伊予ヶ岳 〜南房総はもう早春〜


 

【千葉県 南房総市 平成20年1月27日(日)】
 
 大寒から立春までが1年のうちで最も寒い時期といわれます。今年は大寒が1月21日、立春が2月4日なので、今頃がちょうどその時期に当たります。どうりで毎日寒いはずです。
 この週末の天気予報は晴れ。ならばその太陽の日差しをもっと浴びて暖かい休日を過ごそうと、今日は南房総に行ってみることにしました。
 
                       
 
 子供の頃、地図帳で関東地方の地図を見ると千葉県は全県にわたって緑色に塗られていて、ひょっとして全部が平野なのかと思ったこともあるくらい千葉県は高い山のないところです。もちろん山脈や山地と呼ばれるものはなく、県南部に房総丘陵という起伏の連なりがあるのみ。その最高峰は愛宕山で、標高は408mです。全都道府県の最高峰比べでも沖縄県の於茂登岳(526m)をかわして立派に最下位(いや、低さ第一位)。最高峰が1000m未満というのは、あと京都府(972m)と大阪府(959m)のみで、これらがいずれも1000mに近いことを考えると、最高峰が500mを切っているというのはぶっちぎりと言ってよいでしょう。しかし、「山高きが故に尊からず」といいますからね。
 これから行くところは愛宕山の近く、同じ南房総市にある伊予ヶ岳(337m)。近年山歩きのガイドブックに載ってたくさんの人が訪れるようになった山です。

 伊予ヶ岳
 (コミュニティーセンター前から)

 首都高湾岸線からアクアラインに入って、房総半島に上陸したら後は館山道を南下。鋸南富山ICで高速を下りて、そこから房総丘陵の奥に入っていきます。しばらくすると前方に特徴のある岩峰が見えてきました。山容が伊予の石鎚山に似ることからその名を得た威風堂々の佇まい、伊予ヶ岳です。

 登山口

 伊予ヶ岳の登山口は南麓にある平群天神社横にあります。その鳥居の脇にある郷土資料館の駐車スペースに新ドリーム号を停めさせてもらって、装備を整えました。(登り始めて分かったのですが、この鳥居の奥に登山者用の駐車場が用意されていました。)

 平群天神社

 鳥居をくぐって大きな夫婦クスノキの前を通ると神社の本殿が現れます。観光バスが停まっているところを見ると団体の登山客が来ているのかもしれません。きっと山頂は大賑わいでしょう。

 スイセン

 冬の南房総を代表する花、スイセンです。もともとは地中海沿岸が原産の植物で、遠い昔に中国を経て日本に渡ってきたものと考えられています。今では各地の海岸などで野生化しています。
 この辺りでスイセンの栽培が本格的に始まったのは江戸時代末期で、近くの港から主に江戸に向け出荷されていたといいます。観光資源として注目され、今のようにスイセンをフィーチャーし始めたのは10数年前、千倉町や富山町が合併して南房総市になる前のことです。お隣の鋸南町では道端にスイセンが並ぶ「水仙ロード」など鑑賞スポットも整備されています。 

 日だまり

 神社の脇を通り小学校の裏手を回って山道にとりつきます。昼前の日差しが暖かく降りそそぎ、この日だまりにシートを敷いてゴロゴロするだけでも十分に有意義な休日を過ごすことができそうです。

 林の中へ

 林の中に入っても全然寒くありません。見上げるとカクレミノの葉を透かすようにして陽が差し込んできています。

 タチツボスミレ

 日陰に数株咲いていたタチツボスミレ。春が近いですね。

 シロダモとヤブニッケイ

 テカテカの光沢によく目立つ3本の葉脈。一見、同じ植物のようにも見えますが、左上はシロダモ、右下はヤブニッケイです。よく見ると葉の付き方が異なっていて、両方とも互生ではあるものの、シロダモは枝の先に集まって付き、一方のヤブニッケイは枝の左右に並んで付きます。先ほどのカクレミノといいこのシロダモやヤブニッケイといい、いずれも沿岸部の照葉樹林を構成する代表的な植物です。

 だんだん急に

 登山道がだんだん急になってきました。さすがは県内で唯一名前に「岳」のつく山です。このころにはアウターは脱いで、フリース姿に。それでもまだ暑いくらいです。

 トベラ

 「ガーネット細工のブローチ」といってもおかしくないトベラの果実。これは明らかに鳥たちへのアピールですね。

 東屋  展望台からの眺め

 標高280m付近にある東屋までやってきました。高さは小高い丘程度ですが、その眺望はなかなかのもの。西の方角には双耳峰の富山(とみさん)、その右奥には相模湾が望めました。
 ここから山頂(南峰)まではロープや鎖を使って一気に50mあまりを登ります。ちょうど先に登っていた例のバスの団体と思われる方々がドドドーッと下りてきたので、この集団をやり過ごしてからゆっくりと登りたいと思います。

 山頂(南峰)

