天狗高原 〜天空の草原に咲く花は〜


 

【愛媛県久万高原町、高知県津野町 平成17年8月11日(木)、12日(金)】
 
 やって来ました夏休み。「四国自然観察3日間の旅」の始まりです。
 今回は、船で愛媛県の松山市に渡り、そこから高知県との県境にある天狗高原へ。2日目は牧野富太郎氏が愛した横倉山を歩いてから高知市に入り、最終日は高知市内にある牧野植物園を観覧。あとは高速道路をひた走って広島に戻って来るという行程です。
 
 まずは広島市内で野山歩き仲間のTさんをピックアップ。ドリーム号を駆って呉市にある阿賀港を目指します。
 9時30分発、堀江港(松山市)行きのフェリーに乗船しました。天気はよいのですが空気の中に湿気が多いのか、海上に薄い霧の層が広がっています。でも日が高くなるにつれてスカッと晴れてくるでしょう。
 1時間50分で堀江港に上陸。そこから松山市内を走り抜けてR33を南下。久万高原町(旧柳谷村)からR440を山あい深く入り込み、壁のような山肌を登っていきます。標高が上がるにつれ空気が涼しくなってきました。もう窓を閉め切ってエアコンをかける必要はありません。


Kashmir 3D

 やがて峠に出ました。地芳峠です。R440はここから高知県側に下っていきますが、我々はここを左折し、稜線沿いに延びる県道を進みます。ここから姫鶴平、五段城、天狗ノ森、黒滝山辺りまでを天狗高原といいます。さらにこの天狗高原を中心として、西は源氏ヶ駄場、東は鳥形山までの約30qの範囲が石灰岩が露出するカルスト地形になっていて、この範囲が「四国カルスト」と呼ばれています。標高1400m前後の稜線上に広がる天空のカルスト台地です。

姫鶴平から東方向を望む(小高いピークが五段城)

 姫鶴平にはレストハウスやキャンプ場があります。その周囲では牛が放牧されていました。黒毛和牛とジャージー牛、少しですがホルスタインもいるようです。
 四国の山々は中国地方のそれとは異なり、山ひだは深く嶺は険しいのですが、そんな山の上にこんな牧歌的な風景が広がっているなんて。何とも不思議な感じがします。ここから見渡す限りここよりも高い山はない(ように見える)ので、気分は爽快。大パノラマです。

 天狗ノ森(手前に天狗荘)

 さて、ひと休みしたら再びドリーム号を走らせ、天狗荘に向かいます。五段城を越えるとその先に木立に覆われたピークが現れます。天狗高原でもっとも高い天狗ノ森(1485m)です。手前の建物が今日の宿である天狗荘。天狗荘と天狗ノ森とはすぐ近くにみえますが、実際には1.5qほどの距離があります。
 天狗荘の駐車場に車を入れてさっそく散策を始めることに。そうこうするうちにここで落ち合うことになっていたM女史とKさんの女性組がやって来ました。彼女たちは船は使わず、尾道から島なみ海道(西瀬戸自動車道)を走ってやって来たのです。

 イケマ  ヤマホトトギス

 まず天狗荘の近くに広がる林の中に入ってみました。
 長い花柄の先に白く小さな花をたくさん付けているつる植物があちこちに見られました。ガガイモ科のイケマです。果実は花の姿からは想像も付かないような形をしていて、まるでオクラのようでした。
 花被片が下向きに反り返るヤマホトトギス。中国地方ではこれによく似たヤマジノホトトギスをあちこちで見かけますが、このヤマホトトギスを見ることはあまりありません。(ていうか、yamanekoは見たことがありません。) ヤマジノホトトギスは花被片が下向きにならず水平に開いています。

 キレンゲショウマ

 四国の深山を象徴する花、キレンゲショウマです。この花は宮尾登美子著「天涯の花」で有名になり、この花に逢うために天狗高原や剣山を訪れる人も少なくないといいます。中国山地にも稀に見られますが、盗掘防止のためその場所は秘中の秘とされ、幸い(?)ツキノワグマの生息地域でもあることから訪れる人もほとんどなく、深い山のなかでひっそりと咲いています。

 ヒナノウスツボ

 散策路の脇にちょっと変わった形の花を見つけました。花冠はよく見ると5つに分かれていて、上の2つは紅紫色で前に突き出していますが、あとの3つは小さく色も薄くて、中でも一番下にある裂片は後ろ側に反り返っています。葉は対生。全体の高さは60pほどでちょっとひ弱な感じのする花です。図鑑で調べてみたらヒナノウスツボとありました。はじめはシソ科の植物だと思って調べたのですがそれらしいものがなくて「おかしいなぁ」と。でもよくよく調べてみたらゴマノハグサ科のページにちゃんと載っていました。漢字では「雛の臼壺」。雛は小さいという意味でよく花の名前に使われる言葉です。臼壺は花の形からでしょうか。

 オヤマボクチ?

