草津白根山 〜高山植物の楽園(前編)〜


 

 (前編)

【群馬県 草津町 平成22年7月10日(土)】
 
 7月上旬、梅雨真っ只中。今年、東京では梅雨入りからそれらしい日々が続いていて、街路樹などは十分に潤い、みずみずしく葉を広げています。一方で、昔は梅雨明け間際にしか見られなかった集中豪雨が時期を選ばずゲリラ的にやって来て、狭い範囲に爪痕を残して去っていきます。都市では地下のスペースでの浸水が怖いですね。これも温暖化のせいなんでしょうか。
 さて、そんな梅雨の最中ですが、やっぱり野山には出かけたいもの。この時期にしか出会えないものもありますし。今回は、群馬県の北西部、長野県境にもごく近い草津白根山に行ってみることにしました。
 
                       
 
 草津白根山は標高2100m前後。この時期ですから雲の中、下手をすると雨の中の山歩きを覚悟していましたが、数日前から週間天気予報ではピンポイントで土曜日だけが晴れマークではないですか。その前後は連日の傘マークなのに。これは千載一遇のチャンス。まさに天の恵みです。
 午前5時、もうすっかり明けきった街を関越練馬IC目指してドリーム号を走らせました。予報どおり空は晴天。やっぱり休日1000円の影響か、関越道はこの時間でも車の量は多めでした。それでも道は順調に流れて、6時半には渋川伊香保ICを下りて一般道へ。ここからは吾妻川沿いにさかのぼります(途中、あの八ツ場ダムの工事現場の脇も通りました。ニュースでよく見た造りかけの橋脚にちゃんと橋桁が架かっていました。)。そして大津という集落で川筋を離れ、白根山の中腹にある草津温泉へと高度を上げていきます(大津とか草津とか、滋賀県と縁がありそうな地名ですね。)。温泉街を過ぎてからは、辺りに硫黄の匂いが立ちこめる、殺伐としたいかにも「火山」といった雰囲気のところも現れはじめます。

Kashmir 3D

 「草津白根山」といった場合は、一つのピークのことをいうのではなく、大きな山体のなだらかな頂上部一帯を指します。車道は草津温泉側から山頂部を越して万座温泉側に抜けられるように延びていて、その峠にあたるところが大きな駐車場になっています。ここがハイキングの拠点となります。
 この峠道をはさんで北側の火砕丘群を「白根山」、南側の火砕丘群を「本白根山」と呼び、これらを合わせて通称「草津白根山」ということになるのです。地形的には急峻な峰々が連なっているわけではなく、いくつもの古い噴火口が複合的に組み合わさったその火口縁の高まりがなだらかなピーク状になっています。
 
 8時30分、峠の駐車場に到着。広い駐車場ですが、既に4割方埋まっていました。レストハウスももう開店しています。まだ時間が早いので、さすがに普通の観光客の姿はまばらです。この辺りを散策するだけならサンダル履きでもOKなのです。
 さあ、こちらはしっかりと山歩きの装備を整え、入念に準備体操です。
 
 今日のルートは、まず南の本白根山方面に向かいます。駐車場の目の前にある逢ノ峰(あいのみね)に登り、反対側へ下山。そしてすぐ正面にある山の斜面にとりつきます。ここを標高差にして100mほど登りきれば、そこから本白根山の火砕丘群が広がる山頂高原になります。この時期は「から釜」から探勝歩道最高地点、展望所に至る広い範囲にたくさんのコマクサが揺れる、山上の楽園が出現するとのことです。
 復路は、鏡池の噴火口の縁を回って東側斜面を下り、そこからは等高線に沿ってほぼ水平移動で駐車場まで戻ってきます。そして今度は北側へ。白根山のピークまでは行きませんが(通行止めの模様)、「湯釜」を見渡せるところまで登っていきます。その後、来た道を引き返し、最後に弓池の畔にある湿地を巡ろうと思います。これは草津白根トレックのフルコースですね。

 駐車場からの逢ノ峰

 この山が逢ノ峰。まずは目の前に立ちはだかるこの山の頂を目指します。

 さあスタート

 さあ、準備はOK。時刻は9時ちょうどです。

 クロマメノキ

 おっ、これはこれは。クロマメノキの可愛らしい花が一面に咲いていました。なんか福々しい姿ですね。この木はブルーベリーの仲間で、果実はジャムや果実酒などに利用されます。

 ミヤマヤナギ

 斜面を這うように広がっていたミヤマヤナギ。この辺りではミネヤナギというようです。白く見えるのは果実が裂けて出てきた種子です。

 ナナカマド

 いきなり様々な植物たちに出迎えられて、なかなかペースが上がりません。まあ、別に急いでいる訳ではありませんが。ナナカマドの花も今が満開。この白い花が秋には真っ赤な実になるのですから、不思議なものです。紅葉も見事でしょうね。

 コケモモ

 亜高山帯より高いところに生育するコケモモ。チューリップを逆さまにしたような花です。果実は真っ赤に熟して甘いそうですが、残念ながら食べたことがありません。秋にもう一度来れば賞味できますね。

 ツマトリソウ

 いやー、いたいた。ここにいた。今日楽しみにしていた花のうちの一つ、ツマトリソウです。しゃがんでしばらく見とれてしまいました(実は、この先、ずーっと咲いているのですが。)。これでもサクラソウの仲間だそうです。ぱっと見、そんな印象はありませんね。

