霧ヶ峰 〜山上の草原と湿原〜


 

【長野県 諏訪市 平成21年7月5日(日)】
 
 今年の梅雨はカラ梅雨か。連日むしむしした日が続いているものの、雨の量は少ないようです。この週末も、昨日はときおり晴れ間がのぞく曇り。今日も同じような天気とのこと。予報では甲信地方に晴れマークが付いていたので、ちょっと足を伸ばして、長野の霧ヶ峰に行ってみることにしました。
 
                       
 
 朝、5時半に東京を出発。首都高4号線から中央道に入って一路西へ。さすがにこの時間に出発するとGWなどでもないかぎり渋滞はありません。
 途中、眠くなったので、山梨の双葉SAで仮眠を含め1時間の休憩。スッキリしたところで、あらためて出発です。
 8時過ぎ、諏訪ICを下りて諏訪市内へ。この諏訪盆地の北に連なる山々の上に霧ヶ峰があります。そこに向けてこれから一気に上っていきます。


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 霧ヶ峰は、東西10q、南北15qに高原状に広がる盾状火山地形で、その大部分は草原です。その最高峰は車山(1925m)。今から約140万年前、お隣の八ヶ岳火山群とほぼ同時代に活動していた火山群で、大爆発により山頂の部分が吹き飛ばされてこんな地形になったのだとか。急峻な山腹をぐんぐん上っていくと、山頂部は一転して平に窪んだ形になっていて、ちょうどソフトクリームの上の部分をスプーンですくい取ったような形になっているのです(爆発前の山頂は現在の車山の東側にあったと考えられているそうです。)。車山はその縁に位置しています。

 車山肩

 9時前、霧ヶ峰の「車山肩」の駐車場に到着。100台くらい収容できる駐車場が既にほぼ満車状態です。ここはその名のとおり車山の肩の部分に位置していて、車山登山(といってもここからだと山頂までの標高差は100mくらいなので、散策レベルです。)のベースとなる場所です。
 天気は薄く靄がかかったような感じですが、十分に明るく、うっかりすると日焼けをしてしまいそう。でも吹き渡る風がちょっと肌寒いです。


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 今日のコース

 装備を整えて、9時10分、いざ出発。今日はまず車山山頂(上の写真の正面左あたり)を目指し、そこから反対側の鞍部まで下りて、あとは山腹を巻くようにして戻って来ます。その後は車で八島ヶ原湿原まで移動して、湿原の回りを散策しようと思います。車山と八島ヶ原湿原とをぐるっと周遊するコースもありますが、いつもの観察ペースから考えてあっさり「ムリ」と判断しました。

 イブキトラノオ

 登山道は漬け物石大の石がゴロゴロ転がっていて、注意しないと足首を捻挫してしまいそうです。でも辺りには高原の花がいっぱい。ついつい駆け寄ったりしてしまいます。
 まずは夏の高原を代表する花、イブキトラノオです。「イブキ」とは滋賀県の伊吹山のこと。この山の名を冠する花は多いですね。

 シロバナニガナ

 低山でもお馴染みのシロバナニガナ。花びらに見える一つ一つが舌状花と呼ばれる1個の花。短冊のような形に見えますが、根元の方は筒状花と同じ構造をしていて、花弁の先端が片方に大きく伸びて広がっているのでこのような形になっているのです。

 ゼンテイカ

 高原のあちこちに黄色い花が。ゼンテイカ。レンゲツツジをバックにいい雰囲気です。ガイド本では最盛期には草原が黄色の花で埋め尽くされるとのこと。それにはあと1週間くらいはかかるでしょうか。

 シロスミレ

 登山道脇に白いスミレを見つけました。その姿のとおりシロスミレです。このスミレは比較的寒い地方に分布しているそうで、中部地方では標高1000m以上にしか生えないとのことです。写真には写っていませんが、特徴的なのは葉を垂直に立てること。あと、側弁の基部に毛があります。
 この側弁に毛をもつスミレは少なくありません。いったい何のためにあるのか。やっぱり蜜を求めてやってくる昆虫との関係で生えているのでしょうか。よそで付けてきた花粉をこそぎ取ろうというのか、それとも奥に入った昆虫が出にくくなるようにしているのか。何か意味がありそうです。

