野川公園 〜長月の武蔵野〜


 

【東京都 調布市 平成19年9月16日(日)】
 
 陰暦の9月「長月」。その語源は「夜長月」なのだとか(他説あり)。確かにこのところ日の入りの時刻は早まり夜の時間は長くなりましたが、きっとそういうことではなく、過ごしやすくなった宵を月や雲や虫の音などを愛でながら楽しむうちに夜半にまでいたってしまうという、ということでしょう。
 さて、そんないい季節になった9月の野川公園。今月はどんな姿を見せてくれるでしょうか。

 桜並木

 自然観察園と芝生広場を隔てる東八道路。その道路との境界(芝生広場側)にある桜並木です。この時期、すでに来年咲かせる花芽を準備し終えていて、あとは厳しい冬を待つのみ。サクラにとっては冬の低温がなければ春に上手く花を咲かせることができないのです。(なんか示唆に富んだ話ですね。)

 野川

 東八道路の陸橋を渡り、自然観察園へ。時刻(午後3時)のせいかもしれませんが、どことなく「夏の終わり」といった風情。川べりの柳並木もこの夏の火照りをさましているかのようです。そういえば日差しにも空の青にも秋の気配が漂いはじめているような。

 カラスウリ(実)

 園内に入って最初に目に付いたのはカラスウリの朱い実。夏の宵、妖艶な白い花を広げていたこの花が、こんなに立派な実を付けるとは。若い頃はフェロモンむんむんのイタリア女性が中年になったとたんに恰幅のよいおかみさんになってしまうような、そんな変わりようです。
 一見美味そうに見えますが、人様の口にはちょっと合わないので、これは鳥たちに譲った方がよさそうです。

 サネカズラ

 その隣にはサネカズラの花。肉厚の花弁を広げています。別名をビナンカズラ(美男葛)といい、昔、この実からとった油を整髪料にしていたのだそうです。

 カラスノゴマ

 道ばたなどに普通に繁っているカラスノゴマ。いわゆる「雑草」と呼ばれる部類の植物です。ただ、よく見てみると花弁がスクリューのようになっていて、なかなか個性的。決して「雑」ではありません。それにこのカラスノゴマは大木になることがあるあのボダイジュと同じシナノキ科の植物なのだとか。いったいどういう風に分類すれば近縁であると分かるのか、素人にはさっぱりです。シナノキ科は大部分が木本で、このカラスノゴマは数少ない草本のうちの一つ。氷河期の寒さを避けるために、木の冬芽が地中にもぐったのが草の始まりという説があるそうですが、そうだとするとこのカラスノゴマはシナノキ科のなかでは進歩的なヤツなのかもしれません。

 ユウガギク

 「もう秋か」。キクを見るとそう思ってしまいますが、結構夏の間から咲き始めていることが多く、このユウガギクも7月くらいから姿を見せています。でも、やっぱり秋の野に揺れるユウガギクの方が絵になりますね。話は飛んで、作家夢枕獏さんの代表作「陰陽師」。主人公はご存じ安倍晴明です。その清明の屋敷の庭が季節の野山をそのまま切り取ってきたかのような自然な佇まいで、作品中のその描写がなんともいえず心地よい。目を閉じるとありありと浮かび上がってくるようなのです。きっと清明の庭でこのユウガギクも秋風に吹かれていたことと思います。
 ところで、漢字で書くと「柚香菊」ですが、あまり香りはないようです。

 コブシ(実)

 散策路に落ちていました。ちょっとグロテスクなこの物体。消化不良の…、いやこれはコブシの果実です。握り拳のようなゴツゴツした集合果(これがコブシの名の由来)が秋になると裂けて、中から果実が顔を出した状態です。

 ヤマホトトギス

 林床にヤマホトトギスを見つけました。似た仲間にヤマジノホトトギスというのがあり、こちらとの区別は花弁の開き方で一目瞭然です。写真のヤマホトトギスは花弁が反り返って下を向いていますが、ヤマジノホトトギスでは水平に開いています。ちなみに、単にホトトギスというのもあり、こちらは開ききらずに杯状に上を向いています。以前住んでいた広島県ではヤマジノホトトギスばかりで、このヤマホトトギスやホトトギスはあまり見た記憶がありません。

