多摩自然遊歩道 〜多摩の端っこを歩いてみた(後編)〜
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(後編) |
【川崎市 多摩区 令和7年12月13日(土)】
冬の柔らかい陽射しの下、川崎市多摩区にある多摩自然遊歩道を歩いています。(前編はこちら)
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Kashmir3D |
10時50分に京王相模原線の京王稲田堤駅をスタート。住宅地を抜けて小沢城址緑地の山道を歩き、12時に城跡に到着。そこから麓の菅仙谷地区に下るところまで来ています。時刻は12時20分です。
| きたん坂 |
小沢城址からの下り坂。「きたん坂」との標識がありましたが、名の由来は分かりませんでした。
| 園地 |
しばらく下ると左手に園地が現れました。広い空間ですが、ここも馬場とかの遺構なのかな。入れそうだったのでお邪魔してみました。
紅葉の名残。もう後は散るだけですね。
| ビワ |
これはビワの花序。ビワは冬に咲く花なので、今は蕾の状態です。虫媒花なのに冬に開花するとは、困難な道を選んだんですね。
| センダン |
高い梢の上にセンダンが実を付けていました。広島に住んでいた頃、職場近くに街路樹としてセンダンが植えられていて、この実が歩道に散らばっていた光景を思い出します。丸い実だけではなく長い果柄もバラバラになって落ちるんですよね。ちなみに、「栴檀は双葉より芳し」の栴檀とはビャクダン(白檀)のことで、このセンダンとは別のものです。
| クロガネモチ |
クロガネモチの実。モチノキかとも思いましたが、実の大きさや付き方の特徴からクロガネモチと判断しました。
| 梅 |
ミニ梅林のようなところも。来年の早春に開花するよう準備を始めているようです。
麓に下りてきました。写真左の坂を下ってきて、ここでUターンするように右手奥に下りていきます。
| トキリマメ |
おっ、これはトキリマメの実です。赤い鞘に光沢のある黒い実。鳥たちへのアピールですかね。
| ナンテン |
こちらはナンテンの実。昔、民家の裏などによく植えられていました。実は煎じて咳止めに、葉は強壮薬にしたそうです。現在、山野に生えているもののほとんどは庭木が逸出したものだそうで、そもそも国内の自生を疑問視する声もあるのだそうです。
| 菅仙谷地区 |
里山を下りてすぐ、目の前の斜面に広がる住宅地を上っていきます。帰宅中と思われる人が歩いて上っていましたが、この辺りはバスも走っていないようなので、いったいどこから歩いているのかと思いました。駅からだとすると結構ありますが。
| 寿福寺 |
坂を上って民家が切れるあたりに立派なお寺がありました。これまた立派な石碑(?)には寿福寺と彫られていました。なんとも威風堂々な造りで、こりゃ檀家さんは大変だろうなと余計な心配を。
住宅地の最上部から小沢城址緑地が望めました。方角としては北方向です。yamanekoは、正面の里山の右端から登り始め、尾根を辿って左へと進み、写真では見切れていますが一旦住宅地に下りて、そこからぐるっと回りこんでここまで上ってきました。
中世、この近辺では幾たびも合戦が繰り広げられたんですね。目を閉じると馬のいななき屋鬨の声が聞こえてくるような気がします。そして、それはどこか別の星の物語ではなく、今現在に繋がる実際にこの場であった出来事なんだと思うと、不思議な感じがします。
| 菅仙谷緑地 |
上記のビューポイントから更に登ると、この緑地(菅仙谷緑地)の裏側に出ます。写真は振り返って撮ったものです。
| よみうりランド |
ほどなく山頂部に出ました。ここからはまったく里山の要素はなくなり、右手にはよみうりランド、左手には一面の住宅地が広がっていました。よみうりランドからは椅子が垂直に落ちるやつとかバンジージャンプとかから嬌声が聞こえてきていましたが、ここは裏手になるからか遊園地の華やかさはあまり感じられませんでした。人気の遊園地なんですがね。
