尾瀬沼 〜黄金の湖畔に深まる秋(前編)〜


 

 (前編)

【福島県 檜枝岐村 平成22年10月8日(金)】
 
 午前5時半、同室の方の動く音で目が覚めました。早朝の散策に行くと前の晩に言っていたので、これから出かけるのでしょう。こちらに精一杯気を遣っているようなので、こっちもしばらく寝ているふりをしておきました。
 ここは尾瀬ヶ原の東端、見晴地区にある第二長藏小屋という山小屋です。昨日から尾瀬のトレッキングを楽しんでいて、ここで一泊し、今日は尾瀬沼方面に行く予定です。
 朝食は6時15分から。身支度を整えて待ちます。さすがは標高1400m。空気はシンと冷えています。山小屋の人に天気を聞くと、晴れときどき曇りだとか。どうやら雨の心配はいらなそうです。

 第二長藏小屋

 朝食を終えると、宿泊者が次々と出発していきます。yamanekoたちも7時過ぎに小屋を後にしました。

 至仏山

 まだ雲の量が多いですが、青空も広がってきています。まず湿原の縁まで行って至仏山の姿を拝むことにしました。おお、やはり泰然としていますな。見ていて安心感があります。
 しばらく眺めたら、引き返して尾瀬沼に向かいます。

 尾瀬エリア
 Kashmir 3D
〔今回のルートを大きな地図で〕

 今日は、ここからすぐに森の中に入り、坂道を上っていきます。尾瀬沼は尾瀬ヶ原より250mくらい高いところにあるのです。登山道は、まず燧ヶ岳のすそ野を上り、途中から沼尻川が削った谷にそって延びています。沼尻川は尾瀬沼から尾瀬ヶ原に流れ下る川です。尾瀬沼の畔に出たら北岸、東岸と歩いて南岸まで。そこから三平峠に向かって登り、この峠で尾瀬に別れを告げで、後は大清水にむかってグングン下っていきます。トレッキングはここまで。大清水からは路線バスに乗って戸倉まで戻り、駐車場で待っているドリーム号のところに向かいます。今日は昨日より5q長い16qを歩く予定です。

 登山口

 登山口は山小屋のすぐ奥にあります。時刻は7時20分。さあスタートです。

 森の中へ

 木道は朝の露のせいか滑りやすくなっていました。風もなく、森の奥から鳥の声が聞こえるのみで、静かです。

 トチノキやカエデが色づいています。薄く引き伸ばしたような雲の切れ間から朝の光が射してきます。その雲もほどなく霧散して、高い秋の空が現れるでしょう。紅葉はやっぱり明るい光に照り映えるのがいいですね。

 コシアブラ

 淡い黄色のコシアブラ。これからその色素も抜けていって、やがて透けるような黄葉になります。

 分解者

 倒木を朽ちさせる森の分解者たち。倒れた木々は彼らに二酸化炭素やアンモニア、水などの無機物に分解されます。そして、別の植物がその無機物を取り込んで有機物に変え成長していく。そしてまたその植物が倒れたら…。菌類は森の世代交代になくてはならない存在なんですね。彼らがいないと森の中が倒木だらけになり、新しい植物も育たない、変な世界が広がることになるんです。

 山頂への分岐

 7時40分、分岐が現れました。左に折れると燧ヶ岳山頂へと至ります。yamanekoたちは直進です。

 ウリハダカエデ

 陽が射してきましたよ。紅葉も輝きはじめました。

 ミズナラのモニュメント

 高さ20mはあろうかと思われるミズナラの枯木。立派でした。
 この辺りから水音が聞こえはじめ、登山道が川に沿ってきたことが分かります。沼尻川です。沼の端から流れ出る川だから「沼尻川」なんでしょうね。

 イヨドマリ沢

 沼尻川に注ぐイヨドマリ沢という支沢を渡ります。やはり水辺の空気はヒンヤリしています。

 ナンブアザミ

 秋が深まると山中で花に出会うことは希です。そんな中、このナンブアザミはまだみずみずしかったです。

 ダンゴヤ坂

 沼尻川に沿う登山道。地図にはダンゴヤ坂とありました。全体として写真のように急なところはそう多くはなく、なだらかに上っていく感じです。ちなみに「団子屋」ではなく「段小屋」です。

 ゴゼンタチバナ

 これはゴゼンタチバナですね。実が落ち、葉も痛んでいるものが多かった中、この株は元気でした。手前の4枚葉のものはまだ若く、実は付けません。成長して6枚葉になると実を付けます。

