石ヶ谷峡 〜水の芸術 水の爪痕〜


 

【広島市佐伯区 平成17年11月13日(日)】
 
 早いものでまた定例観察会の日がやって来ました。今月は旧湯来町(この春に広島市に編入されて今は佐伯区の一部になりました。)にある石ヶ谷峡です。
 太田川の支流の水内川。そのまた支流の石ヶ谷川に沿って続いているのが石ヶ谷峡です。

 渓谷の入口

 「佐伯区」とはいってもご覧のとおり、長閑な里山の風景が広がっています。田んぼの上の電線でセグロセキレイが鳴いていました。この鳥は日本の固有種で、この鳥を観るためにわざわざ外国から来る人もいるのだとか。鳥に詳しい指導員の太田さんによると、ヒヨドリなども外国の人にとっては珍しいのだとか。あの冬の公園でうるさく鳴いているヒヨドリがです。
 10時15分、集合場所の小丸子山森林公園駐車場に集まったのは、スタッフを含め総勢46人。今日はここから渓谷を約3qほどさかのぼる予定です。まずは加藤代表から恒例の時候の話がありました。今日のような晩秋の晴天を「小春日和」という訳について。その話によると、晩秋のこの時期は旧暦では十月。この時期の天候のよい日は温暖で春に似ていることから旧暦の十月のことを「小春」と言っていたのだそうです。なるほどです。

 開会の様子

 続いて今日のリーダーの吉岡さんからアナウンス。9月の台風14号で道が荒れているとのこと。念のために川に転落した際の脱出の仕方までレクチャーがありましたが、そうならないように足下には十分注意です。そしてその後、参加者の皆さんに宿題が出されました。今回の観察会を通じて、@丸いもの、A赤いもの、B風に飛ぶもの、C美味しいもの、Dくっつくもの、をそれぞれ探してみましょう、というお題です。ただし基本は採らずに観察。みんなに紹介するために採る必要がある場合でもダメージは最小限に。そして「いただきます」と声に出して感謝の言葉、です。
 
 そんなこんなで、スタートです。土手の斜面の柿の木に1個だけ柿の実が残っていました。これを「留守番柿」というのだそうです。鳥のためにわざわざ1個残すのだとか、来年もたくさん実が成るように祈念してだとか、諸説あるようです。

 ヒヨドリジョウゴ

 道は石ヶ谷川の左岸を通っています。ほどなく車両通行止めになっているので、歩く身としては車を気にすることなく有難いです。
 さっそく丸くて赤いものがありました。ヒヨドリジョウゴの実です。ツヤツヤしていてみずみずしそうです。でも、美味いものかどうか確かめてみてはいけません。毒がありますから。どうもナス科の植物には有毒のものが多いようです。

 河床の岩

 石ヶ谷峡の渓谷美は河床に累々と連なる岩の造形です。この川が長い年月をかけて削りだしたもの。その場で岩盤が削られたものもあれば、上流から転がってきたものもあるでしょう。また、渓谷の岸壁の高いところ(30mくらい)にも水に浸食された滑らかな岩が露出しています。これはとりもなおさず昔あの高さに川底があったことを示しています。いったいどのくらい前のことなのかは判りませんが、いずれにしても水の浸食力のすさまじさを感じずにはいられません。

 カマツカ

 渓谷にせり出したカマツカの実。これも赤くて、まあ丸いものといえるでしょう。これは口に入れてみることに。わずかに酸味がありますが甘味の方が勝っています。ほのかにリンゴの風味がするのも、同じバラ科同士で、その中でも比較的近い間柄だからでしょう。これで美味いものも見つかりました。

 クマシデの種子

 クマシデがビールのホップのような果穂を枝中にぶら下げ、頭上を覆っていました。スタッフの一人が幹を揺すると、まるで降りしきる雪のようにたくさんの種子が落ちてきます。その全部が小さな種子を中心に翼をクルクルと回転させながらゆっくりと落ちてくるのが、ある意味メルヘンの世界(死語)。これはゆっくり落ちてくる間に風に運ばれて少しでも遠くに着地しようとする工夫なのでしょう。