| 農業技術支援センター |
その手前に昭和の佇まいを感じる建物が。看板を見ると「農業技術支援センター」とありました。どうやら川崎市の施設のようです。奥の方で作業をしている方もいて、ビニールハウスも何棟がありました。エントランス部分までは入場自由だったので、入ってみることに。柿の自販機があったので1袋(4個入り)購入しました。400円でした。
| 三波川冬桜 |
農業技術支援センターを出て、道路沿いに歩いていきます。街路樹になんと桜が咲いているではないですか。標識を見ると「三波川冬桜」と。なるほど、名前は聞いたことがあります。あらためて調べてみると、群馬県南部の三波川流域に咲く二期咲きのサクラで、そこの冬桜公園にあるものは国の天然記念物に指定されているそうです。
途中で右手の階段を上り、菅さくら公園へ入ります。さっきの街路樹といい、この辺りは桜と縁が深いのでしょうか。
公園には桜がたくさん植樹されていて(写真手前)、この日も数人の方が手入れをされていました。春にきれいに咲かせるためでしょうね。
| 菅さくら公園 |
桜の植林地を過ぎると普通の公園になりました。
| ヤブツバキ |
ヤブツバキ。日本では数少ない鳥媒花の一つです。冬の花のイメージが強いですが、花の盛りはやっぱり春です。
| 東京ベルディグラウンド |
広くきれいなサッカー場が現れました。ここは東京ベルディの練習グラウンドでした。この近くにはジャイアンツの2軍球場もあり、まさに「読売ランド」といった感じです。
更に尾根沿いに進みます。ガイドブックをコピーしたルート図によると、道路正面の2階建ての建物の手前が立体交差の橋になっていて、その橋を渡ってすぐを右手に下りていくようになっています。スマホのマップも便利ですが、サッと見るにはやはり紙の方に軍配が上がりますね。ちなみに、左手の大きな建物は日テレの生田スタジオだそうです。
| メジロ |
民家の柿の木にメジロが来ていました。美味しそうに柿の実を食べていました。クマは困りますがメジロなら大歓迎ですね。可愛いし。
| 急降下 |
ルート図に従って、橋を渡ってすぐの階段を下りていきます。
するとそこには別世界が。ここから南に向かって細長く多摩特別緑地保全地区というエリアが延びていて、その中を歩いていきます。地図を見ると、この道がちょうど多摩区と麻生区の区境のラインになっていました。妙なところが区境なんだなと思いましたが、麻生区は元々は多摩区の一部で、昭和57年に多摩区を分けて作られた区だそうです。
| 麻生区民健康の森 |
すぐ右手には麻生区の施設も。他区民を寄せ付けないネーミングですね。笑
ここはいったいどこなのかという雰囲気の小径。こんな感じですがすぐ近くまで住宅地が迫っています。
| ウグイスカグラ(徒長枝) |
ちょっと面白いものを見つけました。これはウグイスカグラの葉柄の基部(根元部分)が枝に残ったもの。普通、葉柄は枝から細く伸びますが、その葉柄の枝と接している部分が丸い形に薄く広がり、葉が落ちてもその部分だけ残った状態です。1個の葉の葉柄で丸っこいものが2つ。ウグイスカグラの葉は対生に付くので、計4個。まるで四葉のクローバーのような形に残っているのです。これは花が付く普通の枝では起こらない現象で、もっぱら徒長枝と呼ばれる急激に伸びる枝で起こるのだそうです。(徒長枝は栄養の多くを枝の成長に振り向けるので、花芽は付きにくいのだそうです。)
| 竹林 |
何気ない竹林ですが、きちんと手入れされていてこその美しさですね。ところでこの道をお出かけ帰りと見られる女性や学生っぽい人と何人かすれ違いましたが、これはさっきの丘の上の住宅地に住む方などが小田急線の読売ランド前駅との間の生活道路として使っているのではないでしょうか。だとしてもこの道は夕方や夜間は怖くて無理ですね。
| ゴンズイ |
ゴンズイの実もずいぶん少なくなってきました。もう完全に冬ですね。
| モチノキ |