 アキノキリンソウ

 アキノキリンソウはもう盛りを過ぎていました。この株は元気な方です。普段は気にも留めなかったりするのですが、花が少ないので目立っていました。

 輝く木々

 雲がどんどん消えていきます。空が色を取り戻すと森にも色が満ちてきました。

 白砂峠

 ダンゴヤ坂を登り切り、白砂峠までやってきました。8時55分です。

 木漏れ日の中

 峠を過ぎると下りはじめます。当たり前ですが。

 視界が開ける

 ほどなく視界が開けました。黄金のように輝く草紅葉。尋常でない色で、本当に輝いています。

 白砂田代

 来た道を振り返ってみたのが上の写真です。ここは白砂田代という小さな湿原。「小さな」といっても直径200m以上はありますが。

 燧ヶ岳山頂

 北側の森の上に燧ヶ岳の山頂が顔を出していました。

 チングルマ

 こちらは深い紅色の紅葉です。チングルマですね。木道の間を紅く染めていました。花はこちらです。

 森を行く

 湿原を過ぎるといったん森の中に入ります。明るい森です。

 黄葉

 裏側から透かしてみる黄葉もいいものです。万葉集に「あしひきの山下光る黄葉の散りの乱ひは今日にもあるかも」という歌を見つけました。「山の隅々まで照り輝く黄葉(もみじ葉)。ハラハラと散り始めているところを見ると、ちょうど今が盛りなのだろう。」というような意味らしく、今日の黄葉にピッタリのように感じました。この歌は遣新羅使の阿倍継麻呂という人が対馬のとある港で詠ったものだそうで、きっと今頃ヤマトの山々も彩りの秋を迎えているだろうなあ、と望郷の念にかられたのではないでしょうか。万葉集には黄葉を詠んだ歌はいくつもあるようで、古より秋の彩りは日本人の心を捉えていたようです。

 沼尻休憩所

 9時30分、尾瀬沼の西端、沼尻までやってきました。湖畔に建っているのは沼尻休憩所。軽食と喫茶、あとおみやげ物もありました。長藏小屋の経営のようです。もともと長藏小屋はここ沼尻に初めて建てられたのだそうです。

 沼尻平

 この辺りを沼尻平というようで、さっきの白砂田代の2倍くらいの広さがありそうです。なんか空よりも地面の方が眩しいくらいですね。

 燧ヶ岳

 燧ヶ岳の山頂部分が見えています。山頂は5つのピークからなっていて、写真の右端がミノブチ岳(2201m)で、最も低いもの。左端のピークは赤ナグレ岳(2249m)。真ん中の台形のような頂が御池岳です(頂上部は凹んでいます。)。奥にある俎ー(2346m)はミノブチ岳と御池岳との鞍部越しにわずかに頂を見せています。最も高いピークの柴安ー(2356m)は、アカナグレ岳に隠れて見えていません。
 山頂直下の崩壊地から右下の森林のふもとまでにかけては今から約8000年前に起こった山体崩壊の跡で、ナデッ窪と呼ばれています。その崩壊による岩石や土砂が沼尻川をせき止めて尾瀬沼を造ったのだそうです、

 尾瀬沼

 水際に立って、広大な奥行きをもつ尾瀬沼の風景を眺めます。うまい言葉が出てこない、というか言葉が要らないこの風景。草紅葉、光る水面、南岸の峰々。今日、この地に来て本当に良かったと思いました。
 これから湖の縁を回って、正面に見える稜線を越え、尾瀬の外に下っていきます。稜線の最も低くなっているところが三平峠で(ちょうど遠くにある物見山の山頂がのぞいています。)、そこから下っていくと大清水に至ります。

 沼尻平を後にして、湖畔に沿って延びる登山道を歩きます。梢越しに見える湖水が和の風情を感じさせますね。
 尾瀬を歩いていて何がすごいってゴミがまったくないということです。ゴミの持ち帰りは尾瀬の鉄則。このルールは昭和47年からで、それまでは尾瀬にもたくさんのゴミ箱が設置されていたそうです。景勝地のゴミ箱というのはいずこも同じで、あふれたゴミが散乱したり、なんでもかんでも捨てられたりで、ゴミの処理に苦労していたそうですが、ルール化後はすべてのゴミ箱が撤去されたそうです。それから約40年、全国に先駆けて導入したこの取組みは見事に成功したようですね。さらに、感心するのはそれだけでなく、尾瀬では昔のゴミまできれいにしようとしていること。昭和47年より前は不燃ゴミは穴を掘って埋められることが多かったそうですが、それらも順次掘り出して、尾瀬の外に搬出して処理しているのだそうです。徹底していますね。

 尾瀬沼湖畔の紅葉は、標高が高いぶん尾瀬ヶ原のそれより少し進んでいるのかもしれません。それにしても、茶色い葉さえ輝いて見えます。

 遠くの山の端が発光しているように見えますね。左の一番高い山が檜高山(1932m)、そこから右に流れる稜線の先が三平峠(1760m)です。
 歩いても歩いても見飽きない風景。尾瀬沼も尾瀬ヶ原に負けず劣らず素晴らしいところです。《後編に続く