長沼公園 〜開発から残された丘陵森(前編)〜


 

 (前編)

【東京都 八王子市 令和6年4月25日(木)】
 
 春本番。野山が輝く季節になってきました。巷ではゴールデンウィーク間近ということで、高速道路の渋滞予測や円高のニュースがひっきりなしに流れています。yamanekoも以前はゴールデン(我が家では「ゴールデン」と呼ぶ)期間中の天気を気にしつつ、妻の予定との調整をしながらレジャーの予定を立てたりしていましたが、毎週がゴールデン状態となってからはもうこの期間中に何かをしよう(しなければ)というマインドはなくなりました。もっぱら天空の良い日を選んで野山歩きに出かけるくらいです。
 ということで、今回は八王子市にある都立長沼公園に行ってみることにしました。ここには8年前に一度行ったことがあるのですが、「公園」のイメージとは程遠い野性味あふれる場所だったことを覚えています。
 
                       
 
 元々、今回は、茨城県北部の山に登るつもりで前の晩に準備を整え、スマホのナビソフトに目的地登録まで済ませて、早め風呂に入っていたのですが、そのタイミングで地震が。風呂を上がってから地震速報を確認してみると、なんと翌日登る山辺りが震源地ではないですか。一瞬考えて、行き先を変更し近場で自然を楽しむことにしました。そういえば、先月も筑波山に登ろうと準備をし終えた途端その付近を震源とする地震が起こり、急遽行き先を堂所山に変更したのです。これは何かのお告げなのか?
 ところで、浴槽に浸かった状態で地震が来た時の揺れる感覚は、肩を掴まれ全身を揺さぶられるみたいで、いつも感じる揺れ方とは全く違いますね。そのまますぐに避難できない状況であることと相まって、余計に慌ててしまいます。

 駐車場

 長沼公園へのアクセスは、京王線の長沼駅が最寄りで、駅からはわずか5分。ただ、事前にネットで調べてみたところ、駐車場もあるとのことなので、平日でもあり空いていると踏んでドリーム号Vで行ってみることにしました。
 ナビに駐車場を登録し現地に行ってみると、住宅と畑がモザイク状に広がるエリアの狭い道に導かれ、最終的に農家さんの庭先でどん詰まりに。おかしいなと思いつつバックしていると、近所の方が軽トラでやってきて正しい道を教えてくれました。同じ間違いをする車が多いらしく、「ナビだとこの道に来るんだよ」とのことでした。迷惑な話しでしょうが、笑顔で教えてくださり、感謝感謝です。 で、正しい道の方も離合はおろか下手をすると用水路に脱輪してしまいそうな細さ。なんとか駐車場に入れたのは11時30分でした。



 長沼公園は、八王子市鑓水から日野市高幡に至る尾根(多摩丘陵の支脈の一つ)の中程にあり、住宅地と隣接しつつも広い面積の雑木林が残されている場所です。東西に延びる尾根(通称「野猿の尾根道」)を南端とし、そこから北側に向けて下る斜面が公園エリアで、そこには大小本の谷が切れ込んでいる、多摩丘陵の原風景を彷彿とさせる公園になっています。



 中谷戸  西長泉寺尾根入口

 駐車場の目の前には中谷戸が伸びています。この谷戸の右側が西長泉寺尾根、左が長泉寺尾根で、まずは西長泉寺尾根に登る坂道を登っていきます。



 のっけから急な階段です。この登り口を見ただけで、サンダル履きなどでは立ち入れない公園であることが分かります。

 Kashmir3D

 今日のコースは、この西長泉寺尾根を登って野猿の尾根道に出て、そこからその尾根道を公園エリアの東端へ。折り返して西端まで移動し井戸たわ尾根を下ります。殿ヶ谷戸の入り口付近に出たところで今度は西尾根を登って再び野猿の尾根道へ。最後は中尾根を下って谷戸に下りたら、谷筋の霧降の道を歩いて麓の住宅地に出て、駐車場に戻ってくるというものです。麓と尾根とを行ったり来たりです。

 タマノカンアオイ

 すれ違いもままならないほどの狭い園路(一応登山道とは言わないでおく)を歩いていきます。
 おお、これはタマノカンアオイです。萼筒の入り口に白っぽい突起が並んでいますが、どういう役割を果たしているのでしょうか。地面に接して咲いているということは、アリなどの昆虫に来てもらいたいということなのかもしれません。



