釈迦ヶ岳 〜風の峰々を歩く(前編)〜


 

 (前編)

【栃木県 塩谷町 平成25年10月13日(日)】
 
 今年も10月になりました。夏の暑さがぶり返してきて2、3日前には東京でも真夏日を観測しましたが、この三連休はそれなりの季節感に戻ったようです。さて、そんな中、秋晴れの野山歩きを楽しもうと今回訪れたのは栃木県北部にある釈迦ヶ岳。北関東の山は久しぶりです。栃木県の山ということでは行道山以来の1年半ぶりになります。
 
                       
 
 午前5時出発。中央環状線の高松ランプから首都高に入りました。荒川を渡る江北JCTあたりで周囲の風景が開けると、茜色に染まり始めた東の空と、まだ暗い西の空を背景にほの白く浮かび上がるビル群が目に飛び込んできました。東京の夜明けは案外壮大です。

 釈迦ヶ岳

 首都高川口線から直接東北道に乗り入れて、後はひたすら北上。矢板ICで一般道に下りて更に北上します。
 一般道に下りて市街地を走っていると、急に釈迦ケ岳の姿が目に飛び込んできました。釈迦ヶ岳は高原山という火山群の主峰で、標高は1795m。高原山火山群は、日光連山と那須連山との中間に位置していて、東北自動車道を北上していると上河内SAを過ぎた辺りからその独特の山容が望める山塊です。
 上の写真は脇道に逸れて矢板消防署の裏手から撮ったものです。見るからに巨大な山塊ですね。左手の最も高いピークが釈迦ケ岳。真ん中は無名峰(剣ヶ峰と呼ばれる場合もあり。)で、右手のピークは前黒山です。

 高原山火山群

 高原山は、南側の釈迦ヶ岳火山群と北側の塩原火山群に分けられ、その活動は50万年前に遡るそうです。最近(?)では6千5百年前に大きな噴火があったのだとか。釈迦ケ岳火山群は釈迦ケ岳のほか、鷄頂山、西平岳、剣ヶ峰などからなり、その東側山麓には噴火時の溶岩でできた平坦な階段状の台地(上から順に大間々、小間々、学校平)があります。一方、塩原火山群は前黒山、明神岳、大入道などからなっています。上の地形図を見ると、これまでの活動の歴史の中で大量の溶岩を噴出したことがうかがえますね。

 大間々駐車場

 矢板市の泉という集落で県道を逸れて山手に向かうと、あとはほぼ一本道。ナビにしたがい山道を行きどんどん高度を上げて、標高1280mくらいのところにある大間々駐車場に車を停めました。時刻は8時。駐車場は30台くらいは停められる規模で(観光バスの駐車エリアも。)、綺麗に整備されていました。
 到着したはいいものの眠気が襲ってきたので車内で20分ほど仮眠。その後装備を整え体操をして、8時45分にスタートしました。


Kashmir 3D

  今日のコースは、大間々駐車場から釈迦ケ岳までの往復。八海山神社までは南側の展望コースを歩きます。そこから剣ヶ峰を経由して釈迦ケ岳へ。復路は八海山神社までは来た道を戻り、そこから北側の林間コースで駐車場へ帰ってくる予定です。

  駐車場の奥が今日の山歩きのスタート地点です。

 歩き始めは遊歩道のような林道を行きます。梢越しに抜けるような秋の空が望め、清々しいこと。ただ風が強いです。

 ステンドグラス

  これはオオカメノキの紅葉。朝日を透かしてステンドグラスみたいです。

 登山口

  しばらく行くと右手に登山道の入り口が現れました。写真では分かりにくいですが、鳥居が見えます。これは八海山神社の参道入り口ということでしょう。

 足元を見ながら一歩一歩、明るい林の中を歩いて行きます。登り始めは傾斜もそれほどきつくなく、気持ちのいい山登りです。ひんやりした空気を胸に吸い込むと、日常のどうでもいいことへのこだわりもスルッと解けていくようです。

 紅葉の名残が落ちていました。辺りの木々は既に葉を落としてしまっています。かといって赤や黄色の葉が地面を覆っているようなことはなく、ただ枯葉だけが散っているのです。先月以降急に冷え込んだりその後真夏のような気温になったりと天候が不順だったので、色づく間もなく散ってしまったのかもしれません。

  そんな中、1本だけ緑色の葉を付けている木(アカヤシオか)がありました。葉は若干傷んでいますがしっかりと付いています。強風のせいでしょうか、よく見ると根元の方で幹が折れています。きっと自らの命の危機を悟り、次代に命を繋ごうと一生懸命なのだと思います。ちょうど枯れかけたマツがたくさんのまつぼっくりを付けるように。

