竜ヶ岳 ~初のバスツアーで山に行く~


 

【山梨県 富士河口湖町 平成24年10月27日(土)】
 
 巷には「バスツアー」なるものがあります。貸切バスで観光地や温泉、土産物屋などを巡る企画旅行のことで、手軽な行楽として広く認知されています。近年は登山ツアーを専門とする旅行会社もあって、専門だけにそのツアーメニューの豊富さには驚かされます。ツアーカタログを取り寄せてみると、百名山は言うに及ばず、およそ聞いたことのある山は軒並みツアー先として網羅されています(国内はおろか遠い南半球の高山までも。)。かと思うと近所の城山もあったりして、よくもまあ揃えたなというくらいの充実ぶりです。
 
                       
 
 今回、会社の山歩き仲間のTさんとMさんとでバスツアーを利用してみようということになり、どこか日帰りで気楽に行けるところはないかと探してみました。yamanekoとしては初めてバスツアーです。そして、カタログをめくっていくつかの候補の中から特にリーズナブルだった「ブナ紅葉の竜ヶ岳」を選択。竜ヶ岳は富士五湖の一つ、本栖湖の湖畔に佇む標高1485mの山です。往復のバス代で5,500円也(この旅行会社の会員なら3900円!)。食事は付いていませんが登山経験豊富なガイドさんが案内してくれてこの値段はやはり破格です(この会社の20周年記念企画だそうです。)。

 新宿駅西口

 午前7時20分、新宿駅の西口、安田生命ビルの前に集合。辺りは各地の山に向かう大型バスがびっちり路駐していて、歩道にはものすごい数の人が行き来しています。各社の添乗員さんが行き先を書いたプラカードを持って立っていて、その周りにツアー参加者が集まっているのです。行き先に「黒部峡谷」とか「八ヶ岳」とかの有名どころが掲げられている大型バスが居並ぶ中、yamanekoたちを待っていたのは20数人乗りのこぢんまりとしたバスでした。参加者数に応じてバスを調達しているのでしょう。これは竜ヶ岳というマイナーな、いや渋いツウ好みの山だということもあったと思います。でも、参加者20人に添乗員(プロの山岳ガイド)3人という厚いサポート態勢。ある意味ラッキーといえます。

 駐車場

 10時45分、渋滞の中央道を3時間走ってようやく本栖湖畔に到着しました。途中小雨もぱらついたのですが、現地に着いてみると雲間から青空ものぞいています。ここから見ると竜ヶ岳の姿は陣笠を伏せたように見えますね。
 竜ヶ岳は、その昔「小富士」と呼ばれていたそうです。言い伝えでは、本栖湖のヌシの龍が富士山の噴火で流れ出てきた溶岩を避けるために登ったのがこの山で、以来「竜ヶ岳」と呼ばれるようになったとのことです。あの山の上に龍が避難したのか…。

 
Kashmir 3D

 今日は、まず本栖湖畔にある竜ヶ岳登山者用駐車場からキャンプ場を横切って登山口へ。登り出しから展望ピークまでいきなりのきつい上りとなります。そこから尾根道となり、次に竜ヶ岳の肩の位置に当たる広場を目指します。この広場には石仏が安置されていて東屋などもあり休憩ポイントとなっています。石仏からはひたすらジグザグに斜面を登っていくことになり、やがて傾斜が緩くなるとその先に頂上が開けるはずです。帰りは途中から北側の道に分岐し、ブナ林の中の急な道を下って再び本栖湖畔に戻ってくるというコースです。

 スタート

 渋滞のせいで予定より1時間近くも遅れてしまいましたが、焦ることなく準備運動は入念に行いました。こういうときにプロのガイドさんが手本になってくれると助かります。おかげで狭い車内で固まっていた体が軽く軟らかくなったような感じです。
 そして10時55分、登山口に向けてスタートです。

 キャンプ場を過ぎると森の中に入っていきます。ツアーだとみんなに付いていけばよいのでお気楽な反面、団体行動なので花などを見つけてもちょっと立ち止まって観察をというわけにもいかず、その点では窮屈です。写真を撮るのもなかなか気を遣います。