 野趣あふれる園路。完全に登山道ですね。

 キンラン

 訪れる人もそう多くはないであろう道端にキンランが咲いていました。すっと立つ姿勢の良さ。そして茎頂に華やかな花。春本番の野を飾る野生ランです。出会うと嬉しくなりますね。



 西長泉寺尾根の尾根上に出ました。ちょっと息を整えて、ここからは尾根歩きです。

 アラカシ

 これはアラカシの若葉。この時期はまだしなやかで若干褐色がかっています。葉には粗い鋸歯があり、これが「粗樫」の名の由来という説も。

 ヤマツツジ

 ヤマツツジはそろそろ花期終盤でしょうか。瑞々しい緑に囲まれて朱色が引き立っています。補色の関係ですからね。ちなみにヤマツツジにはこの時期に展開する春葉(晩秋に落葉)と、夏に出てそのまま冬を越す夏葉があります。



 ササの切り通しのようになっている尾根道。数十年前まではこの山も生活の糧を得るための里山だったでしょう。その頃にはこんなササ藪はなく、風通しの良い雑木林だったのではないでしょうか。

 タマキクラゲ

 枯れ枝に面白いものが付いていました。きのこの仲間、タマキクラゲです。触ってみると弾力があり、それはグミよりも柔らかく水ぶくれよりもジェル感がある感触。聴くところによると美味しく食べられるそうです。ただ、これで腹をふくらませるには相当の量を食べなければなりませんが。

 イヌツゲ

 イヌツゲの枝先に新しい枝が伸びようとしています。色が黄緑色をしていて若々しいですね。葉腋に付いている黄緑色の突起のようなところからも新しい枝が伸びます。

 チゴユリ

 おお、まだチゴユリの花が残っていました。もうどこもあらかた花期は終わる頃です。俯いて咲く姿。いつ見ても清楚ですね。



 登り始めて20分、左から長泉寺尾根の道が合流してきました。ここは右手に道をとります。

 ウグイスカグラ

 まだ未熟なウグイスカグラの実。連休明け頃から赤く熟してきます。小さな実ですが、甘くてジューシー。子供の頃野山で遊んでいるときに、よくこの実を食べていました。

 コバノガマズミ?

 これはコバノガマズミか、それともオトコヨウゾメか。両者はよく似ているのですが、花はコバノガマズミの特徴(雄しべが花冠から突き出る。オトコヨウゾメは花冠より短い。)をもっていて、葉はオトコヨウゾメの特徴(無毛。先端は尾状に伸びる。コバノガマズミは両面に星状毛が密生し、先端は尖るが尾状には伸びない。)をもっていました。コバノガマズミには変異も多いらしいので、そういうやつか?

 ソウシチョウ

 森の中を歩いていると、賑やかに歌うように鳴き交わす鳥がいました。よく見るとソウシチョウです。背中側から見ると地味な感じですが、目の周りは薄黄色、喉は黄色、胸はオレンジ色で嘴は赤色。そして羽には黄色と赤色の斑紋があるというカラフルさ。ガビチョウと同様に特定外来生物となっていますが、めったに見かけません。。

 合流

 霧降の道に合流しました。野猿の尾根道の中央部辺りから麓に向かって伸びる小道です。この道は登山道というより園路に近い感じです。

 ホウチャクソウ

 ホウチャクソウの花は今が盛りです。漢字では「宝鐸草」。宝鐸とは五重塔の屋根の角にぶら下がっている装飾のあれです。



 これはヤマユリですね。長さは80cmくらい。もうずいぶん大きくなってきています。この花茎の先端に重く大きな花を付けるのですが、今の段階でこんなにしなだれていると、花が付いたときには折れてしまうのでは。と思いますが折れないんですね、これが。

 オニタビラコ

 オニタビラコ。野辺から街中の公園まであちこちで見かけます。大きさ、配色、花の付き方ともにキンランとほぼ同じですが、キンランとは異なり愛でられることはほとんどありません。

 ハンショウヅルで

 何かの実みたいですが、これはハンショウヅルの花。まだ萼が丸く閉じていています。もう少しすると萼が半分くらいめくれ(既に切れ込みが入っている)、半鐘のような形になるのが名の由来。ただ、半鐘は筒型ですが、これは裾広がりの形になるので、半鐘というより70年代に流行したチューリップハットの方がより似ています。



