大山 ~信仰の山で花々に出会う(前編)~


 

 (前編)

【神奈川県 伊勢原市 令和5年5月26日(金)】
 
 野山は春の開花ラッシュも一段落して木々の緑もグッと濃くなってきました。夏鳥の声も聞こえ始め、野山歩きにはいい季節です。
 今月の野山歩きは、yamanekoの家からもよく見える丹沢の名山、大山に登ってみることに。この山には15年前と7年前に行ったことがあり、その都度膝を痛めて帰ってきたという思い出があります。今回はどうなるでしょうか。
 
                       
 
 午前8時に電車で出発。小田急の伊勢原駅に着いたのは8時56分でした。駅に併設されているコンビニで買い物をしてからバス乗り場へ。ラッキーなことにちょうど発車直前でしたが、そうなると当然座れず、終点まで立ちっぱなし。急坂・急カーブが連続する道でこれがなかなかハードでした。

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 今日のルートは、バスの終点から両側に商店が連なる参道を上り、ケーブルカーの駅へ。乗車時間6分ほどで上の駅に着きます。下車するとそこが阿夫利神社下社になります。そこからが登山道になり、大山の山頂へ。復路は東に延びる尾根を下り、雷ノ峰見晴台を経由して下社に戻ってくるというものです。

 ケーブルカー

 9時45分、大山ケーブル駅に到着。10時ちょうど発の1号車に乗車します。車両前面のライトの下部分がゴールドなのが1号車、シルバーなのが2号車だそうです。

 阿夫利神社駅

 阿夫利神社駅で下車し、神社へ向かう途中で駅の方を振り返る。結構な斜面に建てられていることが分かります。ちなみに、大山ケーブルの駅は平成20年に名前が変わっていて、上の駅は「下社駅」から「阿夫利神社駅」に、また、下の駅は「追分駅」から「大山ケーブル駅」に、中間駅は「不動前駅」から「大山寺駅」となりました。



 阿夫利神社の境内の端から眺める湘南。江ノ島が見えています。今朝電車を下りた伊勢原やその先には茅ヶ崎などの街並みが広がっています。

 阿夫利神社 下社

 立派な鳥居の先にこれまた立派な社殿が。阿夫利神社の下社です。本社(上社)は大山の山頂にあります。正式には「大山阿夫利神社」というそうで、祭神は大山祇大神(おおやまつみのおおかみ)。また、山頂の本社に併設される前社に高靇神(たかおかみのかみ)が、奥社には大雷神(おおいかづちのかみ)が祀られているそうです。(「靇」は、正確には雨冠と龍の間に口が横に3つ並ぶ、恐ろしく画数の多い漢字)
 静かな境内。今日は平日なので参拝者はそう多くはありませんでした。

 登山口

 山頂への登山道、いや本社への参道は下社社殿の左奥から始まっています。そう、これから歩く山道は元々(今でも)参詣の道なのです。

 いきなりの試練

 10時20分、門をくぐってスタート。で、いきなりこの階段です。ヒールやサンダルで下社まで上がってきた人は、少なくともこの階段を見て引き返すでしょうね。安全対策上もよい仕掛けだと思います。登る身としてはいきなりできついですが。

 白山神社跡?

 階段を登り切ると小広い場所に「阿夫利大神」と彫られた石碑が建っていました。脇の解説板には「白山神社」とあり、「大山修験(山伏)は、山中で行う修行の中で、白山神社を拝するのがその一過程であった。当社は加賀の国、白山神社と関係深く、大山寺開山(七五二年)前に建立されたといわれる。」とありました。すなわちここに白山神社(あるいはその遙拝所)があったということのようです。
 阿夫利神社の創建は伝2200年以上前とのことですが、その後仏教が伝来し神仏習合が趨勢となると、同所に開山された大山寺の力が強くなっていったようです。白山神社は寺の勢力が拡大していく中で廃されたのかもしれませんね。なお、明治維新後の廃仏毀釈により大山寺は力を失い一時は廃寺となったそうですが、その後下社からしばらく下ったところに再建され今に至っているとのことです。

 ???

 歩きながら目に止まったこの葉は何だ?似たようなものも含めちょっと思い当たりません。これは双葉の状態で本葉はまた別の姿なのでしょうか。

 オトメアオイ

 これはオトメアオイですね。冨士・箱根火山帯に特産の種だそうです。

 サワギク

 サワギク。別名をボロギクと言います。葉が深く裂けていてボロ布のようだからだとか。

 夫婦杉

 注連縄が巻かれているスギの大木が現れました。立て看板には「夫婦杉」とありました。樹齢5、6百年とありましたが、どう計測したのか。

 ノリウツギ

 ノリウツギが咲いていました。花序が撮りにくいところにあり、アングル的にこれが精一杯。
 枝を水に浸して和紙を漉く際に必要となる糊を採ったことから「糊空木」だそうです。この時期、「ウツギ」と名の付く植物の花が多く見られますが、古来、枝が中空になっている植物に「空木」の名を付けることがあったようで、すべてが本家本元のウツギの仲間とは限りません。ウツギはアジサイ科ウツギ属。このノリウツギはアジサイ科アジサイ属で、科が同じなので親戚といったところでしょうか。

