八菅山・鳶尾山 〜相模野台地一望の山(後編)〜


 

 (後編)

【神奈川県 愛川町・厚木市 平成29年12月10日(日)】
 
 相模川左岸の低山をのんびり歩く「野山歩き」。後編です。(前編はこちら)

 Kashmir 3D

 朝、八菅神社をスタートし、八菅山へ。折り返して、あおぞら館、大沢橋と辿り、鳶尾山に向かうところです。

 鳶尾峠

 11時30分、鳶尾峠に到着しました。舗装路はここから下りになります。左手に伸びているのが稜線の道で、立て看板のところから舗装は切れ、山道になります。ちなみに写真右端でかがんでいる二人組は、ロードバイク(競技用自転車)で上がって来た人たちで、どうもギアの調子が良くないようでした。



 落ち葉でふかふかな山道。膝には優しい道です。



 途中、V字の谷間から遠くの街並みが望めました。ライフルの照準のような見え方です。たぶん相模原方面だと思います。

 ヤクシソウ

 少し乾燥しながらも健気に頑張っているヤクシソウ。鮮やかな黄色です。茶色ばかりの山道で出逢って、気持ちがほぐれるようでした。

 コナラ

 錦を纏った立派なコナラ。もうじき一旦すべての葉を落とし、来春、輝くような若葉で身を包むでしょう。それをもう何十年と繰り返してきているんだから、すごいです。



 梢越しに鳶尾山の山頂が見えました。ここからだとあと5分くらいか。



 うっすらと汗をかきながら坂を上ると、その先に石碑が見えました。おお、あそこが山頂か。

 鳶尾山山頂

 11時45分、鳶尾山山頂に到着しました。先客が一人いるだけで、至って静かです。



 北側の眺望。最奥に多摩丘陵の北端部が見えています。左端が相原の法政大学多摩キャンパスのある辺りになります。写真右が橋本から多摩境辺りです。

 三角点

 山頂には一等三角点がありました。なんとこの三角点、日本の三角測量の歴史で最初に測量された三角形を構成する1点なのだそうです。ときは明治15年、当時の陸軍参謀本部(現国土地理院)がここ相模野台地を舞台に行ったもので、そのプロセスとは次のとおり。(丸数字にカーソルを当てて図形表示)


 Kashmir 3D
まず基準となる直線を定めました。北端を神奈川県高座郡下溝村の下溝村三角点、南端を高座郡座間入谷村の座間村三角点として、この間の測量が行われ、5209.9697mと算出されました。この直線を「相模野基線」といいます。もともと相模野台地は平坦な河岸段丘の地形で、北端点に比して南端点の標高は20mくらい低くなっています。当時は見通しがきいたのでしょう。それにしても当時すでに1mm単位で測量できていたことに驚きです。
 
次ぎに、相模野基線を底辺として、西の鳶尾山三角点と、東の長津田村三角点(現横浜市緑区)を頂点とする三角形を作り、各頂点の基線からの相対的な位置を三角測量により求めます。
 
今度は、鳶尾山三角点と長津田村三角点を結ぶ線を底辺として、北の連光寺村三角点(現東京都多摩市)と南の浅間山三角点(現神奈川県平塚市)を頂点とする三角形を作り、各頂点の相対的な位置を求めます。
 
同様に、連光寺村三角点と南の浅間山三角点を結ぶ線を底辺として、西の丹沢山と東の鹿野山を頂点とする三角形を作り、各頂点の相対的な位置を求めます。
 
丹沢山と鹿野山を結ぶ線を底辺として、東京港区の麻布台にある日本経緯度原点を頂点とする三角形を作り、原点の相対的な位置を三角測量により求めます。この日本経緯度原点の経緯度はすでに特定されていたそうなので、これにより丹沢山と鹿野山の絶対的な経緯度が確定することになります。つまりここまでのプロセスは、座標が特定された大規模な三角形を作る工程だということになります。これだけの測量をするには関東平野はうってつけのフィールドだったのかもしれませんね。
 その後、この大きな三角形の各辺を底辺として、日本全国の三角点網が作られていきました。すべての一等三角点の測量を終えたのは、基線設置から30年後のことだったそうです。 


 何の石碑かと思いきや、ただ「鳶尾山頂」と彫られているのみでした。「桜の名所づくり事業」とも。歴史的な何かはなかったんですね。



 山頂に15分ほど滞在して、稜線の道を再び進みます。明るく気持ちのいい山道です。

 西側の風景

 山道から西側の風景はあまり望めませんが、数少ないビュースポット。正面が高取山、その右に華厳山、経ヶ岳と続きます。こちら側との間に団地がチラッと見えていますね。ここにはけっこう大きな住宅団地が広がっています。



 目的地の展望台までの中間にある鞍部。



 きれいな紅葉だなぁ。今年は晩秋の冷え込みが強かったおかげか、どこも紅葉が鮮やかです。

 ナガバシロヨメナ?

 もう花期を終えようとしているシロヨメナ。葉の形からするとナガバシロヨメナ?



 展望台手前の最後の登り。結構きついです。

 展望台

 12時10分、展望台に到着しました。思ったより立派な作り。八菅山の展望台の2倍くらい高さがあります。さっそく登ってみましょう。

 東方向

 東方向は相模野台地を一望。写真左端が橋本、右端が海老名辺りになります。確かにこれなら測量もしやすそうですね。

 西方向

 反対の西方向は丹沢山地の山並み。地形がまったく違いますね。三角の山は大山です。



 北方向  南方向

 北方向には今日歩いた稜線が延びています。鳶尾山の山頂がちょっと見えていますね。反対の南の方向は小さなピークが一つあり、そこで稜線が切れています。

 

 展望台の横には石碑がありました。正面に「征清軍人陣亡之碑」と彫られていて、どうやら日清戦争に従軍して亡くなった方を慰霊、顕彰したもののようです。明治維新からわずか20数年での大国との戦争。戦術や装備も未熟だったでしょう。伝染病や凍傷で戦死者の10倍の病死者を出したそうです。

 ゴンズイ

 黄葉をバックにゴンズイの深紅が鮮やかです。



 さあ、これからスタート地点へ戻ります。

 ヤブコウジ

 路傍のヤブコウジ。小さいながら草ではなく、れっきとした樹木です。



 いくつかの小ピークを越え…、



 鳶尾山山頂を通過し…、

 鳶尾峠

 鳶尾峠まで戻ってきました。ここから舗装路を下っていきます。

 マルバウツギ

 この道筋にはマルバウツギが多く見られました。5月頃には白く可愛い花でこの道を飾るでしょうね。

 アオキ

 谷筋のアオキの実はまだ青いままです。

 大沢橋

 大沢橋まで下りて来ました。ここを右に折れて行きます。



 ぶらぶらと歩いて行くと、やがて民家が見えてきました。



 1時10分、スタート地点の駐車場に戻ってきました。いつのまにか西側から影が伸びています。
 今日は晴天の下、のんびりと野山歩きができました。さて、整理体操をしてから家に帰って、遅めの昼食をとろうと思います。
 
 今年の野山歩きはこれで終わりかも。来年もあちこちでかけたいと思います。そのためには健康が第一。先日受けた人間ドックの結果も真摯に受け止めなければ、です。
 良いお年を。