那須岳 〜火山・地球の息吹を聞く(後編)〜


 

 (後編)

【栃木県 那須町 平成28年10月22日(土)】
 
 今も活動を続ける火山、那須岳の後編です(前編はこちら

 Kashmir 3D

 茶臼岳へ登頂後、お鉢巡りをしてから元来た道を戻り、牛ヶ首の手前まで来ています。時刻はまだ10時半過ぎです。

 牛ヶ首が見えてきました。あとちょっとです。

 牛ヶ首

 10時35分、牛ヶ首に到着。ここは茶臼岳と日の出平との鞍部です。風が越えていくところですが、今日はほとんど風はありません。牛ヶ首にはベンチなどがあり休憩スペースになっているので、ちょっと早めですが、ここで昼食としました。コンビニで買ったおむすびです。

 茶臼岳

 荒々しい姿の茶臼岳。西側斜面では何箇所からか噴煙が上がっています。これぞ火山、といった風景ですな。

 姥ヶ平

 牛ヶ首から反対側の谷を覗いたところ。姥ヶ平という開けた地形になっています。写真では谷の凹みが浅く感じられますが、実際には結構深く、牛ヶ首との標高差は約150mもあります。視線を上げて見る正面の山塊は流石山、大倉山、三倉山です。

 姥ヶ平にズームイン。ここには湿地や池もあるそうです。けっこう下りて行く人がいました。ここを下って三斗小屋温泉に向かうことができます。おや、なんかピラミッドみたいなものが見えますね。

 梵天岩

 姥ヶ平を覆う樹林から突き出している円錐状の岩。梵天岩というのだそうです。高さは20mくらいでしょうか。

 水平移動

 だんだん人も増えてきたので、そろそろ歩き始めましょう。これから進んでいく茶臼岳西側の登山道はほぼ水平移動です。後で知ったことですが、これには理由があるとのことでした。



 岩肌が硫黄鉱物に覆われています。ただ人為的に削り取られているようにも見えます。そう、これは硫黄が析出しているところ。茶臼岳の西側斜面では幕末以降、硫黄の採集が行われてたそうです。大きな戦争があるたびに、硫黄は火薬の原材料として需要があったとのこと。硫黄の他にも明礬(みょうばん)なども多く採られていたそうです。

 眺望を楽しみながらの山歩き。比較的簡単にこんな風景の中に立てるなんて幸せです。心が晴々としますね。
 で、この登山道がなぜほぼ水平なのかということですが、茶臼岳西側の噴気口が集まる辺りで採集された硫黄鉱物を運搬するための軌道が敷設されていた時代があり、その跡が登山道として残っているということなのです。軌道は峰の茶屋を起点として茶臼岳の西側に延び、この先の無間地獄(噴気口が集まっているところ)辺りまで来ていたようです。昭和初期の見取り図によると、軌道は牛ヶ首まではとどいていなかった模様。

 ナナカマド

 姥ヶ平に向けての斜面にナナカマドが。荒涼とした風景に赤い実が目立っていました。

 日本の風景

 折り重なる山ひだ。たなびく霞。なんとも心落ち着く風景です。あの山並みの向こうには南会津の里が、更に奥には奥只見の渓谷があるはずです。眼下は姥ヶ平、右手の山塊は流石山、大倉山、三倉山です。この辺りには「倉」の字が付く山があちこちに見られますが、「倉」は「ー(くら)」または「嵒(くら)」に通じるもので、大きな岩という意味を持つ言葉です。

 無間地獄

 ここが無間地獄。硫黄の採集が大規模に行われていたところ。鉱石をトロッコに積み込むための施設や避難小屋などもあったといいます。
 ゴーゴーという音を立てて噴き上がる噴煙。こういうエネルギーを目の前にすると個としての人間の無力さを感ぜずにいられません。

 噴気孔

 噴気孔穴の周囲は陽炎のように揺らいでいて、手をかざしたりしたら大火傷だと思います。

 牛ヶ首

 牛ヶ首を振り返る。もうずいぶん遠くになりました。写真中央の鞍部になっているところがそうです。そこから右手の坂を上ったところが日の出平、その先のピークが南月山です。

 硫黄

 登山道に散らばっていた硫黄鉱物。硫黄の場合鉱山といっても採掘というよりは採集に近く、噴気を石造りのトンネルに通し、気化していた硫黄をドロドロの液体の状態にして採集していたようです。写真のものは、当時の余り物か、それとも鉱山がなくなった後、噴気孔周辺で自然に析出されたものなのか、不明です。
 硫黄鉱山は衰退しながらも昭和40年代半ばまで稼働していたそうですが、石油の精製過程で硫黄を抽出できるようになってから、完全に活動を終えたのだそうです。

 イオウゴケ

 この鉱物は? いや、これはイオウゴケという地衣類だそうです。地衣類は菌類と藻類が共生しているもの。名前はコケですが、もふもふした本来のコケ植物ではありません。でも、広義のコケ類には地衣類を含めて呼ぶこともあるとのこと。ややこしいです。

