多摩自然遊歩道 〜多摩の端っこを歩いてみた(前編)〜


 

 (前編)

【川崎市 多摩区 令和7年12月13日(土)】
 
 今年もなんだかんだで年の瀬です。実家で暮らしていた頃や家庭を持った後も、年末というと何かとやることが多く、気ぜわしい、でもそれも何だか楽しくもある、そんな時期だったと思います。それが子供たちが独立し夫婦二人暮らしになってからは(もう10年くらいになりますが)、普段どおりというか自然体というか、特別感がなくなってきたような感じです。生活様式が変わったからか、それとも世相がそうなってきたのか。
 まあ、それも自然な変化ということで、年の瀬でも普段どおりに野山歩きに出かけるわけです。今回は大規模開発から残った多摩丘陵の自然の中を歩こうと思います。場所は東京都稲城市と神奈川県川崎市の境い目あたり。ここに川崎市が設けている、というか既存の道に案内板を立てて整備している形の「多摩自然遊歩道」という散策路があります。
  
                       
 

 Kashmir3D

 稲城市も川崎市も多摩川に接している自治体です。つまり多摩自然遊歩道があるのは多摩丘陵のど真ん中ということではなく、主稜線から脇に伸びた支尾根が沖積低地に下っていくその先端あたりに位置しています。多摩丘陵の本体は八王子の高尾山の麓(御殿峠あたり)を西端とし、南東に向けて湾曲しながら三浦半島の付け根辺りまで延びているのです。(画像にマウスオンで多摩丘陵全体を表示)
 
 午前10時半前、京王相模原線に乗って最寄りの京王稲田堤駅に向かいました。ちなみに、京王線には「京王〇〇駅」といった頭に「京王」の文字が付く駅がけっこうあります。

 Kashmir3D

 今日のルートは、京王稲田堤駅から南に向かい、住宅地の先から里山に入っていきます。鎌倉時代の小沢城址を通って麓に下り、住宅地の坂道を上ってまた山の上へ。ただしこちらは開発されていて宅地やよみうりランドの縁を歩いていきます。さらに南下すると再び緑地保全地区の中へ入り、その先で三たび宅地に出ると終点、小田急線の読売ランド前駅に至ります。

 京王稲田堤駅 南口

 10時50分、京王稲田堤駅に到着。普段(ときたまですが)この駅を利用するのはJR南武線への乗り換えのためがほとんどで、駅周辺をぶらぶらすることはほぼありません。今日は反対側の方に向かわなければならないのですが、さてどの道を行けばよいのか、ちょっと迷ってしまいました。
 ところで、南武線の稲田堤駅までは約350mほど離れていて、乗り換えのみなさんは普通の道を黙々と歩いています。もともと京王相模原線と南武線はクロスしていて、しかも京王稲田堤駅は南武線の線路に架かって建っている状況(事実北口はJR線を跨いだ先にある)なので、JRの稲田堤駅が数百m移動して京王稲田堤駅と合体してくれれば乗り換えがどんなに楽になることか、と百人に百人が思っているはずです。特に雨の日や夏の暑い日、冬の寒い日などは。



 グーグルマップを見ながら目的の道を見つけ、南に向かって歩いていきます。駅を離れるとすぐに住宅地です。

 三沢川

 ほどなく天宿橋という名の橋を渡りました。下を流れているのは三沢川。京王相模原線はこの川が多摩丘陵を削って作り上げた谷に沿って延びています。見てのとおり小さな川ですが、地図を見るとなかなか大きな谷地形を作っています。古代にはこの川筋が多摩川本流だった時代もあったとのこと。とはいえこの地形を作り上げるには相当な時間がかかったでしょうね。



 天宿橋を過ぎてしばらく直進し、角を曲がって住宅と畑が混在する中を歩いていきます。写真の民家の奥に見えているこんもりとした小山を目指しています。



 天気予報では、今日は時間を追って薄雲が広がってくるとのこと。気温も若干低めです。

 登山口?

 11時10分、里山の麓に到着。駅からここまでも多摩自然遊歩道なんですが、ここからが遊歩道に「自然」の名が付く所以たるエリアです。



 いきなりの階段。前を行くのは近所の方…ではなく、我が妻です。まったく野山歩きをする服装ではないですが、これはおそらく今日のルートの終盤に出てくるカフェのことが頭の大部分を占めていて、それがこの街歩きの格好に現れたのだと思います。たぶん。

 ランタナ

 むむ、これは? 草花が付けた実もあらかた落ちる頃ですが、この実はなんだろう。調べてみると、これはランタナの実でした。ランタナと言えば、開花後花の色が変化することから和名は「七変化」というそうで、愛らしく、民家や公園などでよく見かけます。ところがその繁殖力は極めて強力で、世界でも有数の侵略的外来種とされているのだそう。写真のものはその生えている場所から考えても鳥が散布したものだと思います。



