白金自然教育園 〜都心に残された森・冬1月〜


 

【東京都 港区 平成24年1月28日(土)】
 
 去年の暮れからカッラカラに乾燥した日々が続いています。それと共に強烈な寒気に覆われ、まるで保冷倉庫の中に閉じ込められているような毎日です。東京を一面の銀世界にした雪は氷と化して日陰に残り、通勤の途中でもうっかり油断しているとツルッといきそう。後ろに転ぶと手がつけないので救急車沙汰になりかねません。

 自然教育園入口

 さてここは国立科学博物館附属自然教育園。入口からいきなり広がる雑木林が武蔵野っぽさを醸し出していますが、ここは港区白金台。中に入るとまるで時空の歪みをくぐったかのように別の世界に身を置くことができます。大都会の中に奇跡的に残された離れ小島のような緑地なのです。まずは自然教育園のオフィシャルサイトで概要を把握してみてください。
 
 ここ数年、武蔵野台地多摩丘陵下総台地荒川河畔と場所を変えつつ、毎月1回、同じ場所に一年間通う定点観察を行ってきました。今年はどこにしようかとあれこれ考えましたが、毎月1回この近くの床屋に散髪に来ているということもあり、散髪ついでに白金自然教育園に通うことに決めました。なぜ新宿からここまで散髪に来ているかというと、実はyamaneko、昔ここの近所に住んでいたことがあり、その頃から馴染みの床屋さんがあるのです。
 自然教育園の入園料は1回300円。月に1回通うと1年間で3,600円になりますが、年会費1,000円で1年間何度入園してもOKのリピーターパスというのがあるというので、迷わずこれを購入。しかもこのパスで1年間、上野の科学博物館本館(通常600円)と筑波実験植物園(通常300円)も入場無料になり、企画展は割引料金に。ミュージアムショップの商品は10%OFF、レストランも5%OFFと、ちょっとやり過ぎてませんかと言いたくなるほどのサービスぶりです。

 

 前置きはこれくらいにして、観察を始めましょう。時刻は11時40分です。
 中に入るとこんな感じ。ここからしばらくは「路傍植物園」と呼ばれるエリアです。公園っぽさはまるでなく、伸びるにまかせた雑木林。落葉樹が葉を落としているので、よけいに手つかずな感じがしています。
 この場所は中世には白金長者という豪族が館を構えていたところだそうで、江戸時代には高松藩松平讃岐守の下屋敷だったそうです。明治になると軍の火薬庫になり、大正時代には宮内省の御料地に。そして戦後は国の天然記念物となり国立科学博物館の所有となったという、なんとも数奇な運命をたどってきた場所なのだそうのです。

 コクサギ

 これはコクサギの果実。中に黒く光沢のある種子が1個入っていて、乾燥すると外側が開いて種子を勢いよく弾き飛ばします。

 

 真ん中の螺旋状のものがコクサギの果実の中にあって種子を弾き飛ばすバネの役割をしている内果皮。イカロスの羽根のような形をしているのはアカシデの果苞です。

 ウバユリ

 ドライフラワーになっているのはウバユリの果実。中に入っていた種子はもうあらかた飛んでいってしまっています。花は水平に咲くのに果実は上を向くんですね。

 センリョウ

 色の少ないこの季節に生き生きとした生命力を感じさせるセンリョウの実。昔から縁起の良い木として、人々に好まれている木です。確かにきりっとした美しさを感じます。

 ムクロジ

 足下にムクロジの実がたくさん落ちていました。あめ色の固いカプセルの中に黒くて丸い種子が入っていて、振るとカタカタと音がします。カプセルの部分にサポニンが含まれているので、昔は石鹸の代用として使われていたそうです。そして、黒い種子は羽根突きの羽根の錘に使われたそうです。

 サネカズラ

 日陰には雪が残っているところもあり、ちょっと寒々としていました。そんな中、サネカズラの葉はちょっと暖かい色合い。革質の葉がほのかに紅葉しているのもいい感じです。実に至ってはトロピカルフルーツのようです。

 マンリョウ

 センリョウが出たのでマンリョウも。この赤と緑が雪の中にあったら、そこだけポッと暖かく感じるでしょうね。野山でも見事に実っているのを見かけますが、マンリョウの種子はよく鳥が運ぶ(実を食べて糞とともに種子を落とす)ので、庭木の種子が裏山で発芽して育っているということも珍しくありません。

 

   イイギリ

 大きな木の根元がオレンジ色に染まっていました。近寄ってみると果実が房ごと落ちています。これはイイギリの果実。ヒヨドリたちの大好物です。直径8ミリくらいの小さな果実ですが、その1個の果実の中に80粒ほども種子が入っているそうです。鳥にとっては栄養価が高そうですね。

 

 この場所はもとからこんな姿をしていたわけではないそうです。自然教育園になって間もない頃はアカマツが優勢な、見通しのきく林だったそうです。その後成長の早い落葉広葉樹が高木となって、アカマツに取って代わるようになり、それとともに常緑樹がゆっくりと時間をかけて成長してきて、中低木くらいになっています。開園から50年余りが経った現在がその状態です。今後は常緑樹が生長してきて落葉広葉樹を追いやるようになり、今から50年後くらいには常緑樹が優勢となって、その姿で長く安定すると考えられています。

