鋸山 〜新春・岩山歩き(前編)〜


 

 (前編)

【千葉県 富津市 平成24年1月7日(土)】
 
 年が明けました。平成24年、辰年です。前回の辰年のときは西暦2000年で、コンピュータのミレニアム問題が心配されてスタートした年でした。今年も心配の種は大小取り混ぜてあれこれとありますが、なんとか良い年であってほしいものです。
 
 さて、新年最初の野山歩き。今年は千葉県の鋸山に行ってみることにしました。鋸山はちょっとした観光地で、ロープウエイや自動車で上がることもできますが、本当の山頂には歩きでなければ到達できません。今日は富津市の浜金谷から歩いて上がって、帰りはロープウエイで下りてこようと思います。
 
                       
 
 午前8時、愛車ドリーム号を発進させ、新宿ランプから首都高4号線へ。都心環状線、湾岸線と走り継ぎ、川崎浮島JCTで東京湾アクアラインに進入。トンネルと橋梁で東京湾を横断して千葉に上陸し、その後は館山自動車道、富津館山道路を通って富津金谷ICでようやく一般道に下ります。そこから目的地まではわずか2qほどなので、全行程のほとんどを高速道路で移動したことになります。

 金谷神社

 9時30分、鋸山ロープウエイの駐車場に到着。ロープウエイは帰りに乗る予定なので、遠慮がちに駐車場を利用させてもらうことにしました。ここで装備を整えて出発です。
 まず駐車場から海沿いの国道に向かいます。その国道の手前に神社があったので、今日一日の無事を祈願。ここは金谷神社といい、狛犬が陶器でできていました。後で調べてみたら江戸末期の備前焼だそうです。


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 今日のルートは、国道から住宅地に入り、JRと高速道路の下をくぐって、その先の山道に入ります。「車力道」を辿って稜線の直下まで登り、最後は胸を突くような石段を上がって稜線に出て、そこから東に向かうと山頂です。その後再び稜線直下まで戻って、崖下を西側へ移動し、また急な石段を登って山上へ。最後にロープウエイの山頂駅に向かい、下りてくるというものです。

 金谷神社から国道をしばらく歩き、右手の住宅地に入ります。まだ朝なので人影はほとんどありませんでした。

 JR内房線

 ほどなく家並みは途切れ、その先にJR内房線のガードが見えてきました。くぐった先を右に折れます。

 分岐

 ガードから50mくらいで分岐が現れます。真ん中の階段を登っていくのが短距離コースですが、yamanekoはここを左に進み、「車力道」コースをとることに。「車力」とは切り出した石を運搬する人々のこと。ここ鋸山では、江戸時代から昭和初期(最終的には昭和50年代)にかけて「房総石」と呼ばれる建材用の石を産出していたのだそうです。

 照葉樹林に覆われた小山。朝日を浴びて輝いています。さすが房総。

 マサキ

 道路脇、廃屋の垣根だったところにマサキの実が。人間の生活は廃れてもこの木は毎年実を付けているんでしょうね。

 

 「ひかり藻発生地」との看板がありました。どうやらこの洞窟の中にあるようです。高さ1m、奥行きも数mくらいで、そう言われれば浅い水底が黄色く見えています。調べてみると、水のきれいな洞窟などで見られるものらしく、層のようになった藻の細胞が暗いところで光を反射して光って見えるのだとか。金谷の北隣にある竹岡町には国の天然記念物に指定されているところもあるそうです。

 鋸山の稜線

 高速道路の下をくぐってしばらく登っていくと舗装路がとぎれました。ここから眺める鋸山の稜線はまさにノコギリの歯。鋸山の北面はこんな風に垂直に削られているんですね。金谷の町からみたこの姿が鋸山の名の由来となっているのだそうです。

 新緑の頃かと見まがう写真ですが、気温は低いです。この時間の気温は約6度。じっとしていると厳しいものがあります。

 車力道

 往時の面影をとどめる車力道。鋸山の頂上付近で切り出された石を運び出した道です。そこをえっちらおっちらとのぼる中年夫婦。みんな短距離コースを行くのか、他には行き交う人もいません。

 コクラン

 さすがにこの時期、咲いている花はほとんどありません。
 コクランの茎や実は乾燥していますが、葉は生き生きとした緑のままです。花はランの仲間の中でも地味な方で、「黒蘭」のとおり暗紫色の小さなものです。なので路傍に咲いていても盗掘されるようなことも少ないようです。

 朝日が梢越しに差し込んで来ます。稜線の北側は基本的には日陰なのです。

 切り出した石を荷車に乗せてブレーキをかけながら下ったので、石の重みで轍が深く削られたのだそうです。車力は女性の仕事で、山上からの運び出しを1日3回繰り返していたといいますから、相当な重労働だったでしょう。男性の仕事は更に過酷だったということでしょうか。