 クロモジ

 やや薄暗い林をバックに、クロモジの黄葉が鮮やかに浮き立っています。同じ株でも早く黄葉する葉とまだ緑のままの葉がありました。早熟なのと奥手なのとがいるのでしょうか。

 三竜頭(みつがしら)

 川幅が広くなって対岸が俯瞰できる場所に出ました。三つピークが連なっているのを三頭の竜に見立てて「三竜頭(みつがしら)」と呼ばれているそうです。裾を飾る紅葉も今が盛りといった頃合いです。
 それにしてもあちこちで道路が破損しています。特に流れがカーブしているところの外側は道がえぐられているところが多くありました。

 上左の写真はアスファルトがボコボコになっています。まるで火山が盛り上がって噴火したような状態で、もはや本来の平らな路面はどこにもありません。これはアスファルトの下を大量の水が流れて、土を流し出してしまった跡です。こぶし大より大きな石はその場に残ったため、水が引いた後このようにデコボコな状態になってしまったのです。大きめの石の上ではアスファルトが割れてしまって下の石が顔を出しています。
 上右の写真はアスファルト舗装が始まる先端部分。上流側から見ています。この写真から増水した当時アスファルトが本来の路面からかなり浮き上がっていたことが判ります。流木が水の流れに沿ってアスファルトの下に潜り込んでいったことを示しています。この先端部からどんどん水が入っていってアスファルトの下を流れていったのでしょう。
 石ヶ谷峡沿いには民家は全くなく、この道の先は天上山林道につながるのみ。すなわち生活や経済活動のために使われることはない道路なのです。きっと災害復旧も後回しで当分手を付けることはないとは思いますが、いずれまた同じように舗装するのでしょうか。ちなみにアスファルト舗装の手前の石畳状の路面はまったく損壊していませんでした。

 昼食は河原で

 渓谷の中程で昼食。今日はこの先で折り返しです。空に雲が広がってきました。スタート時の青空はどこへやら。風がないだけ助かりますが、じっとしていると冷えてきます。特に尻の下の岩から。

 昼食後、スタッフの小方さんから植物の実を使った色遊びを紹介してもらいました。
 ヒサカキの実を潰して絞ると青い汁が出てきます。右の写真の右端のフィルムケースがそれです。これをインクにして絵や文字を書くと何とも言えない色合いなのだそうですが、今日はその中にあるものを加えて赤いインクにしようというのです。そのあるものとは「クエン酸」。梅干しやレモンの酸っぱさの成分です。それを入れて10回くらいシャカシャカと振ると、真ん中のフィルムケースのとおり赤い色に変化しました。あまりの変化の速さに一同「へ〜」です。さらに青い汁の上澄みだけをとりだしてクエン酸を加えると、左のフィルムケースのようにきれいな赤インクになるとのこと。今年の年賀状はこれで絵手紙風にでも。(ただ肝心の絵心が…。)

 石ヶ谷峡で見られる
 ツツジの仲間

 路上に白い紙が敷かれて、その上にツツジの小枝が並べられていました。スタッフの六重部さんから道すがら集めてきたものです。このように並べて比較するとそれぞれの個性が際立ちます。常緑のツツジもちゃんと紅葉するんですね。春から夏にかけて、ここ石ヶ谷峡はさまざまなツツジで彩られてるようです。

 宿題の発表

 さて、宿題の発表です。皆さんからはつぎのような発表がありました。
 @丸いもの:サルトリイバラ、ヤブムラサキ、ヒヨドリジョウゴ
 A赤いもの:ツルリンドウ、ヤブコウジ、ガマズミ
 B風に飛ぶもの:カエデの種子、クマシデの種子
 C美味しいもの:フユイチゴ、カマツカ
 Dくっつくもの:イノコヅチ、チジミザサ、キンミズヒキ、ヌスビトハギ
 もうおわかりでしょう。これらはみな果実(種子)なのです。吉岡さんによると、丸くて転がっていくもの、赤く目立って鳥に食べられ運ばれるもの、風に飛ばされて遠くへ着地するもの、甘く熟れて動物に食べられ種を運ぶもの、動物にくっついて運ばれるもの。みんな少しでも遠くまで種を運び、勢力を拡大しようとしているのです。その多くは大きく育つことはありませんが、そうやって少しずつ広がっていくのです。そう、植物は動いているのです。