 けっこうスリルを味わいながら山頂に到着。時計を見るとちょうどお昼時です。この伊予ヶ岳も双耳峰になっていて、三角点のある本当(?)の山頂はもう少し先の北峰にありますが、なんといっても眺めのいいのはこの南峰。オーバーハングするかのような岩の先端からは房総半島の全景をぐるっと堪能することができるのです。

 先端部

 山頂の先端部は転落の危険があるため、太い鎖で囲ってあります。それでも突端まで行くと足下がスーッとしてくる感覚に襲われます。(看板に336.6mとあるのは、あくまでも北峰の標高です。)

 山頂から西方向の眺め

 先ほどの富山を始め房総丘陵の起伏が一望できます。また、対岸の三浦半島はもちろん、その奥には雪を頂いた丹沢山系の山々も。さらに目を転じると横浜のランドマークタワーなどもくっきりと。
 ところで正面に見える富山は滝沢馬琴の「南総里見八犬伝」の舞台で、この山の周辺には物語に縁の場所があちこちあります。物語は室町後期の時代設定で、戦いに敗れ安房の地で再興を図ろうとした里見家と深い因縁で結ばれた8人の剣士が活躍するというもの。里見家の伏姫が自害した時に八方に飛び散った8つの玉。それぞれに、仁・義・礼・智・忠・信・孝・悌、の一文字が浮かび上がる玉だったそう。時代は下り、関八州各地で別々に生まれ育った犬塚とか犬飼とか名字に「犬」の文字を持った8人の剣士が、様々な経緯でその玉を持つに至った後、やがて因縁に導かれるように里見家の下に集い、宿縁の怨霊などと戦いながら里見家の再興を果たすというものです。yamanekoが中学生の頃、NHKの夕方の15分枠で放送されていた人形劇の「新八犬伝」には強烈な思い出があります。なにしろ全400話以上の放送回数でなかなか話が進まなかったという記憶もありますが、登場する人形の完成度の高さに驚き、人形師としてスタッフロールに紹介されていた「辻村ジュサブロー」とは何物なのかという疑問を抱いたのを覚えています。ちなみに黒子兼ナレーターを務めていたのは坂本九ちゃんでした。

 北峰

 北の方角には目の前に北峰があります。いったん鞍部まで下ってすぐに登り返すと10分ほどで到着することができるので、ここで昼食を済ませてから行ってみたいと思います。写真の正面奥は鋸山、その向こうには浦賀水道を挟んで三浦半島の陸地が見えます。写真左の小山は浅間山でしょう。

 東方向

 東方向には千葉県最高峰の愛宕山が見えました。写真では分かりませんが双眼鏡で見ると山頂に球形のドーム施設があり、気象庁のドップラーレーダーにそっくりでした。でも愛宕山の山頂は航空自衛隊の管理地とのことで、やはり自衛隊機の運航のための気象レーダーだと思います。

 麓の風景

 途中の道の駅で買った巻き寿司をほおばりながら穏やかな房総丘陵を眺めていると、明らかに都会とは違った時間の流れを感じます。足下には麓の風景がジオラマのように見えました。写真の中央に写っているこんもりとした森が平群天神社の寺社林です。

 南峰

 昼食後、北峰に行ってみました。さっきまでいた南峰が逆光の中に黒く聳え立っています。
 さっきから麓の防災無線が何やら大音量で放送しているかと思っていたら、やがてあちこちから消防車のサイレンの音が近づいてきました。どうも麓で火災が発生したようです。上の写真からも分かるとおり、南峰の南麓、すなわち新ドリーム号を駐車している辺りから煙が上がっているようにも見えます。一瞬妻と顔を見合わせましたが、今ここで心配してもしょうがないということになり、とりあえず北峰からの眺望を堪能することに決めました。北峰の山頂は南峰よりもさらに狭くて4、5人で立つと誰かが転げ落ちてしまいそうなほどの広さしかありません。それでもその眺望は決して南方に劣るものではありませんでした。

 火元

 南峰まで戻ってみると火災の現場が見えました。新ドリーム号を停めたところから4、5百m離れたところにある建物から出火したようで、たくさんの消防車が集まっていました。

 山頂直下  ゆっくりと

 さて、下山です。山頂直下は展望台のある東屋まで急な下り。ロープを使ってゆっくりと下りていきます。

 スタンバイ OK

 東屋まで下りてきて、また一休み。周辺のスギは雄花をふくらませ始めていて、いつでも花粉を飛散させることができるよう準備を整えていました。今年は先日から薬を飲み始めているので、一応当方としても迎え撃つ態勢はできています。

 アカツメクサ  カントウタンポポ

 麓近くになると春の花を目にすることができます。日向でたっぷりと日光を浴びて虫たちの訪れを待っているのです。

 麓から

 平群天神社まで下りてきました。「山高きが故に尊からず、樹有るを以て尊しと為す」。その言葉が示すように、麓から山頂まで興味深いものがいろいろあり、魅力のある山でした。普通に登って1時間弱、自然観察をしながらゆっくり登っても2時間もかかりません。冬場の日だまり山歩きにはもってこいのところです。
 今日は春を先取りしたような一日。振り返ると伊予ヶ岳が「またおいで」と声をかけてくれているようでした。