 ゴゼンタチバナ

 こちらはゴゼンタチバナ。この花も今日の目的でした。雅な気品がありますね。「ゴゼン」とは「御前」で、これは石川県白山の最高峰「御前峰」のことだそうです。白山にたくさん咲いていたのでしょうか。(ハクサンにタクサン…。)

 ハクサンシャクナゲ

 こちらはその白山の名前をそのまま戴いたハクサンシャクナゲ。豪勢ですね。

 スノキ

 今度はスノキです。まだ、最初の山の、しかも頂上までも達していないのに、次から次へと花が現れて、もう腹いっぱいになりそうです。ツツジ科の花は控えめなものが多くて、好感がもてますね。

 湯釜

 そうこうしているうちに逢ノ峰の頂上にやって来ました。駐車場の標高が2018m。ここが2110mですから、約100mほど登ったことになります。振り返ってスタート地点の方を見てみると、どどーん! これぞ噴火口といった威容の湯釜が視界いっぱいに広がっていました(湯釜の水面は見えていません。)。火口の直径は400m近くにも達します。この地形がどのようにして出来たかを思い描くと、地球の持つ想像を絶するパワーに畏怖の念を抱かざるを得ませんね。

 東屋

 山頂には東屋とともに湯釜の監視施設があり、VTRで常時火口の様子を撮影していると看板に書いてありました。ここは危険な火山地帯であることを、あらためて認識させられました。ところで、どこでモニタリングしているのでしょうか。
 さて、逢ノ峰の反対側に下りていきましょう。

 ツマトリソウ

 ツマトリソウの群落があちこちにあります。この花をアップで見ると、7個の独立した花弁がそれぞれ重なっているように見えますが、実は深く切れ込んでいるだけで、紙細工の風車のように根元ではくっついているのです。

 イワオトギリ

 今日、初めての黄色い花。イワオトギリです。オトギリソウの葉には、透明や黒色の油点がありますが、このイワオトギリは特に黒い油点が多いのだそうです。いずれにしてもルーペが必要な世界です。

 次の山へ

 10時、逢ノ峰から下りてきました。ここにはロープウエイの山頂駅があるので(写真左手の道を行く。)、トイレ休憩です。そしてその後は、目の前のリフトのある山(名前不詳)へ。登山道はゲレンデを横切り、右手の樹林帯の中に入っていきます。

 マイヅルソウ

 森の中に入って出会ったのはマイヅルソウの群落。勢いがいいです。

 ゴゼンタチバナ

 ゴゼンタチバナの花をアップで。花弁状のものは総苞で、中央に集まっているのが本当の花。よく見ると小さな花弁が4個ずつあります。

 ミツバオウレン

 ちょっと湿ったところにはミツバオウレン。白い花弁状のものは萼片で、黄色いスプーンのような形のものが花だなんて、今ひとつピンときませんね。緑色のフックのようなものが雌しべ、白い糸状のものが雄しべです。

 なかなか風情のあるゴゼンタチバナたちです。

 山頂高原へ

 山道を登り切ると高原状のところに出ました。本白根山の火砕丘群が連なる山頂高原です。地図を見ると、標高は逢ノ峰山頂とほぼ同じです。
 木のてっぺんでノゴマが自己主張。よく通る声でさえずっていました。また、枯れ木の梢にはホシガラスが。こちらはカラスの仲間だけあって濁声です。

 から釜

 樹林帯をしばらく行くと急に視界が開けました。目の前には広大な窪地が広がっています。ここも噴火口の跡ですが、中央に水が溜まっていないので「から釜」と呼ばれています。こちら側の縁から正面の縁までおおむね250m。でかいです。写真右側に斜めに延びている線が、ここから続く探勝歩道。いったん火砕丘内側の斜面に入り、ちょうど正面で火砕丘の縁の上に出ます。探勝歩道はそこで二手に分かれ、一方はそのまま縁沿いに延びて正面の奇岩のピークを越えていき、もう一方は写真右奥のなだらかなピーク(探勝歩道最高地点)に向かって延びています。

 コマクサ

 火砕丘内側の斜面のガレ場のようなところには、写真のようなコマクサの大群落。一面にものすごい数のコマクサが咲いています。でも足元が悪いので、見とれているとズリッと滑りそうになり、注意が必要です。

 こっちにも

 ここのコマクサは、もともと自生していたものが絶滅しかかったため、地元の中学生が中心となって保護活動を続け、現在のような素晴らしい花畑に回復したのだそうです。微妙な色合いの違いがいいですね。

 ハイマツ

 標高の高いところに生えるハイマツ。厳しい環境で生き延びるために、地上を這うようにしていることから「這松」の名が付いたとのことです。鮮やかな紅色をしているのは雄花の蕾です。それにしてもこの色は誰向けのアピールでしょうか。

 展望所手前の奇岩

 から釜の縁を半周して探勝歩道の分岐までやってきました。そのまま火砕丘の縁に沿う道を辿れば、奇岩のピークに向かって急勾配になります。でもここは右に折れて、探勝歩道最高地点に向かうことにしましょう。

 最高地点へ

 平坦な火口原を蛇行する木道。やがて古い火口縁に沿って上っていく道になります。その縁の向こう側は麓に向かって大きく視界が開けています。

 草津温泉街

 火砕丘の縁から外側を眺めると、はるか下方に草津温泉の街並みが見えました。ここの標高が2100m、温泉街の標高が1200mなので、900mも標高差があるんですね。今日はあの温泉街に泊まってのんびりする予定です。が、とりあえず昼食を。もう腹ペコです。《後編へ続く