身延山 〜千年の信仰の山(前編)〜


 

 (前編)

【山梨県 身延町 平成24年5月26日(土)】
 
 だんだんと梅雨入りが近づいてきています。去年は梅雨入りが例年より12日も早く(その分梅雨明けも12日早かった。)、5月中に入梅してしまいましたが、予報によると今年も何かそんな感じです。となると、駆け込み山歩きではないですが、気候の良いうちに一山行っておきたいと思い立つのもやむを得ないというもの。
 今回向かったのは日蓮宗の総本山「久遠寺」のある身延山です。メンバーは御朱印ハンターのTさんとMさん。去年秋に加波山に行って以来の中年3人山歩きです。
 
                       
 
 実はこの山歩きの計画を立てるまでは、身延山は静岡県にあるものと思ってばかりいたのですが、地図を見るとなんと山梨県ではないですか。一つ賢くなりました。とはいえ東京からは結構な距離があり、ほとんど静岡に行くような感覚です。
 ということで午前5時起床。6時に新宿駅西口のスバルビル前で2人をピックアップして出発です。首都高4号線から中央道に乗り入れてひたすら西へ。笹子トンネルを抜けて甲府盆地に入ると南アルプスのたおやかな峰々が姿を現します。日々雑踏に揉まれている身としては、こんな雪渓の山々を眺めながら暮らすことに憧れを抱かずにはいられません。冬は寒いだろうけどこの辺りで暮らすのも悪くないな、とか。
 
 7時30分、中央道を甲府南ICで下りて、笛吹川沿いに一般道を走ります。川は途中、市川三郷町辺りで釜無川と合流し、そこからは富士川として南下していきます。そこで驚いたのは富士川の川幅が広いこと。川筋はそうでもないのですが、河原や河川敷を含めた、かつてこの川が蛇行を繰り返して削っていったその幅が広いのです。平地はほとんどなく両側から山が迫っているのに川だけが広いという違和感。この辺りは富士山からの噴出物が堆積した土地でしょうから、軟らかく浸食されやすかったのかもしれません。

 無料駐車場

 8時40分、ナビに導かれて久遠寺の駐車場に到着。正面の参道からではなく、お寺の背後から回り込むような道を通って、甘露門の下の無料駐車場に入ることができました。ここの駐車場は急な斜面から張り出すテラスのような構造になっていて、かなり高い位置にあります。フェンスから下をのぞき込むと、バンジー前のような気分になれるほど。上の写真の樹木は10数m低いところから生えているのです。
 ここの駐車場からだと久遠寺の脇から入ることになるのですが、下山後にあらためて正面からお参りしようと思っています。yamanekoの実家は日蓮宗の寺の檀家で、3年前に他界した母親は朝夕のお勤めを欠かさないほど真面目に信心していました。歳をとる前には何回か久遠寺にも足を運んだことがあると思います。今日はリュックの中に母親を連れてきているので(写真ですが)、どうしても表からお参りさせてあげたいと考えているのです。なにしろ生前はろくに親孝行もしてきませんでしたから。

 8時50分、準備運動を終えて出発。右奥に見える階段を登ります。


Kashmir 3D

 今日のコースは、駐車場をスタートしてまずは久遠寺の境内へ。その裏手から登山道に入り、三光堂までは山腹をジグザグに登ります。三光堂からは尾根道に変わりひたすら上へ。法明坊から再び山腹を上り身延山頂上に至ります。下山は反対側の道をとり、感井坊までは尾根道を、そしてそこからは山腹をひたすら下って久遠寺に戻ってくるというものです。

 境内(の一部)

 階段の先の甘露門をくぐると広大な空間が広がっていました。正面は仏殿(全国の信徒の方が納めた分骨や位牌が安置されているところ)、右手は客殿(団体さんが休憩したりするところ(たぶん))。いずれも大きな建物です。ここはまだ境内の端っこの部分。さすがは老舗宗派の総本山です。

 仏殿の前を左に向かうと目の前に巨大な枝垂れ桜が。ここ久遠寺は桜の寺としても有名で、あちこちに桜の巨木がありました。4月前半の開花時期には多くの人出で賑わうのだそうです。

 更に進んでいくと、右手に大きな建物が三連続で。手前から報恩閣(総受付)、祖師堂(祖師=日蓮上人を祀るお堂)、本堂(ご本尊を祀るお堂)です。左手奥には五重塔も見えますね。
 久遠寺の大伽藍を鑑賞しつつ登山道に向かいます。するとどこからともなく団扇太鼓の音に乗って南無妙法蓮華経の大合唱が聞こえてくるではありませんか。そしてその音はどんどん近づいてくるようです。なんだなんだとキョロキョロ周囲を見渡すと、本堂の角を曲がって白装束の大集団が現れ、二列縦隊でこちらに向かってきます。一瞬たじろぎましたが、どうやらお題目を唱えながら行進をしているようです。ご老人から若い女性、中には子ども連れもいたりして、まさに老若男女が入り交じった集団です。きっと信徒さんたちが付近の宿坊に泊まって早朝からこのお勤めをしているのだと思います。
 そうこうするうち、信徒さんの大行列はあっという間にどこかに去ってしまい、辺りにはまた静寂が戻ってきました。今のは夢ではなかったのか。狐につままれたような気分です。