 登山口

 11時5分、登山口に到着。ここまでですでに汗ばんできたので、服脱ぎタイムがとられました。今日は風もなくちょうどよい気候です。
 さて、あらためて登山開始です。

 リンドウ

 いい色合いのリンドウが。林内で光が弱いせいか花を開いていないものが多いです。

 リュウノウギク

 きつい斜面を黙々と登りつつ、登山道脇に現れる花などをチェック。隊列を乱さないように素早く写真を撮ります。このリュウノウギクは関東から西日本にかけて分布しているキクで、yamanekoの故郷でもよく目にしました。名前は「竜脳菊」と書き、茎や葉の香りが竜脳という中国の香料の香りに似ていることから名付けられたとのこと。でも実際には樟脳の香りに近いそうです(竜脳は希少で高価だったため樟脳が代用品として利用されていたのだそうです。)。
 先ほどのリンドウは漢字では「竜胆」。そしてこの「竜脳菊」。竜ヶ岳の遣いが出迎えてくれたということでしょうか。

 ヤマトリカブト

 秋が深まってくると花の種類も限られてきます。これはヤマトリカブト。関東地方西部から中部地方東部の比較的狭い地域に生育しているトリカブトです。

 今回の参加者はいずれも人生の先輩方。おそらくyamanekoたち3人組が最も若手だったと思います(Tさん曰く「山ガールを期待していたんだがなぁ。」)。ただ、みんな山登りの経験は豊富そうで、隊列が伸びることもなくずんずん登っていました。ちょっと油断しているとこっちが置いて行かれそうなくらいです。

 コアジサイ

 これはコアジサイの葉。これから黄色く染まっていきます。

 11時45分、展望ピークに到着しました。北側に本栖湖の湖面が見下ろせます。ここでザックを下ろして5分ほど小休止です。本栖湖の対岸、遠くに見える山は蛾ヶ岳(ひるがたけ)でしょう。「蛾」で「ひる」と読むみたいです。
 ここまで急な上りだったので、ここで水分補給です。ところで、山に登るとき毎回考えるのはどのくらいの量の水を持参するか。持ちすぎると重たいし、かといって足りないと体長を崩すことにもなりかねません。で、今日添乗員さんから教わったのが「体重×5ml×70%×歩行時間」という計算式。人間が1時間に必要とする水分量は「体重×5ml」だそうです。で、そのすべてを失うわけではないので補給するのはその7割見当でよいということ。そしてそれに歩行時間を乗じるというものです。係数の70%は行程の緩急で65%にしたり75%にしたりすればよいのだそうです。先月、尾瀬の燧ヶ岳に登ったときにペットボトル8本、計4リットルを担いで登りましたが、この計算式でyamanekoと妻の2人分を計算すると、必要量は3.8リットル。係数を75%にして計算すると4リットルとなり、ちょうどよかったことになります。実際にすべてを飲みきりましたし。でも4リットルは重かった。

 休憩後、再び歩き出します。ここからは明るい尾根道。正面に竜ヶ岳の山頂が見えています。

 ナンブアザミ

 明るい草地を好むナンブアザミ。総苞片が反り返っていることと、剣のような鋭い葉が特徴です。

 シラキ

 一見、柿の葉に似ていますが、樹皮はカキとは異なり灰白色で滑らか。これはシラキです。それにしても見事な紅葉です。背景が曇り空でも鮮やかな色合いですね。

 リンドウ

 尾根道では明るい光を浴びてリンドウの花が開いています。

 ヤマラッキョウ

 リンドウの花が青紫ならこのヤマラッキョウの花は赤紫。自然界はきれいな色であふれていますね。

 竜ヶ岳

 いつの間にか山頂がぐっと近づいていました。青空も少しずつ広がってきています。いいぞいいぞ。

 12時15分、東屋のある竜ヶ岳の肩の部分に到着しました。展望ピークからここまでは傾斜も緩く、歩きやすかったです。

 予定では山頂で昼食だったのですが、時間的にここで昼食となりました。みんな思い思いに腰を下ろして弁当を広げます。yamanekoはコンビニで調達した「秋の炊き込みご飯」と南高梅のおにぎりと白桃ゼリー。あと途中の談合坂SAで買ったスパイシーチキンです。ちょっと食べ過ぎか?
 食後にはスタッフの方がココアを配ってくれました。参加者全員分をポットに入れて担いで登っていたそうで、その細やかなホスピタリティに感謝です。あったかくて美味しかったです。

 食後は辺りの散策を。このお堂(?)の中に石仏が安置されています。縁起はよく分かりませんでしたが、かなりの年代物のようでした。

 富士遠望

 東屋から眺めた南東の眺望。雄大な富士の裾野が広がっていますが、主役の富士山は見事に雲の中です。左手の小山は大室山。独立峰のように見えますが、富士山の側火山です。これも富士山の裾野の広大なるが故ですね。登山意欲をかき立てられる山ですが、特別保護区域に指定されていて、入山には許可が必要だそうです。
 この眺望の範囲のほとんどは旧上九一色村。平成18年に南北に分割された上、それぞれ甲府市と富士河口湖町に合併されました。吸収合併の場合、通常は廃止する市町村のすべての区域を編入するのですが、自治体を二つに割ってそれぞれを別々の市町村に編入するのは平成の大合併ではここだけだったそうです。この話を聞いたとき、村の歴史を消してしまうかのような悲しい合併にのように感じてしまいました。きっとこの決着に至るまでには複雑な経緯があったのだと思います。