 タカノツメ  イロハモミジ

 また、加藤代表からは紅葉の仕組みについて解説がありました。
 落葉する前に色が変わる仕組みはその色によって違うのですが、ごくおおざっぱに言うとこうです。
 《赤色の場合》@葉緑体に含まれるクロロフィル(緑色色素)が壊れる。A葉の付け根にシャッターができて光合成で作った糖が葉に貯まっていき、その糖が変化するアントシアン(主に赤色色素)の色が目立つ。※茶色の場合はアントシアンに代わってタンニンから生成されるフロバフェンという色素が働きます。
 《黄色の場合》@は同じ。Aもともと葉にあったカロチノイド(主に黄色色素)が結果として目立つ。こちらも糖が貯まっていきますがアントシアンを生成する酵素をもたないとのこと。

 渓谷の紅葉

 今日は果実の戦略といい紅葉の仕組みといい、秋の自然にまつわる様々な発見がありました。
 渓谷を引き返す道々、今日聞いた話を頭の中で繰り返し、山を見、木々を見、川を見ながら歩いていると、来た道とはちょっと違った風景に見える気がしました。
 
 午後3時、出発地点の駐車場に到着しました。けが人もなく観察会は無事終了です。いつの間にか青空がもどり、また小春日和の山里の風景となりました。どこからかモズの声でも聞こえてきそうです。
 


 しかし、このページを書くたびに「先日合併した」とか「このまえ編入された」とかの記述が多くなってきたことに気がつきます。これは昨年あたりから本格化した「平成の大合併」によるもの。新たな団体の名前のつけかたを見るにつけ、いくつかのパターンがあり、その背後にはさまざまないきさつがあったであろうことが伺われるのです。
 
 パターン1 「○○町」と「▲▲町」で「○○▲▲町」
 既存の名前をそのままつなげたもの。双方の団体が対等な力関係であることがうかがわれます。合併して市になる場合にはこのパターンは少ないです。ネーミングの調整に疲れてなげやりな感じもします。
 
 パターン2 「●○町」と「▲△町」で「●▲市」
 既存の名前の一字ずつをとったもの。こちらも対等な力関係のよう。ただ、こちらは一体感があり、お互いが納得して前向きに合併したイメージがあります。
 
 パターン3 「○○市」と「△△町」で「○○市」
 既存の市の名前をそのまま引き継ぐもの。編入だけでなく形式上対等合併の場合も多いと思いますが、力関係の強弱は明らか。看板の掛け替えが少ないなど合併に際してのコスト削減の意図もあるのかも。
 
 パターン4 「○○市」と他のいくつかの団体で「まるまる市」
 既存の一つの名前をひらがな化したもの。力の強い中核となる団体はあるものの、合併する他の小さな団体に配慮して、既存の名前をひらがな化することで折り合いをつけた感じ。他にもひらがな化に落としどころを求めるケースは多いようです。
 
 パターン5 ◎◎郡内の団体で「◎◎市」
 郡の名をそのままつけたもの。郡内の全団体がそろって合併した場合の多くはこのパターン。ネーミングにまつわるトラブルが最も少ないのかも。
 
 パターン6 新たに創造
 既存の名前とはまったく無関係な新しい名をつけたもの。なぜか「みさと(美里や美郷)」というのが目につきます。往々にして「なんでこの名前?」といったものが多いのですが、中には鳥取県の「湯梨浜町」(ゆりはまちょう)など秀逸なものも。ただ、いずれも合併に寄せる期待のような前向きな気持ちを感じます。(そういえば立ち消えましたが「南セントレア」なんてものもありました。)
 
 来年の3月末に向けて加速する平成の大合併。でもその陰で日本中のあちこちで故郷が消えていっている気がするのはyamanekoだけでしょうか。