烏場山 〜花嫁街道をのんびりと〜


 

【千葉県 南房総市 平成22年1月30日(土)】
 
 年が明けてからも冬晴れの日が続いている関東地方。今年は例年にも増してカラッカラに乾燥した冬となっています。この週末も天気がいいので、暖かい山を選んで自然観察に行こうということに。場所は南房総の烏場山。房総半島の先端部に近い太平洋側に位置し、沖を通る暖流のおかげで冬でも暖かいところです。
 
                       
 
 南房総はアクアラインができて本当に近くなりました。都心から千葉県上陸(?)まで、順調であれば1時間かかりませんから。上陸後は上総丘陵を越えて太平洋岸の鴨川へ。そこからは海沿いに目的地に向かいます。

 登山口

 海岸沿いの国道128号線から内房線(外房ですが線路は内房線)の踏切を渡り、野辺の道を山あいに向かってさかのぼります。約1qほど走ると谷あいに小さな駐車場が。ここが登山口になります。駐車スペースは5台程度。あと地元の皆さんが管理されているトイレがありました。
 「山間にある上三原の集落と海辺の集落との交流道、古くは塩汲みの道から生活物資の往来、学校への通学路として利用され、かつては花嫁行列もここを通って嫁いでいったことから、近年ハイキングコースとして整備され花嫁街道と呼ばれるようになった。」 これから歩く登山道について、南房総市のHPにはこんな説明がありました。


Kashmir
3D

 今日のコースは、まず目の前の山腹を標高にして150mほど上ったら、あとは基本的に尾根筋の道。小さなアップダウンを繰り返しながら標高を上げていき、目的地の烏場山に向かいます。復路は谷をはさんで東側の尾根筋を下ります。こちらは「花婿コース」と呼ばれているようです。

 準備完了

 赤銅色のスギ林。花粉を飛ばす準備が整ったサインです。迎え撃つこちらは、先週すでに病院に行って薬を3ヶ月分もらってきています。

 冬の木漏れ日

 照葉樹の森は冬でも葉が茂り、登山道は木漏れ日に彩られます。日陰の空気はひんやりとしていて、地面はほどよく軟らかく、歩いていても気持ちいいです。

 アリドオシ

 スポットライトに照らし出されたアリドオシの刺。あまりに鋭くてアリさえも刺し通すということでこの名が付いたということです。「千両万両有りどおし」ということで、センリョウとマンリョウとともに植えて正月の縁起物にする地方もあるそうです。

 フユイチゴ

 フユイチゴが美味しそうな赤い実を付けていました。緑と茶色ばかりの森の中では、こんな小さな赤でも心惹かれます。

 スダジイ

 スダジイの巨木がありました。根元にはシイの実が。子供の頃このシイの実を煎ってもらって、よく食べていました。芳ばしくて美味しかったことを覚えています。それにしてもこのスダジイ、これまでにいったいどれくらいのシイの実を実らせてきたでしょうか。数え切れないくらいの量でしょう。カヤネズミなどの小動物がこの森で暮らしていく上で、そしてそれらを捕食して生態系を築いてきた生き物たちにとって、重要な役割を果たしたでしょうね。
 さて、またしばらく歩いていると、11時40分、第一展望台というところに到着しました。でもほとんど展望はありません。なんでここが展望台?

 マテバシイの純林

 第一展望台をやり過ごしそのまま進むと、やがてマテバシイの純林が現れました。灰白色でやや曲がった独特の樹形。これだけ密に生えていると壮観ですね。
 マテバシイは「馬刀葉椎」と書き、葉の形がマテガイ(馬刀貝)に似ているからその名が付いたということですが、本家のマテガイはというと、貝の形が馬刀(マータオ)に似ているからなのだとか。諸説あるようですが。

 カクレミノ

 カクレミノの幼木。「山」の字ですね。

 第二展望台

 11時50分、第二展望台に到着。ここはちゃんと展望が開けていました。小休止して水分補給です。

 外房の海

 南方向を眺めてみると、照葉樹の森の向こうに外房の海が見えました。風がないので暖かいです。

 経文石

 12時10分、経文石に到着。大きな木がこの岩を抱きかかえています。名前の由来は、この岩に経文が掘られていたからだとか。50年くらい前まではその文字が読めたそうですが、今ではどこに書かれているのやら。

 しばらく行くと南東方向からの海が望めました。位置的には鴨川の沖あたりです。

 ハナミョウガの実

 薄暗い林縁に赤い実が。これはハナミョウガの実です。ミョウガの葉をワイルドにしたような立派な葉が茂っていました。野山にはヤブミョウガというのもありますが、こちらはツユクサ科。ハナミョウガはショウガ科です。