 物語の松

 入口は台地の上にあり海抜29m。観察路はそこから谷地の方に向かって伸びています。その途中にひときわ大きなクロマツが。これは「物語の松」という老松で、松平讃岐守の下屋敷だったときの回廊式庭園の名残だそうです。この松にどんな物語があるのかは分かりませんでした。

 

 木立の向こうには恵比寿ガーデンプレイスの高層マンション。以前は木々と空しか見えなくて、本当にここはどこの山の中かといった風情でしたが、あの近代建築が出来上がったときにはまるで蜃気楼を見たような気がしました。

 東屋

 谷地に下りてきました。この辺りで海抜15mくらい。台地の上との標高差は14mです。2つの池に挟まれる形で東屋がありました。今日は底冷えするほど寒いので、休憩はしません。

 ひょうたん池

 東屋の南側にあるのがひょうたん池。これも庭園の名残です。以前、この池にオシドリが渡ってきていましたが、今でも来ているでしょうか。

 水生植物園

 東屋の北側にある池が水生植物園です。こっちは全面凍結しています。木立が覆い被さっているひょうたん池とは異なり、頭上が開けているからでしょうか。
 自然教育園の園内には南から北に向かう谷地が3本あります。西側の谷地と真ん中の谷地が水生植物園付近で合流し、そこから園の北端に向けて広がる湿地の先で東側の谷地と合流します(自然教育園HP参照)。自然教育園は南から北に向かって低くなっていく地形をしているのです。
 広々としているので、ここを毎月の定点写真のポイントにしたいと思います。

 

 アシやノイバラを取り込んだまま凍った水面。寒そうですね。

 

 水生植物園と西の谷地との間にある湿地の中には観察路が作られています。この辺りは夏には鬱蒼たるアシ原になるはずです。

 ヒメガマ

 ヒメガマの穂もずいぶん崩れてきていました。

 ノイバラ

 ノイバラの実が冬の陽を受けて輝いていますね。トゲはやっかいですが、冬場に見かけるこの実の赤は好きです。

 

 水生植物園からは湿地に沿う土手の際を歩きます。この観察路には「森の小道」という名前が付けられています。常緑樹のトンネルが出来ていますね。

 湿地

 湿地の奥から東の谷地の合流地点を眺めた写真。東の谷地の周囲は特別保存地区として立入禁止地域になっているので、ひときわ鬱蒼としています。ここは本当に港区か?

 

 ううっ…、これは? 白く丸いのが果実の部分であることは確かのようですが、その基部は虫えいのようでもあります。それともこれが通常の姿なのか。次回までの宿題にすることにしました。→某氏のブログをたまたま見ていたらケンポナシであることが判明。昔、食べたことのあるケンポナシは茶色ではなく黄緑色だったので、似てるけど違うよねと妻と話していたのですが…。図鑑で確認をを怠っていました(反省)。

 

 森の小道の突き当たりからはUターンする形で土手の上に上がっていきます。この辺りには落ち葉が吹きだまっていました。

 イイギリ

 ひときわ大きなイイギリ。沢山の実を付けています。

 

 たわわです。

 

 この先に武蔵野植物園という雑木林があるはずです。武蔵野っぽい雰囲気になってきました。

 トラノオスズカケ

 トラノオスズカケは九州と四国の一部限られた地域で希に見られる半常緑の植物だそうです。それがなぜここにあるのか。江戸時代に松平讃岐守の下屋敷だった頃、同郷の平賀源内がここに薬草園を作った記録があるそうで、当時讃岐から持ち込み栽培していたものが野生化したのではないかと考えられています。ここのトラノオスズカケは御料地時代の昭和初期に牧野富太郎によって発見され、その後自然教育園開園の頃に絶えたと考えられていましたが、数年前に50年ぶりに発見されたのだそうです。どうやら土の中で休眠していた種子が、高木の枯死によって差し込んだ光を浴びて発芽したもののようです。

 

 THE 武蔵野。冬の午後です。

 

 グランドキャニオンのようなマツの樹皮。深さ3pくらいはありました。

 大蛇(おろち)の松

 この大きなクロマツも松平讃岐守邸のもの。樹齢は300年だそうです。

 いもりの池

 この辺りはもう西の谷地になります。左手にある水は「いもりの池」と呼ばれる池です。

 トラノオスズカケ

 西の谷地のどん詰まりには「水鳥の沼」という池があり、そこからまた台地の上に向かって上っていきます。その傍らにもトラノオスズカケが。

 巨大ムクノキ

 これもまた巨大な樹木。ムクノキだそうです。樹齢はどのくらいか分かりませんが、この近くに白金長者の館跡があることから、ひょっとすると中世のころから生きているものなのかもしれません。

 教育管理棟

 午後1時40分、入口の管理棟まで戻ってきました。あれこれと面白いものがあったので寒空の下で2時間もぶらぶらしても苦になりませんでした。そして、暖かい室内に入ってホッとすると昼食がまだだったことに気がつきました。とりあえずその辺で昼ご飯を食べて目黒駅に向かおうと思います。
 
 数年ぶりに訪れた自然教育園。毎月入口前の道路は行き来していたのですが、久しぶりに訪れてみて、あらためて貴重な場所だと感じました。これから1年間、季節ごとの表情をじっくりと観察してみたいと思います。
 
 

   自然教育園の周辺の様子