黒岳 〜御坂山地・春から夏へ(前編)〜


 

 (前編)

【山梨県 富士河口湖町 平成22年6月6日(日)】
 
 6月5日(土)、午前5時。アラームに起こされてよろよろとベランダへ。西の空を見ると、なんとなく薄曇りです。今日は富士五湖の北側、御坂山地にある黒岳に行こうと思ってたのに。パソコンで天気予報を確認すると、昨夜は「一日中晴れ」の予報だった山梨県国中地方が、「午後に傘マーク」になっているじゃないですか。5秒ほど考えて、翌日に延期することに決定。さっさとフトンに戻りました。
 結局、土曜日は雨は降ることなく(少なくとも都心は)、午後には夏のような晴れ間も。
 そして日曜日。またしても午前5時に起きて天気予報を確認。「今日は関東全域が安定した晴天」とのことで、山梨県の時間予報も「朝から夜までオール晴れ」。よしっ、一日ずらした甲斐がありました(山梨だけに)。
 
                       
 
 5時40分、ドリーム号ともに都心を出発。首都高4号線から中央道に入り、ひたすら西へ。渋滞もなく順調に走れました。
 7時20分過ぎ、河口湖の東南湖畔にある県営駐車場に到着。ここはボート乗り場とロープウェイ乗り場に至近、しかも無料ということもあって、日中は満車になるようですが、さすがにこの時刻はスカスカでした。
 ここからは、路線バスに乗り換えて登山口に向かうのですが、バスの時間までにはあと1時間以上もあります。ちょっと早く着きすぎました。何しろ1本乗り過ごすと、次のバスまで1時間、2時間は平気で待たされるので、余裕を持ってということで。

 河口湖

 装備を整えてもまだ時間はたっぷり。湖畔に下りてこれから登る御坂山地を望むと、稜線を隠すように雲がかかっていました。でもその上空の青空を見る限り今日の好天は間違いなさそう。なにしろ今日は「安定した晴天」という予報ですから。

 登山口

 8時30分過ぎ、ようやくやって来た甲府行きのバスに乗車。空いていました。はじめは湖に沿って、やがて集落の中を通り、そこを抜けるとバスは山肌の急な上り道にかかります。
 8時50分、「三ツ峠入口」のバス停に到着。ここで下車です。道はここから新御坂トンネルに入って御坂山地を貫いていきます。そのトンネルのすぐ手前に右手に延びる道があり、登山口はその道に入ってすぐのところにありました。ちなみにこの脇道は「御坂みち」といって、ここから更に山肌に沿って稜線にかなり近いところまでクネクネと標高を上げてゆき、最後は狭いトンネル(こちらがもともとの御坂トンネル)で山を越すのです。新御坂トンネルができたことによって、旧道になってしまったという訳です。


Kashmir 3D

 今日のルートは、登山口から御坂峠に向けてひたすら上り、峠に出たら稜線に沿って西へ。黒岳では富士山の眺望をたっぷりと楽しもうと思います。その後は、更に西に向かい、破風山を越えて新道峠へ。そこから麓の大石集落を目指して下山するというものです。
 まずは、標高1010mの登山口から、1520mの御坂峠まで。標高差510mの上りです。

 山道へ

 8時55分にスタートしてほどなく左手に黄色いテープを巻いたスギの木が。よく見ると幹に赤いスプレーで「登山道」と書かれています。あやうく見逃すところでしたが、どうやらここを左手に入っていくようです。

 シロバナエンレイソウ

 夜半に雨が降ったようで、地面はしっとりと湿っています。足の裏から伝わってくる地面のほどよい固さが気持ちいいです。
 足元では、シロバナエンレイソウがまだ未熟な果実を付けていました。

 空中浮遊

 登山道を歩いていると、目の前に何やらふわふわと浮いているものが。よくみるとイモムシのようです。写真を撮るためフレームを合わせようとすると、すこしずつ下りていっていて、なかなかピントを合わせるのが難しい。上にある梢から蜘蛛の糸のようなものでぶら下がっているのですが、その糸がまったく見えないことから、まさに空中浮遊をしているようでした。帰ってから調べてみたところ、このイモムシはミノウスバという蛾の幼虫のようでした。

 ジグザグの道

 さっそく汗がにじんできました。でも空気がヒンヤリしているので不快ではありません。

 ツリバナ

 単調な上りですが、色々な花が迎えてくれるので退屈はしません。花びらの裏から陽を透かしてみるツリバナ。いい風情です。 

 ギンラン

 こちらはスポットライトを浴びて立っていたギンラン。暗い背景とのコントラストが鮮やかでした(そのおかげで花が白飛びしてしまっています。)。

 ギンリョウソウ

 葉緑素をまったく持たない植物、ギンリョウソウ。じゃあどうやって栄養をとっているかって? 先日読んだ「自然保護5・6月号」(NACS-J)の記事によると、ベニタケなどの菌類が光合成を行う植物と共生(植物が光合成で生産した物の一部を根に取り付いた菌類に提供し、これを菌類が分解し、再度植物が吸収するという関係。)しているのをよいことに、「自分も光合成できます。」となりすまして菌に取り付いてもらい、栄養だけを吸収しているのだそうです。狡いというか賢いというか。

