鹿野山 〜静かな時が流れる山〜


 

【千葉県 君津市 平成30年1月21日(日)】
 
 年が明けて3週間。正月気分も完全に抜けて、いつもの日常が戻ってきました。暦の上でも寒中ということで、吹きっさらしのホームで電車を待つのが辛い毎日です。
 そんな今日この頃ですが、千葉の房総ならちょっとは暖かいのではということで、君津市にある鹿野山(かのうざん)に行ってみることにしました。今年最初の野山歩きです。
 
                       
 
 午前9時、給油と洗車を済ませて出発。国道16号線を南下して保土ヶ谷バイパス経由で首都高速狩場線から湾岸線へ。そしてアクアラインを通って千葉に上陸です。このアクアライン、開通当初は通行料金が3千円くらいしていましたが、現在ではETCなら800円くらいで済みます。この差はいったい何なのか。千葉県が一部補填しているのでしょうか。
 その後、館山自動車道を走り、富津中央ICで一般道に降り、あとは山道を登って行きました。

 Kashmir 3D

 しばらくすると山頂部に到着しました。山頂部は比較的平坦で、神野寺(じんやじ)という古刹を中心に、西側に上町、東側に下町という集落がありました。昔は小学校が置かれるほど人口があったそうですが、現在は空き家も多く、集落にはあまり人の気配がありませんでした。
 今回の野山歩きは、神野寺の駐車場に車を停めさせてもらってスタートです。

 神野寺

 時刻は午前11時。早速お寺を見に行きましょう。

 イチョウ

 境内に入って(いや入る前から)まず目につくのは大きなイチョウ。高さは20mを超えているでしょうか。ご神木のようで、なかなかの存在感です。



 その幹にはキヅタやヤツデなど他の植物も寄生していて、長い年月を生きてきたんだぞという風格が感じられました。それにしてもイチョウの幹からヤツデが生えているなんて、初めて見ました。

 本堂

 ひとしきりイチョウに感動した後、あらためて神野寺の本堂に向かいます。この神野寺、HPでは、今から1420年前に開かれた関東最古の古刹と紹介されています。開山は聖徳太子で、後に慈覚大師が再興したとのことです。事実だとしたら相当のものですね。

 奥の院

 敷地内にはいくつも仏閣があり、その一つ、本堂の裏手には奥の院がありました。なぜかスポーツ競技関係者の参拝が多いのだとか。ここには飯縄権現(白狐に乗った烏天狗の姿をしている。)が祀られているそうで、天狗の大下駄が奉納(?)されていました。この下駄には足腰を守るご利益があるといわいわれ、そのへんがスポーツ関係者に響いたのかもしれませんね。

 ミツマタ

 ひととおり伽藍を見終え、これから下町を通って九十九谷展望台に向かいます。
 これはミツマタの花。大きな株でしたが、その中でも一番気の早いやつのようでした。満開は来月でしょう。

 カワヅザクラ?

 こちらにはサクラも。これも気の早いやつ。この時期に咲くということは早咲きのカワヅザクラかな。いかに温暖な房総半島とはいえ、早すぎないか?

 津多屋

 下町は、その名のとおり神野寺から一段下ったところに広がっていました。時刻はちょうど昼時。津多屋という鰻屋があったので、ここで腹ごしらえをして、再び歩き始めました。



 頭上を飛行機が頻繁に通過していきます。羽田空港を目指すほとんどの飛行機はいったん房総半島上空で列を組み、順番に降りていくそうです。その間隔わずか2、3分ほど。超過密な羽田アプローチを効率的に捌くためなんでしょうね。

 ツルウメモドキ

 これはツルウメモドキでしょうね。民家の生垣として植えられていて、つる性の植物のようには見えませんでしたが。秋に果実は3裂して、中から朱い種子が顔を出します。鳥が好んで食べるのか、果皮だけが残っていますね.。

 マユミにメジロ

 マユミの梢にメジロが数羽。一心不乱に種子をついばんでいます。マユミの実は硬いのですが、熟すと4つに裂けて、中の種子を取り出せるようになります。さっきのツルウメモドキもこのマユミもニシキギ科で同じ仲間。果実が裂ける特徴も共通しているようです。



 メジロの羽の色を鶯色とする向きもありますが、鶯色はその名のとおり本当のウグイスの色(緑がかったグレー)に近いもの。メジロはむしろ若草色に近いですね。

 コクサギ

 またツルウメモドキ?と思いましたが、よく見るとコクサギでした。この実は熟すと弾けて、中の種子を弾き飛ばします。なので顔を近づけるときは要注意。ちなみにミカンの仲間ですが、果実は似ても似つきませんね。

 アブラナ

 休耕地にアブラナが花茎を伸ばしていました。花も少し付けています。ここだけ見ると春がもうすぐそこまで来ているようですね。まだ寒中ですが。

 アオキ

 アオキの実。ヒヨドリの好物で、実のサイズがヒヨドリの口にジャストフィットなのだとか。名前はアオキですが実は赤い。ただ、ごくまれに実が黄色いキミノアオキというのもあるそうです。青に赤に黄。信号か?

