瀬戸の島々を見下ろして


 

【山口県周防大島町 平成18年1月22日(日)】
 
 ついこの前までテレビの画面には晴れ着姿が溢れていたのに、気がついてみればいつのまにか1月も下旬。「一月は行く」とはよく言ったものです。この調子だと二月も逃げて、三月もあっという間に去っていってしまいそうです。
 天気予報では週末には雪マークも出ていたのですが、どうやら天気は良さそうです。とはいえこの時期、沿岸部では晴れていてもちょっと北の方に行くと雪だったってことがよくあるので、今日は山口県西部、柳井市沖に浮かぶ周防大島の文珠山と嘉納山に行ってみることにしました。
 年末に鉾取山に行ってからほぼ1ヶ月ぶりの山歩き。あのとき痛めたヒザも順調に回復してきました。今日はリハビリを兼ねての山歩きにはピッタリの行程です。
 
 午前9時、山陽道の玖珂PAでO夫妻と待ち合わせ。天気は良いのですが朝の空気はピンと張りつめています。足下にはうっすらと白いものが。どうやらこの辺りは朝方雪が降ったようです。
 再スタートしてすぐ、玖珂ICで下りて、国道437号線を南下。30分ほど下っていくと、朝日に輝く大畠瀬戸が突然目の前に現れました。海峡部は風が強そうです。本土と周防大島とを結ぶ大畠大橋を渡ってすぐ左折。そのまま道なりに2qほど進むと、M女史と待ち合わせているセブンがあります。行ってみると彼女は既に到着していました。そして今日はめずらしいメンバーも。M女史の娘さんです(彼女は妹だと言い張りますが。)。
 これで全員(5人)が揃いました。念のためにいつものTさんに電話をしてみると、「ただいま運転中です。」とのアナウンス。今ここに向かっているのかとも考えましたが、おそらく金曜日の退社時あたりからずっとドライブモードにしっぱなしなんだろうということに全員の意見が一致。時間も来たことだし、あっさりと出発することにしました。

 文殊堂下の駐車場

 文珠山の7合目にある文殊堂まで車で上がります。お堂の前の駐車場には既に何台かの車が入っていそうだったので、一段下にある駐車場に車を停めました。山影で日差しがないせいか、足下から寒さが這い上がってきます。ここで準備を整え、入念にストレッチをして、10時25分にスタートしました。まずは階段を上って文殊堂に向かいます。

 文殊堂

 階段を上りきると木立の向こうに文殊堂が見えました。文献によると、ここの文殊堂は西暦806年の建立。丹後の切戸、大和の安倍とともに日本三大文殊とされているそうで、知恵の菩薩にあやかってか受験生に人気があるとのこと。それにしては人影もなくあまりにも静かな佇まいです。(まあこの時期に神頼みに来るようじゃマズいですがね。)
 境内はきれいに掃き清められていました。ここに人が住んでいる気配はないので、定期的に(ひょっとしたら毎日)ふもとから上がってきて、このお堂を守っている人がいるのかもしれません。

 歩き始め

 文殊堂がある高さは標高410m。文珠山の山頂は663mなので、まずはその差の250mあまりを登ることになります。
 周囲は主に常緑樹の林。中でもヤブツバキやアオキなどがよく目につきました。道にはこぶし大の石が転がっていて、ところどころ崩れていますが、倒木とかはないので比較的歩きやすい方です。ヒザをかばいながらジグザグ道を一歩一歩上っていきました。こういうときに役に立つのがストック。下りではもちろん上りの道でも、今日はこのストックが大活躍してくれそうです。

 ヤマジノホトトギス(果実殻)

 ヤマジノホトトギスのさく果を見つけました。といっても中身の種子は出てしまっていて空っぽです。それでもわずかに残っていた種子をルーペで見てみると、10円玉を極小にしたような形をしているのが分かりました。細長い鞘の中に、コインを積み上げるような形で入っていたようです。この形だと種子は風に運ばれるということはなさそうで、せいぜい根元にパラパラと落ちていくだけです。