 霧ヶ峰

 いわゆる「霧ヶ峰」という山に霧ヶ峰というピークはありません。上の写真奥のなだらかな地形のあたりが霧ヶ峰の中心です。

 タカトウダイ

 タカトウダイはこれから開花するところ。といっても花弁はありません。花弁のように見えるのは苞葉で、今はその縁が赤く縁どられていて、きりっとした姿をしています。

 スズラン

 ご存じ、スズランです。これも登山道脇で何株か出会いました。ランの名を持ちながらラン科ではなくユリ科であるのは、ノギランやヤブランなどと同じ。でももともと「蘭」とはフジバカマ(キク科)の古名なのだとか。???
 このスズラン、可憐な姿からは想像しにくいですが有毒です。別名はキミカゲソウ(君影草)。愛しい人の面影を彷彿とさせる花ということでしょうか(でも毒が…)。

 テガタチドリ

 標高が上がっていくとテガタチドリがあちこちに見られるようになりました。こちらは正真正銘のラン科の植物。亜高山帯から高山帯の草地に生えます。いったい何が「手形」なのかというと、根の形だそうです。

 オオヤマフスマ

 ヒメタガソデソウ(姫誰袖草)という別名をもつオオヤマフスマ。花冠の中央にはお姫様のティアラが。

 八島ヶ原湿原遠望

 だいぶん高いところまでやってきました。北東の方角には午後に訪れる予定の八島ヶ原湿原(上の写真中央のちょっと白っぽい平地の部分。)が見えました。その背後にあるのは鷲ヶ峰です。こうやって見るとまさに山上に広がる大高原です。

 コバイケイソウ

 コバイケイソウもあちこちに見られました。全体的にはもっさりとした印象ですが、これは右の写真のとおり、純白の小さな花が寄り集まっているのです。そういえばこの花もユリ科。

 ミネウスユキソウ

 日本アルプスを中心とした地域にのみ分布するミネウスユキソウ。白い綿毛が密生しているのは総苞葉で、花期の8月にはもう少し長く伸び、水平に広がります。これが叢生している様子は、確かに頂に薄雪をまとった峰々のようでもあります。

 車山山頂

 午前11時、山頂に到着しました。風が強いです。
 山頂には巨大な気象レーダー観測所がありました。車山には今から15年前に子ども達と登ったことがあるのですが、その時はこんな建造物はなかったはず。看板を読んでみると平成11年に設置されたとありました。なるほど。でもなぜ今頃になって気象レーダーが設置されたのだろうか、と思って調べてみたところ、あの富士山頂に設置されていた富士山レーダーの退役(平成11年)に伴って、その代替として静岡県の牧之原気象レーダー観測所とともに車山に設置されたのだそうです。富士山レーダーは伊勢湾台風被害の教訓から昭和39年に設置された施設で、その難工事の様子はNHKの「プロジェクトX」でも感動的に紹介されていましたね。ちなみにこのレーダー、東京大手町から遠隔操作で制御しているのだそうです。

 白樺湖

 山頂で小休止してから、反対方向に下りていきます。はるか下には白樺湖。15年前はあの白樺湖を目指して下っていきました。今日はここからしばらく下ったところにある、となりのピークとの間の鞍部まで下りて、そこから車山の北側の山腹を回って車山肩に戻ります。

 ハクサンフウロ

 中部地方以北の亜高山帯から高山の明るい草原に生えるハクサンフウロ。花弁の赤い線が鮮やかです。

 ヤグルマソウ

 鯉のぼりのポールの先端に付いていて風にくるくる回っているのが「矢車」。ヤグルマソウは葉の形が矢車の羽に似ているから、その名が付いたといいます。一つ一つの花は小さく、大柄な姿に不似合いなほどです。花弁はなく、花弁のように見えるのは萼片。葉をタバコの代用とする地域もあるのだとか。

