剣山 〜紅葉に霜 山はもう晩秋〜


 

【徳島県一宇村 平成15年10月26日(日)】
 
 いつのまにか10月も下旬。もうそろそろ紅葉の便りを聞く時期になってきました。
 春先から花々に彩られていた野山が今年最後の装いを見せるときです。
 
 前日の25日(土)、会社の行事で四国は高松に来ていました。翌日曜日はフリーです。
 なので、ホテルを7時半に発って、以前から一度行ってみたいと思っていた剣山を目指しました。
 高松から南に下り県境の山を越えると徳島県です。道はいったん吉野川沿いの平地に出て、そしてそこから再び深い山ひだの奥へと入っていきます。離合も困難な細い道をたどり一宇村の集落を過ぎる辺りになると、標高はどんどん高くなっていき、つづら折れの連続となりました。

 標高1000mを超えた辺りからみごとな紅葉が現れてきました。思わず車を停めて見入ってしまうほどです。
 
 さらにどんどん登っていき、尾根筋を越えてやや下ったところに剣山登山の起点「見ノ越」があります。標高は約1400m。駐車場は第1と第2合わせてざっと200台は収容できるでしょうか。民宿が数件と登山用リフトの見ノ越駅があります。
 ドリーム号を降りると、さっそく目の前の山肌の紅葉に息をのみました。まさに燃えるようです

 リフトに乗る前に、剱神社に寄ってみました。
 ここには宮尾登美子作「天涯の花」のモニュメントがあります。



 剱神社
 「天涯の花」モニュメント

 サファイアブルーに透きとおるモニュメントには、作者宮尾登美子の 「さわやかな月光の花は 凛として気高い」 という文と、その下にキレンゲショウマの写真が浮き上がっています。
 キレンゲショウマのあのなんとも言えない色合いを文字で表現するとしたらどうなるだろう。以前から「冷たい黄色」というのがピッタリかなと思っていましたが、この「月光の花」という言葉は自分の描いていたイメージと一致して、すうっと心になじんでいくような気がしました。
 yamanekoが初めてこの花に出会ったのも、ここ剣山と同様に深山幽谷の更に奥深い場所でした。
 「深い森の中、夜半に至って雨は上がり、雲間から一条の月の光が差し込んでいる。断崖を覆い尽くすような濡れた葉の重なりの中から花茎を伸ばしたキレンゲショウマが、厚ぼったくそして冷たい黄色の花冠をその光の中に浮かび上がらせている。湿気を含みまとわりつくような空気はそよとも動くことはなく、森全体が息を潜めているかのように静かだ。」
 実際には陽のあるうちにその場所を後にしたのですが、もし仮にその場で一夜を明かしたとしたら「月光の花」はこん情景を見せてくれたのではないでしょうか。

 「月光の花」

 神社で道中の安全をお願いしてからリフト駅に向かいます。
 リフトに乗らずにここから歩いて登るパターンもありますが、今日の夕方には広島に戻らなければならないので、迷うことなくリフトに乗ることにしました。わずか15分ほどで(リフトにしては長時間ですが)1700m地点まで連れて行ってくれます。
 リフトでじっと座っていると11時過ぎとはいえ日陰は肌寒いくらいです。
 
 終点の西島駅からようやく山登りが始まります。

 いきなりの絶景。眼下には深い谷が刻まれています。この谷は西へ西へと延び、かずら橋で有名な祖谷渓と至るのだそうです。

 いくつかある登山道のうち、ちょっと遠回りですが大剣神社を経由するコースをとりました。何度も立ち止まり景色を眺めながらゆっくり登っていきます。

 凍った登山道  霜降

 標高1800mを超えました。日陰では登山道がカチカチに凍結しています。明け方には気温が氷点下まで下がるのでしょう。ここでは足早に秋が通り過ぎようとしています。
 
 振り返るとこんな素晴らしいパノラマが広がっていました。

 見慣れた中国山地の山々とは少し雰囲気の違う景色です。左の山が「塔丸」、右の山が「丸笹山」で、これらの間の峠を越えてやってきたのです。
 この山々の遠く向こうには瀬戸内海が広がっていて、空気が澄んでいるときには遙かその先の大山まで望むことができるのだそうです。

 クガイソウ?

 登山道脇の斜面に花殻の絨毯が広がっていました。クガイソウでしょうか。

 ダケカンバ

 葉を落としたダケカンバが空に向かって枝を広げていました。1900mを超えたあたりから木々は少なくなってきて、代わりにミヤマクマザサが多くなってきます。普通のクマザサに比べて全体的にかなり小ぶりです。

 山頂近くの小さな社

 山頂は広いテーブル状になっていて、「剣山」という名前からくるイメージとは少し異なっていました。山頂ヒュッテの脇を通り過ぎると三角点のある最高点まではあとほんのわずかです。

 山頂

 標高1955m。山頂に広がるミヤマクマザサはみごとなものでした。登山者の踏みつけによるダメージから守るために、しっかりした木道が整備されています。
 尾根を超えていく涼しい風にあっというまに汗が引いていきます。

 ジロウギュウ(南西方向)  一の森(東方向)

 周囲にはこの山より高い山はありません。寝ころぶと視界のすべてが青い空です。
 昼食のコンビニ弁当もいつも以上においしく感じられました。  
 今この感動を伝えたいと思ったのですが、携帯はみごとに「圏外」 ちょっとがっかりですが、電話がつながったとしてもこの場に来なければその感動は伝わらないだろうと思うと、しょうがないかと思います。
 
 昼食を食べ終わって横になってウトウトしたところで、少しあわただしいですが下山することにしました。ここからだと、なんだかんだで広島まで5時間くらいはかかりそうです。
 
 ここ剣山は山深い四国山脈の最奥にある高山でありながら、たくさんの登山者(観光客といった方が正確かもしれません。)が訪れます。リフトを使えば実質登る高さは250mほど。一歩道を踏み外せば厳しい自然が待ちかまえているとはいえ、近所の裏山に登る感覚ともいえます。登山道の周囲の荒廃はそれほど進んでいるという感じは受けませんでしたが、山頂の三角点周辺では立ち入り禁止のロープを平気で乗り越えて弁当を広げている人も多くいました。
 百名山ブームもあってここまで有名になったからには、尾瀬方式でもとらない限り徐々に荒廃が進んでいくのでしょう。残念な気がします。(自分もその観光客の一人なのですが。) 山頂の木道は設置目的からして言うまでもありませんが、皮肉にも登山者リフトも結果として登山道の荒廃を防ぐのに役立っているようにも思いました。


 

 吉野川の向こうに居並ぶ四国山脈

 広島への帰り道。讃岐山脈越えの途中で振り返る剣山は、もう秋の白い空の中でした。