 シギンカラマツ(種子)

 シギンカラマツの種子。フワフワとした羽がついていて、こちらはよく飛んでいきそうな形をしています。種子の散布には様々なパターンがあるようですが(H17.11.13 石ヶ谷峡参照)、風に飛ばされるというのは多くの植物が採用しているようです。

 山頂に近づくにつれて少しずつスギやヒノキの植林地に変わってきました。周囲も薄暗くなってきています。地面には霜柱が立っていて、この辺りが明け方に厳しく冷え込んだことが分かります。(この霜柱は帰りに見たときにもまだ溶けてはいませんでした。)
 道は結構急な勾配ですが、日陰で気温が低いので汗ばむほどではありません。

 11時35分、文珠山の山頂に到着しました。ほぼ360度のパノラマに、一同「おおー!」です。これまで樹林の中を歩いてきて展望がなかったので、なおさらスカッとした気分です。
 北方向には今朝渡ってきた大畠瀬戸を手に取るように見渡すことができました。手前の飯の山は大きく見えますが標高は約260m。対岸にある琴石山と銭壺山は両方とも飯の山の2倍の540mあまりあります。
 遮るものがないのでその分強い風がもろに吹き付けてきます。この写真を撮るときも帽子を飛ばされそうになることしきりでした。何年か前に来たときはここに2階建ての展望台があったのですが、台風で倒壊したのか、今は土台部分しか残っていませんでした。それでもブルーシートが掛けてあったり、簡易トイレが設置されていたりして、少しずつ復旧作業が進められているようでした。
 時計を見るとまだお昼には間があります。それにここでは風が冷たくてゆっくりご飯を食べることができません。なので、ひとしきりパノラマを楽しんでから、次の加納山に向けて出発することにしました。嘉納山はここより20mほど高い標高685m。そこまでは尾根道で大きなアップダウンもありません。

 嘉納山への道

 強い風が頭上を通りすぎていきますが、幸い両サイドが垣根のようになっているので直接吹かれることはありません。快適な山歩きです。

 ツルウメモドキ(果実)

 穏やかな冬の陽が林縁に降りそそいでいます。山道沿いには花こそないものの、興味をひかれるものはいろいろとあります。

 テイカカズラ(種子)  同(果実)

 テイカカズラの種子なんかもおもしろいもののうちの一つです。インゲンのような細長い鞘(果実)の中に冠羽をつけた種子がたくさん詰まっています。熟すと鞘が裂けて、中から出た種子がパラシュートのように風に飛ばされていくのです。
 テイカカズラは漢字で書くと「定家葛」。新古今和歌集や小倉百人一首の撰者として有名な藤原定家と因縁がありそうな名前です。調べてみると、皇女にして歌人であった式子内親王を思う定家の執心が内親王の死後葛となってその墓に絡みついた、という能楽の曲目からきているようです。ちょっと鬼気迫るものがあります。だとすると、風に吹かれるその種子は昇華しきれずに漂う定家の情念か。

 昼食(道ばたで)

 12時半を過ぎてそろそろおなかが空いてきました。嘉納山の山頂まではあと1qたらずですが、日当たりの良い場所を選んで昼食にすることにしました。それぞれ座ってリュックから取り出したのは、おもしろいことにみんな揃ってカップラーメン。寒い時期にはやっぱりこれに限りますね。バーナーは荷物になるのでyamanekoはたいてい470ml水筒にお湯を入れてくるのですが、ラーメンを作れるくらいの熱さをキープさせるにはちょっとした工夫が必要です。
 まずヤカンでお湯を沸かして水筒にいっぱい入れます。しばらくそのまま置いた後、その湯をいったん捨ててしまいます。これで水筒内を暖めるのです。そしてすかさず沸騰したお湯をいっぱいに入れるのです。こうすると水筒自体に熱を奪われることがありません。フタをギュっと閉めたらタオルで水筒を巻いていきます。ちょうど巻き寿司のような感じに。あとはほどけないように輪ゴムで固定すれば出来上がり。こうすれば昼食の頃でも余裕でアツアツのままです。容量的にはカップヌードル1個とカップコーヒー1杯を作ることができるくらいはあります。
 
