都民の森 〜巨木の森 ここも東京?〜


 

【東京都 檜原村 平成19年6月3日(日)】
 
 東京都には東京都立公園というものがあります。東京都が設置し、管理する(実際には都の外郭団体に委託していることがほとんどの)公園で、いくつかに分類されています。例えば、「都立公園・庭園」は80箇所。有名なところでは、上野恩賜公園(いわゆる上野公園です。)とか、石神井公園、芝公園など。今年、定点観察をしている野川公園もそのうちの一つです。また、「自然公園」として、高尾陣馬自然公園、多摩丘陵自然公園など6箇所。そして「都民の森」として、檜原(ひのはら)都民の森、奥多摩都民の森の2箇所があります。
 今日はその檜原都民の森に行ってみました。
 
                       
 
 そもそも東京に「村」が残っていたとは。数年前まで吹き荒れた市町村合併の嵐で村がなくなった県がいくつもあります。広島県や愛媛県など西日本に多く、以前からなかった兵庫県と香川県を含めると13県にもなります。そんな中、西多摩郡檜原村は今も立派に村として存続しているのです。ちなみに、都内(本土)にある村はここだけで、島嶼部になると小笠原村など7村があります。

 入り口の森

 中央道を八王子ICで下り、武蔵五日市を経由して、秋川が削り込んだ谷をさかのぼっていきます。どんどん道の勾配がきつくなり、やがてつづら折れとなりながら山肌を上っていくと、標高1000m付近の谷の奥に突然都民の森の入り口が現れます。
 午前10時すぎ、約100台収容の駐車場はすでに満車となっていて、そこから1qほど先の臨時駐車場を利用することになりました。臨時駐車場からはマイクロバスが頻繁に往復していて、さほど不便はありません。


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 カツラ

 渓畔林で見かけることの多いカツラが若葉を風に揺らせながら出迎えてくれました。丸い葉を鈴なりに付ける姿が特徴的で、特に春先に葉を展開しはじめた頃が可愛いです。この木だけでまとまって林を作るようなことはなく、ところどころに点在する形で生えているのを以前から不思議に思っていましたが、先日図鑑を読んでいたらなるほどということが書いてありました。それによると、樹林の中であちこちに幼木を生えさせ他の樹木と光の争奪戦をしながら生き残っていくのではなく、まれに生じる大規模な土石流などで樹林内にぽっかりと空間が空いたときに世代交代し、いったん定着するとその個体が長期間生き続けるという戦略なのだそうです。そういえば以前カツラの巨木を見かけたこともありました。

 遊歩道

 入り口から森林館(自然情報の展示や木工教室などのある施設)までは遊歩道がありますが、そこから先、「都民の森」の大部分は広葉樹を中心とした鬱蒼とした深い森です。というか山梨との都県境の稜線につながる大きな谷の最深部なのです。なので、へたをしたら本当に園内で遭難してしまいそうです。

 オオバオオヤマレンゲ  蕾

 おっと、オオヤマレンゲではありませんか。でも、雄しべの葯が赤紫色で、自分が知っているオオヤマレンゲとはちょっと印象が違います。なので帰って調べてみたら、大陸原産のオオバオオヤマレンゲのようでした。
 オオヤマレンゲと初めて出会ったときのことは今でも忘れません。広島県でもその異彩を放つ山容で一目置かれる吉和冠山の山頂直下でした。5年前のことです。

 トチノキ

 巨大なトチノキです。上の写真はほとんど真上に向かってシャッターを切るようなアングルで撮ったものです。すなわちこの写真の下に、写りきれない太い幹がドーンとあるということです。

 トチノキの花

 こんな巨大な木になっても花はやっぱり小さなまま。直径2pほどのビロードタッチの花冠です。これが集まり小さな白いクリスマスツリーのような花序になって、樹冠のあちこちから顔を出すのです。その花のほとんどは雌しべが退化した雄花。なので結実しません。でも花序の下の方にはちゃんと両性花もあり、これが秋には栗饅頭のような丸い実になります。

