八海山 〜花笑みの稜線を行く(後編)〜


 

 (後編)

【新潟県 南魚沼市 平成24年6月24日(日)】
 
 女人堂も過ぎ、薬師岳の山頂も近づいてきました。花笑みの稜線歩き、後編です。(中編はこちら) 



Kashmir 3D

 ここから薬師岳山頂までは、標高差にしてあと200mちょっと。概ね50%勾配(水平100mで50m上がる)の山道です。山頂での眺望を楽しみにしつつ、一歩一歩登っていきましょう。

 雪渓

 11時半、大きな雪渓を横に見ながら登っていきます。立ち止まると雪の斜面を吹き上げてくる風が涼しい。

 もう女人堂からもずいぶん上がってきました。避難小屋があんなに小さく見えます。視線を上げると池ノ峰越しに南魚沼の田園風景が。何か心に染み入る風景です。

 そして薬師岳の山頂。まだまだ遠いような、思いのほか近いような。微妙な距離です。

 ムラサキヤシオ

 11時35分、7合目を通過(ちなみに薬師岳の山頂は8合目に当たります。)。道の両脇にはピンクのイワカガミと青紫のタテヤマリンドウが延々と続いています。そして頭上にはムラサキヤシオ。照り輝いているようですね。
 足下の岩石はいつの間にか礫岩になっていました。4、5pくらいの大きさの石が寄り固まっています。石は角が取れているので太古の時代に水の中で作られたということでしょう。
 日本列島の基盤を構成する岩石は、海洋プレートが大陸プレートの下に沈み込むときにその表面がこそぎとられて大陸側にくっついたものだと考えられています。こそぎとられた時期やその性質の違いにより「○○帯」という名前が付けれられていて(そういえば領家帯とか三波川帯とか、地学の教科書に載っていたような…。)、この辺りは「上越帯」という古生代に造られた地質だそうです。太平洋側から順次付加されて来ているので、基本的には日本海側のものほど古いということになります。

 鎖場

 その礫岩が露出しているところを鎖を頼りに登っていきます。難しい斜度ではありませんが、いかんせん長かったので腕が疲れました。

 妻も後から続きます。がんばれよ〜。

 

 ヤマグルマ

 変わった形の花ですね。これはヤマグルマです。普通は高い木なので花をこの角度で見られることはあまりありません。緑色の花も涼しそうでいいですね。この花には花弁も萼もなく、中央に雌しべが5〜10個輪生していて、その周りをたくさんの雄しべが取り囲んでいるという構造になっています。

 薬師岳山頂

 やがて傾斜が緩くなってきました。山頂が近づいている予感です。
 そして12時ちょうど、山頂に到着しました。おお、向こうに八ッ峰が見えます。なんか「はじめ人間ギャートルズ」みたいな画になっていますね。

 西方向の風景。南魚沼の大パノラマです。左端には巻機山。ここからだと少し見下ろすような感じに見えます(実際には向こうの方が高いです。)。正面眼下には内側の馬蹄形の開口部が見えますね。遠くに低く長く横たわっている山地は魚沼丘陵。その向こうには信濃川が流れているはずです。

 地蔵岳

 薬師岳の向こう側には八ッ峰の北端に位置する地蔵岳が圧倒的な存在感で聳えています。その肩にあるのは千本檜小屋。ここからだといったん鞍部に下ってまた上り返して行くことになります。地蔵岳に続く不動岳や七曜岳などはちょうど陰になっていてここからは見えません。
 あぁ、この景色を目にすることができただけで、ここまで来た意味はあったというものです。

 昼食

 さて、リュックを下ろして昼食にしましょうか。どこに座っても素晴らしい景色なんですが、中でも雄大な眺望を楽しめる東側斜面の頭に腰を下ろしました。足下には雪渓があり、そこから下は一気に谷底まで落ち込んでいます。

 正面で武骨な姿を見せているのは越後駒ヶ岳。そこから稜線を右に辿ると、やや女性的な中ノ岳。越後駒ヶ岳と中ノ岳はこの八海山と合わせて越後三山と呼ばれています。
 この山塊は、数億年前には太平洋の海底にあった岩盤で、それが大陸の端までやってきて、そこで隆起しながら同時に鋭く浸食されてできたもの。そういったスパンで考えると、動かないものの象徴とされる山も激しい生涯を送っているということが分かります。