 食後のおやつとコーヒーが終わったら再びスタートです。時計を見ると13時05分。腹がくちくなるとともにリュックも軽くなって、軽快に歩き出します。

 ヤブラン(種子)

 ヤブランの光沢のある黒い種子がたわわ(?)に実っていました。一見果実のようでもありますが、これは種子なのです。ヤマジノホトトギス、シギンカラマツ、テイカカズラなどいくつか種子を見てきましたが、いろんなバリエーションがあるものです。
 頭上が明るくなってきました。道はいよいよ山頂へと続く上りにさしかかってきたようです。

 三角点

 坂道を登りきると道ばたにさりげなく二等三角点がありました。でも山頂はここからいったん小さく下ってまた上り返したところにあるのです。なので三角点は素通りです。

 13時40分、嘉納山の山頂に到着しました。ここも全方位のパノラマです。今日は海上も風が強いのか、遠くまでくっきりと見渡せます。
 北方向正面には倉橋島と能美島。左手には岩国の米軍基地も見えます。さらに奥には宮島。いつもよく見る北西面の姿ではなく、裏側の南東面が見えています。宮島と能美島との間、そのもっと奥には広島の市街地も。(写真では今ひとつ判然としませんが。) 鈴ヶ峯や大茶臼山なども確認できました。上空に一列に並ぶ雪雲は日本海を越えてきた北西の季節風が造ったものです。そして、これらに囲まれるようにある安芸灘は、あまりにも穏やかであるがゆえに見ようによっては大きな湖とも。この季節にこんなにきれいな景色を見られるとは。今日はこの山を選んで本当に正解でした。

 山頂広場

 嘉納山は小豆島の星ヶ城山に次いで瀬戸内海第2位の高さを誇る山なのだそうです(ちなみに島の大きさも淡路島に次いで第2位だそうです。)。今から約1万年前の氷河期、当時は瀬戸内海には海水がなく陸地だったと考えられています。そのころの平野や河川、丘陵地はすべて海中に没してしまって、今では当時高い峰々だったところが島として見えているのです。その頃にはこの嘉納山も1000mを越える山だったのかもしれません。

 南西方向には周防灘が広がっています。
 右手には柳井市方面から突き出している室津半島。その突端には標高527mの皇座山の姿が見えます。その山影に遮られてここからは見えませんが、向こう側には上関原発の建設で揺れる長島があるはずです。半島と長島とは橋でつながっていて、渡ってすぐのところの公園にあるシャシャンボの木は毎年立派な実をたくさんつけるそうです。yamanekoも口にしたことがありますが、暖かい光を浴びて甘く実っていました。(鳥たちの取り分を考えて節度を持っていただきましょう。) 橋の手前にある室津集落の揚げ天屋さんも美味。
 室津半島と瀬戸を挟んで左手に見える島が平郡島。ここも柳井市の一部です。
 逆光で海と空との境界がよく分かりませんが、正面右手奥には九州は大分県の国東半島が、そして正面左手奥には四国は愛媛県の佐多岬半島があるはずです。

 文殊山(嘉納山山頂から)

 さあ、ひと休みしたら来た道を引き返します。まずは文珠山の山頂へ。そしてその山頂を越えて向こう側の斜面にある文殊堂が終点です。
 
 帰り道はなぜか往きよりも早く感じるもの。今日の楽しい山歩きについてあれこれ話しながらだとさらに早く感じます。あっという間に文珠山山頂、そして文殊堂へと到着しました。幸いヒザの痛みもありません。この分だとこれからも山歩きには支障がないようです。
 15時10分、駐車場に戻ってきました。軽くストレッチをして車に乗り込みます。
 冬至から1ヶ月が経過して少し日が長くなったようにも感じますが、まだまだ日が暮れるのは早いです。寄り道はしないでまっすぐ広島を目指すことにしました。


 文殊山(旧大畠町神東から)