 ホソバテンナンショウ

 名前のとおり葉が細めのテンナンショウ。関東地方西南部に多いとされ、まさにここはそのエリアに当たります。
 ところで、この類いの植物の代表選手と言えばマムシグサだと思っていたのですが、図鑑とかを見ていると「テンナンショウ」の名が付いているものの方が多いみたいです。でもテンナンショウとはあまり聞き慣れない言葉でもありますよね。調べてみると、漢字では「天南星」と書き、これは球茎から作る漢方生薬の名前なのだそうです。ただ、これだと薬の名前から植物の名が付けられたような形になっていますが、薬ができる前は無名あるいは違う名前だったということでしょうか。yamanekoとしては、広げた葉が夜空に輝く星のようにも見えるので、まず植物が天南星と呼ばれていたのではないかとも思います(個人的な推測)。

 カヤ

 カヤの若葉が伸びていました。枝先の明るい黄緑色の部分です。その根元側は去年伸びた部分でしょうね。今は濃い緑色になっています。
 同じ名前でも茅葺き屋根に使われるカヤ(茅)はススキやアシなどの総称で、草本になります。一方これは樹木のカヤ(榧)。葉先が尖っていて触るとかなり痛いです。

 クワガタソウ

 これは開花前のクワガタソウですね。葉の形や付き方に特徴があり、なんか均整が取れている印象を持ちます。

 湘南エリア

 今日は霞んでいますね。空気中の湿度が高いのでしょう。梅雨入りも近そうです。

 ヤマツツジ

 ヤマツツジの朱い花。この姿に癒やされ、ほっと一息つきました。

 天狗の鼻突き岩

 「天狗の鼻突き岩」との看板。正面の岩に空いている丸い穴が天狗の鼻で開けられたものという話のようです。

 ツクバネウツギ

 ツクバネウツギです。ラッパ状の花冠の内側にオレンジ色の網目模様があるのが特徴です。「ウツギ」の名を持つ今日2つ目の植物。でもスイカズラ科なので、ウツギの仲間なのかというと、まあ他人ですね。

 十六丁目追分の碑

 11時20分、少し広いところに出ました。高さ3mほどもある石碑が建っています。解説板によると江戸時代にここまで人力で上げて設置したものだそうです。前面には「奉獻 石尊大權現 大天狗 小天狗 御寶歬」と彫られていました。「奉獻」(奉献)は「捧げる」という意味、「歬」は「前」の旧字体で「御寶歬」(御宝前)は「神仏の御前」という意味。なので、「石尊大権現、大天狗、小天狗の御前にこの碑を捧げます」という意味でしょう。この場所は平坦な地形になっているので、ここに石尊大権現などを祀る施設があったのかもしれません。
 ところで、仏教伝来後、”人々がこれまで信仰してきているものは本来は仏であり、八百万の神々はそれぞれ仏が姿を変えて現世に現れたものである”という、かなり強引な(?)というか仏教サイドにとって都合のよい考え方が導入されたそうです。これを「本地垂迹(ほんじすいじゃく)」というそうで、後から入ってきた仏教を定着させるためには既存の神もそれなりに尊重しておかないと上手くいかないと考えたのでしょうね。ここ大山の場合、本地(本来のもの)が石尊大権現で、垂迹(仮の姿)が大山祇大神ということになります。また、大天狗は大雷神、小天狗は高靇神ということだそうです。



 石碑のところでしばらく休憩した後、再び歩き始めました。木製の階段が現れましたが、歩幅との差が微妙だと階段も楽なようなしんどいような。でも、この階段だって設置してくれた人がいるわけで、文句など言っては石尊大権現のバチが当たりますね。

 富士見台

 11時35分、富士見台までやって来ました。ここで西側の眺望が開けるのです。江戸時代には茶屋も置かれ、浮世絵にも描かれたのだそうです。大山詣では当時の庶民の定番レジャーだったそうなので、きっとひっきりなしに参詣者が訪れたんでしょうね。



 その眺望、肝心の富士山はというと…、雲の下に裾野が見えているのみでした。

 サラサドウダン

 さあ、再び歩き始めます。山頂まではゆっくり歩いてもあと2、30分でしょう。
 これはサラサドウダン。これでもツツジの仲間。釣り鐘形の花冠は先の方が淡い赤色をしていて、数個まとまって吊り下がるように付いています。万人が認める可愛さです。(断定)

 キジムシロ

 花の様子からするとキジムシロか。背景の葉は別のものです。

 ヤマフジ?

 頭上に被さるようにフジが繁っていて、まだところどころに花が残っていました。フジ(ノダフジ)なのかヤマフジなのかは確認し忘れました。蔓が右巻きならフジ、左巻きならヤマフジです。

 カマツカ

 これはカマツカですね。まだ蕾もたくさん付いています。低地ではとっくの昔に花期が終わっていますが。

 ヤビツ峠への分岐

 12時ちょうど。ヤビツ峠への分岐に到着しました。ここまで来れば山頂はもうすぐ。



 おっ、鳥居が見えてきました。



 更にもう一つ鳥居が。その先の屋根は前社のものです。

 本社

 12時10分、本社に到着しました。スタートから1時間50分。普通の登山者は1時間くらいで登るのではないでしょうか。この階段を登ったところにあるのが拝殿です。まずはお参りをして、その後昼食をとりましょう。(後編に続く