 9時5分、本堂の裏手にある登山口から登山道に入りました。と言っても舗装された道路です(一般車の通行は不可。)。

 七面山

 しばらく行くと木立の間から七面山の姿が望めました。七面山は、身延山から一つ谷をはさんだ奥の山並みに位置していて、標高は身延山より800m以上も高い1989m。この山の山頂部には久遠寺の奥の院があるそうです。身延山の山頂にも奥の院があるので、七面山の方は奥の奥の院とでも呼んだ方が良いかもしれません。この奥の奥の院は敬愼院といい、険しい高山の頂にありながら2千人もの信徒を収容できる規模なのだそうです。この山に車両が上がれる道はなく、信徒の皆さんは谷間の登山口から標高差1500mを自分の足で登らなければなりません。信仰の力とは凄まじいものだとつくづく思います。

 いつの間にか久遠寺の裏手に上ってきていました。遠くに見えるとんがり山は御殿山(783m)か。

 登山道はこんな感じ。この先、標高700m付近に三光堂というお堂があり、そこには人も住んでいるので、車で行き来できるようになっているのです。

 シャガ

 シャガの葉が朝日を透かして輝いています。花だけでなく葉もきれいですね。

 サワギク

 サワギクです。葉に深い切れ込みがあるのが特徴。ボロギクという不名誉な別名も持っています。

 マルバウツギ

 この白い花はマルバウツギ。もう初夏ですな。yamanekoの好きな花の一つです。

 フタリシズカ

 フタリシズカも咲いていました。ヒトリシズカの華奢な姿に比べると、葉も大きく固そうで、名前から思い浮かべるイメージとはずいぶん違う気がします。

 三光堂

 のっこのっこと登っていくうちに三光堂に到着しました。時刻は10時5分。登山道に入って1時間が経過しました。開けた空間にいくつかのお堂と居住のための家屋があって、屋外には大きな仏像や仏塔などもありました。「お堂」と言いつつもかなり規模が大きいです。

 ここからは身延山の山頂も見えました。まだずいぶんと遠くです。これからあそこまで登るのです。

 三光堂からは尾根道になります。舗装路から砂利道へと変わり、少しは登山道っぽくなってきました。ただ、この道がズルズル滑って歩きにくいこと。しかも登るにつれてどんどん斜度を増してきて、これはまさに苦行以外の何物でもないと思われてきました。日蓮上人は身延山に入ってから9年間下山しなかったとか。きっとこの尾根道も歩いたでしょうね。
 途中、白装束で登山しているご夫婦を追い抜きましたが、声をかけてみるとこの山にはもう何回も登っておられる様子。ペース配分は既に体得しているようで、yamanekoよりもずっと年配であるにもかかわらず、平気な顔で登っていました。

 ニリンソウ

 花冠だけが浮かび上がったように見えますが、ちゃんと花茎もあります。これはニリンソウですね。もう時期は遅く、わずかに残っていた花に出会うことができました。

 クリンソウ

 「二輪」の次は一気に「九輪」に。花冠が数段に輪生するクリンソウです。さすがに九輪となると華やかになりますな。

 法明坊

 10時45分、ゼーゼー言いながら法明坊までたどり着きました。ここまでの上り、地味にきつかったです。ここでしばらく休憩、山頂までの体力の回復に努めます。

 ヤマシャクヤク

 10分ほど休憩してから再出発。山頂までの標高差はあと180mあまりです。
 休憩して心身に余裕が出てくると、こんな花にも目が止まります。これはヤマシャクヤク。残念ながら花弁が数枚落ちた状態でした。

 11時15分、身延山山頂部にある建物群が見えてきました。もうすぐ奥の院のある山頂です。

 富士川

 ここには南側を見渡せる展望台がありました。眼下を富士川が流れ下っています。手前の山の頂に建物らしきものが見えますが、あれが三光堂(写真にマウスオーバー)。ここからの標高差は450mほどあります。更に久遠寺までは350m、そしてそこから門前町の街並みまでは100mの高度差があります。こうやって見るとずいぶん登ってきたなと感じます。

 富士川の蛇行。結構激しく削っていますね。

 さて、息も落ち着いてきたところで、奥の院の中心部、思親閣に参拝に向かいます。その途中の参道に日蓮上人のお手植えの杉というものがありました。参道を挟んで対になって生えていて、かなりでかいです。ただ、個体としては終齢期を迎えている感じでした。「お手植え」が確かだとすると樹齢は千年近くになるわけですから。

 思親閣

 ここが奥の院、思親閣です。靴を脱いで中に入ってしっかりと拝んできました。加えてTさんとMさんは御朱印もゲット。

 参拝後は思親閣の裏手にある山頂展望台に向かいます。

 11時40分、1153mの山頂に到着しました。少し雲が出てきたようですが視界は良好です。

 山頂からは北東方向の風景が望めました。まず目を引きつけたのが南アルプスの峰々。まさに日本の屋根。まだ雪渓の残るその稜線は「清冽」という言葉がぴったりです。手前右手にあるのが富士見山。この山でも1600m以上の標高があります。写真左端にかかっているのが七面山です。

 白峰三山

 居並ぶ峰々のうち特に目立っていたのが白峰三山。日本第2位の高峰、北岳(3193m)、第4位の間ノ岳(3189m)、第15位の農鳥岳(3051m)です。ここからは30数q離れていますが、巨大な壁のように大迫力で迫ってきます。
 
 さて、ちょうどいい時間なので昼ご飯にしたいと思います。いつものようにカップ麺とコンビニおにぎり。これがまた外で食べると美味いんですよね。食後は地図とコンパスと双眼鏡とでお手軽な山巡りを。これも山での楽しみなんです。(続きは後編で)