 道は雑木林の中を登っていきます。この里山は小沢城址緑地と呼ばれていて、多摩丘陵に残っている他の緑地と同様にすぐそこにまで宅地が迫っていて、何なら周囲を宅地に取り囲まれている状況の里山ですが、こうやって中に入ると結構な自然林に入り込んだような気になります。

 コウヤボウキ

 これはコウヤボウキですね。開花が遅かったのか、頭花が開ききる前にしおれつつあるようです。

 ヤマコウバシ

 見上げると枝に枯葉をたくさん付けたままの木がありました。これはヤマコウバシ。落葉することなく冬を越し、春になって葉を落とすというちょっと変わったヤツです。

 探照灯基地跡

 しばらく行くとなにやら解説板が。「稲田探照灯基地跡」とあります。解説によると…、 探照灯とは、高空を飛ぶB29爆撃機を照射し、高射砲と連携して攻撃する施設のことだそう。太平洋戦争末期まで多摩地区の丘陵地には米軍の空襲に備え数か所の探照灯基地があったっそうです。ただ燃料不足で電源が思うように確保できなかったようです。写真のフェンスはその遺構、ということではなく、単に転落防止用に設けられた遊歩道の柵です。



 探照灯基地跡から少し下っていきます。林の木々を通して近隣の車の音や生活音が聞こえてきて、一方で自分はのんびりと落ち葉を踏んで歩いている。こういった時間が贅沢に思えるようになってきたのは、即ち歳を取ったということでしょうね。

 冬晴れ

 頭上はまだ冬晴れ。以前住んでいた広島もそうでしたが、東京はそれにも増して12月には晴れが続きます。故郷島根ではだいたい時雨れる日が多かったなあ。

 アラカシ

 アラカシがどんぐりを実らせていました。ぷっくりとしていて可愛いです。



 上ったり下ったりしながら、弧状に伸びる里山を歩いていきます。途中、トレイルランニングをしている二人組に出会いましたが、その人たちとはこの先も何度もすれ違いました。話を聞くと今日yamanekoたちが歩くルートを5往復するとのこと。お疲れ様です。

 マンリョウ

 枯れ色の多いこの時期の野山でマンリョウの緑と赤にはなんだかほっとさせられます。お目出たいものとして正月飾りに使ったりするの、その配色からくる活力のようなものを人々は感じるからではないでしょうか。

 鷹狩場

 梢越しではありますが、眼下の低地とその向こうの山の斜面を覆いつくすように広がる住宅地が見えます。この場所は、江戸中期から徳川家の鷹狩場となっていたそうです。江戸城から直線距離で約20km。鷹狩一行は江戸からここまで駕篭に乗ってやって来たのでしょうか。休み休み進むでしょうから、移動だけで二日くらいかかったのでは。
 正面の小山は菅仙谷緑地といい、これから右手に大きく迂回しながらあの小山を越えて、その向こう側に歩いていくことになります。



 階段が現れました。こういう施設も地元の方たちが関わって整備されているんでしょうね。道々にある解説板にも「小沢城址里山の会」のネームが入っていたので、保全活動とかもされているのかもしれません。川崎市が設定している遊歩道になっているので、市からのアプローチもあるでしょうが。



 道が二股に分かれすぐ先で合流していました。つまりその間が島状になっているという状況です。その右手に分岐があり、小高い丘に至る坂道が伸びていて、その先が浅間山というピークでした。

 浅間山

 ここが浅間山の頂上。分岐との比高は10mくらいでしょうか。そこには解説板と小さな祠がありました。この緑地、即ち小沢城という山城だったエリアには 浅間山、物見台、八州台(富士塚)という3つのピークが連なっているとのことで、ここ浅間山が最も東側のピークなのだそうです。それぞれのピークは城の防衛上重要な役割を負っていたようです。



 祠を見てみるとずいぶん古いもののよう。中に仏像的なものはありませんでしたが、祠の台座部分には「中村惣」と彫られていました。右から読むので「惣村中」ですね。調べてみると、「惣村」とは鎌倉時代から室町時代を中心に農村で発生した自治組織のことだそう。当時は領主が戦に明け暮れていて、農民は自らが村を守り運営していかなければならなかったようです。「中」は仲間内という意味で、これは講中などと同じ使い方です。つまりこの祠に「惣村中」と記されているのは、「村のみんなで建立した」という意味になるのだと思います。

 北方向

 浅間山からの北方向の眺めです。なかなかの眺めですね。眼下には京王相模原線。カーブしているあたりに京王稲田堤駅があります。その先、多摩川を挟んで遠くに新宿のビル群も見えています。



 新宿のビル群をアップで。新宿は淀橋台という台地の上に広がっていて、周囲から見えやすいという特徴もあります。事実、新宿駅は山手線内の駅で最も標高の高いところに位置しています。それにしてもこの風景…蜃気楼か。