 木漏れ日

 どこからかオオルリのさえずりが聞こえてきます。パートナーを探しているのでしょうか。鳥の世界の「婚活」はのどかでいいですね。

 ツクバネソウ

 ツクバネは「衝羽根」で、羽根つきの羽根のこと。この時期の姿はそれほどでもないですが、秋になって中心に丸く黒い果実ができると、本当に羽根つきの羽根のようです。それにしても面白い形の花ですね。緑色の花被片は下を向いています。雌しべの柱頭が4つに割れていて、それを8本の雄しべが取り囲んでいます。芸術的な造形といってもいいかも。

 ラショウモンカズラ

 筋骨隆々の鬼の二の腕のような花冠。渡辺の綱が切り落とした羅生門の鬼の腕になぞらえたネーミングだそうです。他にも例えようがあっただろうに、と思うのは自分だけ?

 ユキザサ

 頭上を覆う梢の隙間から差し込む光。その光に浮かび上がったユキザサの純白の花。幻想的な場面にしばし足を止めてしまいます。

 稜線近し

 10時20分、ずいぶん空が大きくなってきました。稜線が近くなってきたようです。ここまでゼイゼイ言いながら休み休み登ってきたのですが、所要時間1時間半であればいつものペースに比べて優秀な方です。

 ニリンソウ

 まだ生き生きとしたニリンソウに会えるとは。春の名残ですね。

 御坂峠

 10時25分、御坂峠に到着しました。学校の教室ほどの広場があり、左手に廃屋化した茶屋の跡があります。何やら看板があったので読んでみると「御坂城址。規模は東西700m、南北500m。戦国時代に修築し、それ以前の構築と見られる。甲斐国志による御坂城の名は幻の城として不明のまま忘れられていたが、昭和43年に城に関する古地図が発見され、驚くほどの規模の山城遺構が発見された。山城として鎌倉街道御坂峠の頂上を中心に稜線に塁壕をもって構築されたものである。鎌倉街道の要衝として国中地方を守る山砦であったものを戦国動乱の時代、北条氏が甲州侵攻の拠点に拡大修築したものと言われている。」とありました。ふーん。

 マイヅルソウ

 大きな木に日差しを遮ってもらって、その足元で涼しげに咲いているマイヅルソウの一群がありました。夏が近いです。
 さて、御坂峠はそのままスルーして、黒岳を目指しましょう。

 御坂天神社

 峠からわずかのところに祠が。中に石像のようなものがあります。後で調べてみたら、これは「御坂天神社」というのだとか。すると中の石像は菅原道真か。

 クルマバツクバネソウ

 尾根沿いの道を歩きます。クルマバツクバネソウがありました。色こそ地味ですが、その造形はなかなかのもの。クルマバツクバネソウも先ほどのツクバネソウと同様に4の倍数で構成されています。

 ヤグルマソウ

 尾根から下る斜面をヤグルマソウが覆っています。いい雰囲気ですね。

 黒岳へ

 こんな道をのんびりと歩ける幸せ。聞こえるのは鳥の声と風の音のみです。いや、本当を言うと腰にぶら下げた熊鈴の甲高い音が。真鍮製で普通の鈴より高音なので、音が遠くまでよく通ります。熊鈴としての効果は申し分ないと思うのですが、なにしろ至近で聞くと慣れるまでは耳障り。yamanekoはもう何年も使っているので慣れていますが、他の登山者とすれ違うときなどは、手のひらで握って音がしないようにしています。

 トウゴクミツバツツジ

 トウゴクミツバツツジの鮮やかな紫。標高が高いせいか、6月なのにまだ生き生きとしていました。

 ここから4枚の写真は、様々な表情を見せる尾根道を。

 山肌を巻き、

 ツツジのトンネルをくぐり、

 岩をよじ登る。次々と現れるシチュエーションにまったく飽きることがありません。

 振り返ると

 そしてふりかえると、越えてきたいくつものピークがあんなに低いところに。ここまで来たら黒岳山頂も近いでしょう。

 黒岳山頂

 11時20分、意外にあっさりと黒岳の山頂に到着しました。標高は1792m。御坂峠からは約270m登ったことになります。
 山頂には人影もまばら。なぜならここから南に張り出した尾根を100mほどたどると、河口湖をはさんで富士山がドドーンと見渡せる天然の展望台があるからです。yamanekoもそこで雄大な風景を楽しみながら昼食タイムとします。《後編へ続く