 烏場山遠望

 北東方向に東西に延びる稜線が見えました。右端のピークが烏場山です。これからあの稜線を左から回り込んで歩いていくのです。

 マーブル模様

 

 マーブル模様の登山道を進みます。そろそろお腹が空いてきました。山頂の手前に「カヤ場」という展望の利く場所があるそうなので、そこまで我慢です。

 「駒返し」というところで、北側の里に下りていく小径と分かれ、烏場山に向かう東の稜線の道をとります。昔の花嫁行列は里への道を辿っていったのでしょうね。
 分厚い照葉樹の葉も、裏から見ると暖かな日差しを透かして、まるで若葉のようです。

 カヤ場

 12時50分、カヤ場に到着しました。南側に大きく展望が開けています。ちょっと遅くなりましたが、ここで昼食です。

 ベンチに座ると正面にこの風景。ポカポカの日差しが降りそそぎ、本当に穏やかです。さあ、ご飯、ご飯。といってもカップラーメンとコンビニむすびですが。
 ステンレスの水筒に熱湯を入れてタオルでくるんできているので、沸かし立ての状態を保っています。これでラーメンはOK。わざわざバーナーを持参しなくても大丈夫なのです(冬場は乾燥しているので低山で火を使うことは危ないですし。)。水筒はラーメンとカップコーヒー1杯でちょうど使い切れる量です。

 船影

 食事を終えてベンチでまったりしました。双眼鏡で覗いてみると、ちょっと霞んだ海原にぼんやりと船影が。じーっと見ているとゆっくりと右手に向かって進んでいました。

 豆大福山

 ベンチの下はすぐに谷まで落ち込む斜面になっています。その向こうには照葉樹林でモコモコの小山が。「豆大福山」と勝手に命名しました。

 ビワの実

 陸に上がったイグアナのごとく十分に陽光を浴びて体温を上昇させたので、そろそろ出発です。そういえばまだ烏場山の山頂に到達していなかった。時計を見ると1時25分。30分ちょっと休憩していたことになります。
 出発そうそうビワの木を発見。こんなところに植栽するとも思えませんが、誰かがプッと吐き捨てた種から育ったのでしょうか。日当たりが良く冬に北西の季節風が当たらないところが栽培の好適地だそうなので、まさにここはベストな環境です。ところでビワはバラ科って知っていましたか?

 シロダモ

 沿岸部の山地では定番のシロダモ。テカテカとした厚い葉に3本の白い葉脈が目立ちます。

 第三展望台から

 カヤ場を出発してすぐに第三展望台に到着しました。ここからは北側の展望が開けていて、上総丘陵のうねりを一望することができました。この稜線はなだらかな丘陵地帯の中でも比較的ゴツゴツとした山塊が帯状に連なっているところで、「嶺岡構造体」と呼ばれています。
 嶺岡構造体は、新生代第三期のはじめの頃(4千万年前頃)の玄武岩、斑糲岩、蛇紋岩などから構成されているそうです。この時代は高緯度地方にも亜熱帯植物が生えるほど温暖な気候で、海進の時代だったと考えられています。地殻変動も激しく、その後の日本列島を構成する様々な地層が海側のプレートの沈み込みによって大陸側のプレートの端に付加されていた時期と考えられています。当時、日本列島は海の底だったんですね。
 写真右側にあるテーブル状の山が千葉県の最高峰、愛宕山(408m)です。山頂にある航空自衛隊のレーダードームがなんとか見てとれますね。

 伊予ヶ岳

 ちょうど2年前に登った伊予ヶ岳も見えました(2つ上の写真では中央やや左)。直線距離にして約10qありますが、南峰の切り立った断崖がここからでもよく見えます。

 マテバシイの巨木

 大きなマテバシイが火炎のように枝をうねらせていました。登山道にはたくさんのどんぐりが。マテバシイのどんぐりはLサイズで、アク抜きをしなくてもそのまま煎って食べられます。先ほどのスダジイやこのマテバシイのどんぐりはいずれも美味ですが、どんぐりの中には食中毒を起こすものもあるので要注意です。

 アキノタムラソウ

 ええっ?登山道の脇にアキノタムラソウが。時期はずれに咲いてそのまま冬を越そうとしているのでしょう。かわいそうに全体的に乾燥していました。

 山頂直下

 木立の向こうに烏場山の山頂が見えてきました。あとちょっとです。

 烏場山山頂

 1時40分、山頂(267m)に到着しました。この標高にしては行程が長かったので、それなりに達成感があります。山頂の広さは6畳間くらい。団体さんがいたら大混雑でしたね。