 林を抜けて草原に出てきました。涼しい風が吹き抜けていきます。青い空。どこまでも続く山並み。遠くには発達した積乱雲が圏界面まで達して雲頂が平らな形になる、いわゆる「鉄床雲(かなとこぐも)」が見えます。雄大な夏の風景です。

 石灰岩  ツリガネニンジン

 草原の端の方は急激に落ち込み深い谷へと続いています。その草原のあちこちに石灰岩が露出していて、この表土の下には膨大なボリュームの石灰岩が隠れていることをうかがわせます。
 もともとこの石灰岩は約3億年前に赤道付近の珊瑚礁で造られたものだそうです。当時は古生代末期。両生類が栄えた時代で、植物で繁栄していたのは裸子植物です。そのころは地球上の大陸が「超大陸パンゲア」といってひとかたまりになっていたそうで、その赤道付近の珊瑚礁でものすごい量の石灰岩が造られたのです。その後生物の90%が絶滅したという過去最大の大量絶滅を経て、時代は中生代へ。中生代はご存じのとおり恐竜の時代です。この時代になるとパンゲアは大陸移動によって分裂をはじめ、南半分はゴンドワナ大陸に、北半分は日本列島の土台を育てたローラシア大陸となったのだそうです。
 さて、問題の石灰岩ですが、引きちぎられた小大陸とともにフィリピン海プレートに乗って現在の日本列島がある位置まで移動してきて、そのプレートがユーラシアプレートの下に潜り込む際に上に乗っていた石灰岩がユーラシアプレートの縁にこそぎ取られ、ユーラシアプレート側の大陸に付加された形になったと考えられています。そしてその後、恐竜が絶滅して新生代へと時代が移り、今から2千万年前、日本列島が形成される際にどんどん隆起して、今こうして標高1400mの山の上に広がっているのです。なんとも気が遠くなるような遥かな旅路です。そして今目の前に広がっている風景にそんな過去があったのかと考えると、今ここで同じ時間を共有しているとはいえ自分の一生のはかなさを感じずにはいられません。

 ヒメユリ  ヒオウギ

 草原を歩いているうちについ見過ごしそうになったヒメユリをM女史が教えてくれました。この花も天狗高原を代表する花ですが、今ではずいぶん減ってきているそうです。
 ヒオウギはアヤメ科の一日花。果実は漆黒で「ぬば玉」と呼ばれます。ちなみに「ぬばたま」は「黒」の枕詞です。
 ぶらっと歩いただけでこんなにたくさんの花に出会えるこの楽しさ。他にもユウスゲやヤマホタルブクロ、ツクシクサボタンなども。

 悠久の落日

 夕方、頭上に青空を残しながらも、西の空には茜色が広がってきました。空と大地が刻一刻とその表情を変えていきます。日が暮れるまで草原を歩いていてもまったく退屈しませんでした。
 今夜は天狗荘の奥の林にあるバンガローに泊まることになっています。


 翌朝、6時から早朝観察。天狗ノ森を越えて黒滝山方面を歩いてみることにしました。
 昨夜は満天の星空。天の川もはっきりと見ることができました。そして明け方は寒いくらいで、やっぱり山の上なんだなと再確認。きっと下界は熱帯夜だったでしょう。ふっふっふっ…。

 林間の登山道

 登山道には朝霧が帳を降ろしていました。まだ少し肌寒い感じですが、歩いているうちに温まってくるでしょう。

 ツチアケビ

 登山道脇にツチアケビが咲いていました。葉は退化し、葉緑素も持たない変わった植物で、ナラタケと共生して栄養を採っているのだそうです。果実はウインナーのような形をしています。このウインナーを切ってみると、中に芥子粒のような小さな種子がたくさん詰まっています。この株には花と果実の両方が付いていました。
 
 天狗ノ森のピークを越えて黒滝山を目指しましたが、そろそろ引き返さないと朝食の時間に間に合いません。あと少しで黒滝山山頂というところでUターンです。

 天狗の森から西の展望

 天狗ノ森まで戻ってくるともうすっかり霧は晴れて素晴らしい眺望が。ふもとに天狗荘が小さく見えています。その向こうには五段城のピーク。
 さて、おなかが空いてきたので天狗荘まで急ぎましょう。その後、今日は横倉山に向かう予定になっています。