありません。
 園内にもほとんど人影がありませんでした。遊歩道こそ除雪がしてあるものの、周囲の樹木や草花(といっても花はありませんが)はみんな雪をかぶっています。
 今日は冬至。一年のうちで昼間の時間が最も短い日です。これは地平から昇った太陽の最高到達点が低く、すぐに沈みはじめてしまうから。このことは影の長さでも実感することができます。たとえば、身長175pのyamanekoですが、夏至の日には太陽がほぼ真上までくるので影の長さはわずか35pほど。これが冬至の日だと2m80pにも伸びるのです。
 色の少ない冬の縮景園ですが、木々は冬芽を少しずつふくらませ、ちゃんと春を迎える準備をしています。サクラだってこの寒さを経験しないと春が来ても目を覚まさないのです。
 
 この一年、二十四節気の訪れに合わせて縮景園の姿を観察してきました。庭園なので自然そのままというわけにはいきませんが、それでも季節の移り変わりを目で見、肌で感じることができました。
 日本には幸運なことに四季があります。でもそれは単に4つの区切りなどでは分けられない、行ったり戻ったりを繰り返しながら無段階に移ろっていくもの。そして、季節が巡ってまた同じ季節がやってきても、それは元に戻ったのではなく別の新しい季節だということ。ちょっと分かりづらいですが、季節の移ろいはループではなく螺旋なのだということを、この一年の定点観察で感じることができました。今年見た四季の姿は来年繰り返して見ることができないのです。
 この発見(あたりまえのことなんですが)はこれから自然を見ていく上で新しい視点をもたらしてくれたように思います。貴重な1年間の体験でした。