 駐車場に車は多かったのですが、みんな出発した後だったのか、誰とも行き会いません。静かな山歩き。春頃にこの辺りでクマを見かけましたという看板が出ていましたが、この静けさを楽しみたいので今日は熊鈴はザックにしまっておこうと思います。

 リンドウ

  花々をほとんど見かけない中、リンドウと出会いました。周囲にはこれを含めてわずか2株ほど。yamaneko達を待っていてくれてありがとう。

  やがて視界が開けてきました。灌木の間から麓の市街地や田園地帯が見渡せます。

  遥か遠くに特徴的な山容が。位置的にあれは筑波連山でしょう。直線距離で約80q。筑波山をこの方向から眺めるのは初めてかもしれません。まるで霧の海に浮かぶ島のようです。

  やがて前方に稜線が見えてきました。おそらく釈迦ケ岳から南西に延びる稜線でしょう。

 アキノキリンソウ

  これはアキノキリンソウ。今日目にした数少ない花のうちの一つです。

 さらに尾根道を進んでいきます。木立のトンネル。落葉樹は大方葉を落としてしまっていて、深まる秋を感じさせます。野山歩きには本当にいい季節です。

  おお、眺望が開けました。右端が無名峰。奥のぐっと高い峰が今日の目的地、釈迦ケ岳です。まだまだ先は長いです。その左にちょこんと頭を出しているのが中岳。その左が西平山です。

 ドウダンツツジ

 この山はツツジで人気の山。特に春先に咲くアカヤシオやシロヤシオは有名です。写真はドウダンツツジ。花だけでなく紅葉も見事ですな。

 ナナカマド

 枯れ色の景色の中で、ナナカマドの赤い実がみずみずしいです。

 

 足元がガレ場になってきました。風が一段と強く当たります。風衝地特有の背の低い植物がガレ場のあちこちに点在していました。

 八海山神社

 10時15分、八海山神社に到着。神社と言ってもかなり傷んだ小さな祠でした。風化して砕けた安山岩を祠に覆い被せるようにして風に飛ばされないようにしてありました。

 ここから剣ヶ峰に向かって再び林間の道を行きます。

 無名峰ピーク

 10時35分、無名峰のピークに到着。「矢板市最高地点」という標識が掛けられていますが、樹林の中で展望はききません。このピークを剣ヶ峰とするガイドブックもあるそうですが、国土地理院の地形図では別の場所を剣ヶ峰としています。それはこのピークから鞍部に下りきる手前、北東に延びる支尾根に張り出した部分で、「剣ヶ峰」という名から想像する独立峰的な地形ではありません。

 鞍部へ

 その鞍部に向かって下りていきます。結構な急斜面です。下りにさしかかると一層風が強くなりました。山全体がゴーゴーと唸っています。

 まだ紅葉が残っているところも。陽を受けて輝いています。

 剣ヶ峰分岐

 10時50分、剣ヶ峰との分岐を通過。剣ヶ峰には帰りに寄ることにしました。

 分岐を過ぎるとすぐに鞍部に。ここから釈迦ヶ岳直下まではアップダウンを繰り返しながら少しずつ高度を上げていきます。正面にはその釈迦ヶ岳が。写真ではのんびりした山歩きに見えますが、稜線を越える風がビュービューと吹きつけています。

 無名峰

 振り返ると無名峰が。写真の右手から登って左手の鞍部に向かって下って来ました。

 前黒山

 片側が深く切れ落ちた崖の縁を歩いて行きます。ところどころにロープが張られていましたが、この強風ではバランスを崩しそうで、少し緊張してしまいます。
 遠くに見えるのは前黒山。あの山も高原山火山群の一員です。こことの間にはスッカン沢というカルデラの名残の大きな谷が口を開けていて、荒々しい風景を作っていました。この谷の水は魚が棲めないほどの強酸性なのだそうです。

 ブナ

 この辺りに来て初めてブナにお目にかかりました。相変わらず存在感のある樹木です。

 これぞキノコといった感じのキノコ。高さは5pほどです。キノコのことはさっぱり分かりませんが、図鑑で調べた限りではチチアワタケではないかと。

 大きな岩に挟まれたこの場所では、一瞬風が収まり、ちょっとホッとしました。
 道は険しさを増していきます。さあ、ここから釈迦ヶ岳の山頂に向けて傾斜がさらにきつくなっていきます。(続きは後編で)