 サラシナショウマ

 何か面白いものはないかと、キョロキョロしながら上ります。
 これはサラシナショウマの果実ですね。花からは想像もつかない姿をしています。

 フユイチゴ

 赤く小さな実を付けているのはフユイチゴ。色の少ない冬の山道では小さくても十分に目立っていました。

 表面が滑りやすいシルト質の岩が露出していました。シルトは砂より細かく粘土より粗い粒子の砕屑物で、このシルトが堆積して固まったものがシルト岩。これは対岸の三浦半島の山でもよく見かけます。

 ウツギ

 この壺のような果実はウツギ。いわゆる卯の花ですね。中心からぴょんとつき出ているのは花柱の名残です。

 11時、ちょっと眺めの良いところに出ました。麓からはずいぶん登ってきました。周囲の山々は既に眼下です。正面奥に横浜のランドマークタワーが見えるところからすると(肉眼では見えていた。)、見えているのは北東方向のようです。
 登山道脇の看板には、ここは切り出した石を一時的に保管していたところと書いてありました。見たところ特に平坦な場所もないようでしたが。

 ガクアジサイ

 ドライフラワー状態のガクアジサイ。でも茶色くなっているのは装飾花のところだけで、中央の両性花の部分は乾燥することなく子房がぷっくりと膨らんでいます。

 岩壁

 11時10分、岩壁の真下まで登ってきました。道はここで左右に分かれます。
 鋸山は、山全体が火山噴出物が海底に堆積してできた凝灰岩でできているそうです。この凝灰岩が形成されたのは新生代第三紀の中新世(今から約2千万年前から約5百万年前までの時期)。この頃は海が最も広がった時代で、日本列島は背骨に当たる中央部がようやく海面に顔を出している程度だったのだとか。鋸山の凝灰岩も海底火山の噴出物と地上からの土砂が混ざり込んで堆積してできたと考えられています。この凝灰岩は浦賀水道を挟んだ反対側の三浦半島にも連続する地質構造となっているそうです。
 ここの分岐を右に折れれば、石切場跡を経由して日本寺へ(有名な「地獄覗き」は日本寺の敷地内にあります。)。左に行くとすぐに急な階段になって、一気に稜線まで登ります。そこに「東京湾を望む展望台」というのがあり、そこから更に稜線を辿った先に鋸山の山頂(330m)があるはずです。yamanekoたちは左です。

 はじめは丸太の階段。そのうち岩壁を彫り込んだ岩の階段になって、ジグザグに登っていきました。標高差にして50mくらいです。

 

 11時25分、階段を登り切り、稜線に出ました。ベンチのすぐ後ろは切り立った崖。入れ違いで山ガールたちが下りようとしているところが階段です。

 展望台から

 ベンチのところから西に少し登った先に「東京湾を望む展望台」がありました。正面に三浦半島。その間の浦賀水道は東京湾の玄関口です。半島の左奥にはうっすらと富士山が見えています。

 東京湾フェリー

 眼下の浜金谷港から対岸の久里浜港までを往復する東京湾フェリーが出航したところのようです。

 西側

 西側には海に向かって稜線が延びています。200mほど先に大きな岩(正確には岩山の削り残し)が見えますが、その先に地獄覗きがあるはずです。あの岩山の辺りを最上部として山の南斜面(稜線の左側)一帯が日本寺の敷地になっていて、敷地内に入るのには拝観料が必要です。ここから稜線を辿って直接行く道はなく、さっき登ってきた階段をいったん下りて、崖下を西に移動し、地獄覗きの下から登り直さなければなりません。岩山の更に向こうに見えている白い建物はロープウエイの山頂駅です。地獄覗きから更に300mほど先になります。

 南側

 南側には南房総の海岸線。子どもたちが小さかった頃、この辺りの海水浴場にあった海の家に来たことがありました。もう20年以上も前のことですが。ここの稜線を境にして、南側が安房国、北側が上総国になります。

 ナツグミ

 これはおそらくナツグミ。葉裏も萼頭も粉を吹いたように白くなっています。

 11時40分、展望台を後にして山頂に向かいます。ここからは稜線の道。陽の当たる側は穏やかな雰囲気で、歩いていても心が晴れ晴れとします。

 カンアオイ

 登山道脇にカンアオイの葉を見つけたので、根元の落ち葉を除いてみると、ありました。地面に埋もれるようにして咲いているカンアオイの花です。姿形といい、生育環境といい、およそ第三者に見られることを想定していない生き方をしています。しかしこれでも立派な花なんですね。強烈な匂いとかで引きつけるのか?(観察した後は元のとおり落ち葉を掛けておきました。)。

 鋸山

 鞍部を挟んだ向こう側に見えるのが鋸山の山頂です。
 こんな晴れた日には普段なら上りで汗をかき、上着は脱いでリュックにしまうのですが、今日は急な階段を登ってもまったく暑くならず、上着も着たまま。天気は良いのですが、やっぱり冷え込んでいるんですね。
 さて、もうひと頑張りして山頂を目指しましょう。《後編に続く》