 

 ナエバキスミレ

 腰を下ろしたすぐ脇にはナエバキスミレが。全体に小型の印象。根茎を横に伸ばして株咲きになっています。

 猿田彦像

 食後に山頂を散策。ざっと30人くらいが休憩しています。
 木陰に猿田彦大神が祀られていました。八海山と猿田彦との関係は今ひとつよく分かりませんでしたが、昔は霊山には必ず天狗がいると信じられていたこと、また、天狗と猿田彦とを容貌が似ているとして同一視しててきたことから、この八海山にも猿田彦が要所要所に祀られているのではないでしょうか。ひょっとしたらスタート地点近くの遙拝所の像も猿田彦だったのかもしれません。

 ひとしきり散策したところで、12時55分、下山開始です。これから歩く稜線が一望にできています。

 ナナカマド

 ナナカマドの葉が若くて柔らかそうです。下りは足下に集中しているので花を見る余裕がないですね。

 守門岳遠望

 北北東25度の方角、ずっと奥に大きな山塊が見えます。地図で確認すると守門岳のようでした。ここからは約35q離れています。その手前のやや濃い山影は、唐松山、上権現堂山だそうです。こんな風景を目に焼き付けながら下っていきます。

 1時30分、女人堂まで下りてきました。あそこからここまで35分でした。

 バイオトイレ

 避難小屋の中にはバイオトイレがありました。排泄物をおが屑の中で分解して水と二酸化炭素に変えてしまう仕組みです。ポイントは使用後におが屑を攪拌すること。そこで出てくるのが自転車です。自転車のチェーンは前輪の位置にある(前輪はない!)ギアにつながっていて、ペダルを漕ぐことによってギアに連結されているシャフトを回し、便槽内のおが屑を攪拌するようになっています。使用後にペダルを20漕ぎ、次いで逆回転で10漕ぎだそうです。トイレ内は清潔に保たれていて、ここを利用する人のマナーの良さを感じました。部屋の片隅にあるのは補充用のおが屑が入ったビニール袋です。

 シラネアオイ

 さあ、ここからは下りながら出会った花を、名残を惜しむように載せていきます。
 急斜面に咲くシラネアオイ。危なくてとても近づけなかったので、テレコンバータを装着して撮りました。あでやかですね。いったい誰に向けての装いなのか。

 ヒメシャガ

 ヒメシャガよ、さようなら。またいつかどこかで。

 ???

 2時35分、池ノ峰のピークを越えました。この調子だと3時のロープウエイには乗れそうです。
 モチノキに似たこの花。うーん、何?

 ショウジョウバカマ

 ショウジョウバカマの花冠は、6個の花弁を持つ花が数個寄り集まったもの。写真のものは少なくとも8個の花が付いています。来年の春までバイバイ。

 イワウチワ

 イワウチワよ、次はどこで出会うのか。名残惜しいです。

 山頂駅

 2時45分、避難小屋のある遙拝所に到着。何とかここまで無事に下りてきました。これも八海山大神のおかげでしょう。
 そしてそこからほどなくでロープウエイの山頂駅です。ここでようやくホッと一息つけました。

 3時のロープウエイで下りてきました。駐車場から八海山を見上げると、八ッ峰は雲の中でした。まだ岩と格闘している人がいるでしょうね。
 
 3時半に現地を発って、関越道を一路東京へ。上越トンネルを抜けた辺りで睡魔に襲われそうになったので、赤城高原SAで仮眠し、スッキリしたところで再び走り始めました。多少の渋滞はあったものの新宿に着いたのは午後7時。数時間前まで八海山にいたことが信じられないくらいの喧噪でした。
 いやー、それにしても今回の野山歩きはいつもに増して素晴らしかった。植物といい景観といい、感動の連続でした。こういう一日を過ごせるとなんだか人生の密度が少し濃くなったような気がしますね(言い過ぎか)。楽しませてもらいました。感謝。