斑尾高原 〜山深い湿原で花巡り〜


 

【新潟県 妙高市 平成23年8月13日(土)】

 ♪ うさぎ追いしかの山、こぶな釣りしかの川…。 ご存じ唱歌「故郷」の一節です。日本人の琴線を切なく震わせるこのこの歌の舞台については、歌中にそれをうかがわせるくだりはないものの、作詞者の故郷である長野県北部の中野市永江(旧豊田村永江)の山河であるとするのが定説だそうです。この辺りは県境を挟んだ新潟県側も合わせて斑尾高原と呼ばれる地域です。「斑尾高原」といえばスキーリゾート。80年代後半からのスキーブームでは大いに賑わったでしょうね。もっともリゾートエリアとして開発されたのは新潟県側で、長野県側は今訪れても「故郷」そのままの風景が広がっています。
 今回はお盆のまっただ中にもかかわらず、そんな斑尾高原に行ってみることにしました。
 
                       
 
 午前1時30分、3時間の仮眠から目覚めて身支度をし、ドリーム号で熱帯夜の東京を脱出しました。目白通りから関越道に入り埼玉県を横断。藤岡JCTで上信越道に分岐して、4時30分に長野県東御市のSAに入りました。この時期、早朝から数10qの渋滞が発生する関越道・上信越道ですが、まったく渋滞にはまることなく3時間でここまでやって来ました。最近はどこをどの時間帯に走れば渋滞にはまらないかを予想するサイトがあったりして便利なものです。ただ、深夜とは思えないほど車の量は多かったです。このSAで夜明けまで再仮眠です。

 斑尾高原

 朝8時にSAを出発。まだ時間が早いので、とりあえず長野市に立ち寄って善光寺参りをすることにしました。市街地には人影はあまりありませんでしたが、善光寺は朝からたくさんの人出でした。
 長野市街から斑尾高原まではインターチェンジにして2つ。高速を下りてからの山道を考えても1時間ちょっとの行程です。そして斑尾高原に着いたのはちょうどお昼の12時頃。高原の標高は1000m前後で、ひろびろと開けた涼しい風が吹き渡るところでした。


Kashmir 3D

 スキーリゾートとしての斑尾高原は斑尾山の北東側に広がる台地状のところ。ホテルやペンションが建ち並ぶ地域です。ただ、更地になった区画も多く、一時ほどの賑わいはないようです。一方、「故郷」の舞台となったところは斑尾山の南東側に流れる斑尾川沿いの集落です。今回は高原に宿をとり、初日に斑尾山北麓にある湿原を巡り、2日目に斑尾山に登ろうと思います。

 湿原入口

 12時45分、昼食を終え沼の原湿原の入口にやって来ました。10台程度の駐車場とまだ新しいトイレ棟がありました。ここは高原の中心地(賑やかなところ)から標高にして約150mほど下った山間に広がる湿原です。来る途中、小規模な土砂崩れの跡がありました。道をふさいでいた土砂は撤去されていましたが、おそらく先月の新潟・福島豪雨の爪痕だと思われます。

 

 湿原の北の端から散策路に沿って入っていきます。

 

 すぐに小さな橋を渡るのですが、仮説の橋が架けられているところをみると、ここも先日の豪雨で流されたのかもしれません。

 橋を渡ってすぐ、見慣れない花が迎えてくれました。ぱっと見、ジャコウソウかとも思いましたが、どうも雰囲気が違います。高さは30p程度。根生葉の中心から花茎を伸ばし、花を2個ずつ何段かに付けています。葉の質感、鋸歯の形、花の付き方、花弁の模様など、ジャコウソウとの相違点も多くあることから、別のものではないでしょうか。ただ、図鑑などで調べても何なのか分からないのです。なんとなく全体的にゴマノハグサ科の植物のような気も…。
 と、ここまで書いてしばらくあきらめていたのですが、ひょんなことからジギタリス(キツネノテブクロ)と判明。ただ、外来植物なのになんでこんな山中に生えているのか。観賞用としてわざわざ植えたような痕跡もなかったですが。そもそも鑑賞しようにも周囲数q内に人家がありません。

 

 ツリフネソウが生い茂る中、湿原の奥に向かって歩いて行きます。

 ツリフネソウ  キツリフネ

 ツリフネソウとキツリフネ。いずれもモビールのように揺れて涼しそうです。距の巻き具合や花冠のパーツ同士の隙間など、キツリフネの方がより緩い感じです。

 チダケサシ

 チダケサシです。漢字で書くと「乳茸刺し」。キノコ狩りで採取した乳茸を茎に刺し連ねて持ち帰ったことから付いた名だそうです。この乳茸は傷を付けると多量の乳液を出すとのこと。夏から秋のブナ林に発生するそうで、チダケサシの生育期と重複しています。

 ヤマアカガエル

 おお、今にも飛びかからんとする構え。いや、後ずさりしようとしてるのか。これはヤマアカガエルですね。迷惑がかからないようにこちらから退散します。

 ツルニンジン

 これはツルニンジンの蕾。ホオズキのように中空になっています。先端から5つに避けて反り返ると、よく見かける鐘型の花になります。

 

 開けたところに出てきました。ここから先がいわゆる湿原です。

 ナンブアザミ

 これからどんどん花を紹介していきます。
 ナンブアザミの「ナンブ」は岩手県の南部地方のことだそうです。でも、中部地方まで分布していると図鑑にはありました。

 ヒメシロネ

 地下の根茎の色が白いことから「白根」。本家の白根より葉が細く全体に繊細な感じだから「姫」が付いて、ヒメシロネです。山中の湿地に生えるシソ科の植物です。

 サワギキョウ

 湿原に揺れるサワギキョウ。盛夏もそろそろ往こうとしているのか。

 