 標識

 山頂には近隣の山々の方向を示す標識が。山頂にあると「あぁ、あっちの方角に富士山があるんだな。」ってことで、特に問題はないのですが、途中の登山道にも烏場山の方向を示す標識が立てられていて、しかもその方向に歩いていくと登山道を外れ谷に向かって道なき道を藪こぎをすることに。紛らわしいので登山道には立てない方がよいと思います。

 小休止

 今日の同行者は息子。去年の秋に次いで2回目です。本人曰く「まぁ、親孝行だと思って。」 半分は義務感からのようです。

 テイカカズラの果鞘

 下り始めるとテイカカズラの果鞘を見つけました。写真のように裂けて、中から綿毛を付けた小さな種子が散布されます。
 下りは往路から谷をはさんで東側の尾根の「花婿コース」を下ります。昔、花婿はこちらの道を辿った、とかいったことではなく、単に花嫁街道にちなんで登山道整備の際に命名したもののようです。

 花婿コース

 花婿コース。小さなアップダウンを繰り返しながら、ゆっくりと高度を下げていきます。

 イズセンリョウ

 林縁にはイズセンリョウも。葉腋に蕾をスタンバイさせて春を待っています。花は小さな壺状の形。乳白色で慎ましやかな印象です。

 ヤブニッケイ

 シロダモのあるところヤブニッケイあり。葉はシロダモによく似ていますが、その付き方が異なっていて、シロダモが枝先にまとまって付くのに対し、ヤブニッケイは枝に対して左右に並んで付きます。いずれもいつやつやとしていて生命感を感じます。

 冬晴れ

 「旧展望台」というところまでやって来ました。何で「旧」なのかは分かりませんが、今でも展望台として立派に役割を果たしていました。
 空は冬晴れ。さあ、体が冷えないうちに再び歩き始めましょう。

 見晴台のタブノキ

 2時20分、「見晴台」に到着。ここには大きなタブノキがありました。タブノキは沿岸部を中心に、西日本以南では内陸部まで分布している照葉樹の代表選手。東北地方など東日本では海に近い(したがって暖かい)ところにしか生えないそうです。
 タブノキの冬芽はぷっくりとしていて、見るからに美味しそうですね。食べられませんけど。(何かに似ていると思ったら「たけのこの里」か!)

 急な坂道

 見晴台からは急な坂道を一気に下ります。歩幅を小さくして慎重に。

 ○○キリマメ

 タンキリマメかトキリマメか、この状態ではなかなか分かりません。トキリマメの方がやや大きいそうですが、単独で見るとなんとも。葉があればなんとか判別できるのですが。

 東屋

 最後のピーク「金比羅山」を過ぎると「黒滝」という滝のある谷底まで一気に下ります。途中から切り立った崖を階段で下る形になり、その途中には東屋なども作られていて、黒滝の周囲はそれなりに整備されているようです(この近くまで車で入ってこられるようです。)。

 黒滝

 川まで下りてみると、ホールのような大きな空間の奥に黒滝がありました。落差は15mほど。ここで二つの流れが出会い、長者川となって外房の海に注ぎます(冒頭の地図参照)。房総半島の川は、いずれも源流から河口までの標高差が小さいので、うねうねと蛇行しながら流れています。この長者川もその例に漏れませんが、それでも15mの落差を持って二つの川が出会うということは、滝で流れ込む川より合流される川の方がその浸食スピードが圧倒的に大きかったということ(同じような浸食スピードだったとしたら、合流地点は滝にはならないはずですから。)。大きな川とその支流との関係ではよくあることですが、この川の場合、双方とも同じような源流の高さで、同じような流域面積(=同じような流量)。あと考えられるのは、合流される川の流路の地質が浸食されやすいものだったとか。謎ですね。

 里近し

 かつての長者川がその氾濫で作った平地沿いに歩いていきます。蛇行の内側には畑などが作られていて、昔は耕作地だったであろう雛段の上に養蜂の木箱がたくさん並べられていました。里が近い証拠です。手前にはイノシシ捕獲用の檻も見えますね。

 ホトケノザ

 ホトケノザです。日向にはこんな春の花も咲いていました。毎年この時期にこの花を見て、まだ遠い春を心待ちにするのですが、その前に花粉のシーズンがやってくるのです。もう花粉症歴も20年近いので、いまさらジタバタしません。準備を整えて静かに待つのみです(達観したか?)。
 時計を見るとちょうど3時。もうすぐそこにスタート地点の駐車場があるはず。
 やあ今日も楽しい山歩きでした。あとは房総みやげでも買って、のんびりとかえりましょうか。首都高の渋滞も楽しみながら。