こちらはクロガネモチではなくモチノキでしょう。写真を比べてみるとやはり違いは明瞭ですね。ちなみにモチノキのモチ(糯)は鳥糯のモチで、お餅のモチではありません。モチノキの樹皮を使って鳥糯を作っていたからその名になったとのことです。でもまてよ。糯も餅もよく粘るじゃないですか。元をたどっていくと同じ意味のものだったりして。
| ヤツデ |
ヤツデです。大きな花序で、ちょっとしたクリスマスツリーくらいあります。右の写真は開花状態。よく見ると案外華やかですね。雌しべが成熟する前に雄しべが花粉を散らし、自家受粉を避けるのだそうです。
| 多摩美地区 |
森が開け、住宅地が見えてきました。あの辺は麻生区の多摩美(たまみ)地区に当たります。
2時ちょうど、住宅地に下りてきました。よく考えたらあんパンを一つ食べただけで昼食はまだでした。どこかお店を探そうと思いましたが、妻はお目当てのカフェに向かって前のめりです。
| カフェ・ド・シュロ |
森から下りて案外すぐのところにカフェ・ド・シュロがありました。ここがお目当ての店です。何かの建物(民家ではないと思う)を改装したようなお店で、1階がケーキ屋、2階が喫茶になっていました。yamanekoたちはドリアをいただきました。ケーキも買って帰ろうと思いましたが、食事が終わるころにはケーキは売り切れてしまっていました。残念。
| 読売ランド前駅 |
カフェで1時間ほどのんびりした後、最後のひと歩き。そして3時10分、終点の小田急線読売ランド前駅に到着しました。
ところで、この駅の立地でよみうりランドの 「前」というのはちょっと無理があるのでは。名前に誘導されてこの駅で降りてしまい「前」だからと歩いて向かったりしたらえらいことになります。通常はバスで行くのでしょうが、10分くらい乗車するので少なくとも「前」ではないですね。やはり、よみうりランドの前にある駅として万人が認めるのは京王線の京王よみうりランド駅(京王稲田堤駅の隣の駅)ではないでしょうか。駅前から山上の遊園地までロープウエイが運行するなど、アクセスも良好で、明らかにこちらが「前」です。
と難癖をつけた後、調べてみたら、読売ランド前駅の方が先に開業していたのでした。この駅は、昭和2年、西生田駅として開業し、昭和39年のよみうりランド(当時は読売ランド)開業に合わせて現駅名に改称したのだそう。当時は京王相模原線は開業しておらずこの駅が唯一の最寄り駅だったので「前」を付けたのでしょうね。そりゃそうです。一方、京王よみうりランド駅が開業したのは7年後の昭和46年のこと。当時は相模原線の終着駅だったそうです。
今回歩いた多摩自然遊歩道。歩きながら思ったのは、そもそもこの辺りは多摩なのかという疑問です。
「多摩」といった場合どの辺りのことを指すのか。一般には、多摩地方というと東京都のうち23区内と島しょ部を除いたいわゆる「三多摩」とも「都下」とも呼ばれる地域を思い浮かべるのではないでしょうか。とはいえ、川崎市には行政区としての多摩区が存在しています。多摩区は川崎市の政令指定都市移行当初から置かれた区ですが、その命名に当たって「多摩」の名称を用いることに違和感はなかったのでしょうか。
と思って調べてみると、「多摩」の名は古くは平安中期の延喜式に見られる「多麻郡」が始まりで(後に多磨郡、更に多摩郡に)その範囲はいわゆる三多摩に、現在の中野区、杉並区、世田谷区、川崎市高津区、多摩区のそれぞれ一部分を加えた範囲だったそうです。現多摩区のエリアにスポットを当ててみると、区内の中野島、布田、和泉という多摩川沿いのごく一部のエリアのみが当時の多摩郡下だったことになります。つまり多摩区は区内のごく一部の地域ではあるにしろ多摩郡下であった時代が長くあった地域を抱えているということです。何故そんなわずかな関りでそれを区名にしたのかとの疑問はなお残りますが、少なくとも多摩自然遊歩道の「多摩」は多摩地域にあるからというよりも多摩区にあるからということが正解のような気がします。