 ヤブニッケイ

 テッカテカですね。これはヤブニッケイの葉。照葉樹林を構成する樹種の一つです。花は梅雨時に咲き、小さく色も薄黄緑色なので、ほとんど目立ちません。実からは香油が採れるそうです。

 九十九谷展望台

 12時40分、山頂部の東端、九十九谷展望台にやってきました。九十九谷とは、鹿野山の南東に広がる、上総丘陵が複雑に侵食されてできた地形の場所で、展望台からは眼下に望むことができます。

 上総丘陵

 上総丘陵は約2千万年前から約1千万年前頃にかけて海の底で作られた地層が隆起したもの。この辺りでは地上に露出していますが、東京では武蔵野台地の下にあって、その基盤となっているものだそうです。
 この眺望を楽しんでいたら、若いお兄さん(市役所職員風)が「アンケートに協力いただけませんか」と。なんでも君津市の観光に関するものだそうで、快く協力。するとお礼に「きみぴょん」のハンカチをもらいました。



 展望台からは、すぐ近くにある白鳥神社へ。鹿野山山頂部には、東から白鳥峰(379m)、鹿島峰(376m)、春日峰(352m)の3つのピークがあり、それぞれに白鳥神社、神野寺、春日神社の寺社が配置されています。ちなみに、標高が最も高いのがここ白鳥峰で、地図上で鹿野山の山頂の記号はここに付けられています。

白鳥神社

 案外しっかりした社殿。静かにお参りしました。



 せっかくなので白鳥峰に登ってみることに。ちょっとした裏山感覚です。



 所要3分、白鳥峰の頂に到着しました。社殿からの標高差は25mほどです。これは日本武尊を祀った祠だそう。なんか石碑や岩石を寄せ集めててんこ盛りにしたような感じでした。正面の丸いのは神鏡で、石で作られていました.また、背後にも石製の剣のモニュメントが立てられています。日本武尊の東征の折、この地で民を苦しめていた土豪を成敗したとのこと。その後東征からの帰途に日本武尊は亡くなり、白鳥となってこの地に飛来したのだそうで、それでここに白鳥神社を建てて祀ったのだそうです。



 房総半島を上空から見たことのある人はギョッとした経験をお持ちと思いますが、いたるところにゴルフ場が造成されていて、ここ鹿野山にも立派なコースがあります。ちょうど白鳥神社を囲むようにホールが配置されていて、見ようによってはまるでゴルフ場内に飛び地のように神社があるみたいでした。しかも実際に神社の参道をカート道が横切っていました。

 熊野峰

 白鳥神社から来た道を引き返します。今日は野山歩きというより、完全に舗装路歩きですね。写真中央の丘のようなピークが熊野峰です。

 ニホンズイセン

 民家の先にニホンズイセンが。清潔感のある花ですね。房総半島南部はスイセンが有名で、もうじき満開に。毎年たくさんの観光客が訪れるそうです。

 ウメ

 ウメもちらほら咲き始めていました。やっぱりこの辺りは暖かいんですね。沖を流れる黒潮が東シナ海から大量の熱を運んでくるんでしょう。

 イヌビワ

 イチジク、のようにも見えますが、これはイヌビワ。名前はビワですが見た目のとおりイチジクの仲間です(どっちなんだ!)。実の大きさは飴玉ほど。食べても美味しくはないです。



 神野寺を通り越し、上町を抜けててさらに西へ。道は下り坂となり、このあたりが山頂部の西端であることをうかがわせます。ちなみに、ここをずっと道なりに下って行くとマザー牧場に至ります。

 ヤブコウジ

 ヤブコウジが午後の陽射しに照らされ輝いていました。寒さの中で少しほっとします。

 測地観測所

 ほどなく「鹿野山測地観測所」という看板が現れました。国土地理院の施設がこの奥にあるのですが、取り付け道路に入ってすぐのところで門が閉じられていました。どんなところかちょっと興味があります。
 先月歩いた鳶尾山のときに詳説しましたが、鹿野山の一等三角点は、日本全国に三角点網を整備する際に基準となっ三角形の一つの頂点です。その一等三角点は測地観測所の敷地内にあるようでした。



 観測所入り口のすぐ先に右手に延びる小径があり、小ぶりの鳥居がありました。ここが春日神社の参道でしょう。

 春日神社

 参道は20mほど先で右に直角に折れ、そこから苔むした階段が。湿っていて滑りそうなので注意が必要です(事実、帰りに見事に滑落しました。)。階段を上った先に社殿風の小屋があり、サッシの引き戸を開けると中に本当の社殿が据えられていました。高さ1.5mほどの小さな祠でした。平成の初めの頃、春日峰の山頂からここに移されたようです。

 標柱

 神社の裏手から春日峰に登ってみました。所要2分くらいですが、道はやや荒れ気味で歩きにくかったです。山頂には木立に囲まれて標柱が一本。「春日神社跡」とありました。移転の際に建てられたもののようです。



 山頂部の木立越しに何やら白い塔が見えました。位置的に測地観測所の施設でしょうが、何なのかは不明。

 フユイチゴ

 時刻は午後2時、さあドリーム号が待つ神野寺前まで戻りましょう。
 路傍にフユイチゴの実が。常緑の葉に紅く輝く実。枯色に中にあって命の暖かさを感じます。この実を食べて冬を越す生き物もいるんでしょうね。



 約15分ほどで神野寺前まで戻ってきました。しかし、静かな集落です。ときおり自動車が通り過ぎますが、おそらく皆ゴルフ場に行き来する人のものでしょう。



 駐車場近くに「いくべさ」、「よるべさ」という真新しい施設がありました。ここは近くにある観光ホテルがひと月前にオープンさせた「鹿野(ろくや)の森」という施設。「いくべさ」が情報発信館で「よるべさ」が物産館とのこと。近隣の観光情報やお土産品を提供していました。
 
 今日は、俗世とは時空が切り離されたような山上の集落で、静かな野山歩きをすることができました。さすがは南房総、多摩よりも随分と季節が進んでいるようでした。でも天気予報によると、明日から猛烈な寒波が襲来するそうで、多摩はもちろんのことここ千葉でも積雪(降雪ではない!)が予想されています。そうなると鹿野山山頂部には、雪と静寂に包まれた幽幻な風景が広がるでしょうね。