至仏山 〜尾瀬を臨む花の山(後編)〜
(後編) |
【群馬県 片品村 平成22年8月7日(土)】
至仏山後編です。(前編はこちら)
小至仏山 |
雲が西側からわき上がってきてときおり稜線をかくすせいか、小至仏山もずいぶん遠くにあるように見えます。まだ、全行程の3分の1くらいしか歩いていませんが、下手に急ぐと滑ってしまうので要注意。一歩一歩着実に、です。
尾瀬エリア Kashmir 3D |
||
〔今回のルートを大きな地図で〕 |
現在地は、オヤマ沢田代と小至仏山とのちょうど中間くらい。登山道は稜線の右側を行ったり左側を行ったりと、その都度景色が変わって登山者を飽きさせません。
チングルマの実 |
チングルマは早くも果実になっていました。この髭の一本一本の根元に小さな果実があり、それらがぎゅっと寄り集まっています。
ホソバコゴメグサ |
コゴメグサの種類もいろいろ細分されていて分かりにくいですが、葉と苞の形、あと生育場所から、これはホソバコゴメグサだと思います。下唇の中央にある黄色の斑紋がいいですね。芥子色を淡くしたような色合いで、和のテイストを感じます。
クロヅル |
ニシキギ科のつる性植物。花は白いし葉は緑。いったいどこが「クロ」なのかというと、枝が褐色であることによるのだそうです。そういえばこの花も谷川岳で見かけました。谷川岳は至仏山から見ると西南西に約20q離れていて、標高の高い部分に蛇紋岩、低い部分に花崗岩という地質上の構成も似かよっています。なので、生育する植物にも共通するものが多いのでしょう。
稜線上にはいくつものピークがあって、そのたびにようやく小至仏山かと思うのですが、2、3回はぬか喜びでした。このピークもそうです。
それはそれとして、みなここで立ち止まり西側の眺望を楽しんでいました。
笠ヶ岳 |
これがその眺望。先ほどの分岐から分かれた稜線が、写真左の笠ヶ岳に達し、更にその先へと続いています。写真では霞んでいてやや分かりにくいですが、中央やや右に奈良俣ダムの湖水が見えます。奈良俣ダムは、利根川上流部に位置し、矢木沢ダム、藤原ダムなどとともに関東の水瓶としての機能を担っています。東京では水不足になると、ニュースでこれらのダムの貯水率が報道されたりします。
ハクサンフウロ |
草原の花、フウロソウ。その中でも比較的高いところに生えるのがハクサンフウロです。花弁のストライプが印象的ですね。虫たちを花の中心に誘うための模様でしょうか。
小至仏山へ |
間違いなくあのピークが小至仏山でしょう。あとわずかですが、この辺りにもたくさんの花があって、なかなか前に進めません。
ヨツバシオガマ |
ヨツバシオガマは中部地方や北関東の山岳地帯ではお馴染みの花。
ハクサンボウフウ |
白山が暴風に見舞われているということではなく、白山に生える防風ということらしいです。「防風」の風は「風邪」ということで、生薬として風邪に効くということからこの名が付いたとのこと。セリ科の植物はどれも薬草としての効能がありますね。見分けは付きにくいですが。
ホソバツメクサ |
蛇紋岩の岩間にしっかりと根付き群落を作っていたホソバツメクサ。小さな花ですが、厳しい環境にも耐え得る強さをもっているのでしょう。ちなみにナデシコの仲間です。
小至仏山山頂 |
8時45分、ようやく小至仏山に到着しました。心地よい風が吹き渡っているので、かいた汗もすぐに消えていきます。山頂はごく狭く、岩が露出していて平坦な場所はありません。視界は360度、良好です。
至仏山 |
さあ、これからはあの至仏山を目指します。ここでは休憩しないで、そのまま進みましょう。
蛇紋岩 |
見るからに滑りやすそうな蛇紋岩。黒っぽく見えるところは登山者などが頻繁に接触することころで、樹脂状の光沢をもち、より滑りやすくなっています。この岩は比較的軟らかいので風化作用を受けやすく崩れやすいことから、滑落事故等の原因になることが多いそうです。一方、軟らかいゆえに加工しやすく、彫刻の原材料としても広く利用されているそうです。
タカネトウウチソウ |
これでもバラの仲間です。花穂の下部から順に咲いていくそうで、近い仲間のワレモコウやシロバナトウウチソウなどとは逆なのだとか。
稜線の道 |
蛇紋岩が露出する稜線の道を行きます。鳩待峠から小至仏山まではところどころ木道や階段が整備されていましたが、小至仏山から至仏山までの間はありません。滑って捻挫などしないように気をつけなければ。
イブキジャコウソウ |
見た目小さな花ですが、草ではなく木なのだそうです。シソ科の木本って他にはあまり思いつきませんね。この花を初めて見たのは島根県の立久恵峡で。今思えば石灰岩質を好むイブキジャコウソウが立久恵峡の特定の狭いエリアで世代交代を繰り返していることに不思議な感じがしますが、その意味ではここ至仏山に生えているのにも同様の疑問を抱きます。ピンポイントで石灰岩が露出しているのでしょうか。
イワシモツケ |
これもバラ科。先ほどのタカネトウウチソウとの共通点はどこ? でも、植物学的には近いんでしょうね。
ミヤマアキノキリンソウ |
これはアキノキリンソウの高山適応型。アキノキリンソウは茎に沿って長くまばらに花を付けますが、ミヤマの方は茎頂にまとまって付くようです。別名コガネギク。「小金」ではなく「黄金」です。間違えると有り難みが全然違ってきますね。
タカネナデシコ |