 ヒガンバナ

 秋の彼岸をピンポイントで狙って咲くヒガンバナ。その時間感覚は見事という以外ありません。毎年秋分の日の9月23日(ときに22日)前後の1週間に忽然と現れ跡形もなく消えてしまうのです。もともと葉は冬の間のみに姿を現し春先には枯れてしまうので、そこにヒガンバナが咲くことは去年の記憶以外には知るすべもありません。それが秋が来て彼岸が近づくと地中から茎をぐんぐん伸ばして、僅か1週間で60センチの高さにも達します。そこから花を開いて約1週間で枯れてしまい、その後には何も残りません。次にお目見えするのは晩秋に葉を伸ばしはじめるときです。

 ヤブツルアズキ

 複雑な形をした花をもつヤブツルアズキ。マメ科の花の特徴である「蝶形花」であることには間違いありませんが、旗弁、翼弁、竜骨弁が左右非対称にねじれたり曲がったりしていて、何がどうなっているやら。現在食用としている小豆はこのヤブツルアズキを古代に改良したものといわれていて、その花はもととなったヤブツルアズキにそっくりです。

 午後の日差し

 ゆっくりと園内を巡っているうちにいつの間にか木々の影も伸びてきました。ときおり吹く風がその影を揺らしています。「秋きぬと目にはさやかに見えねども…」ですかね。

 ツリフネソウ

 花期の長い花、ツリフネソウ。秋の野山でもよく目にします。昆虫が訪れやすい花の形をしていますね。前面に広げた下唇で虫の注目を集め、筒状の花を横につり下げることで着地(?)のためのプラットホームを作っています。カメレオンの尻尾のような「距」の部分に蜜があり、着地した虫は花の奥まで入っていくことになります。その時に体に花粉を付着させることになるのです。お見事。

 イヌゴマ

 湿地に生えるスマートな植物、イヌゴマです。高さは40〜70pくらいで、シソ科の花の特徴である「唇形花」を花茎の上の方にまとまって付けます。先ほどのカラスノゴマといいこのイヌゴマといい、いずれも食用として役に立たないゴマということから名付けられたものでしょう。
 このイヌゴマ、別名をチョロギダマシといいます。最近までチョロギが何なのか分かりませんでしたが、会席料理の八寸として出てきた芋虫を赤く染めたような食べ物がチョロギだったことを知りました。食感は百合根のような感じ。おせち料理にも使われるそうですが、yamanekoはこれまでお目にかかったことはありませんでした。正しくはシソ科のチョロギという植物の塊茎。一見して球根のようなものです。「ダマシ」という名前を付けられたということは、結局イヌゴマはチョロギの代用にもなれなかったということですね。

 マヤラン

 こんな花も咲いていました。マヤランです。漢字で書くと「摩耶蘭」(山蘭ではありません。)。最初に発見された神戸の摩耶山にちなんだものなのだそうです。分布は関東地方南部以西。この辺りは分布の端の方にあたります。

 キンミズヒキ

 西日を受けたキンミズヒキがその名のとおり黄金に輝いていました。もう夕方が近づいています。

 チカラシバ

 秋の野原を代表する植物のチカラシバ。「力芝」の字が示すとおり、根がしっかりと張っていて引っこ抜こうとしてもびくともしません。力自慢の方、是非試してみてください。そんなこともあって自然観察会などでは格好の素材です。

 ヒガンバナの原っぱ

 ヒガンバナの原っぱに早くもヒガンバナが咲き始めていました。手前の方には花茎を伸ばしつつあるものがたくさん見えます。来週あたりは辺り一面真っ赤になっていると思います。
 
 武蔵野の面影を残す野川公園。その公園の季節の変化を見つめようという企画も今月で4分の3が終わってしまいました。これから秋から冬にかけてガラッと姿を変えていくでしょう。また来月も楽しませてもらおうと思います。
 
 

  武蔵野台地と野川公園