 サラサドウダン

 可愛いツツジの仲間、サラサドウダンです。漢字で書くと「更紗満天星」。更紗とはペルシャなどから伝わった染め物で、鳥獣や草花などが様々な色で描かれた鮮やかな布のこと。おそらく花の模様が更紗のようだということなのでしょう。そして満天星。この3文字で「ドウダンツツジ」と読むのだそうです。ドウダンとはもともと灯台のことなので、木全体に小さな灯りが散らばるように咲く様を満天の星に例えたのでしょうか。だとしたらものすごい想像力を持った詩人が名付けたとしか思えませんね。
 ところでこのサラサドウダン、花冠に白いストライプがほとんどなく、ほぼ赤一色なので、もしかしたら東日本の高所に分布するとされるベニサラサドウダンかもしれません。

 森林館

 森林館までやってきました。
 ここを起点としていくつかのハイキングコースが設定されていて、散策向き所要1時間のコースから健脚向き所要5時間のコースまであります。今日はハイカー向き所要3時間の「三頭沢と野鳥の森コース」を歩いてみます。

 緑の回廊  秋川の谷

 谷に沿って歩いていきますが、沢はかなり下の方にあります。さまざまな木々の葉が覆い被さるように迫ってきて、なんともいえずいい気分。ここにサマーベッドでも持ち込むことができたなら、頭上の葉っぱを眺めながら寝っころがって、そのままうとうとしたいものです。
 しばらく行くとちょっと展望が開けたところがありました。目の前に広がる深い谷は秋川が削り込んだもの。正面奥が東京方面で、今日はこの谷を上り詰めてやってきたのです。

 ハンショウヅル

 林の縁にハンショウヅルの花がぶら下がっていました。紅色の萼片はまだ開ききっていません。もうしばらくすると先端が外側にめくれ、昔懐かしいチューリップハット形になります。そういえば最近でもまれにチューリップハットをかぶっている若者を見かけることがあります。きっと昔流行っていた時代があったなんて知らないんでしょうね。かくいうyamanekoも持っていました。中学生の頃です。 

 チャイロヒダリマキマイマイ

 ズッシリと重い大型の陸貝を見つけました。直径はゆうに5pはあります。よく見ると左巻きではありませんか。ヒダリマキマイマイというそのまんまの名前をもった陸貝で、これは山地にに生息するチャイロヒダリマキマイマイという種のようです。関東地方を中心に東北南部に分布しているそうです。乾燥を防ぐためか、口の部分はオブラート状の膜が何層にも重なってふさがれていました。しばらく観察した後、もといた場所にそっと戻しておきました。

 三頭大滝

 三頭大滝までやってきました。滝の正面に架かっている吊り橋からその勇壮な姿を眺めることができます。落差は20mくらいでしょうか。さまざまな形のさまざまな濃淡の葉が無数に重なる緑の壁面。その中に一筋、白い水の帯が切れ込んでいるようでした。
 ここからは渓流を横に見ながら渓畔林の中を登っていきます。いよいよいい雰囲気になってきました。

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 このハート型の葉は何? なんとこれでもカエデの仲間。ヒトツバカエデといいます。よく見ると確かに葉の付き方は対生です。秋には鮮烈な黄色に黄葉するのですが、標高700mを越えないとなかなかお目にかかれません。でも、この黄葉を見るためだけに登ってきても決して損はないのでは。

 クワガタソウ

 ヒトツバカエデの足下にこの小さな花。クワガタソウです。果実の形が兜の鍬形に似ているのでこの名がついたそうです。でも、この花、何か身近な花に似ていませんか。花弁の色をスカイブルーに変えてみると… そう、春の野辺に咲くオオイヌノフグリにそっくりでしょう。それもそのはず、同じゴマノハグサ科ですから。