 おっ、眼の前が明るくなってきました。どうやら野猿の尾根道まで登ってきたようです。時刻は12時15分です。

 野猿の尾根道

 野猿の尾根道に出たところで東に向かいます。この道はアップダウンはほぼありません。この尾根筋は、多摩丘陵の主脈(北西ー南東)から派生する支脈(南西ー北東)の一つで、その中には多摩動物公園などもあり、また、尾根の両斜面にはところどころに大規模な宅地が広がっている比較的大きな尾根筋です。

 南方向

 右手の木立が切れ、南側の眺望が開けた場所がありました。すぐ足元まで農地が来ています。遠くの水平な稜線は、多摩丘陵が元々同じ標高で広がる台地だったことを示しています。長い年月をかけて細かく複雑に浸食され谷戸が入り込み、今では平坦地はなくなっていますが、重なる稜線の高さは同じなのでこういう風景となっているのです。

 南大沢

 アップでみると木々に埋もれるようにして南大沢のビル群が見えました。航空写真で見ると実際にはかなり大規模に開発されていますが、このアングルからだといい感じに見えますね。

 展望園地

 ほどなく東屋が現れました。展望園地と呼ばれる場所のようです。ここからは反対の北側の眺望が広がっています。

 北方向

 北側には多摩川が作った広大な平地が広がっています。この辺りは関東平野の西端となり、写真左手の木立の向こうに八王子市街が、その奥に細いグリーンベルトの滝山丘陵が見えています。更に遠くには奥多摩や秩父の山並みの先端部が平野に接する様子が見てとれます。広々としていて胸のすくような風景ですね。

 更に東へ

 ひとしきり眺望を楽しんでから、再び野猿の尾根道を東に辿ります。時々こんな開けた場所も。ここが都立公園の中であることを思い出させます。

 ジュウニヒトエ

 ジュウニヒトエにマルハナバチが来ていました。花序に埋もれるようにモゴモゴ動く様子が面白いです。こちらにはお構いなしでせっせと蜜や花粉を集めていました。

 キンラン

 こんな見事なキンランもありました。日当たりや栄養状態が良いんでしょうね。周りも除草され、一定程度管理されれいるようでした。

 ワラビ

 これはワラビですね。懐かしい。子供の頃、祖母に連れられて三瓶山にワラビ採りに行ったことを思い出します。茎をポキっと折って採るのですが、欲張って根元に近いところで折ろうとすると、ポキっとは折れず、繊維質の部分をちぎり取る格好になるんですよね。もちろんその部分は繊維が口に残ったりして美味しくないわけです。でも、よく考えると三瓶山は国立公園なわけで、そこでの植物採集はNGのはず。今とは世相も異なる昭和40年代の話です。

 野猿の尾根道東端

 野猿の尾根道の東端までやって来ました。長沼公園のエリアも東側はここまでです。



 先端まで行ってみると、峠を挟んでその先にも支脈の尾根が続いているのが見えました。吹き上がってくる風が涼しいです。
 さて、来た道を戻りましょう。

 タチツボスミレ

 これはタチツボスミレでしょうね。スミレの仲間はどれも同じように見えて、yamanekoにはなかなか判別がつきません。そもそも分類の基本の基本、「地上茎のあるスミレ」と「地上茎のないスミレ」の判別すら自信がないですから。

 ニガナ

 これは二ガナ。か細い感じの花ですが、何しろ林の縁などで頻繁に出会うので、世間的な扱いは雑草クラスです。頭花の舌状花は基本的に5個。でも6個のものもままあり、写真に写っている中にも6個のものが2つ見えます。

 頂上園地

 霧降の道から上がってきた合流地点を通り過ぎ、更に西に向かうと、頂上園地と呼ばれる草地の広場が現れます。ここには東屋や立派なトイレもありました。時間的には昼食のタイミングですが、駐車場で菓子パンを頬張ったので、とりあえずここはパスです。

 シャガ

 シャガの花期もそろそろ終わりですね。この花冠の意匠から中国の京劇の装飾を連想するのは自分だけ? ただ、シャガは古い時代に中国から渡来したものとのことで、どこか繋がりを感じます。



 さて、これから先はこの野猿の尾根道を西端まで歩き、そこから森の中を一旦北側の麓まで下って、別の道で尾根道までもう一往復するつもりです。どんなものに出会えるか、楽しみです。(後編に続く