 車山肩へ

 鞍部まで下りてきたので、ここから山腹をほぼ水平移動しながら、スタート地点の車山肩を目指します。

 グンナイフウロ

 淡い色合いの花冠をうつむき加減に付けているのはグンナイフウロ。「郡内」とは山梨県東部の大月や富士吉田を中心とした地方のこと。このあたりで発見されたことにちなんだ名前だそうです。ちなみに山梨県のうち甲府盆地を中心とした地方を「国中(くになか)」といい、政治経済の中心で、現在も県庁など主要な機関は国中にあるのだそうです。この3月まで一緒に仕事をしていたHさんは郡内の出身。そういえばなにかにつけ国中に対抗心を燃やしていました。

 ショウジョウバカマ(果実)

 これはショウジョウバカマの果実。花の時期からは想像もつかないほど花茎を伸ばしていました。調べてみると猩猩(しょうじょう)とは猿に似た想像上の怪獣のことなのだとか。朱紅色の長毛で覆われる姿から紅いものの名前に冠されることがあるそうです。例えば、ショウジョウボクとはクリスマスの定番のポインセチアのこと。ショウジョウバカマの花も紅いです。

 八島ヶ原湿原

 車山肩に戻ってきて昼食の弁当を開いて一休み。そこから車で八島ヶ原湿原に移動してきました。湿原近くの駐車場は満車で入場を待つ車列ができていました。
 20分ほど待ってどうにか駐車。時刻は午後1時です。まずはビジターセンターに立ち寄って、基本的な情報を頭に入れておきましょう。
 そこから歩いてすぐのところに広大な湿原が広がっていました。ここをぐるっと一周するつもりです。上の写真の右端にあるこんもりとした山が車山。平らな山頂の左端にわずかにレーダーが見えるような気がしませんか。

 湿原へ

 湿原の縁を巡る木道を歩いていきます。風が心地よい。

 アヤメ

 涼しそうな花アヤメがあちこちに咲いていました。

 のんびりと

 ビジターセンター情報によると、霧ヶ峰の高層湿原は本州の南限に当り、特に八島ヶ原湿原は尾瀬ヶ原よりも泥炭層が発達していて、その厚さは約8m、およそ1万年以上かかって現在のような湿原になったとのことです。(高層湿原とは、低温過湿で植物が枯れても分解されにくく、泥炭化が進み、低養分にたえるミズゴケ類が厚く繁茂するようになった湿原のこと。)

 キバナノヤマオダマキ

 夏の野山でこのキバナノヤマオダマキを見かけると、スッとした浴衣の女性に出会ったかのような印象を受けます。

 ヤドリギ

 アートのようでもありますが、これはヤドリギ。うまくボール状になっていますね。宿主はミズナラの古木です。

 ウマノアシガタ

 メタリックイエローの花弁が風に揺れています。ウマノアシガタは別名キンポウゲ。キンポウゲ科約50属800種のフラッグシップならぬフラッグフラワーです。キンポウゲ科の植物はいずれも多士済々で、トリカブトやフクジュソウ、レンゲショウマ、ユキワリイチゲなど可憐が花々がめじろ押しです。(さっき出会ったキバナノヤマオダマキも。)

 ニシキウツギ

 「ウツギ」と名の付く植物は多く、本家ウツギはユキノシタ科ですが、このニシキウツギはスイカズラ科。ニシキは「錦」ではなく写真でも分かるとおり「二色」です。パッと見、ハコネウツギと区別がつきにくいです。

 途中、キリガミネアサヒランというサワランの仲間を発見。5、6m先の湿地に小さな真紅の蕾のようなものを見つけたときは、???。双眼鏡で確認したらどうやらサワランのようです。ビジターセンターの資料を開いてみるとキリガミネアサヒランとありました。この花は蕾がちょっとほころんだ程度にしか開かないので、何かの蕾のように見えたのです。それにしてもよく視界の隅に入ってくれたものです。遠いし小さいしで、写真には撮れませんでした。(ビジターセンターのブログに写真が。)
 
 ゆっくり歩いて1周約2時間。八島ヶ原湿原をたっぷりと堪能しました。時計を見ると3時過ぎ。駐車場も若干空きスペースができていました。
 今日は高原の山と湿地、両方を楽しみました。あとは安全運転で帰るだけですが…、まあ渋滞は覚悟です。
 梅雨明けまではまだ間があるでしょうが、この時期ならではの自然を求めて、またどこかに出かけていきたいです。