こちらはカワラナデシコの高山適応型です。細かく裂けた花弁が風にそよぐ姿は優美ですね。去年の夏、利尻山で見たときには雨に濡れそぼって気の毒な状況でしたが。
ホソバヒナウスユキソウ |
この花は蛇紋岩を好むのだそうで、ここ至仏山の他、谷川岳でも見ることができます。ちょっと盛りは過ぎている感じですね。中央に丸く集まっているのが花で、周囲の白く細長いものは苞葉と呼ばれる葉の変形したものです。
小至仏山 |
振り返ると小至仏山が秀麗な姿を見せていました。見る方角によって印象が大きく異なります。相変わらず足下は不安定で、花を見たり足下を見たりと視線がめまぐるしく動きます。
ミヤマウイキョウ |
花は見るからにセリ科のそれですが、葉に特徴があり、このように葉が細かく裂けるのはセリ科ではこのミヤマウイキョウのみだそうです。なので見分けは簡単。葉だけ見るとコマクサのようでもありますね。
あと一息 |
山頂が見えてきました。蛇紋岩の巨大な岩塊です。東側の斜面はなだらかですが、西側はストーンと落ち込んでいます。至仏山は1億年以上前に隆起し始めたとのこと(当時はまだ日本列島は大陸から分離していない時期。)。大地は隆起とともに浸食が始まるわけですが、至仏山ではその隆起が垂直なものではなく、東から西に向かって斜めに盛り上がった結果だろうと考えられています。
至仏山山頂 |
9時35分、山頂に到着。すでに30人くらいが休憩していました。広さはざっと教室一つ分くらい。でもごつごつした岩に覆われていて、シートを敷くのに適した平坦な部分はほとんどありません。
西側斜面 |
山頂から北に向かって延びる稜線。その西側は刃物で切り取ったように削られています。山頂の端にある岩に腰掛けて、この風景を楽しみながらちょっと(というか、かなり)早めの昼食です。気持ちいい〜。
尾瀬ヶ原方向 |
残念ながら尾瀬ヶ原は流れ来る雲に隠されて、山頂から全容を見ることはできませんでした。尾瀬ヶ原西端の山ノ鼻から至仏山に登るルートもあり、目の前の丘を越えて上がってきます。ただし、こちらは登り専用。傾斜が急な上に滑りやすく下りに使うには危険が大きいからだそうです。
方位盤 |
食事の後は山頂をうろうろと。「至仏山頂」と彫られた石柱の上面には方位盤がはめ込まれていました。
次から次へと登山者が到着します。そろそろ山頂のスペースを譲った方がいいかも。ということで、10時5分、下山開始です。
帰路へ |
登ってきた道をとって返し、まずは小至仏山を目指して下っていきます。至仏山周辺は天候が急変しやすく遭難も少なくないとのこと。天気が不安定になる夏の午後なども状況の変化に敏感でなければなりません。
コウメバチソウ |
コウメバチソウの特徴は、隣り合う花弁の基部が重なっていること。ウメバチソウの場合は杓子の柄のように細くなっています。
尾瀬ヶ原 |
小至仏山を過ぎたところで尾瀬ヶ原上空の雲が上がって、その全容が望めました。正面の燧ヶ岳もあらかた見えます。この燧ヶ岳は数万年前に火山として出来上がったもの。至仏山の1億年という時間スケールから見ると若造もいいとこですね。背は燧ヶ岳の方が高く、お兄さんのように見えますが。
丸くこんもりとしたところは「牛首」と呼ばれる小高い丘です。その周囲に白く点在しているのは池塘でしょうか。細く延びる木道も見えますね。この秋にでも訪れてみたいなあ。
どんどん下る |
下りはどうしてもペースが上がってしまいます。注意、注意。
イワオトギリ |
オトギリソウの高山適応型、イワオトギリです。きれいな黄色ですね。この花も高い山では定番です。
ジョウシュウオニアザミ |
このアザミは谷川山系、利根川源流部やこの至仏山といった狭い地域に生育するものです。たしかに谷川岳でも見かけました。
ヒオウギアヤメ |
ちょっと元気がありませんが、高山の湿地で短い夏を謳歌しているヒオウギアヤメ。脆弱な生育環境の中で生きています。
モミジカラマツ |
初めて出会ったモミジカラマツ。カラマツソウやミヤマカラマツとは異なり、葉が掌状に裂けるのが特徴です。これらの中では最も高いところに生育する種です。
オヤマ沢田代 |
オヤマ沢田代まで下りてきました。湿原にワタスゲが揺れています。涼やかな夏山の風景ですね。
ズダヤクシュ |
その昔、喘息の薬となったズダヤクシュ。「ズダ」とは喘息のことだそうです。わずか5oほどの小さな花が下向きに付いていました。
入山カウンター |
木立の向こうに鳩待峠の駐車場が見えてきました。おそらく環境保全のためだと思いますが、ここには赤外線センサーの入山カウンターが設置されていました。右側通行で、入山者と下山者の数をカウントしています。もちろん登るときにもここを通過しました。
鳩待峠 |
11時55分、鳩待峠に下りてきました。ゆっくり下りたつもりでしたが、帰路は2時間弱。でも無事に下りてくることができました。
お昼時でもあり、峠は多くの人で賑わっていました。yamanekoはちょっと土産物屋をひやかして、乗り合いタクシーに乗り込み、そのまま戸倉の駐車場に向かうことにしました。
それにしても「花の百名山」と称されるだけあって、まさに様々な花に彩られた山でした。日帰りでしたが満足度は非常に高かったです。次に登るときにはもう半月ほど早い時期に訪れてみたいと思います。そうするとこの山を代表する花、オゼソウにも出会えるかもしれません。
(ついでに、帰りの高速に乗る時刻が早かったので関越道も渋滞なし。最後まで快適な山歩きでした。)