 京王稲田堤駅

 京王相模原線は調布で八王子方面に向かう京王線(本線)と別れ、多摩川を越えて多摩丘陵に入っていきます。川を越えて最初の駅が京王稲田堤駅です。南武線との乗換駅だからでしょうが、この駅は相模原線で数少ない特急停車駅となっています(他には、京王永山駅、京王多摩センター駅、南大沢駅、終点の橋本駅のみ)。
 京王稲田堤駅はホームがカーブしていて、停車中の電車もかなり傾いた状態で停まっています。電車とホームとの間が広く空いている箇所もあって、小さな子供連れの人はちょっと緊張するほどです。調布駅で大きく南に曲がって多摩川を渡り、また京王稲田堤駅で大きく西に曲がって多摩丘陵に向かう。これは多摩川を直角に渡りたかったからでしょうね。斜めに渡るのに比べ橋梁部分を最も短くできますから。ただ、なんで曲げたところに駅を作ったのか。いろいろ大人の事情がありそうです。



 浅間山を下りて、また遊歩道を歩いていきます。
 しばらく行くと木橋が現れました。その左側がなんだか窪んでいるようです。

 古井戸跡

 脇に設置してあった解説板は、小沢城の古井戸の跡とありました。城から一段下がったところにあった館の生活用水を汲んでいたのだそうです。こういうものを見ると、実際にここで日常を送っていた人々が確かにいたということ、そしてその頃から今へと時間は繋がっているんだということを実感します。

 ジャノヒゲ

 これはジャノヒゲの種子。シュッとした葉が茂り、種子はその下に隠れているのでつい見逃しがちです。こんなに目立つ色なのに。

 物見台

 今度は物見台というピークにやって来ました。現在は周囲を木立に囲まれて展望は利きませんが、往時は広く関八州が見渡せたそうです。ここで敵の襲来を見張っていたということですね。ところで、解説に見入る妻。まるでマスオさんが「エエーッ」って驚いた時にするポーズみたいです。 



 更に山道を歩いていきます。梢の先、遠くに見える鉄塔はよみうりランドのアトラクション施設です。



 道が二手に分かれ、ここは右の方へ。後で分かりましたが、どちらに行ってもすぐ先の小沢城址で合流するようになっていました。

 クロモジ

 クロモジの黄葉はレモンイエローです。涼やかですね。

 小沢城址

 12時ちょうど、小沢城址に到着しました。尾根の南斜面に位置し、今は公園っぽく整備されています。小沢城は尾根のピークに城の主郭を置かない特異な構造としてその筋の方には有名なのだとか。
 この辺りは鎌倉道が通る交通の要衝で、多摩川沿いには平地も広がっていて、鎌倉時代から戦国時代にかけてたびたび合戦の舞台となったところだそうです。当時、この尾根の反対側の崖下には多摩川本流が流れ、まさに天然の要害に築城されていたようです。この周辺には今なお空堀、土塁などの遺構も残っていると解説板にはありました。また、築城時(平安末期)の城主は稲毛三郎重成といい、妻は北条雅子の妹綾子だそうで、頼朝に重用されたの重臣だったとのことです。

 富士講の記念碑

 背後に小さなピークがあり、その麓に古い石碑がありました。正面には「冨 登山三十三度大願成就」と彫られています。近在の富士講での33回の登頂を記念した石碑のようです。側面に万延元年(1860年)とあったので幕末の頃のものですね。近くに明治9年に建立された33回記念の石碑もあったので、33回というのが富士登山の節目の回数なのでしょう。この石碑を建てた頃も既に戦乱の世は遠い昔で、人々は富士山登山ができる平和を享受していたということでしょうね。 

 富士山頂

 一方、小ピークの方は富士塚で、比高3mあまり。ここに上ると富士山を登頂したのと同じご利益があるということなので、なんともお手軽なことです。足腰の衰えたお年寄りとかには有難かったでしょうね。

 イロハモミジ

 広場にはベンチもあって、静かな紅葉狩りを楽しむのにはいい場所です。城跡では10分くらい休憩して、あんパンでエネルギー補給をしました。そして再びスタートです。
 まずここからは麓の菅仙谷という地区に下りていくのですが、地名としては菅と仙谷が繋がった名前のよう。この辺りには菅〇〇という地区名がいくつかあるので、きっと菅が大字で〇〇が小字だったのかもしれません。なにしろ京王稲田堤駅の先の多摩川右岸も菅稲田堤という町名なので、菅はずいぶんと広いことが分かります。他にも菅北浦とか菅番場とか。

 コゴメウツギ

 これはコゴメウツギの黄葉。さっき見たクロモジは同じ黄葉でもレモンイエローでしたが、こちらは芥子色。和テイストですね。

 ヤブムラサキ

 わずかに残ったヤブムラサキの実。普通のムラサキシキブとの違いは全体に細かい毛が生えていること。枝にも葉にも萼にも密に生えています。なので触ってみると一発で分かります。
 
 さて、もうじき麓の集落に下りるという段階で12時30分です。なんだか空も薄い灰色一色になってきた感じですが、幸い今日は雨の心配はないようなので、のんびりと歩いていきましょう。(後編に続く