 12時40分、山頂を目指して登りはじめました。ここからはササ原の斜面をジグザグに登っていきます。

 10分ほど登って振り返ると、さっき昼食をとった石仏の広場がずいぶん下にありました。ササ原の右端に東屋が見えています。

 1時20分、帰路に通る道との分岐点までやって来ました。急な傾斜はこの辺りまで。

 北側の眺望

 本栖湖がずいぶんと下にあります。その向こうにはこんもりとした三方分山。そこから右手(東方向)に延びる山並みは、王岳、鬼ヶ岳、十二ヶ岳といった御坂連山です。その右に見える独立した山は4年前に登った足和田山です。

 山頂間近

 道はほぼ平坦となり、深いササ原を歩きます。山頂も近いようです。

 1時30分、標高1485mの竜ヶ岳山頂に到着しました。富士山は相変わらず雲を身にまとっています。

 竜ヶ岳山頂

 山頂はこんな感じで吹きっさらしの広場になっていました。ここは初日の出でダイヤモンド富士が見られるポイントとして有名で、そのためのツアーもあるそうです。そのときにはこの広場にたくさんの人が集まるのでしょうね。そのときはここは当然雪原になっているでしょうから、相当な防寒対策が必要となります。

 モニュメント

 だだっ広い山頂にモニュメント的に立っているアセビの古木。富士山方向から吹き付ける風が強いのでしょう。のけぞるような形で立っています。

 雨ヶ岳

 西側に目を移すと雲を被った雨ヶ岳が。どっしりとした山です。標高はここよりも約280m高い1772mです。

 下山開始

 山頂での滞在時間は10分ほど。スタートが遅れたせいか、全体的にせわしないです。

 1時55分、帰路の分岐点まで下りてきました。この頃ようやく富士山が姿を見せ始めましたが、いかんせん雲の動きが速く、かつ、次から次へと湧いてくるのでなかなか全体像は拝めません。

 富士山を隠す雲が移動するたびに歓声があがります。そしてみんなが一斉に写真撮影。

 ブナ林

 ひとしきり撮影したら再び下山。道はブナ林の中を急降下していきます。ブナ林は今回のツアータイトルのとおり、いい具合に紅葉していました。

 下りのペースはこれまでに増して早く、歩きながら写真を撮るような感じです。これは枯木に住み着いたキノコ。森の更新に寄与しています。

 木の股の部分になぜかコバギボウシが付いていました。どうやってあそこに種子が運ばれたのでしょうか。鳥が食べ、糞とともに排出されたものが定着したのかもしれません。ここ以外にも下山中に何箇所かで見かけました。

 2時25分、下山中で唯一の休憩タイムです。みんな健脚ですね。yamanekoは膝が笑っています。

 2時55分、麓の道路に出ました。登山道はここまでです。

 本栖湖

 本栖湖畔を巡る道路を通ってバスが待つ駐車場に向かいます。本栖湖は富士五湖のうち最も西にある湖。流出する川のない内陸湖で、これは精進湖と西湖も同じです。太古、これら3つの湖は「剗(せ)の海」と呼ばれる一つの湖だったとのこと。現在でも地下水脈でつながっていると考えられていて、3つの湖の水面は連動して同じ高さになっているそうです。

 3時5分、無事に駐車場に戻ってきました。入念に整理体操をしてバスに乗り込み、ここから鳴沢にある日帰り入浴施設の「ゆらり」に向かいます。ここには去年行ったことがあり、富士山を正面に見る露天風呂があってなかなか良かったです。通常の入館料は1200円と高めですが、このツアー参加者は1000円でした。
 「ゆらり」で1時間ゆったりして、4時40分に新宿を目指して出発。帰りも若干渋滞していましたが、ビール(ロング缶2本)を買い込んでいたのであまり苦にはなりませんでした。温泉の後のビール、そしてうたた寝。マイカーで来たときにはこれができないので、この点バスはいいですね。
 さて、yamanekoにとって初めてのバスツアー。全体的にせわしない感じでしたが、帰りの時間のことを考えるとやむを得なかったとも思われます。これからは個人ではなかなか行きにくい山に登りたいときにはツアーも利用してみたいと思いました。