 ミズギボウシ

 ギボウシと言えば幅広の大きな葉が特徴ですが、このミズギボウシは細長いシュッとした葉をしています。花の数も少なめです。

 

 風が止まると、あらためてじりじりとした日射しを感じます。まだ8月中旬ですからね。

 シラヒゲソウ

 この造形、進化の必然だけでは説明がつかないですよね。シラヒゲソウに初めて出会ったのは広島県の八幡高原で。その手の込んだ姿にびっくりしたのを覚えています。

 オニヤンマ

 休憩中です。懸垂しているみたいです。

 ドクゼリ

 見た目は可愛いですが、有毒。特に根茎は猛毒で、食べると痙攣、呼吸困難の後死に至ることもあるそうです。おお怖っ。ドクウツギ、トリカブトとともに猛毒トリオです。

 コオニユリ

 コオニユリ。緑をバックにしてよく目立つ花です。夏ですなあ。

 アカバナ

 ほのかなピンク色の花ですが、名前はアカバナ。秋に葉が紅葉するからだそうです。(だったらアカバじゃないのか?)

 メタカラコウ

 漢字で書くと「雌宝香」で、宝香とは防虫剤の龍脳のことだとか。根の香りが龍脳に似ているのだそうです。「雌」の字が当てられているのは、全体に優しい感じがするから。大ぶりで舌状花の数の多いオタカラコウ(雄宝香)という種もあります。ちなみに、キク科のリュウノウギクも茎や葉の匂いが龍脳に似ているからその名が付いたとのことですが、実際には龍脳ではなく樟脳の匂いに似ているのだとか。成分的にも樟脳に近いのだそうです(ややこしい)。今度からショウノウギクと呼ぶことにします。

 

 がっちりと葉をつかんだバッタ。しばらく見ていましたが微動だにしません。どうも死んでいるようです。辺りをよく見てみると、似たようなバッタがあちこちにいて、中にはそのまま体の半分が朽ちているものもありました。
 以前、こんな話を聞いたことがあります。バッタにある種の細菌がとりつくと、そのバッタはやがて全身を冒されて死んでしまうのですが、死ぬ前にバッタは神経系をコントロールされ、植物の葉などなるべく高いところに移動して、そこでがっちりと植物に抱きつきそのまま死んでしまう。細菌としては宿主をできるだけ高いところに移動させて、花粉が飛散するようにそこからより遠くに飛んで行こうとしているのだということです。
 この話を聞いたとき、実際に大型のショウリョウバッタの遺骸を目にしました。自らの意志で死地を選んだかのようで実は目に見えないものに支配されていた、そう考えると、ちょっと背筋が冷たくなるようでした。実は人間界にもこの細菌が蔓延していたりして。

 沼の原湿原

 湿原の最奥部までやって来ました。振り返ると上の写真のような風景です。湿原の真ん中を街道のように貫く木々。なんで湿原の中に大きな木が街路樹のように並んでいるのか。面白いですね。これは「拠水林」といって、湿原の外部から湿原を貫通して流れる川の両側にできる林です。外部から流れ入る川は多くの土砂を運んできて、湿原内で川の両側に自然堤防を作り、そこだけは樹木の成長が可能となるのだそうです。

 

 ここまでは湿原の縁に設置されている木道を辿ってきましたが、折り返す道は反対側の、湿原から一段上がった山道を歩きます。

 ジャコウソウ

 これは正真正銘のジャコウソウ。シソ科です。

 ハンゴンソウ

 「反魂草」。掌状の大きな葉が揺れる様が魂を呼び戻す手招きのように見えるからということで名が付いたとか。そういえば今日はちょうど迎え盆ではないですか。

 

 往路とは違って、乾燥した山道です。

 ユウガギク

 林の中には秋の気配が。ユウガギクが揺れています。ちなみに「優雅菊」ではなく「柚香菊」です。

 ナンバンハコベ

 「南蛮」の文字を冠していますが外来種ではありません。茎はツル状で、そこからぶら下がる花冠はシャンデリアのような姿をしています。

 サワヒヨドリ

 湿ったところを好むサワヒヨドリ。ヒヨドリバナ系は花が開いて花柱が飛び出すようになると何だかボロボロ感が出てくるので、むしろ写真のような状態の方が好きです。

 シロバナミズギボウシ

 その名のとおりミズギボウシの白花バージョンです。薄紫のものよりかえって暑苦しく感じるのは何故? 陶器を思わせる質感からか?

 ウバユリ

 葉が黒くなる=歯が黒くなる=お歯黒=姥、という展開で名が付いたウバユリ。すっくと立つ姿からは腰が曲がった姥の姿は連想できませんが。それにしても久しぶりにがっしりとした花を見た気がします。

 アズマカモメヅル

 ガガイモ科、コバノカモメヅルの変種で白花のものをアズマカモメヅルというのだそうです。目立たない花です。

 サケバヒヨドリ

 こちらはサワヒヨドリではなく、葉が深く3裂するサケバヒヨドリ。なかなか見分けが難しいですね。

 

 フンフフーン。花三昧の湿原散歩。掲載しなかった花もたくさんありました。暑かったですが、豊かな自然に触れられて大満足です。
 明日は斑尾山に登ります。もっと暑いでしょうね。《翌日の斑尾山