 似たような写真が続きますが、あまりにも雄大な景色なのでつい。

 右手を見上げると、茶臼岳の山頂部、お鉢の縁が見えました。さっきあそこの縁に立って景色を眺めていたんですよね。

 大紅葉

 反対に左手には谷底を覆う大紅葉。ちょっとピークを過ぎたあたりか。

 荒涼とした風景の中を進みます。遠く、右手には朝日岳、左に延びる稜線は三斗小屋温泉に続くもので、写真左端のピークは隠居倉です。中央の奥は三本槍岳ですね。

 大噴

 この辺りは大噴と呼ばれる鉱床で、さっきの無間地獄の鉱床と並んで大規模に採集されていたところのようです。あの噴煙の熱源は紛れもなく地下のマグマなんですよね。地下どのくらいの深さにあるのか、ちょっと気になります。ところで子どもの頃「マグマ大使」というロボットヒーローものの特撮ドラマがありましたが、今考えるとなんで「マグマ」でしかも「大使」なんでしょうか。



 山肌の色が褐色に変わってきました。基盤の岩の性質がこれまでと違っているのでしょうね。

 それにしてもあまりにも平坦な登山道。この道幅は明らかに軌道があったことを物語っています。ひょっとして複線だったりして。採掘した硫黄鉱物はこの先を下ったところにある峰の茶屋跡まで運び、今度はそこから索道で茶臼岳東側の中腹にあった峠の茶屋まで下ろしていたのだそうです。峠の茶屋には硫黄の精錬所(不純物を取り除くための施設)があり、更にそこからまた索道を使って下ろしていたようです。

 11時55分、茶臼岳山頂から北側に下ってくる道との合流点に到着しました。またすっかり良い天気に戻りましたね。道標には硫黄鉱山跡とありますが、この辺り一帯がそうだったのだと思います。

 山頂を見上げる

 山頂を見上げるとこんな感じ。写真では分かりにくいですが、山頂から下りてくる道とここで合流します。正面の地面が若干白っぽくなっているところも昔の硫黄採集の跡地で、沢と呼ばれる鉱床だったそうです。



 北側の眺望。朝日岳、でかいです。正面に少し下ったところに避難小屋が見えていますね。あそこが鞍部です。

 峰の茶屋跡避難小屋

 すぐに避難小屋に到着しました。昔ここにあった峰の茶屋は鉱山関係者や峠を越えて三斗小屋温泉に向かう人達などを相手にした売店兼休憩所だったそうです。ちょうどお昼時。たくさんの人が休憩していました。yamaneko達はスルーです。

 明礬沢

 鞍部から東側にはロープウェイの駅の方に向かって大きな谷が伸びています。けっこう深い谷で、明礬沢というのだそうです。ここに索道があったのか。おそらく直線的にワイヤーロープが張られていたと思われます。(心眼で想像)
 さて、右手の山肌にの道を下っていきましょう。

 何の花殻だろう。シモツケとかでしょうか。

 峠から下り始めてしばらく。振り返るとこんな風景です。 正面の烏帽子型の山は剣ヶ峰。その右奥が朝日岳です。左手の小屋がさっきまでいた避難小屋です。

 足元には大小の石が転がっているので、捻挫とかしないように注意です。ここを鉱山関係者は行き来していたんでしょうね。
 写真はまだまだ元気いっぱいの妻殿。

 トリカブト

 これはトリカブトのドライフラワーですね。きっと枯れても毒はなくならないのでしょうね。

 峠から30分ほど下ると「中の茶屋跡」というところを通過。県営駐車場との中間地点です。見回しても特段茶屋の跡らしき建物ものはありません。この辺りから樹木が現れ始めました。

 また少し雲が出てきたか。紅葉は少しピークを過ぎている感じですね。

 そんな中でもまだ元気なものを。コハウチワカエデか。

 マイヅルソウ

 これはマイヅルソウの実。陽に輝いてルビーのようです。自然観察を始めたばかりの頃、マイヅルソウの花を求めて大万木山や吾妻山に何度も足を運んだことを思い出します。

 木々も増え、だいぶん森の様相を呈してきました。なんかホッとします。

 ナナカマド

 ナナカマドの実。冬場の鳥の餌ですね。

 山の神

 岩の洞に小さな祠がありました。解説板によると、鉱山会社の社長さんが鉱山関係者の安全を祈願して据えたものだそうです。「山の神」が祀られていて、背後の大岩がご神体のようでした。



 午後1時ちょうど、鳥居をくぐったところで登山道が終了しました。



 この小屋のところを左に下りると県営駐車場。yamaneko達はまっすぐ行きます。

 県営駐車場

 車で上がってくるとこの県営駐車場が行き止まりになります。硫黄の精錬所があった場所だから駐車場にするのにちょうどいい平地だったのだろうな、と思っていましたが、実は精錬所は今yamanekoがこの写真を撮っているところにあったのだとか(現在、茶屋があるところの隣で、道沿いの狭い場所です。)。実は、この駐車場ももとは鉱床の跡なのだそうです。

 山麓駅

 1時20分、ロープウェイの山麓駅に戻ってきました。ここで山歩き終了です。この時間でもまだ登ってくる車がたくさんいました。
 
 今日は怪我もなく、楽しい山歩きとなりました。紅葉はややピークを過ぎていましたが、今年も錦の野山を目にすることができ、幸せです。あとは無事に家に帰るだけ。これから帰ると運が良ければ渋滞に遭わずに済むかも、と期待しつつ帰途につきました。(実際、渋滞には遭いませんでした。)