 ベニバナノツクバネウツギ

 緑の中の朱い花がよく目立っていたベニバナノツクバネウツギです。ツクバネウツギの変種とされ、標高1000mから2000mの山地に生育しています。写真では今ひとつ判然としませんが、花の内側に橙色の網目模様があって、陽にすかしてみるとステンドグラスのようできれいでした。 

 ヤグルマソウ

 渓流沿いに生えるヤグルマソウ。葉は5個の矢筈形の小葉で構成されています。「小葉」とはいうものの葉の直径はゆうに30pはあって、これからまだまだ大きくなります。花茎もさらに高く伸びて1m以上に。今月半ばには先端に白い小さな花をたくさん付けることと思います。

 コンロンソウ

 これも谷沿いに生える花、コンロンソウです。漢字で書くと「崑崙草」。崑崙とは中国の伝説上の地名で、宝石を産出し、不死の仙女が住むという西方の楽土なのだそうです。ただ、実際に中国西部に崑崙山脈はあって、全長2400qといいますから日本列島とほぼ同じ長さ。でかいです。黄河や揚子江もここを源として流れ出していているのだとか。7000m級の峰々が連なり、その嶺の雪の白さがこの花の名の由来なのだそうです。

 渓畔林  オヒョウ

 サワグルミやミズナラ、トチノキ、カツラ…渓畔林を構成する樹木は驚くほどの巨木になるものがあります。このオヒョウも渓畔林で見かける木です。葉の形に特徴がありますよね。

 トリガタハンショウヅル

 高知県の鳥形山で発見されたのでこの名があります。鳥形山といえば石灰岩の露天掘りで有名。石灰岩質の山ではめずらしい植物と出会うことが多いですが、この花もそのうちの一つです。ところでこの鳥形山、山の7合目あたりから上がすべて削られて消失していて、天狗高原あたりから眺めるとテーブル状に見え、初めて見るとギョッとします。ここで採掘された石灰岩は、長さ23q、平均勾配12度の地中ベルトコンベアで、なんと太平洋沿岸の積出港まで直接運ばれているのだそうです。なんか「プロジェクトX」の世界がありそうです。

 ユキザサ

 ユキザサが純白の花を咲かせていました。この花が秋には透明感のあるガーネットのような実になることを考えると、本当に自然の不思議を感じざるを得ません。

 山道

 道は渓流沿いから林間に移ってきました。ところどころにスギの植林地があり、そんな中ではまた違った植生が見られます。杉林といえば、今年は花粉症の症状がこれまでになく軽かったです。とうとうマスクは使わずにすみました。1月下旬から耳鼻科の処方薬を飲み続けたからかもしれませんが、毎年このくらいであればそれほど苦にはなりません。今年は暑い夏になりそうなので、来年の花粉飛散量は多くなるかもしれませんが、どうでしょうか。

 ササバギンラン

 杉林の登山道脇で見かけたササバギンラン。薄暗い林床にボワッと浮き立っていました。いつ見ても涼やかな花です。

 ルイヨウボタン  ヤマシャクヤク

 春に花を付けた植物の多くは今その果実を実らせつつあります。ルイヨウボタンもヤマシャクヤクもその花とは似ても似つかない姿となって、自らの遺伝子を次世代に引き継ごうとしていました。ひょっとすると植物にとっては花期を終えたこれからがメインステージなのかもしれません。

 カメバヒキオコシ

 シソ科のカメバヒキオコシ。まだ若葉といってよい状態です。葉の葉柄に近い部分が紫色を帯びていますが、成長するにつれて消失し、最終的には葉全体が艶をもった濃緑になります。
 
 さて、そろそろ「三頭沢と野鳥の森コース」も終わりです。森林館で一休みして、そこから都民の森の入り口まで戻り、シャトルバスで駐車場で待っている新ドリーム号のところへ向かいましょう。
 東京にあるほとんど手つかずの自然。年間を通じて多くの人々が訪れるでしょうが、本当に貴重なものなので、次に来たときも今より荒れていないことを願いたいです。